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5-3 願いは胸に、されど惑う(その3)

第3部 第23話になります。


初稿:18/01/16


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。

ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。




「分かんねぇなら教えてやる。

 ――テメェは人間として魅力的なんだよ」


 意地悪なジト目から一転、真面目な顔でキーリはフィアの眼を見つめた。


「フィア・トリアニスでもスフィリアースでもいい。お前に関わったらみんなお前に惹かれるんだ。お前を知れば知るほど放っておけなくなるんだ。応援したくなるんだよ。だからお前の周りには良い奴らが集まってくる。アリエスとかシオンとかシンとかな」

「……そこにお前自身は加えないのがお前らしいな」

「バカ、自分で自分の事を良い奴とか言う野郎にロクな奴は居ねぇんだよ。

 とにかく、お前の周りにはお前が思ってる以上にお前を助けてくれる奴がきっと居る。だから、王様になったらそいつらを思いっきりこき使ってやれ。そうすりゃお前一人でやろうとするより物事は良い方向に進む」

「……そうは思えないんだが。私にそんな価値があると思うのか、お前は? それこそ買いかぶりだろう」

「そりゃお前が気づいてないだけー。テメェの仲間達を見くびんなよ」

「……」

「それに、もう一つ王様として大事なものをお前は持ってると思うぜ。しかもそいつは何よりも大切なモンだ」

「……そんなもの、私にあるか?」

「あるさ」


 一体なんだろうか。しかめっ面をしっぱなしのフィアだが、キーリは皮肉っぽく笑って彼女の額をピンっと弾いた。


「そりゃ、いつだってお前が誰かのために悩める人間だって事だ」


 フィアは額を押さえてキーリを見上げた。キーリの言葉が上手く飲み込めずキョトンとしているが、無防備なその顔が愛おしくてキーリはその体を抱き寄せた。


「お前はいつだって誰かのためを思って、誰かのために怒り、誰かのために行動を起こせる。自分じゃない誰かのために。そんな稀有な人間だ。偶に自分を蔑ろにしちまうのが難点だがな。

 だからもしお前が王になったとしても、きっと良い王様になると思うぜ、俺は」

「でも私はもう――」


 誰かのために立ち上がる事などできない。

 そう言おうとしたフィアの口を、キーリが塞いだ。

 キーリの吐息が掛かり、頭の中が白く染まる。余計な不安が隅へと追いやられていく。

 やがて頬をくすぐっていた彼の前髪が離れ、少し赤くなった顔を向けると揺れる前髪の隙間から黒く吸い込まれそうな瞳が柔らかく笑っていた。


「そう言うのは無しだ。夢を見失っただけだよ、今は。お前の夢は、ずっとお前の中に残り続けてる」

「そうだろうか……」


 信じられない、と首を振った彼女の頭を今度は優しく撫で、キーリは体を離した。


「質問の流れ上、今はお前が王になったって前提で話をしたけどな、何度も繰り返すようだけど別に王にならない選択をしたって良いんだからな?

 ただ、思いっきし悩め」

「――」

「王様になっちまったら悩んでられねぇ時もあるだろうけど、今はじっくり悩んでもいい時だって思う。

 だったらいっぱい悩んで悩んで悩んで、そして決断すりゃいい。後悔は、いつだって中途半端な決断をした時に抱くもんだ。本気で悩んで決めた時は、例えその結果が悪い方に転んだって納得できる」

「それはキーリの哲学か?」

「実体験だよ」


 復讐を決めた時も、冒険者になるという回りくどい道を選んだ時も、フィア(彼女)の傍に居ることを優先する、その事を決断した時も。

 そしてアヤ()に何も告げないと決めた時も。そうしてしたどの選択にも、後悔はない。


「強いな、お前は」

「なぁに、歳食ったおっさんの処世術だよ」

「私よりも歳下のくせに」


 不思議そうな顔をするフィアにキーリはそれ以上何も言わず、もう一度ガシガシと彼女を乱暴に撫でると部屋を出て行く。


「ま、話が長くなっちまったけど、俺が言いたいのは、お前が悩んで出したんならどんな結論だって傍で手伝ってやるってこと。

 さて、言いたいことは言ったし、んじゃ今日は俺はリビングで寝るわ。お前も悩むの程々にな」

「あ、ちょっと待て――」


 フィアが呼び止めようとするも、それよりも先に扉が閉まる。一人残された彼女だったが、頬を掻くと少し嬉しそうに笑いベッドに身を投げた。

 枕に顔を埋め、窓の外に視線を移すと、先程まで土砂降りだった雨がいつの間にか小雨になっていた。

 広くなったベッドで大の字になり眼を閉じる。


(本気で悩む、か――)


