3-2 壁を壊すのに必要な回数は(その2)
第3部 第12話になります。
宜しくお願いします。
初稿:17/12/16
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
平民街の富裕層よりに位置するカーリオ家。何代か前が冒険者稼業で成功し、引退後に開いたという道場は、ただの平民のものとしては立派な外観だ。土地も広く、それなりの生徒が同時に鍛錬しても支障がでない程には道場自体も広い。
一度立ち止まって自宅を見上げたイーシュは自分の部屋には戻らずその足で道場の方へ向かった。
近づくにつれ、道場からは威勢のいい声が響いてくる。木剣同士がぶつかる音や矢の風切り音。扉を開けるとそれらの音が一層大きくイーシュの耳をつんざいた。
道場の中には予想通り多くの生徒が居た。下はこれから冒険者となることを夢見る少年少女から、上はすでにベテランらしい風貌の冒険者まで居る。
昔、イーシュが養成学校に入学する頃は殆ど生徒がおらず閑古鳥が鳴いていて、彼が入学する金を工面するのにも苦労していたが、イーシュ達のパーティがスフォンで有名になってから次第に生徒は増加していった。
加えて昨今の街の外でのモンスターの出現による冒険者需要の増加。迷宮内でのモンスターレベルの強化の影響で既に冒険者となったものでも自らを鍛え直すために入門したりと、今や実家は大繁盛だ。
指導者も父親一人だったのが、今は引退した冒険者を雇い入れたり、或いはかつての門下生がそのまま師範代として道場に残ったりして増えた。今も生徒たちの気合の声に混じって鋭い叱責や指導の声が響いている。
「おう、イーシュ。帰ってきたのか」
入口に立ってその様子を眺めていると、厳しい面構えで生徒の動きを観察していた父親が気づき息子に声を掛けてきた。
「久しぶりの仲間同士の迷宮はどうだったんだ?」
「別に。いつも通りだよ」
ギースのような素っ気なさで応じるイーシュだが、父親は何を勘違いしたかガハハと豪快に笑った。
「そうかそうか、いつも通りか。そいつは良い。そうして無傷で帰ってきたとこを見りゃ今日も順調に進んだってことだな。
なんたってお前は今やこの街で知らぬ者はいねぇ程の冒険者だからな。息子が活躍して道場も繁盛。俺も鼻が高ぇよ」
イーシュは父親の勘違いを訂正しなかった。確かに傍から見れば順調だろう。スフォンに拠点を置く冒険者でイーシュたちよりも深くまで潜れている冒険者は片手で数えられる程しかいない。
すでに冒険者になってそれなりに年数は経っているが、年齢を考えればまだまだ若手だ。二十そこそこでC-ランクまで達している事を考えれば父親の評価も間違いではない。言葉と態度両方からも本気で父親がイーシュを誇りに思っている事が分かる。
だがそんなものでイーシュの心が慰められる事はない。褒められたからといって今の力不足が解消される事が無いことくらいイーシュだって分かっている。
「なあ、親父」
「ん? どうした? 偶にはお前も後輩を指導してみるか?」
「いや……俺の頭じゃキチンと指導なんてできねぇよ。
それより、ちょっと付き合ってくれよ」
「ほう、珍しいな」イーシュの申し出に幾分驚くが、すぐに嬉しそうに口端を吊り上げた。「お前と剣を突き合わせるのは数年ぶりか……いいぜ、ちょっと待ってろ」
父親は二人分の木剣を取りに行こうとした。だがイーシュはそれを呼び止めた。
「そうじゃねぇ。親父一人じゃ意味ねぇんだよ」
「あ?」
「親父含め、今居る師範代の人達も全員集めてくれ。全員まとめて相手したい」
息子を見る目付きが変わった。流石に侮られたと感じたかイーシュを見る眼が険しくなる。調子に乗っているのか、と言わんばかりだったがイーシュの眼は本気だ。
ようやく何処か思い詰めたような彼の様子に気づいた父親は、喉元まで出かかった言葉を飲み込むと頷いた。そしてそのまま真剣な顔で待つよう伝え、他の生徒を指導している師範代を集めに向かった。
「勝負は一本勝負。意識を失う、或いは真剣なら致命傷と判断できる場所に一撃でも当たればその時点で退場だ。それでいいな?」
「ああ、それで構わねぇ」
イーシュは両手に木剣を握り、正面に立つ父親の言葉に頷いた。
道場で繰り広げられていた訓練は全て一旦中止され、生徒たちはみんな、端に寄ってこれから行われる試合に注目している。
