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6-2 グラッツェン(その2)

第3部 第28話になります。


初稿:18/01/27


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。





「私を前にして頭が高いんじゃないか?」


 彼を警護していた兵士たちが、今はフィアを取り囲んで槍を向けている。見回せば、近くに居た人たちはみな頭を垂れている。貴族――この街の領主だろうか――を前にして礼をしているのだろうが、頭を下げているというより偉そうなこの男に項垂れているようにフィアは見えた。


「……申し訳ありま――」


 遅れて謝罪とともにフィアも頭を垂れる。だがその途端彼女の顔が殴り飛ばされた。


「礼儀というものが分かっていないようだな」


 どうやら馬上から鞘に入った剣で殴られたらしく、フィアは瓦礫の上に転がった。領主らしい男は更に彼女を痛めつけようという魂胆か、不愉快そうに鼻を鳴らして馬から降り近づいていく。


「おやめ下さい。それ以上はいけません」


 だが彼の後ろに付き従っていた生真面目そうな男が馬から降りてフィアと領主の間に割って入った。


「私に意見する気か?」

「いえ、そのような事は……」

「ならばどけ」


 領主は部下らしい男を押しのけようとするが、それよりも早く彼は言葉を重ねた。


「このような汚らしい女に領主様自らが手を下すだけ貴重なお時間を無駄にするだけです。ここは私が立場を弁えさせてやりますので」


 そう言いながらフィアの頭を掴むと瓦礫に押し付け、無理やり頭を擦り付ける。だが余り力は込められていないようで、軽く額が擦れた程度だった。


「さあ、領主様は街の視察をお続け下さい。ご威光を皆に知らしめるのです」

「……ふん、まあいい。ここはお前の言うとおりにしてやろう」


 領主はペッと唾をフィアに吐きつけた。フィアの頭を押さえつけていた男は恭しく領主に頭を下げ、領主が馬に乗ったのを見計らって声を張り上げた。


「さあ! お前はこっちに来い! 貴族に対する礼儀を教えてやる!」


 フィアを強引に立たせ、崩れた瓦礫の隙間を縫って物陰へと連れていく。そうして彼女とともに半分崩れた壁の影に身を隠し、そっと領主たちがその場から離れていくのを見届けると大きく息を吐き出し胸を撫で下ろした。


「……先程はすまなかった。ああでもしなければ、下手をすれば不敬罪でその場で首を斬り落とされかねなかったのでね」

「……いえ」

「今はこのような姿になってしまったが、陽はまた昇る。また街は再建して元の姿に……いや、前よりもずっと良い街になるだろう。辛いだろうが今は耐えて、強く生きるんだ。いいね?」


 フィアの身なりを見て彼女のことを焼け出された町の住人だと誤解したのだろう。真剣な眼差しでそう励まし、肩を叩いた。


「そうだ、お詫びと言ってはなんだが……」


 彼はポンチョ状の上着ポケットに手を突っ込み、そこから金貨を取り出すとフィアの手に強引に握らせた。


「腹を空かせているのだろう? あいにくと手持ちが少なくてね。私の給金ではこれくらいしか恵んでやれないが、これで腹いっぱい食べるといい」

「はあ……」

「街の西の方は比較的被害が少なくてだいぶ立て直しが進んでいる。そちらなら、かなり値上がりしているが食料も手に入るだろう。ああ、直前まではそれは見せない方がいい。治安が悪いからね」


 そう言って男は少し微笑み、「それでは」と最後にもう一度力強くフィアの肩を叩くと領主を追いかけて走り去っていった。

 一人取り残されたフィアは緩慢な動作で手のひらの金貨を見下ろした。


「良い人……なのだろうか……?」


 先の領主とは違い、彼女を見る瞳はまっすぐで誠実。謝罪も心配の言葉も本心からだったように思う。だが、戦争を繰り返す者達と同じ貴族であり単なる気まぐれかもしれない。

 ただ。


「……悪い人ではない、か」


 一時の感情だとしてもフィアを案じ、守ってくれた。それは今の自分にはないもので、尊い。そして羨ましい。

 泣いているのか笑っているのか。自分でも良く分からない表情に顔が歪んだのが分かった。力の入らない手のひらで金貨を握りしめ、ポケットにそれをねじ込む。元々居た通りに背を向け、反対側へと歩いて行く。


(色んな人が居る……)


 ヘレネムを出てここまで、多くの人と出会った。彼らはみな悲嘆に暮れ、余裕を失っている。そんな人たちに出来る限り与えてきたが、果たしてそれは誰のためだっただろうか。助けてきたつもりだったが、果たして、助けたかったのは彼らか、それとも自分か。

 思考の渦に囚われて歩く彼女だったが、建物の影を抜けたところでまたしても怒声が響いた。沈んだ顔を上げると、目の前を小さな子どもが転がっていった。


「テメェ! 誰のモン盗ろうとしたか分かってんだろうなぁ!?」


 浅黒く日焼けした男はがなりながら酒をあおると、汚れたバンダナを撒いた少年に近づいていく。彼の服は民兵に支給されるものでドス黒い染みが幾つも付いている。擦り切れや切り傷もあり、戦いの傷痕であることを匂わせる。

 口端から酒を零しながら少年に憤怒に染まった顔を向けた。一方で少年の元には仲間らしい他の少年がやってきてかばうように立ちはだかる。獣人らしい少年は両手を広げ、その後ろで倒れていた少年は立ち上がり、怒りに満ちた眼で男を睨みつけた。

