5-2 願いは胸に、されど惑う(その2)
第3部 第22話になります。
初稿:18/01/13
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
ミュレース:レイスの後輩メイド。フィアを探して王国中を回っていた。
フィアはもう何度目か分からない寝返りを打った。
眼を閉じて眠ろう眠ろうと心掛けるのだが、そう思えば思うほど逆に頭は冴えて眠れなくなる。体は疲れておらず、対照的に頭は熱を持っている。
眼を開け、フィアは被っていた布団を外した。上半身を起こして小さく溜息。物音を立てないようにベッドから這い出て窓の外を仰いだ。
「眠れないのか?」
不意に彼女に向かって掛けられた声。フィアは体をビクッと震わせ、バツが悪そうな顔をして振り返った。
「すまない、起こしてしまったか?」
「いや……元々俺も眠ってなかったからな。気にすんな」
キーリはボリボリと頭を掻きながらそう言ってベッドから降りた。前髪の隙間から彼の鋭くも柔らかさを含んだ瞳が覗き、フィアの頭を乱暴に撫でながら彼女の隣に並んだ。
一緒に窓の外を眺める。ガタガタと音を立てて窓を開ければ雨の匂いが漂ってきていた。いつもの月明かりは、今は分厚い雲に覆われている。風も多分に湿気を含んでいて、雨が降りそうだな、と思っているとちょうどパラパラと屋根が音を立て始めた。
「ありゃ?」
降り始めたと思えば瞬く間に本降りに。小気味よく屋根を打ち鳴らしていた雨粒の音は既にザーッという単色な音に塗り潰され、キーリはつまらなさそうに口を尖らせ窓を閉めた。
「夜風に当たりたかったが……この分じゃ無理そうだな」
「ついでに久々に夜空で星でも眺めたかったんだがな。こんだけ雲が分厚けりゃな」
「顔に似合わない事を……いや、そう言えば昔からお前はロマンチックなところがあったのだったな」
「そうだっけ?」
「ああ。この――」フィアはベッド脇のチェスト上に置かれていたかんざしを手に取った。「かんざしを買ってくれた時も星空を眺めていた」
「よく覚えてんな」
「覚えてるさ。お前から初めてプレゼントを貰った夜だからな」
かんざしをフィアは愛おしそうに撫で、当時よりずっと短くなった髪に挿して雨の振る夜空を見上げる。
「星が好きなのか?」
「昔はそういう訳でも無かったんだけどな、こっちの世界に来てからは見上げる事が多くなった気はするな。あっちよりもこっちの方が空気が澄んでるせいか、小さな星もよく見える」
「空気が澄んでいる、というのが私にはよく分からないが……そんなに違うのか?」
「あっちは空気が汚れてたらしいからな。俺は十分綺麗だと思ってたけど、こっちに居るとやっぱり空気が全然違うって感じるよ」
そう言って恨めしそうに雨空を見上げた。
フィアはその視線の先を何気なく追い、目を閉じてノイズのような雨音を聞きながら迷ったような口調でキーリに尋ねた。
「その、だ……お前が昔住んでいたところの政治というのはどんな様子だったんだ?」
「ミュレースの件か?」
フィアが何を聞きたいかを察したキーリが苦笑いしながら尋ね返すと、彼女は眉間に皺を寄せたまま頷いた。
「笑うな。私は本気で悩んでるんだ」
「分かってるって。ワリィ。けど、参考にしたいんだろ? だったらハッキリそう言えよ。別にお前には隠すことはないし、お前が決断する助けになるんだったら幾らでも話してやるから」
「そうか……そうだな」フィアは気恥ずかしそうに頬を掻いた。「なら教えてくれ。お前が居た国では王はどのような統治をしていたのだ? 前に話を聞いた限りだともう何十年も大きな戦が起きず、平和な時代が続いているみたいだが」
「薄氷の上の平和だとは思うけどな。ま、確かにこっちに比べれば平和かもしれねぇな。
俺の居た国、日本だと王様――正確にはちょっち違うけどな――は政治には直接関わっちゃいなかった」
「なに? では誰が政を行うのだ? 貴族か?」
「他の国だと残ってたけど日本だと貴族は過去のもんだったからなぁ……めっちゃざっくり言えば総理大臣――宰相だな。その人が主に国のアレコレを決めてた」
「こちらでも宰相が政治の実権を握る事もあるが、そちらでもそこは変わらないんだな」
「宰相だけでやってるわけじゃねぇけどな。色んな部署に別れててそれぞれに大臣が居て、その大臣たちのトップがその総理ってわけ。けどこっちと一番の違いは制度だな。国の方針について話し合う議員たち――こっちの世界だと貴族がそれにあたるんだろうが、そいつらを選挙、つまりは国民の投票で選ぶんだ」
「なに? 国の中枢にいる人間を、市井の者達が選べるのか? それで国が回るのか?」
「まあ実際に回ってたから上手くいってるってことだろ。てか、ブリュナロク共和国とかもそうじゃねぇのか?」
「確かにあの国に王はいない。商人の国だからな。だが王国でいうところの貴族が商人に置き換わっただけで、実質的には有力な商会の長が集まって国を動かしているらしい。私も聞きかじりだから詳しい事は知らないが。
それで、キーリの国はどうなんだ? 詳しく教えてくれ」
民主主義に興味を示したフィアに、キーリは噛み砕いて説明してやる。一つ教えればまた一つ疑問が生まれてくるようで、彼女は熱心に問い返しながら彼の説明を消化していく。
