4-5 彼方から来たりし人(その5)
第3部 第19話になります。
初稿:18/01/07
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
「うう……王女様のこと黙ってるなんてひどいッスよ、先輩……」
「私と共に居ると推測しておきながら気づかない貴女の思考回路の方がよっぽど深刻でしょう」
コーヴェルに仕えるミュレースも、本来は王家に雇われた人間である。故に最大限の敬意と礼節を以て接するべきである王女に対して、友達のように気安く話していた事に今更ながら気づいてミュレースは死んだ魚の眼をしていた。だがそんな彼女に対してもレイスは変わらず容赦がない。
大きな眼に涙を浮かべて恨みがましくレイスを見上げるが、レイスは素知らぬふり。
一見、随分と冷たい対応に見えるがキーリが思うに、昔からこの二人はこういった間柄なのだろう。ミュレースはレイスに懐いているし、レイスもまたいつもより感情豊かである。それだけ心を許しているという証左だとキーリは受け取り、黙ってカップを傾けた。
「気にする必要はないさ、ミュレース。私はもう王女ではないし、傅かれるような人間ではない。そうされるのも好きでもない。改まった態度を取られるよりも、さっきまでのように単なる友人として接してくれないか?」
「うう、ありがたいお言葉ッスけど……」
チラリと横目でレイスを見る。彼女は今ミュレースとフィアの隣で静かに立っているが、どうやらメイドとしての職務に徹するつもりらしい。鋭い視線をミュレースに向けると、軽く息を吐いた。
「お嬢様はこういう事を好まれる御方です。余程失礼な口を聞かない限り言葉を崩しても構わないでしょう」
「今更だがレイスももっと崩れた話し方をして良いんだぞ?」
「私はこれが自然ですので」
にべもない返事にフィアは苦笑いをし、キーリは肩を竦めたのだった。
「んじゃ遠慮なくさせてもらうッス、王女様」
「できればその呼び方も止めてくれないか? 私にそんな資格も無いし……そのつもりもない。フィアでいい」
「個人的にはそうしたいところッスけど、残念ながらそうは行かないんスよね。
あ、そっちの、キーリって言ったッスか? 申し訳ないッスけど、ちょーっと込み入った話をするんで、できれば席を外して貰いたいッス」
唐突な申し出にキーリは片眉を上げた。
「何だよ、俺が聞いちゃダメな話かよ」
「悪いッスね。結構マジな話になるんで、これから話す内容を知ってる人間は少なくするよう侯爵様に言われてるッス」
言葉遣いこそラフだが、ミュレースの眼は真剣だ。フィアは何かと抱え込む性格なのでできれば一緒に聞いてやりたいところだが、彼女の意思ではなく侯爵の意図であるならば仕方あるまい。ここで駄々をこねてミュレースを困らせるのも無意味だろう。
キーリは軽く嘆息して立ち上がり、言われた通り家から出ていこうとした。だがその手が掴まれた。
「フィア?」
無意識だったのだろう。名を呼ばれて彼女はハッとし、慌てて手を離した。
「……すまない。何でもない」
笑って首を横に振り、さっさと出て行けとばかりにフィアは手を払った。だが今度はキーリが立ち止まって動かない。
掴まれたのは一瞬。しかしキーリは気づいた。
フィアの手は微かに震えていた。
少し考えれば分かる。キーリが席を外すように言われた。そして残るのはフィアとレイス二人。であれば、きっとミュレースが話す内容は――
(コイツにとって好ましいもんじゃねぇって事だよな……)
「どうした? 出ていってくれないとミュレースも話せないぞ?」
何でもない素振りでフィアはキーリを追い払おうとする。それでキーリの気持ちは固まった。
「やっぱ止めた」
そう言ってドッカと椅子に座り直し、ふんぞり返って腕を組んだ。
「俺にも聞かせろよ」
「キーリ」
「いいじゃねぇか。俺だけ仲間外れなんて冷てーこと言うなよ。俺抜きでおもしれー事やろうったってそうは問屋がおろさねぇよ」
ニヤッと笑ってテーブルに頬杖を突く。テコでも動かない、とばかりに居座り「ほら、早くしろって」とミュレースを促した。
フィアは困ったようにレイス、そしてミュレースを見て「何とか言ってくれ」と視線で訴えるが、当のミュレースはそんなキーリを見て口笛を吹いた。
「ヒューッ! 愛されてるッスねぇ、王女様」
「そらずっと一緒に過ごしてきた大切なヤツだからな」
「おー、アツいアツい。男と女が一緒の家に住んでんスから、どーせヤることヤッてんじゃないっすかぁー?」
ニヒヒ、とそばかすの浮いた顔を楽しそうにいやらしく緩めながらミュレースは二人をからかった。
だが返ってきたのは。
「……」
「……」
「……」
フィアは顔を赤くして俯き、キーリは平然と「何がおかしい?」と言わんばかり。そしてレイスは眼を閉じたままフィアの後ろに控えるだけ。
誰一人、否定しなかった。
「……マヂっすか?」
「まあ、そりゃ、な?」
互いに憎からず思っている相手だ。共に死線をくぐり、不安な夜を過ごしてきた。フィアの心が折れてしまった日もあれば、キーリも悩み苦しんだ時もある。お互いがお互いを求め合うのは必然だった。
「くぁー! マジっすか! え? マジっすか!?