 男はその様に更に激昂した。


「何だその眼はぁ! 誰がお前らを守ってやったと思ってんだ!? 俺たちが戦ったから生きてられてんだぞ! それを分かってんのか!」

「うるさいっ! お前らだって街を壊して回ったくせに! 知ってんだぞ! お前の金や酒だってだってどっかの家から盗んできたもんだって!」

「うるせぇっ! これは俺ンだ! それに、街を守ってやったんだ! 報酬として金や酒をもらって何が悪い!」


 払いのけるように拳を振るう。二人の少年は殴り飛ばされ、しかし男の方は溜飲を下げるでもなくますます興奮した様子だ。


「もうっ、我慢ならねぇ……!」


 戦時の支給品だろう。男は腰に刺さっていた剣を引き抜いた。鼻息を荒くして少年二人を見下ろす。


「お前らみたいなっ、感謝する事も知らねぇガキなんぞ居なくなった方が――」


 そして刃を振りかざし、怒りに任せて振り下ろそうとした。

 しかし何かにそれは阻まれ、腕が動かなくなる。


「それ以上は……やり過ぎだ」


 渇ききった喉から掠れた声が発せられた。男が後ろを振り向けば、フィアが剣の刃を握りしめていた。


「クソがっ……! 離せ、このアマ……!?」


 フィアを口汚く罵りかけた男だったが、自分の剣を見て言葉を失った。

 彼の剣は、彼女が掴んだ場所を中心に真っ赤に熱せられていた。鋼鉄製の刃が溶け始め、粘り気を持った雫となって滴り落ちていく。


「許してやってくれないだろうか……?」

「う、あ……」

「君らも」うめく男を他所に、フィアは子供らに向かって薄く微笑みかけた。「盗んだ物を彼に返してあげてほしい……」

「けどそいつのだって……!」

「それは元からこの人のなんだろう? それに例え盗まれた物だからといって、盗んで良い理由にはならない。悪いことは悪いことだ」

「……でも、俺らも……」


 子供二人はバツが悪そうに互いを見ながらも、口をへの字に歪めてフィアを見上げた。

 悪い子では無いのだろう。だが他の人たちがそうであるように、生きるために誰かの物を盗まざるを得ない。力のない子供であればなおさらそうだ。

 叱られて揺れる瞳がフィアの視線と交わる。人間の少年と獣人の少年。歳も性別も違うが、彼女の中で二人の姿がエーベルとユーフェに重なった。


(そうか……)


 二人を見た時に、他とは少しだけ違う感情に突き動かされ、気づけば男の刃を掴んでいた。魔力は既に空っぽのはずなのに、どこからか力が湧いてきて体が熱くなっていた。その理由が分かった気がした。フィアは思わず二人の頭を撫でた。

 子どもたちは一層眉間に皺を寄せた。そして迷った風ながらも盗んだ財布を差し出した。


「ありがとう。勇気に感謝する」


 自然と顔がほころび、フィアはその財布を男へ差し出した。


「もし……そのお金にやましいところがあるのなら、誰かの為に使ってあげてくれませんか?」

「わ、分かった」


 男はカラン、と溶けた剣を落とすと、何度も首を縦に振った。そしてフィアの手から財布をひったくるとほうほうの体で彼女から逃げ出していった。

 彼女は男の姿が見えなくなるまで見送ると、落胆した様子の彼らを見た。フィアはポケットから先程貰った金貨を取り出し、そして先程彼女がそうされたように、少年二人の手に握らせる。子どもたちは驚きに眼を見張り、金貨とフィアの顔を交互に何度も視線を行き来させた。


「あげる。どうしてお金が欲しかったかは何となく分かるが、今日はこれで許してくれないかな? みんなで平等に分け合ってほしい」

「……姉ちゃん、変わってるな」

「そうかな?」

「そうだよ」


 どこかふてぶてしい態度の子供たち。だが絶望に染まった大人たちとは違って、彼らの眼はまだ死んでいない。そんな二人と触れ合っているとフィア自身も元気が出てくるようで二人の頭を撫でるが、「子供扱いすんな!」と怒られてしまった。

 肩を竦め、しかし頬を膨らませた二人の少年が可愛く思えて笑いがこみ上げてくる。気持ちが晴れたような気がして、心からの微笑みでフィアは空を見上げた。


「それじゃ。気をつけて」

「分かってる……ありがとうな」


 照れながら礼を述べる少年に笑い、フィアは手を振った。

 そして。


「あ――」


 グラリと揺らぐ視界。眼の前がクルクルと回っていき、フラフラとたたらを踏んだ。その弾みで瓦礫につまづき、彼女はそのままうつ伏せに少年たちの方に向かって倒れていった。


「姉ちゃん!?」


 歪んだ視界の中で少年たちが走り寄ってくるのが見えた。彼女の体を慌てて擦る中――彼女の腹が盛大に鳴り響いた。


「お腹、空いた……」

「……」


 慌てて損した、とばかりに少年二人はジト目でフィアを見下ろした。そんな二人に苦笑いを浮かべながらもフィアのまぶたが少しずつ落ちていく。


(そういえば……最近、余り眠れてなかったな)


 だが今なら気持ちよく眠れそうだ。その誘惑に抗う気もわかず、衝動に促されるままに彼女は眼を閉じた。その寝顔はとても穏やかだ。

 程なく寝息を立て始めた彼女の姿に子どもたちは困り、頭を掻いた。

 どうするか、とその場で悩んでいたが一人が「あー、もう!」と苛立った声をあげると、彼女の体を抱え起こす。もう一人も反対側に回り、彼女の下に体を滑り込ませると、二人は眠った彼女を何処かへと連れ去っていったのだった。





お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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