既に夜半だが途中で中座して茶を飲みながら、キーリももう何十年も前の記憶を何とか引っ張り出していく。怪しかったり詳細が分からなかったりと冷や汗ものではあったが、出来る限り丁寧に教えていった。
やがて一通りの説明を聞き終え、フィアはううむ、と唸った。
「なるほどな、『王は君臨すれども統治せず』……そういう統治の仕方もあるのか。聞けば聞くほど良い仕組みのように聞こえるが……」
「残念ながらそんな絶賛される制度でもねぇよ」
「そうなのか? 具体的に弊害でも起きていたのか?」
「俺も所詮学生だったからな。受け売りでしかねぇけど……
民主主義だと意思決定が遅ぇし、グダグダと会議の時間だけが長くなって結局何も決まらねぇなんて事もある。色んな人間が好き勝手主張するから国がバラバラになった例だってあるし、結局声のでかい人間の意見に左右されるから国が間違った方向に向かう事だって無い話じゃねぇ。
逆に王様が強い権力を持ってる国でも、その王様が賢かったら国は良い方向に進むし愚王なら一気に国を傾けちまう可能性がある。
要はハイリスク・ハイリターンかローリスク・ローリターンかの違いでしかねぇよ」
「そうか……やはりそう上手くはいかないか」
否定的なキーリの意見に、素晴らしいシステムだと感じていたフィアは落胆した。
「全てを解決する政治制度なんてねぇよ。どんな仕組みだって使い方次第で良いようにも悪いようにもなるし、弱者はどうやったって出てくる。結局は国のトップの人間に依るだろうな。先見の明があって、物事の道理をすぐに理解できるくらい賢くて、必要な事を必要なタイミングで決断できる強いリーダー……フィアの親父さんみたいな人間だな。あの人くらいならどんな制度だって良い国になるだろ。ま、そんな人間そうそう居ないわけだけど」
「お前は……私がそうなれると思うか?」
「なんだ、もう王様になるって決めたのか?」
キーリは冷やかすような口調でからかう。フィアは自嘲気味に笑って首を振った。
「そうではない。だが……もし仮に、万が一、私が王として認められたとして、そうなった時に私は何をすべきなのか、どうすれば良い国にすることができるのか、それを思い浮かべられるだろうか、と思って色々と考えてるだけさ。
それで、お前はどう思う?」
「ま、無理だろうな」
遠慮なくキーリは即答した。
キーリとフィアは肌を重ねた仲である。自分でも王としてふさわしいとは思わないが、多少は好意的な回答を貰えるかと何処かで期待していたフィアだったが、見事なまでにバッサリと切られて顔をひきつらせた。
「ず、ずいぶんとハッキリ言ってくれるな?」
「いや、だってそうだろ? 個人としちゃ強ぇけど政には疎いし、バカじゃねぇけど特別賢いわけじゃねぇ」
「う……」
「考えてることが表に出やすいから腹芸もできねぇし」
「ぐ……」
「結構一人でウジウジと悩むし、それを引きずることもあるしな」
「……」
「断言してやる。お前は強くて賢くて国を一人で引っ張っていける、お前の親父さんみてぇな王様にゃなれねぇよ」
情けのない無慈悲な指摘にフィアは崩れ落ちた。
言われれば言われるほど心当たりがあるし、グサグサと容赦なく突き刺さる。闇神魔法は使えないはずだが床に手を突いてどんよりと影が湧き出てくるようだ。
余りの自分のダメさに涙がちょちょ切れそうだった。
「けどな」苦笑いと共にキーリは彼女の頭にポンッと手を置いた。「別に親父さんみてぇな王様が一番良いってわけじゃねぇだろ?」
「……? だがさっきお前はそう言ったではないか?」
「親父さんは立派な王様だったと思うし、あの人みたいになれたら悪い方向にはいかないだろうぜ? けどそれだけがたった一つの方法じゃねぇだろって言ってんだよ。
自分が賢くなかったら賢いやつを傍に置けばいい。腹芸ができねぇならできる奴にさせればいいじゃねぇか。
国をまとめるなんてたぶんこの世で一番難しい仕事なんだぜ? ンなもんたかが人間一人にできるわけねぇだろうが。自分一人でやろうとすんなよ。やってもできないモンは『私には出来ねぇ!』ってできる人間に放り投げるのも必要だぜ?」
「そんな無責任な……」
「無責任じゃねぇよ。できねぇ事にグダグダ時間掛ける事が無駄じゃねぇ時だってあるだろうよ。でも時にはそうして時間掛ける事の方が無責任になることだってあるってことさ。
サボれって言ってんじゃねぇ。お前はお前が出来ること、お前の武器を最大限活かして国を治めていきゃいいんだよ」
「私の、武器? そんなもの……」
あるわけない。即座にフィアは否定しようとしたが、いつの間にか作り出されていた影がガッチリと顔面を掴んで首を振れなかった。
「ちょっ、お前、それは卑怯だぞっ」
「いつまで自信失ったままで居んだよ、テメーは。いっぱいあんだろうが」
「そん、なこと言われ、ても」
「分かんねぇなら教えてやる。
――テメェは人間として魅力的なんだよ」
意地悪なジト目から一転、真面目な顔でキーリはフィアの眼を見つめた。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>




