5-4 願いは胸に、されど惑う(その4)
第3部 第24話になります。
初稿:18/01/18
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
迷宮都市・スフォン
「う~……すっかり冷えてしまったッス」
汚れた外套の中でミュレースは体を震わせた。
頃合いはすっかり夜。陽はとっくに暮れて空では綺麗な星が煌めいている。そんな星空を見上げるも、星読みの趣味があるわけでも観賞する程興味があるでもないミュレースはすぐに視線を落として溜息を吐いた。興味があるのは、早く暖かい料理でも食べることと体を温めたいということだけだ。
「しっかし予定外ッスね」
ミュレースは人気の少ない路地でぼやいた。そして遠く楽曲が鳴り響く貴族の邸宅を見上げた。
彼女がスフォンにやってきたのは、貴族派の貴族が治める街の様子を調べるためだ。コーヴェルの待つハーユクゥマへの帰路の途中であるため、どうせならば、と彼女自身の判断で立ち寄って朝から情報を集めていた。
彼女の計画では早朝、朝日が登る頃に到着して昼過ぎにはスフォンを出立し、また近くの町で宿を取るつもりだったのだが、朝早くだというのに既に街の門には多くの人が並んでいた。
恐らくは昨日から並んでいたのだろうが、お陰で彼女の予定は早々に狂った。街に入れたのはすっかり街が活発に動き出した頃で、更に彼女の予想を裏切ったのが街中を警らする兵士の数だ。
どこもかしこも三十分も歩けば兵士に遭遇し、そのため色々情報を探るにしても他の街以上に気を遣わなければならなかった。道行く人たちの口も堅く、結果、一通り町や貴族の様子を探り終えたらすっかり陽は落ち、こうして寒々しい街の中で凍えるに至っている。
「ま、それでも収穫があっただけ良かったってとこッスかね?」
ふぅと冷たくなった手のひらに息を吹きかける。
スフォンは貴族派の街だが、そんな街でも庶民レベルでは王に対する不満は高まっている。さすがに表立って不平を口にするものは居ないが、庶民の間では確実に現王の評価は落ちている。もしかすると、昼間から歩き回っていた兵士たちは、そういった不届き者を捕らえようとしていたのかもしれない。だとすれば人々の口が堅いのも納得だ。
それともう一つ分かったこと。
「……」
ミュレースは立ち止まった。
見上げる先にあるのは教会だ。街の中心付近に大きな教会が建っているためここにあるのは民家に毛が生えたようなサイズだが、それでも見た目はそれなりに立派だ。装飾もきっちり施され、それが貴族街、富裕層街のあちらこちらにあった。いずれも新しく、ここ数年で建てられたのは間違いない。
「侯爵様の仰ってたとおりッスね。教会との結びつきをもう隠そうともしてないッス」
国王派には最早抗う力が無く、隠す必要も無いと判断したか。それとも皇国側の発言力が強くなった結果か。いずれにせよ、貴族派の中では教会の存在感は大きくなっている。このままではコーヴェルが危惧したように、王国そのものが教会の傀儡になりかねない。
「頼むッスよ……」
ミュレースは頭の中で一週間程前に出会った年若い王女の姿を思い浮かべ、懇願にも近い呟きを漏らす。そして最悪の未来を想像し、ブルリと体を震わせるも、それが寒さのせいだと一人嘯いた。
「にしても、ホントに寒いッスね……よくこんなトコに住めるッスよ、みなさん」
フィア達の居たヘレネムに比べて北方の、それも内陸にあるスフォンでは冬の訪れは早い。本格的な冬将軍の到来はまだだが、夜ともなればかなり冷え込んでくる。寒いのには慣れているし、これくらい野宿をしたって平気なくらいには自らの頑丈さに自信はある。が、かと言って寒いのが好きかと問われれば彼女はノータイムで「大っ嫌いッス!」と応える程度には望んでいない。
一刻も早く暖かい料理で体を温めたいところだ。強めの酒があればなお良い、とおっさんじみた事を考えながらキョロキョロと見渡す。そのためにもまずは宿を探さなければ。本人の意思を無視して垂れてくる鼻水をすすり、ミュレースは街を練り歩いた。
だが。
「マジっすか……」
一時間以上宿を探し回った彼女だったが、未だ宿を決められずにいた。