イーシュに対して道場主と師範代二人の計三人が並んで立っている事に周囲からざわめきが止まない。生徒である冒険者の中には憎々しげにイーシュを睨みつけているものもいるし、相対する師範代の一人は不機嫌そうにしている。それでも大多数はこれから、或いは冒険者に成り立ての年若い者で、間近でホープであるイーシュの戦いを見れるとあって期待に胸を弾ませていた。
何処か浮ついた雰囲気だが、イーシュの父親は周囲を一睨みして黙らせる。その途端、場の空気が一気に張り詰めたものになる。ゴクリ、と誰かが息を飲む音が微かに響き、イーシュは剣を構えた。
「行くぜ、親父」
「ああ、来い。調子乗った息子を懲らしめてやるよ」
言葉を交わし、訪れる静寂。空気が緊張した。
イーシュは強く床を蹴った。
「ぬぅ!」
まず斬り結んだのは父親。瞬きさえ許さない程の鋭い踏み込みを辛うじて剣で受け止めてみせる。
しかしその一撃を受け流すのが本筋。久々に相対する息子の疾い攻撃にそれは適わず、真正面から押し込まれていく。
面食らった他の師範代だが、即座に反応し一斉に攻撃を仕掛ける。イーシュよりやや年上の男が槍を突き出し、ほんの一瞬だけ遅らせてもう一人が剣で斬りかかった。
それをイーシュは冷静に見極めた。父親に斬り掛かった方とは別の剣で槍の切っ先を受け流し、父親を押し返して自由になったもう片方で剣を弾き返す。その勢いで三本目の攻撃を避けきる。
だが三人もいれば攻撃に隙間はない。絶えずイーシュに剣や槍を振るい、またその連携にも不備はない。長年共に指導をしているからだろう、互いの癖や動き方を熟知している戦い方だった。
それでもイーシュは負けない。瞬間的に同時に三人を相手にしても慌てることなく、巧みに動き、剣を受け流して攻撃を受け付けない。危なげなく戦いを継続していく。
数の上では不利だと言うのに見る者に不安感を与えない安定した戦い。多対一の戦い方のお手本のような動きは見事で、最初は期待と共にハラハラとして見守っていた生徒たちからも次第に歓声と賞賛の声が上がり始めた。
それに対し、師範代達の動きに焦りが見え始める。三人で掛かっても年下の相手一人を倒せない。生徒を指導する立場として、このままでは面目が立たない。その感情が動きに現れ、微かに動きが乱れる。そして、イーシュはその隙を見逃さない。
「おぉぉらぁぁっ!!」
雑になった剣筋を見切ると鋭く踏み込み、相手の懐に潜り込む。しまった、と師範代が己の愚に気づいた時にはイーシュの剣は強かに腹部を打ち据えていた。力強く振り抜かれた剣は師範代の体ごと大きく弾き飛ばし、床を転がっていく。
「このっ……!」
「――ふっ!」
背後から迫る槍を、背に眼がついているかのように躊躇いなく体を反転させて避ける。その勢いのまま剣で槍を叩き落とし、その師範代の男も肩から斬り倒された。
残るは父親のみ。視界の端で踏み込んでくるその姿を捉えた。
イーシュに勝るとも劣らない父の剣戟。剣の動きは基本に忠実で読みやすい。だが何十年にも渡って丁寧に繰り返されてきた動き。それには全くと言っていいほど隙が無い。
そして当然ながらその動きはイーシュと酷似している。いや、イーシュが酷似している。ぶつかり合う剣は幾度か。互いの動きに応じて互いが適切な応手を放ち合う。三人を相手にするよりも余程手強いように思えた。
純粋な技術では経験の父親に分があり、対して身体的な面では若い息子に分がある。故に剣を振るうだけでは互角。一対一の戦いでは千日手となる。
だがそれは剣だけで勝負した時の話。父は結局のところ武しか知らず、イーシュは武など単なる一要素でしかないことを身を以て経験してきている。
「――ぉらっ!」
「なっ!」
父の刺突に対し、基本に忠実であれば一歩退くところをイーシュは前に踏み出した。眼前に迫る父親の突き。木剣とはいえ危険な一撃となることを父親は瞬時に察し、だが一撃は放たれてしまった。途中で止めることなどできようはずもない。
剣先がイーシュの喉元に吸い込まれていく。だがその先端は、微かに触れたイーシュの腕によって方向を変えられ、かつ捻った首の輪郭に沿ってイーシュの後方へと流れていった。
そして放たれるイーシュの剣戟。斜め下から振り上げられた一撃目は、防御に回った父親の剣を強く弾き飛ばし、二刀目が無防備となった首元に添えられた。
「……参った。降参だ」
父親が両手を上げて、溜息混じりに戦意を失った事を示すと静まり返っていた道場から一斉に歓声が上がった。
