5-6 願いは胸に、されど惑う(その6)
第3部 第26話になります。
初稿:18/01/23
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
帰ろうと背を向けたミュレースをシオンが呼び止めた。店内の照明が彼の背後から降りかかり濃い影を落としていた。
「すみません、こんなこと初対面の人に聞くことじゃないとは思うんですけど……」
「お、なんスかなんスか? 良いっすよ、恋の話ッスか? それとも憎らしいこんちくしょうにこっそり仕返しする方法ッスか? このミュレース、いたずらを仕掛けることに関しては右に出る者を――」
「フィアさんやレイスさんの為に、僕らができることってなんでしょう?」
冗談めかして応じるつもりだったミュレースだが、シオンの口から出てきた問いかけに動きを止める。
俯き、影に黒く染められたシオンの顔色は分かりづらい。それでも夜目の効くミュレースには苦悩に歪んだ彼の顔がよく見えた。
「フィアさんもレイスさんもキーリさんも……もう三年も逃げ続けて、大変な生活をしているはずなのに僕らは何もできなくて、ただ待ってるだけで……特にフィアさんは王様――お父さんを殺したなんて罪を着せられて、すごく辛かったと思うんです。でも僕らは傍で励ますことも慰める事もできなくて……だからずっと僕らにできることってなんだろうって考えてるんです。でも、どれもしっくりこなくって。
ごめんなさい、レイスさんの後輩のミュレースさんなら、少なくともレイスさんが何して欲しいって思うかなって」
「うーん、そッスねぇ……先輩は欲が無い人ッスからねー」
ミュレースは苦笑いをしながらシオンに背を向けた。温まった体から吐き出される吐息が白く染まり、黒い夜空に微かなコントラストを描く。だがすぐにそれは霧散して真っ黒な闇夜が戻ってきた。
「王女様――フィア様のこと、大切に思ってるんスね。心配する気持ち、良く分かるッス。でも、案外そうでもないかもしれないッスよ?」
「どういうことですか?」
「実際は今の生活を楽しんでるかもしれないってことッス。王族なんてものから離れられて、余計なしがらみからも解放されて、どっかで悠々自適とした生活を営んでるかもしれないッスよ? 辛いって思ってるのは周りだけで……だとしたらそんな心配、するだけ損かもしれないッスよ?」
「……そうかもしれませんね」
シオンは力なく笑った。ミュレースは背を向けたまま横目でその様子を窺い、湧き上がる昏い悦びに口元を歪めた。
「フィアさん、あんまり王族としての自分が好きじゃなかったみたいですし。もし、本当に静かに安心して暮らせる場所を見つけることができたんだとしたら、たぶんそれで良いんだと思います」
「そーッスそーッス。だからそんな悩まなくったって――」
「でも、フィアさんはきっと戻ってくると思うんです」
何処か確信めいた響きを持つ、シオンの言葉。ミュレースは眼を剥いて振り向いた。
俯いたままのシオンはそんな彼女の表情に気づかず、言葉を継いでいく。
「もし神様が人の運命を決めているとすれば……とても不平等です。大切な人を次々と亡くして、歩むはずの人生さえ奪われて……でもフィアさんはきっとまた立ち上がる」
「どうして……そう思うんスか?」
「フィアさんは、誰かのために怒れる人ですから。
それに――傍にキーリさんも居ますからね」
顔を上げ、シオンは笑った。
「フィアさんって、自分の事よりも誰かの事を思って動く人なんです。困ってる人、傷ついた人、泣いている人……本気でそんな誰かのために立ち上がって守る、そんな人なんですよ」
養成学校の時、いじめられていた自分のために本気で怒ってくれた。そしていじめられるだけの自分を変えようと一生懸命付き合ってくれた。そんな昔の記憶がシオンの中で去来し、少し気恥ずかしくなってはにかみながら熱を持った頬を掻いた。
「今……色んな場所でそんな人が生まれてしまってます。そんな人たちを見てフィアさんがジッとしていられるはずありませんから」
「でも、それだけじゃ――」
「そしてキーリさんがそんなフィアさんの傍に居ますからね。あの人、僕らがどういった選択をしても決して否定しないんです。でも一度決めたら、途中で投げ出すことを許してくれないんですよ。許さないっていうのとは違うか……倒れそうになったり膝を突きそうになったりすると支えるんです。休んで、元気になったらまた背中を押してくれる。
あ、別にキーリさんが直接そんなふうに言ったわけじゃなくって、あの人に見つめられると何となくそんな感じがするっていうか……とにかく、心折れても少し休んだら何だかまた頑張んなくちゃって気になるんです。
そう思ってるの僕だけかもしれないですけど、でもたぶんフィアさんに対しても同じだろうなって。だからフィアさんは、もし今の生活を満喫してたとしても、また戻ってくるんだろうなって」
「……」
「ホント、すみません。こんな話されても困りますよね……
やっぱり忘れて下さい。これは自分たちで――」
「どうして――」
背を向けて戻ろうとしたシオンの背に寂しそうな声が掛けられた。