スフォンは観光するような街ではない。冒険者の多くはこの街に拠点を置いており、みなそれぞれの住居を持っている。数は減ってきているが商人の出入りも多いため宿はあるにはあるのだが街の規模に比べて少なく、この時間ともなればすでにどの宿も満室であった。
「こんだけでけー街っすから、宿の一つくらいなんとかなるっしょ!」と楽観的に考えていたが、アテが外れた形だ。
「となると、アッチっすか?」
幾分重く感じる荷物を背負って、先程通ってきた貴族街の方を見る。
さすがに貴族街や富裕層のエリアに行けば空きはあるだろうが、通り過ぎた際にチラリと見ただけでも高級そうである。路銀はそこそこにもらっているが、流石に高級宿に泊まるのを想定した額ではない。
「ってか、ンな高い宿、こっちからお断りッスわ」
何よりミュレースは根っからの小市民である。侯爵に仕え、王城で生活していたとはいえメイドであるが故に生活は当然貴族らに比べれば質素であるし、彼女自身、彼らの豪奢な生活を眺めながら「ぜってぇ馴染めねーッス」とうんざりするのが常であった。
一瞬で高い宿に泊まる選択肢を放り捨てたはいいが、さて、どうするか。ミュレースは腕を組んで考え込んだ。だが考え込んだところで何か妙案が出るわけでもない。乾いた寒風がむき出しの首元から熱を奪っていき、盛大にくしゃみをしたところで彼女は考えるのを止めた。
「とりあえず飯ッス」
腹が減ってはまとまる考えもまとまるまい。レイスが聞けば「普段から何も考えてないでしょう」とツッコミが入るところだが、幸いにして彼女の敬愛する先輩はこの場にいない。「人生なんとかなる」の精神で後のことは放り出し、ミュレースは食事をする場所を探して再び歩き出した。
だが宿探しを始めた時点ですでに日は暮れていたのである。そこから宿を求めて歩き回ったためにもうすっかり街は眠りにつく準備を始めている。富裕層街はまだ煌々としているが、宿同様あちらの空気はミュレースの肌に合わない。できれば平民街の中で美味しそうな店は無いか、とこの期に及んでまだ品定めをしているが、そうこうしている内に店はいよいよ閉まっていく。
「ぬぬぬぬ……もう何処でもいいから妥協するしかないっスか……?」
しかし上手くて暖かい飯にはあり付きたい。だがそのためには最悪飯抜きも覚悟しなければ。安い葛藤をして唸る彼女だったが、ふと目に入った小さな店先に現れた獣人らしい少年が看板を仕舞い始めたのを見ていよいよ腹を決めた。
「ちょっと待つ゛ッスーっ!!」
突然の大声に獣人の少年らしき人影――シオンが驚いて体をビクつかせた。声の方を見遣れば、幼い顔立ちの女性が大きく両腕を振った全力疾走で近寄ってくる。目を血走らせたその形相は、どう見てもお近づきになりたくない手合いである。
「……」
自分は何も聞かなかったし見なかった。そうしたい衝動に駆られたが、我が家は飲食店である。ならば店仕舞い間際であろうとも客は迎え入れるべきだ。
シオンは目の前で急停止したミュレースにニコリと満面の笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ!」
心臓を撃ち抜かれたような衝撃がミュレースを襲う。鼻の奥で熱い鉄錆の臭いが迸り、ミュレースは鼻を押さえてシオンから顔を逸らす。
(こ、これは強烈ッス……)
世の中には小さな少年にうつつを抜かす人種が居るという。そんな話を聞いた時には何のことかさっぱりだったが、今この少年を見た瞬間に全ての真理を理解したような気がした。かつて敬愛するレイスがフィア王女を隠れ見てハアハアしている姿にドン引きした記憶があるが、対象の男女の違いはあれどレイスの気持ちが一瞬理解できてしまった。
「? どうしました?」
「い、いや……なんでもないッス」
自分はノーマルノーマル。幼気な少年少女を襲うような淑女の風上にもおけない人間ではない。ミュレースはそう言い聞かせた。
「そ、それより少年! もう店仕舞いッスか!? 温かいご飯にはありつけないッスか!?」
御年二十二歳になるシオンは「少年じゃないんだけどなぁ……」と自らの童顔に落ち込みながらも、特に反論もせずに頷いた。
