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3-3 壁を壊すのに必要な回数は(その3)

第3部 第13話になります。

宜しくお願いします。


初稿:17/12/20


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。





「マリファータさん……」

「こんにちは、イーシュさん。お出かけですか?」


 顔を上げたイーシュの前で、特徴的な薄い桃色の髪を持った女性がにこやかに微笑んでいた。

 マリファータはイーシュよりも少し歳上の女性で、カーリオ家の道場で住み込みで働いている。だが家政婦というわけではなく、少し垂れ気味の目は穏やかで優しそうな雰囲気を醸しているがれっきとした師範代である。

 道場では剣や弓からナイフや弓まで教えているが、マリファータはそのどれもに優れており毎日道場で様々な武器の取扱いを指導している。他の師範代のように怒鳴ったりせずに丁寧に優しく教えており、中には女性ということや穏やかすぎて指導者には向かないといった声もあるが道場で一番の人気者だ。彼女目当てに道場に通っている生徒も珍しくない。

 また武器の取扱いだけでなく実戦に置いても師範代に違わぬ実力の持ち主だ。カーリオ家の道場には、イーシュが養成学校に入学してしばらくして生徒として入門したのだが、生来の器用さと真面目な努力家であるが故に多くの武器を習熟してしまった。これで元は魔法使いだというのだから、剣しか扱えない不器用なイーシュとしては世の不公平さを呪いたくなる。

 イーシュがいつだったか彼女から聞いた話だと、元々は共和国出身の冒険者だったらしく、どこかの養成学校を卒業して仲の良かった生徒たちとパーティを組んだようなのだが、早々に迷宮の奥深くまで潜ってしまい運悪く仲間たちは命を落としてしまったのだとか。

 その時の事がきっかけで一人でも戦える力を求めて各地を放浪していたが、やがて辿り着いたのがイーシュの道場だったとのことだった。

 最初は武器の扱いをキチンと学んだら他の街へ出ていくつもりだったけれども、人に物を教える楽しさを覚えてしまい、またカーリオ家の居心地が良くて住み込みで働くようになったのだ、と何年か前に実家で一緒に食事をした時にほろ酔い気味に話していたのを何となく覚えている。

 何年も一緒に寝食を共にしており、両親からはすっかり家族として認識されている。

 だがイーシュは彼女が苦手だった。


「……まあ、そんなとこ。マリファータさんは今日も教会か?」

「ええ。夕方の祈りの儀に参加してきました。

 ……お疲れですか? 何となく元気が無いような気がします」

「そんな事はないって。俺はいつだって元気だぜ」


 そう言ってイーシュは「むんっ」と力こぶを作って空元気を見せた。だが彼女は一層心配そうな眼差しでイーシュを見つめた。その眼こそが彼が彼女を苦手とする要因だ。

 いつだって優しそうで、別に彼女が嫌いではない。よく母親と一緒に家事を手伝っているようだし、細かな気配りもできる良き女性だ。だがその穏やかな眼で覗き込まれると心の中を見抜かれているように思えるし、心配そうにされると自分がとてつもなく悪い事をしているような気がしてくる。甘えたくなってしまう、そんな予感がした。

 今も空元気であることを見抜かれてしまったらしい。イーシュは眼を逸してバツが悪そうに頭を掻いた。


「っと、邪魔したな。んじゃ俺は酒でも飲んでくる。親父とお袋には伝えといてくれよ」


 逃げるようにマリファータの脇を抜けていったイーシュだったが、その手が彼女に掴まれた。決して強くはなく、軽く握られただけなのに白い手のひらから伝わる体温にイーシュの脚はそれ以上動けなくなった。


「あの、もし嫌じゃなければですけど……少しお話しませんか?」


 垂れ気味の眦をより一層下げてまっすぐ見つめる彼女。何度もこうした視線を彼女から向けられてきたが、イーシュは未だにそれを振り切る術を知らずにいたのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「実は私、この時間の教会が一番好きなんです」


 イーシュに向かって少しはにかむようにしながら、マリファータは何列にも渡って並んでいる椅子に腰を下ろした。

 半鐘(≒三十分)程前まで夕べの祈りが行われていた教会内だが、もうすでに人は殆ど残っていない。聖歌を清らかに歌い上げていた少年少女達は家へと帰り、説教をしていた司祭だけが片付けをしていたがそれももう終わろうとしていた。

 今はマリファータとイーシュ二人の他には、居座って熱心に祈りを捧げる老女が一人とぼんやりとただ座っている壮年の男性が一人居るだけ。確かな情熱を湛えていた教会内の空気はもう冷え切り、静かに司祭の足音だけが響く。

 だがそれだけに教会特有の確かな荘厳さがあった。高い天井からは見事な壁画が見下ろし、装飾の凝らされた柱には橙の優しい灯りが掛けられている。そして正面には光神を模した大きな彫像が台座の上に立って二人を見下ろしていた。