「どうして、そこまであの人の事を信じられるんスか? 確かに悪い人じゃないッス。あ……会って話したことあるッスけど、けど……」
「だって、仲間ですから」
迷わずシオンは言い切った。恥ずかしがる事もなく、まっすぐに前を見つめて。
「フィアさんも、キーリさんもレイスさんも、いつだって僕の力を信じてくれました。だから僕も信じるんです。信じたいんです」
そう言って笑うシオンに偽りは無い。少なくともミュレースにはそう映った。
ミュレースに信じられる人はいない。子供の頃からずっとそうだった。他の人間との関係は二つに一つ。奪うか奪われるか。
物心ついた時から親の顔も覚えていない。覚えていたのは人を殺す方法、それに人と自分を騙す方法。何処かのクソッタレの下で幼さを利用してたくさん人を殺したしたくさんの人を騙した。そしてたくさん殴られた。たくさんのモノを奪い取られた。
育った場所が壊滅し、レイスと共に働くようになって奪われることは無くなったがする事は変わらない。少女のメイドとして欺きながら、命令に応じて諜報活動に従事する。ただそれ以外の仕事が増えただけだった。だがそれだけでも彼女にとっては大きな変化だった。
世界は広がり、敵ばかりでないことを知った。誰かを尊敬する事も覚えた。誰かの役に立ちたいという感情を知った。
ミュレースに信じられる人はいない。コーヴェルとレイスの二人だけからは何をされようとも構わない。だがそれは「信じている」のではなく心からの忠義だ。尊敬し、何があろうともミュレースから裏切らない。対等な立場ではなく、一方的にミュレースが寄せる思いだ。
だからこそ。
(そういう、事ッスか……)
だからこそフィアに苛立つ。ミュレースはシオンにまた背を向け、口から溜息が漏れた。
王女だからではなく、仲間として寄せられる信頼。キーリが寄せているのもそうだ。コーヴェルがフィアに期待するのも、王女だからではなく、フィアという人間そのものを知っているから。だからミュレースは妬ましいのだ。こんなにも信頼されているのに、それに気づいていないから。
だから同時に、彼女に惹かれる。王女ではなく、彼女と対等な立場で知り合いたかったと思ってしまう。彼女という存在が眩しくて、憧れてしまったのだと気づいた。
「ミュレースさん?」
背を向けたまま黙りこくってしまったミュレースに呼びかける。だが彼女はそばかすのある幼い顔を空に向けたまま反応しなくなってしまった。
何か気に障ることでも言ってしまっただろうか、とシオンは不安になる。不安に駆られ堪らずもう一度声を掛けかけるが、それより早くミュレースが喉に力を込めた。
「作ってあげて欲しいッス」
「え?」
「質問の答えッスよ。
王女様が、帰ってきて良かったと思える。そんな場所を作ってあげれば良いと思うッス。王女様ラブな先輩ならきっとそう思うんじゃないッスかね?」
「帰ってきて良かった、と思える……」
歯を見せて悪ガキっぽい笑みを浮かべるミュレース。シオンは戸惑い俯き、考え込む。やがてハッとすると顔を上げて、彼も笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます! なんとなくですけど、道が見えたような気がします」
「そッスか? なら良かったッス」
心のなかで渦巻いていたもやもやが晴れ、シオンは嬉しそうだ。ミュレースは彼を見下ろし、眼を細めた。見た目にそぐわない、大人びた物憂げな影が彼女の顔に降り注いでいた。
「それじゃ私はもう行くッス」
「あ、はい……すみません、外で長話しちゃって」
「良いッス良いッス。若人を導くのも先達の役割ッスから」
「……ミュレースさんってお幾つです?」
「女性に年齢を聞くもんじゃないッス」
ピンっとシオンの鼻っ柱を軽く指で弾き、ミュレースにまたあどけない雰囲気が戻ってくる。そして少女が背伸びをするように、スカートの裾を摘んでカーテシーをした。
「みなさんとの出会いに感謝を。そして良き夜を」
言葉が終わると同時に突風が吹き、シオンの髪を激しく揺らす。思わず顔を逸したシオンが再び正面に向き直ると、そこには誰もおらず、ただ静かな通りだけがあった。
時間は唐突に終わった。シオンは呆気に取られていたが、やがて穏やかな笑みが広がる。
「……面白い人だったな」
そして面白い偶然でもあった。まさかレイスの後輩がこの広いスフォンの街で自分の店を選ぶとは。
またいつか会いそうだ。シオンはそんな予感がして、そして先程彼女から貰ったアドバイスを忘れない内にみんなに話そうと店内へ戻っていく。
「カレンさんギースさん! 聞いてほし――」
片付けていた仲間達に話しかけ、扉を後ろ手で閉めていく。だがその戸が途中で止まった。
予期せぬ抵抗に振り向くシオン。カレンやギース、そしてオットマー達も不意に途切れた彼の声に振り返ると――
颯爽と去ったはずのミュレースが鼻を垂らして立っていた。
「……宿取るの忘れてたッス」
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