 自分はどうしたいのだろうか。穏やかになった心の中に耳を傾けるも、問いに対して語り返してくれる声は聞こえない。

 誰をも守る、英雄になりたい。それは幼い頃からの彼女の夢だ。それは今は彼女の中から消えてしまった。彼女はそう思っていた。しかしキーリは夢を見失っただけで、夢自体はフィアの中に残っていると言った。ならば、その夢は今、フィアの何処に隠れてしまったのだろうか。


(もう私は誰かのために立ち上がれないと思っていた。でも――)


 彼の言葉通り誰かを思う気持ちが残っているなら、まずはそれを探してみよう。そうすれば自分が何をしたいか、本当に気持ちが残っているのかも分かるはず。そんな気がした。

 長いまつげを揺らしてフィアは一度眼を開け、大きく息を吸い込んだ。胸が膨らみ、何処かスッキリした気がした。

 決意を胸に彼女はそっと眼を閉じ、やがて静かな寝息が寝室に溶けていったのだった。





「……んん」


 窓から差し込んだ朝日に、キーリは身を捩りながら眼を開けた。その拍子に椅子から転げ落ちそうになり、慌てて椅子にしがみついた。

 そういえば椅子で寝たんだったな。昨夜の事を思い出し、強張った節々を伸ばしながらアクビをする。窓に目を向ければ、山裾からすっかり顔を出した太陽が窓の水滴を照らしていた。土砂降りの雨は何処へやら。今日は快晴のようだ。


「キーリ様、おはようございます」

「んあ? ああ、おはよ、レイス」


 まだ日が昇って間もないだろうに、ボサボサ頭のキーリを見下ろすレイスは既に身支度を整え終えていた。長い黒髪をアップにし、いつもどおり無感動な顔で一礼してくる。だが挨拶と共に顔を上げた彼女の眼には微かな苦悩が覗いていた。


「どうしたよ、朝からそんなしょぼくれた顔して」

「……そのような顔をしているつもりはありませんが?」

「何年一緒に住んでると思ってんだ? バレバレだっての」


 もう一度アクビをして頭を掻く。そしてレイスの脇を抜け、台所に置かれていた桶に張られた水をすくって顔にパシャリと掛けた。


「フィア、だろ?」

「……はい」


 レイスからタオルを受け取ると、一緒にカサリと紙の感触がした。適当な仕草で顔の水気を拭いながら見下ろすと、白い無地の封筒が手の中にあった。表書きには「キーリとレイスへ」と丁寧な字で書かれていた。


「レイスは読んだのか?」

「いえ、まだです。ですが今朝方、お嬢様とはお話できましたので」

「そっか」


 彼女の事だ。恐らくは黙って一人で抜け出すつもりだったのだろう。だが気配の察知でレイスを欺けるはずもなく見つかってしまった。さぞバツの悪そうな顔をしていたに違いない。

 キーリは封筒から便箋を取り出して眼を通していった。手紙の内容は簡潔で、しばらく一人で周囲の街を見て回るつもりである事、当分戻らないつもりだが心配いらない事、次にミュレースがやってくる頃には帰ってくる事が書いてあった。


「で、レイスは止めなかったのか?」

「はい。お嬢様のご意思を尊重するのが私の役目ですので」


 そう言いつつも、内心ではフィアを一人で行かせた事を未だに悩んでいるのが明らかだった。心の中でキーリは「過保護だな」と思いつつ、彼女の気持ちもよく分かる。

 キーリも出ていくフィアを敢えて止めなかったが、こうして離れてみると何ともハラハラして心配してしまう。この三年ずっと傍に居たせいだろうか、そのうち帰ってくると分かっているのに落ち着かない。


(昔だったら誰かをここまで想うことなんて無かったのにな)


 人間、変われば変わるものだ。だがそんな自分が嫌いではない。これも誰のせいだろうか。キーリは自分に苦笑した。


「ま、何日かしたら迎えに行くか。だいたい何処にいるかは分かるしな」

「宜しいのですか?」

「心配させる罰だ。一人の時間を多少短くするくらい許されるだろうよ」


 そう言うと、相変わらず表情からは分かりづらいが彼女も幾分落ち着いたようだ。一礼してキーリの傍から辞すると裏手の倉庫の方へ向かった。朝食の食材を取りに行ったのだろう。

 キーリはもう一度背伸びして晴れ渡った空を眺めた。窓を開ければ清々しい空気が入ってくる。それを思いっきり吸い込み、首を回した。


「……って、アイツの仕事も俺がしなきゃなんねぇじゃん」


 午前は畑を耕し、午後は狩りと村のパトロールか。

 しばらくは忙しくなりそうだな、と呟き、朝を食べたら早速出かけるか、とキーリはテーブルに皿を並べ始めたのだった。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>

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