「すげーっ! すげーもん見ちゃったよ、俺!」
「やっぱCランクって凄い人たちなんだ……! イーシュさんに追いつけるように俺ももっと頑張んなきゃ!」
一対三という戦いにもかかわらず、勝負は刹那。数分にも満たない時間で繰り広げられた激しい攻防と動き。不利と思われていたイーシュは傷一つ負っておらず、息も切らしていない。
当事者同士の感触はどうあれ、傍から見ればイーシュの完勝であった。その圧倒的ともいえる強さに若い冒険者見習いたちが興奮したように仲間同士でまくしたて始め、沸き返った場は静まるところを知らない。
「……やれやれ。前に戦った時は、まだもうしばらくはお前とも対等で居られると思ったんだがなぁ。いつの間にかあっさりと親を越えて行きやがる」
父親は白髪の混じった頭を掻き、悔しそうな素振りを見せる。それでも対象的に表情は晴れやかで、自分より強くなった息子を心から称賛しているようで、それを示すようにイーシュに対して手を差し出した。
「おいおい、どうしたってんだよ? めでたく親父を越えたってのに浮かない顔しやがって。ちったぁ喜べよ」
「……そうだよなぁ」
だがイーシュの表情は難しいままだった。
父親に言われてやっと顔つきを緩め、差し出された手を握ったが心の内は晴れない。
この結果は戦う前から何となくイーシュには想像できていた。父親に正面切って戦って勝ったのは確かに初めてだ。だが冒険者になって六年、毎日のように自分より強い仲間と共に戦い、伊達に多くのモンスターとの戦闘を重ねてきたわけではない。既に父を越えていることは漠然と知っていた。
ここまで父親と戦うのを避けていたのは、果たして何故か。父にはいつまでも自分に越えられない壁であってほしいという願いがあったのかもしれない。或いは、分かりきっている戦いをする必要はないという無意識の思いかもしれない。そのいずれか、それとも他に理由があるのか、イーシュには分からない。
そして、今日どうして父親含め三人と戦おうと言い出してしまったのか。三人対一人であれば、いい勝負になると思ったからか。それとも胸に残るモヤモヤとした感情を晴らしたかったのか。はたまたただ単に自らの現在地を確かめて落ち着きたかったのかもしれない。
自分は果たしてどれだけ強くなったのか。確かに成長できているのか。だが結局想像できていた結果しか得られなかった。
(あいつらなら……)
フィアやキーリなら、一戟とて切り結ぶこと無く三人を倒しただろう。アリエスなら始まった途端に魔法で凍りつかせてしまったのだろうか。そんな事ばかり頭に浮かんでくる。
対して自分は、何度も斬り結ぶことでしか倒せなかった。それだって父親達が、モンスターよりもずっと耐久力の弱い人間だからだ。Dランクならともかく、オーガのようなタフな相手であればちょっとしたダメージにしかならない。
一撃と数撃。時間にすればほんの少しだが、今日の迷宮のように次から次へモンスターが現れるような状況になればその差が致命的になる。今の勝負には勝ったが、気分としては負けたようなものだ。結果こそ違えど、イーシュにとっては迷宮内の戦いの焼き直しに過ぎず、自分の力不足を改めて痛感させられただけだ。
「ありがとよ、親父。
……ちょっと出てくるぜ」
「あ、おい。イーシュ!」
父親の呼び止めにも耳を貸さず、帰宅前より一層暗い顔をしてイーシュは道場を出て行く。
酒でも飲まなければやってられない。頑張ってるシオンやカレンには悪いが、今は浴びるように酒に溺れてしまいたかった。そして娼婦街で誰でもいいから女を抱いて全てを吐き出して、忘れて眠ってしまいたい。でなければ、明日以降もいつも通りやっていける自信がなかった。
何処で酒を呑むか。数年前にキーリに教わった、女装したおっさん店主のバーに久しぶりに顔を出すか。変なおっさんだったがいつも話を丁寧に聞いてくれたし、あの人なら仲間に言えない相談でも酒の力を借りればできそうな気がした。
迷宮から出たきりだったイーシュは一度自室に戻って装備を外し、探索の汚れを落とす頃には陽が傾いて始めていた。今から出て少し露店でも冷やかしながら店に向かえば、酔うには頃合いだろう。
(情けねぇよなぁ……)
そう思いながら家の門をイーシュはくぐる。歓楽街が並ぶ方へ俯きながら体を向けて歩き出した時、正面から「あら?」という声が掛けられた。
お読み頂きありがとうございました<(_ _)>