「そうですね。一応そのつもりでしたけど……ちょっと待っててください。確認してきますね」一度店の中に引っ込むとすぐに戻ってくる。「はい、まだ大丈夫ですよ」
「ほ、ホントっすか!?」
「ええ。でもこの後、仲間内でパーティが始まっちゃうんですけど、それでもいいですか?」
「……そんな場所に入ってもいいんスか?」
「はい。みなさん快く了承頂きましたよ」
ならば、とミュレースはシオンに続いて店の中に入っていく。
店内にはイーシュやアリエスたちいつものメンバーが揃い、更にはクルエやオットマーの二人の姿もあった。「凄いデコボコ感のあるメンバーッスねー」と思いながらも「すまねーッス」と彼らへ謝辞を口にした。
「なんの。本来の役分を犯してるのは我ら故に謝罪が必要なのはこちらなのである。お気になされずともよい」
「そッスか? なら遠慮なく――少年、コレとコレとコレとコレとコレを注文するッス」「分かりましたけど……一人で食べられます?」
「空腹なんでこれくらい余裕ッス。あと強めの酒も欲しいんス」
「ありますけど……ごめんなさい、たぶんお客さんにはお酒は早いかと」
「自分が幼く見える自覚はあるッス。でもこれでももう成人してるッスよ?」
それなら、とシオンは注文を承って厨房の母親に伝える。まず酒が運ばれ、それを瓶のまま一気に喉に流し込む。喉が瞬く間に熱を持ち、腹の底から燃えるような感覚にミュレースは「くぅ~!」とオヤジ臭く唸ったのだった。
そんな気持ちいい飲みっぷりを横で見てイーシュが我慢できるはずがない。
「……なぁ、もう飲んだらダメか?」
「ダーメ。シオンくんが戻ってくるまでもうちょっと待つの!」
カレンにたしなめられシュンとするイーシュ。呆れるギースやアリエス。卒業から六年が経過しても学生時代と変わらぬ彼らの姿にクルエとオットマーは相好を崩した。
そこに一通り料理を運び終えたシオンが戻ってくる。空いていた席に座ると早速イーシュがジョッキを持ち上げた。
「よしっ! んじゃ揃ったってことで……」
「アリエス様、最初に一言お願いします」
「コホン、それでは……
オットマー先生、クルエ先生。長年のご指導お疲れ様でした。お二人の新たな門出と今後のご栄達を祈念して乾杯しましょう。それでは――」
「乾杯!」
ジョッキが打ち鳴らされ、全員で同じように杯を傾けていく。そして揃ってまた同じように美味しそうな溜息を漏らした。
「ありがとうございます、みなさん。卒業してもう六年も経って、みなさん立派な冒険者になられてるのにこうして激励して頂けるとは思いませんでした」
「うむ。我輩も諸君らの活躍はずっと耳にしてきたのである。本来ならば我々が激励するところであるのだが――」
「そんな事はありませんわ。ワタクシたちがこうして冒険者として成長できているのも、学生時代のお二人のご指導があったからこそですわ」
「そーそー。オットマー先生とクルエだったから俺もキチンと授業受けれたしな」
「……イーシュくんは僕の授業の時はたいてい寝てた記憶がありますが」
「んな事ねーって。ちゃんと聞いてたっての……半分くらいだけど」
「結局全部忘れてりゃ同じだろうが」
「まあまあ。
ところで先生方はいつまでスフォンにいらっしゃるんですか?」
「今のところ、歳が変わる前にはここを発つつもりです」
シオンの質問にクルエが答え、隣のオットマーも頷く。
「我輩もそのつもりである。多少クルエ先生とは日付がずれるであろうが」
「その後はシェニアの私立学校で働くんですのよね?」
「うむ。職員が足りないと言うのでな。ありがたくお話を受けることにしたのである」
スフォンの支部長を退いたシェニアは、今は王国南部の副都・ユーグノース近郊の小さな町で暮らしていた。私財を投げ打って設立した私立の養成学校で今は学校と併設された孤児院の経営をして過ごしている。
あまり大きな学校ではないが、各地にある養成学校と比べて遥かに安く、また冒険者を目指さなくても学べる学舎ということで少しずつ生徒は増えていた。シェニアの思想に共感した貴族や商人から寄付を受けるのと自ら復帰した冒険者としての収入で経営しており、また彼女の知識を求めてやってくる学者たちから徴収する費用も貴重な資金源であった。
