5-5 願いは胸に、されど惑う(その5)
第3部 第25話になります。
初稿:18/01/20
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
「……なんかアリエス様、元気ないね」
そしてそれはちょうど正面に座るカレンにも伝わっていた。
「そーかぁ? いつも通りのアリエスだと思うぜ?」
「そうですね、何だか無理をしているように見えます」
「お酒の量もいつもより多いみたいですし……大丈夫ですかね?」
「あれ、俺だけ? 気付いてないの」
何杯目か分からないジョッキグラスを傾けて首を傾げるイーシュに、カレン、クルエ、シオンの三人は揃って頷いた。
「しばらくしたらまた帝国の方に戻らないといけないって言ってたけど、何かあったのかなぁ……」
「かもしれませんね。戻ってきてからずっと何処か変でしたし」
少し前に戻って以来、何度か彼女を含めて迷宮にも潜ったし、その時も至っていつも通りであった。だがそれでも何処かが違う、と感じ取れるのも長く時を共にした仲間であるが故だろうか。
悩みがあったら伝えて欲しいと思う反面、彼女から口にしないことを無理に割らせるのもどうかとは思う。アリエスは他国の貴族であるし、立場上話せない事もあるだろう。話せない事に踏み込んでいけば、より一層彼女を苦しませるだけである。
どっちがいいのかなぁ、とカレンもまた溜息を吐き、頭を悩ませるのだった。
「何だ何だ、今日はオットマー先生たちの門出を激励する会だろ? みんなしてしょぼくれた顔してるんじゃーねーよ。楽しくしよーぜ」
「そーッスよー! お酒は楽しく飲むのが一番ッス!」
「えっ? うわっ!」
背後から突然声を掛けられ、覆いかぶさるように抱きついてきたミュレースにシオンは悲鳴を上げた。ふにゃふにゃとしなだれかかり、アルコールが多分に混じった吐息がシオンの鼻に直接吹きかかる。まだ彼女が店に入ってからそれ程経ってはいないはずだが相当に呑んだくれたらしい。
「ンだよテメェは?」
「そんなに怖い顔で睨まないで欲しいッスよー、お兄さん。こっちは一人寂しくお酌してるのにそっちだけワイワイやってるのズルいッス!」
急にシャキッとして酒瓶を片手にビシィッ!と擬音が付くような勢いで全員を指差す。かと思えばまたニヘラと赤ら顔を向けて懇願するように跪いた。
「ってわけで私もこっちに混ぜて欲しいッス! お願いッス! このままじゃ寒空に晒された私の体と同じように心も凍えてしまうッス!」
「ふむ、別に我輩は構わぬが……クルエ先生はどうですかな?」
「僕も別に良いですよ。人数が多い方がお酒は美味しいですからね。ギース君も構いませんか?」
「ちっ、まあ別に構いやしねぇけど。おい、妙な真似したら店から蹴り出すからな?」
「ノンノン! こちとら品行方正を売りにしているメイドっす! みなさまの気分を害すような不届きな真似はしないッス!」
「品行方正なメイドがンな店で絡み酒するかよ」
「メイドだって酔い潰れたい時があるんス。ささ! この酒は私が奢るッス。せっかくの出会いなんスから楽しみましょうッス!」
そうまくし立てながら自然な動作で勝手に店の酒を取り出すと、流れるようにそれぞれのジョッキに酒を注いでいく。厨房の奥からシオンの母親が新しいつまみが出来た旨を告げると、一目散に取りに移動してテーブルに並べていく。店で働いて長いベテランのようなその動きにそれぞれ呆れるやら笑うやら。だが酒が入っているせいか、概ねアリエス達も好意的に彼女を受け入れたようだった。
「ありがたいのですけれど、そこまでする必要はありませんわ。貴女もお座りになりなさいな」
「んじゃお邪魔するッス。みなさん冒険者さんッスか? んでそちらのお嬢様は貴族っスよね? 貴族と平民のパーティでここまで垣根のないのって珍しいッスね」
「当然ですわ。冒険者である以上、互いの背中を任せる間柄ですもの。身分なんて関係ありませんわ」
「いやいや! 素晴らしい心構えだと思うッス。どっかの貴族連中にも聞かせてやりたい言葉ッスね」
やや大仰な仕草でおだてられ、アリエスは慎ましやかな胸を張った。思わずそれを見てミュレースはツッコみそうになるもかろうじて自制した。
「あ、私はカレン。メイドさんは何て呼べばいい?」
「おおう、申し訳ないッス。私はミュレース。訳ありの旅のメイドッス」
「旅のメイドってなんだよ……」
「深く考えたらダメっす、怖い兄さん。あ、本当はとある貴族様に仕えてて、お遣いの帰りなだけなんスけどね」
「へぇ、そうなんだ。大変だね。てっきりメイドさんはご主人様の傍でずっと控えてるもんだと思ってた」
「普通はそうですわよ? 遣いには別の専用の者が居てその方に任せますわ」
「それだけミュレースさんが信用されてるということなんでしょう」
「お、眼鏡のお兄さんは分かってるッスね」
「おじさん」ではなく「お兄さん」と呼ばれ、最近やや年齢を気にし始めていたクルエは苦笑いながらも何処か嬉しそうだ。
カレンは酒のせいかヘラヘラと楽しそうに笑うミュレースを見た。顔つきも体つきも何処か幼さを残しており、とても一人で旅ができそうにも思えない。酒に飲まれているような様子も――失礼だとは思うが――貴族の信頼を受けて遣いを任せられるようにも感じられない。
(でも、なんだろう?)