 静寂と安寧を愛するマリファータであれば、確かにこの空気感は落ち着くだろうとイーシュは思う。だがイーシュ本人にしてみれば、何処か落ち着きを強要されているような感覚がして逆に落ち着かない。場違い感を感じてきまり悪そうにキョロキョロと周囲に視線を配るイーシュを見て、マリファータはクスリ、と笑った。


「大丈夫ですよ。例えどんな悪人であっても光神様は追い出したりしませんから」

「……その言い方だと俺が悪いことしたみてぇじゃん」

「あ、ごめんなさい。そう言う意味じゃないんです」


 顔をしかめて口を尖らせるイーシュの情けない顔に、マリファータはまたクスクスと笑った。イーシュは眉尻を下げて溜息を吐いた。


「教会は嫌いですか?」

「……どうだろうな。嫌いじゃねぇけど好きじゃあないな。苦手って言うか、なんかざわざわする」


 イーシュの答えは半分本当で半分は嘘だ。五大神教に対しては好きでも嫌いでもない。だが宗教と名のつくものには抵抗を覚えている。嫌でも昔のいざこざを思い出すからだ。

 養成学校に入る数年前から母親は怪しげな宗教にのめり込んでしまっていた。道場の経営の厳しさに悩み、一人で抱え込んでしまった末に救いを求めたのが、所謂邪教と呼ばれるものだった。

 五大神教が幅を利かせる中でどうやって母親がそれと接点を持ったのかは定かでは無いが、細々と布教活動をしていたらしい教祖と知り合い、言われるがままに怪しげな物に家のなけなしの金を注ぎ込み、他人との繋がりを断って孤立していく。父親やイーシュの言葉には耳を貸さず、家でも一日中お祈りばかりをし、数少ない道場の生徒にもしつこく勧誘をして一時期には殆ど生徒が居なくなってしまったこともあった。

 家庭は半ば崩壊し、イーシュ自身もそんな母親とは殆ど口を利くことも無くなっていった。最終的には五大神教に目をつけられてその邪教は壊滅し、その後は父親の努力もあって少しずつ抱えていた道場の問題も解決し、元の生活へと戻ることができた。その結果、母親も今はマリファータと並んで熱心な五大神教徒となってしまったが、幸いにも特に問題は起きていない。

 頭の悪い自分では、宗教の違いなんて分からない。教えに興味はないし、良い宗教と悪い宗教があるのかも知らない。キーリの件もあるために五大神教も怪しく思うことがあるが、それだってなんだかスケールが大きすぎて、仲間の事とはいえ現実味が薄かった。ただ言えることは、きっとあの邪教に比べればまだ五大神教の方がマシなんだろうとイーシュは思っていた。


「私は好きです。光神様に祈りを捧げ、心の中でその日の出来事をお話するんです。良いことも、悪いことも。そうしていると、何だか光神様に見守られている気がして、例え落ち込んだりしても前向きになれるんです。光神様は悩みを直接解決してくれるわけではないですけど、弱い自分に立ち向かうのに背を押してくれるような気がして……だから教会で一人になれる時間が好きなんです」

「なんだなんだ、親父やお袋と居るのが嫌ってか?」


 意地悪だ、と思いながらもイーシュはそう口にして笑った。するとマリファータは困ったように笑って首を横に振った。


「そういう訳では無いんですけど……ええっと、もちろんお二人とも素晴らしい方だと思います。私みたいな見ず知らずを住まわせてくれて、本当の子供のように優しく接してくれます。それは嬉しいことですし、私も本当に楽しいんですよ? でも、一人になって静かに一日を振り返る時間も重要だと思うんです。だから、その……」

「あー、ゴメン。分かってるって。冗談だってば。ちょっと意地悪したくなっただけだって」

「あ、いえ、はい、大丈夫ですよ……ってああ! ごめんなさい! 私がイーシュさんのお話を聞くって言って連れてきたのに自分の話ばっかりで!」


 顔を真赤にしてワタワタと両手を横に振りペコペコと何度も頭を下げるマリファータ。慣れない教会に連れてこられたことで無意識の内に気を張っていたイーシュも、そんな彼女の姿に毒気を抜かれて笑いながら頭を掻いた。


「だからそのですね! 何が言いたいかと言いますとイーシュさんも一人で悩まなくても良いんです……って別に私は光神様では無いのでお力になれる訳ではないので私にではなくて光神様にお話してみるのも悪くはない、ってもう! 私がお話しましょうって誘ったのにそれじゃ意味がなくてですね、あの、そのですね――」

「なあ、マリファータさん」

「あうあう、すみません何言ってるか――と、はい?」

「悩み……聞いてもらっても良いか?」


 仲間には相談できなくても、彼女になら良いか。ささくれだった心が少しほっこりとするのを覚えながら、イーシュはマリファータに尋ねた。

 マリファータは一瞬キョトン、として眼をパチクリとさせた。そして次第にイーシュの言葉が茹だった頭の中に染み込んでいく。


「――はい、喜んで」


 そう言ったマリファータの口元は嬉しそうに綻んでいた。





お読み頂きありがとうございました<(_ _)>

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