ちょっと、先輩! 何で止めなかったんスか!? 先輩の大好きな王女様がこんな冴えない男に取られていいんスか!?」
「おいこら」
「ミュレース。貴女、勘違いをしていませんか?」レイスは静かに眼を開いて、ミュレースを睨んだ。「貴女が何を懸念しているかは分かります。ですが、私にとってお嬢様のお幸せが全て。他の方の思惑など知ったことではありません」
「う……」
「確かにお嬢様がこの極悪顔に寝取ら……失礼、キーリ様を選ばれたのは少々、いえ多少はかなり猛烈に残念ではありますが」
「もうちょっち本音隠してくれませんかね?」
「心を偽ると美容に悪いと伺いましたので。
ともあれ、私が尊重するのはお嬢様のご意思とご多幸です。そこに私を含め、その他有象無象の下らぬ感情が割り込む余地はありません」
ハッキリとレイスは言い切られ、ミュレースは反論ができずにいた。それでも表情には不満がありありと表れていた。
「うう……納得出来ないッス」
「諦めなさい。それにこれはあくまで私見ですが」レイスが言い含めるように付け加えた。「キーリ様は見た目はともかく、どこぞの頼りない貴族のお方々よりは余程お嬢様にとって利するところがあるかと考えています。ミュレース、貴女のお仕えしている方の思いにも適うでしょう」
「へえ、随分と俺を評価してくれてるんだな? いつか後ろから刺されるんじゃねぇか、くらい思ってたぜ」
「私なりに公平な評価をしたまでです。もし、お嬢様を泣かせるような事をすれば……ご理解頂いているかと存じます」
「分かってるって。それでも万が一の時は、お前が居てくれるから安心だな」
「いえ、そういうつもりでは……」
脅したつもりのレイスだが、キーリから笑いながらそう伝えられ彼女は困惑の表情を浮かべた。
彼に続いてフィアも感謝を口にする。
「レイス……ありがとう。嬉しいよ。キーリだけじゃなく、お前が居てくれるから私はここまで生きてこれたと思っている。情けない限りの私だが……これからも迷惑を掛けさせてほしい」
「もったいないお言葉でございます」
フィアの言葉にレイスは微かに口元に弧を描いて深々とお辞儀をした。
そんな彼女らとは対照的にミュレースは一人頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。「うーあー……」と唸りながらプスプスと頭から煙が上がっていたが、やがてムクッと体を起こして「くあーっ!」と叫んで髪を掻きむしった。
「もう知んねーッス! めんどくせーんでそこの王配さんも一緒に聞いて構わねーッス。どうせヤッちまったんならもう逃げられねースからね」
「王配、って……」
「王配さんは王配さんッス。侯爵様も王女様が選んだって言えばきっと文句は言わねーはずッス。あの人も先輩と同じく王女様には甘々ッスから」
「ちょっと待ってくれ。何度も言ってるが私は――」
「王女じゃないって言うんスよね? でも、申し訳ねーッスけどこっちにはそれは通らねぇッス。だって私は」
止めてくれ。フィアがミュレースの言葉を遮る前に、彼女はついに目的を口にしたのだった。
「王女スフィリアース様に、国をまとめてほしいって伝えに来たんスから」
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