甘いお酒の香りを楽しみながらも首を傾げた。悪い人ではないようなのだけれども、彼女を見ていると何処かチグハグな違和感を覚える。けれど彼女自身も酔いの回った頭ではその答えを導くことはできず、その疑問に蓋をして代わりに彼女を見かけて以来気になっていた事を口にした。
「そういえば、お勤めしてるメイドさんってみんないつもメイド服なんだね?」
「そりゃそうッスよ。これは私らにとって戦闘服ッス。いつ如何なる時でも私たちはメイドッスから。他の衣装なんて考えれないッスね」
「でも旅の時とか、やっぱり動きづらかったりしない?」
「ちっちっち、そんな事を言うメイドは半人前も半人前。むしろ他の衣装を着てる方が動きづらいくらい着こなせてやっと一人前ッスよ」
「ホントかよ?」
「でもやっぱそうなんじゃない? ほら、前にレイスさんも同じこと言ってたし」
「ぶふぅぅぅぅっっっ!?」
「うぎゃあああっ! 眼が、眼がぁ!?」
レイスの名前を出した途端にミュレースが酒を吹き出し、特に理由のない悲劇がイーシュの顔面を襲う。度数の高いアルコールが眼球を直撃。床の上をバタバタと転げ回り、ミュレースはミュレースで激しく咳き込んだ。
「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫ッス……出てきた名前にちょっと驚いただけッスから。もしかして、もしかしてッスけど、レイスって私と同じメイド服の……?」
「はい、レイスさんは僕らの仲間です」
「ミュレースって、もしかしてレイスさんの知り合い?」
「知り合いも何も、私が尊敬する先輩ッス!」
誰もイーシュの心配をしない中、カレンの問いかけにミュレースは胸を張った。確かにレイス達がスフォンを拠点に活動していたのは事前の調査で分かっていたが、まさか偶々入った店で彼女の仲間に出会うとは思ってもみなかった。
「……世間って狭いッスね」
「なんでしたかね。東の方では確か『縁がある』というんでしたでしょうか」
「意外な繋がりというのはそこらに転がっているものなのである。
して――もしかしなくてもミュレース殿はレイスと王女たちの事を把握しているということで良いかね?」
安否こそ知らされているものの、フィアやキーリ達の近況が分からずに全員がやきもきしていた。それ故にオットマーは彼女に尋ねたのだ。
「いやー」だがミュレースは困ったような表情を浮かべ後頭部を掻いた。「もちろん先輩たちが置かれてる状況は知ってるッスよ? さすがに大事件ッスからね」
「……レイスさんたちは犯人じゃないよね?」
「そりゃもちろん。先輩がそんな事……いや、王女様が望めば先輩なら殺りかねないッスけど、王女様もそんなことする方じゃないってのは分かってるッス。だからはめられたんだろうなってのは何となく思ってるッス。でも真実が陽の目を見る事の方が珍しい世界ッスからね、王城って場所は」
「……ちっ」
「フィアたちは今どこに居るんですの? 知ってるんですわよね? さあ白状しなさいな」
「いや、さすがにそれは知らないッス」
詰め寄りかけたアリエスだったが、ミュレースは即座に否定した。彼女にとってまだアリエスたちが本当に仲間であるかも断定できないし、たとえ仲間であってもフィア達の居場所が他所に漏れる事は最も避けるべき事だ。情報の拡散を防ぐためには、知る人間を少なくするのが最も確実であると彼女は知っていた。
「そう、ですの……」
「ま、捕まったら捕まったで大々的に発表されるはずッスから今のとこ無事なのは確実ッスけどね。それに先輩がついてるッスから、大丈夫なはず。だからそう気を落とさないで欲しいッス
さ! そこで転がってる兄さんも言ってたッス! 酒は楽しく! しみったれた空気を笑い飛ばすッス!」
「誰のせいだ、誰の!」
「細かいことは忘れるッス! ほら、飲んだ飲んだ!」
「ゴボガバババ……」
酒瓶をイーシュの口に突っ込んで塞ぐと、他の面々にもはしゃぎながらミュレースは酒を注いでいく。
はしゃぎ、おどけ、率先して場を盛り上げていく。しんみりしていたメンバーも気持ちを切り替えて楽しみ、鬱々とした心情を弾き飛ばすように笑い声を上げた。それをクルエとオットマーが優しく見守る。
やがて宴もたけなわとなり、イーシュが完全に酔い潰れ、アリエスはオットマーにしがみついたままスヤスヤと眠りに就く。困り顔のオットマーを冷やかしながら、無事な面々で片付けを行い、解散する運びとなる。
「いやー、今日は楽しかったッス。悪かったッスね? 余所者が乱入して」
「いえ、ミュレースさんが盛り上げてくれたから僕らも楽しかったです。こちらこそありがとうございました」
「とんでもないッス! おばさんの料理も美味しかったし、こんな美味しいお酒も久しぶりで良い夜だったッス。名残惜しいッスけど、またいつか会いたいッスね」
ニヒヒ、と見た目にそぐう子供っぽい笑い方をしてミュレースはシオンを見下ろした。そして手を差し出し、それをシオンも握り返す。
「それじゃ、お元気――」
「あの、ミュレースさん」
帰ろうと背を向けたミュレースをシオンが呼び止めた。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




