6-3 グラッツェン(その3)
第3部 第29話になります。
初稿:18/01/30
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
「……やっと見つけた」
キーリはゆっくりと閉じていた眼を明けた。そして大儀そうに息を吐き出し、痛む頭にこめかみを揉み解した。
「やっぱ中々慣れねぇな」
揺れる前髪を鬱陶しそうに払いながらしかめっ面をし、一面真っ黒に染まった世界を見回した。
一筋の光さえ存在を許さないここは影の中の世界。その中でキーリは一人佇み正面を睨みつけた。
「『閃光』フリッツ・ブッフバルトは教皇国の皇都・ロンバルディウムの片田舎、か。
――これで残る英雄はあと一人、『聖騎士』エルンスト・セイドルフだけだな」
ここ数年、キーリは暇をみつけては影の中に潜って英雄たちの所在を探し続けてきた。闇神との相性のせいか、光神を奉る教皇国の中はやたらと眩しく、探るのは中々に苦痛ではあったがその甲斐はあったと言える。
今生きている英雄達は七人。教皇国以外のクルエとゴードンは既にいつだって大まかな居場所は把握できている。アンジェはほぼ教皇国以外を出歩いているし、フランは頻繁に皇国の中と外を行き来しているからそう彼女らも難しくはない。エレンの居場所は、正しく言えば影から探る事はできないが、概ね予想がつく。そしてフリッツは今しがた見つけた。
「エルンスト・セイドルフ……」
名を呟き、キーリは拳を握りしめた。彼の姿は今もなお、鮮明にキーリの脳裏に焼き付いている。
アンジェとともに両親を殺した男。血飛沫と火炎が取り巻く村の中で、笑いながら村人達を斬り殺していた姿が浮かび上がってくる。最もキーリが殺さなければならない男だ。だが彼だけは未だに見つけることができていない。
「どっかで勝手におっ死んだのか、或いは――」
教皇国の中でも最も探すのが困難な場所、すなわち皇都にある大聖堂の中に住んでいるのか。あの男も仮にも教皇国の「英雄」だ。あり得ない話じゃあない。
「だけど……だとしたら骨が折れるな」
キーリには「大まかな」場所までは分かる。が、逆に言えば正確な場所は分からず、離れれば離れるほどに正確な居場所の特定は困難だ。もしあの男が大聖堂の何処かにいるなら、大聖堂の中にまで入り込まないと「どの部屋に居るか」までは不明なままだろう。そしてそれは、今のキーリにはとんでもなく困難な事だ。
「並の術なら問題ねぇが……仮にも総本山だ。大結界でも発動された暁にゃカカシ確定だな」
だが焦ることはない。今は自分の事を優先すべきじゃない。優先するのは彼女の願いだ。自らは後回しで良いんだ。
それが、自分が出来る、行動で示せる唯一の感謝。
「っ、……出るか」
胸の奥から響く幼き復讐の声を抑え込み、鋭く走る頭痛で内心の仄暗さを上書きするとキーリはズルリと影から這い出した。頭だけを少し出して周囲に誰も居ないことを確認し、疲労感の残る体を引きずって傍の木に体を預け溜息を吐いた。
夜はすっかり明けていた。影に潜った時はまだ星空が瞬いていたから、随分と長い時間暗い影の中に居たことになる。全く光が差さないためか、時間間隔が狂ってしまうのが難点だ、とキーリはひとりごちた。
「アイツはアイツでようやく落ち着いてきたか?」
視線を動かせば、遠く、微かに点のように朝日に照らされているグラッツェンの壊れかけた外壁が見える。
フィアがヘレネムを出立してからというもの彼女からは随分と様々な感情が流れ込んできていた。それが徐々に強く激しくなり、やがて弱まっていた。特にここ数日はどうにも薄くはっきりしない感情しか感じなくなっており、流石にヤバイかとキーリも心配になって追いかけてきたのだが、どうやらその心配も杞憂に終わりそうだ。
「ったく、心配させやがって」
まだ気配は弱々しい。感じ取れる感情の色は不明瞭。何処か掴みどころがない感じは残っているが少なくとも最悪の状態は脱したらしい。