キーリやシオンと共同で発表した論文も賛否両論ながら反響は大きかった。魔法学に限らず様々な分野で応用が効く可能性を見出した先進的な学者、或いは商人の支援を受けた技術者などが訪れ、そんな彼らに向けて費用を受け取った上で彼女自ら特別講義を行う。彼女の新たな人生もまた順調だった。
だが反面、学校の講師というのは中々数が集まらない。引退した冒険者などを雇って授業を行っているが、生徒の数が増えてくると手は回らなくなるし、彼らも指導者としての経験が豊富なわけではない。そこで彼女が目をつけたのが、校長時代からよく知っていて信頼のおけるクルエとオットマーの二人であった。
「いい加減、僕らも煙たがられてましたしね。研究の費用も殆ど降りなくなりましたし、もう僕らの話をキチンと聞いてくれる生徒も少なくなりましたから。
教え子のみなさんの成長が見られなくなるのは寂しいですけれど、思い切ってここを離れることにしました」
クルエは残念そうに零すも新たな決意を口にする。
シェニアが離れた後も彼ら二人は養成学校に残って教鞭をとり続けた。少しでも生徒たちが人として、冒険者として成長できることを願い、厳しくも優しく指導をしてきた。二人が信じる道を進み、しかし予想された通り彼らの思いと養成学校の意図は食い違いが大きくなってきたのだった。
クラスの担当からは外され、平民の生徒は少なくなり、冒険者としてよりも貴族としての格や振る舞いが重要視されるようになっていく。国の礎となり、人々の盾となる人材を育成するはずの養成学校は、いつしか単なる貴族社会の縮図に成り果てていた。当然、そこに彼ら二人の居場所はなくなっていた。
「……同じ貴族として恥ずかしいばかりですわ。オットマー先生を追い出すような真似をするなど、どうお詫びすれば良いか言葉もありませんもの」
「お主が気に病むことはない」
ちゃっかりと横の席を確保していたアリエスの頭を撫でようとし、しかしすぐに思い直して手を引っ込め、代わりにオットマーは言葉で応じた。
「単に時勢が悪かっただけなのである。我輩は気にしてないが故、お主も気にする必要もない。我輩たちの処遇に不満があるのであれば、同じような処遇の他の者を守ってやるがよい」
「……そうですわね。せめて反面教師にしなければ、ワタクシとしても貴族の名を汚してしまいますもの。そうならないよう気をつけますわ」
頭を撫でられなかった事に口をやや尖らせるが、アリエスはそう言ってオットマーの太い腕にしがみつく。
「こ、こら! 離れるのである」
「お断りですわ。もう次にこの見事な筋肉に触れられるのがいつになるか分かりませんもの。今日堪能しないでいつ堪能するというのですの?」
頭を撫でられなかった腹いせだ、とばかりにぎゅうっとアリエスはいっそう力を込めてしがみつく。オットマーは困惑し、渋面を作って引き剥がそうとするもふと見下ろした彼女の顔にその手を止める。
酒によってやや赤ら顔のアリエス。嬉しそうにオットマーとスキンシップを取っているが彼はその笑顔の奥にただならぬ何かを感じ取った。
何かを忘れようとしている。或いは、今だけは考えたくはない。深い悩みが見え隠れし、しかし如何なオットマーでも心の中まで窺い知ることはできない。それが女性ともなれば、男性より一層複雑。オットマーはスキンヘッドの後頭部を掻きながら頷き、溜息を吐くと今度こそその大きな手でアリエスの頭を撫でた。
「確かにこの街を離れるが、我輩はいつだってお主らの『先生』のつもりなのである。困った時や悩みがある時はもちろん、いつだって訪ねてくると良いのである。クルエ先生共々歓迎しよう」
「……はい。その時はぜひ、町の案内をお願い致しますわ」
見上げたアリエスはより一層の笑顔で応じる。
だがどうしてだろうか。オットマーには悲壮が一層濃くなったように見え、自らの力不足を一人嘆いたのであった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