(もっとも、今にも死にそうな気配だけは醸し出さないでくれればこちらとしても気が楽なんだがな)
皮肉っぽくキーリは口端を吊り上げた。口から出てくるのは悪態めいた言葉だが、雰囲気からは心からの安堵がにじみ出ていた。
「さて、んじゃ行くとすっかな」
キーリは立ち上がり、グラッツェンの街へ歩き出した。朝日が木の葉についた露に反射しその眩しさに眼を細める。全てが淀んだ影の中に比べ、澄んだ空気はキーリにとって気持ちが良かった。
やがて壊れ崩れた外壁をくぐり、尚も死の臭いが続く街中へキーリは脚を踏み入れた。高く昇ろうとしている太陽で白く塗りつぶされそうな街だが、キーリの眼には黒く濁ったものが渦巻いて見える。
立っている者からも倒れたまま動こうとしない者からも「瘴気」のような靄が湧き出し、それが街を覆ってしまっている。激しい戦闘が行われたという事だが、噂以上に相当に苛烈なものだったのだろう。誰しもの心に傷を残し、深い絶望にとらわれてしまっているのがよく分かる。
「このままだとこの街自体が迷宮になっちまいそうだな」
渦巻く負の感情のせいだろう。魔素もだいぶ濃くなってきている。既に高ランク――スフォンの迷宮などと同じくらいの濃さとなってしまっているだろう。もしかすると、この街の地下に迷宮核の「種」くらいのものは出来てしまっているかもしれない。そしてこのまま現在の状態が続けば、かなりの速度で迷宮は成長してしまう。
一刻を争う黒い瘴気と魔素の濃さ。これを「光」で払おうとすればかなりの高位の――役職的な意味ではなく実力的な意味で――僧侶でなければ無理だろう。
「それこそ……癪だがアンジェリカくらい必要だな」
人となりや過去の因縁は別として、彼女ほどの人気と実力があればきっと街の人も希望を抱き立ち上がれるのだろうが、残念ながら最近調べた彼女の居場所は教皇国だ。街中から「光」を強く感じる場所も無いからまともな教会すら破壊されてしまっているのだろうし、聖職者が――
「……居なくもなさそうだな」
何となくぼんやりとだがそれっぽい気配をキーリは感じ取った。街の外れに、おそらく一人だけ違う輝きを持った人間が居るようだ。かといって、街の状態はその人物だけでどうにか出来るレベルではないが。
「……しかたねぇ。焼け石に水だろうが、俺もちょっち歩いて回るか」
黒髪を掻き、ぼやきながらキーリは街の大通りを真っ直ぐに歩き出した。
フィアがこの街に居るのは明らかなのだが、破壊されてもそれなりに広い街だ。キーリも正確に彼女の居場所が分かるわけではないので捜索も兼ねようという考えだ。
口笛を吹きながらのんびりと街を見て回る。壊れた建物ばかりだが、キーリは特段悲観的な感傷に浸るでもなく進んでいった。
フィアが見かけたのと同じように、街の人たちは絶望と悲嘆に暮れていた。そこかしこに生ける屍と化したやせ細った人たちが転がっている。近くを誰かが通り過ぎれば眼だけでその姿を追うだけだったが、キーリが通り過ぎるとぎこちない動作で体を起こしていく。
「……」
何も言わず、ただキーリの後ろ姿を視線が追いかける。寝転がっていた彼らはキーリが見えなくなるとどれくらいぶりか分からない程久しぶりに両足で立ち上がって何処かへと歩き去っていく。
暗い顔で歩いていた女性は、キーリとすれ違うとその俯いた顔を上げた。何故かは分からない。だが頭を押さえつけられている重しが取れたような気がして、少しだけ顔を上げたくなったのだ。
「あ……」
そして両眼に差し込む朝日の光。今更ながらに夜が明けていることに気づき 乾いた喉から思わず掠れた声がこぼれた。何故か涙が一滴溢れ落ち、その女性は目元を拭って歩き出した。
今度は、力強く。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




