3-1 壁を壊すのに必要な回数は(その1)
第3部 第11話になります。
宜しくお願いします。
初稿:17/12/13
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。
フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。
アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。
カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。
ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。
シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。
イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。
ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。
ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。
シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。
再び、迷宮都市スフォン
「イーシュさん、右から来ますっ!」
「ちぃっ! こなくそっ!」
シオンの指示にイーシュは素早く応じた。両手に持った剣でオーガの攻撃を受け止めると、その重量と膂力に押されて後退る。それでもその重圧をいなし切ると返す刀でオーガの腹を切り裂く。
鋭い一撃。だが高い防御力を誇るオーガ相手では浅く傷つけるだけだった。オーガは一瞬だけ動きを止めるがすぐに再びイーシュに襲いかかっていく。
「寝てろってんだよっ!」
焼き直しのようにイーシュは剣を巧みに使って攻撃を受け流し、そこにギースが飛びかかる。太い腕の一撃を掻い潜り、凶暴な視線を向ける眼を目掛けてナイフを突き出した。だが直前にオーガは首を捻り、ナイフは目尻を軽く傷つけただけであった。
舌打ちと共に距離を取るギース。だが横穴からもう一体別のオーガが唸り声とともに飛び出してきた。
「させないっ!」
風神魔法を纏ったカレンの矢がオーガの肩に突き刺さる。その痛みに一瞬怯んだ隙をついてギースは顎を蹴り上げ、危機を切り抜ける事ができた。
しかし戦闘音を聞きつけてか、ぞろぞろとジャイアントスパイダーやグリーズベアといった他のモンスター達も集まってくる。当初数の上では有利だったイーシュ達であったが、立場は逆転していた。だが純粋な戦力差であればまだ勝機はある。
「ギースさんは脚を止めずに動き回って撹乱をお願いします! イーシュさんは一体ずつで良いですから確実に仕留めてください! カレンさんは急所を狙って攻撃を!」
「分かった!」
三人に風による保護魔法を掛け直しながらシオンが指示を飛ばす。もう何十何百回と唱え続けてきた魔法の展開に淀みはない。
魔法を掛け終わり、再び激しさを増す戦闘。シオンも全体の状況を把握しながら地神魔法や水神魔法を駆使して戦闘の補助を続けた。その甲斐もあってか、モンスターは少しずつだが確実に数を減らしていった。
(これなら……)
なんとかなる。シオンは仲間たちが奮闘するのを見て額の汗を拭った。
そこにポトリと落ちる雫。拭った手は汗で濡れていたが、そこに別の液体が混じっていた。
半透明の緑色をした粘り気のあるそれ。ハッとシオンは天井を見上げた。
「イーシュさん! 上!」
「上だ――どわあっ!?」
シオンの声に見上げた途端、ジャイアントスパイダーと戦っていたイーシュは即座に戦闘を止めて悲鳴を上げながら飛び退いた。退いたイーシュ目掛けてジャイアントスパイダーが追いかけようとする。だが、その上から巨大な緑色の塊がジャイアントスパイダーを押し潰した。
「スライムキングっ!?」
「ちっ、厄介なのが出てきたなっ!」
スライムキングはドロリとジャイアントスパイダーに纏わり付く。キュイキュイと甲高い声を巨大な蜘蛛が上げ、スライムを取り払おうともがくが液体状のそれは全身に張り付いたまま取れることはなく、やがて蜘蛛の動きが鈍っていった。
スライムキングは全身が粘性の高い液体で構成されるモンスターだ。ただのスライムと異なってその体は非常に大きい。自由に体型を変化させる事ができ、今もおおよそ三メートルはあろうかというジャイアントスパイダー全体を取り込もうとしている程だ。
柔らかい体であり、ゆっくりと体内の酸で獲物を溶かしていくために瞬間的な攻撃力は然程でもないが物理的な攻撃は非常に通りづらいためギースが言うとおり厄介な敵だ。
かつてはスフォンの迷宮に出現することは無かったが、この一年ほどである程度の深部で水気の多い階層で見られるようになっていた。打撃や斬撃が効きづらい上に素材として使える物も少ないため冒険者達から嫌われているが、一番厄介なのが普通のスライムにはないその特性だ。
「――ッッッッ!」
戦いの邪魔だと思ったか、オーガが手に持っていた棍棒でジャイアントスパイダーごとスライムキングを叩き潰す。圧力に従ってグチャリと変形し、ジャイアントスパイダーは不格好な姿へと変わってしまう。スライムキングもまたその膂力に耐えきれずに四散し――そして、おびただしい数の小さな塊となってその活動を続けた。
「にゃにゃにゃっ!?」
「クソッタレが!」
オーガの愚行に思わずギースが悪態を吐いた。
小さくなっても、いや、小さい方が冒険者にとって脅威だ。散らばったスライム達はギースやイーシュの足元に絡みついていき、彼らの動きを阻害し始める。敵がスライムだけであれば丁寧に潰していけば問題ないが、モンスターが入り乱れる今の状態ではそんな余裕は無い。
スライムを一網打尽にするには炎神魔法で燃やし尽くしたり水神魔法で凍らせてしまうのが定石。小さくなったスライムであればシオンの制御の効かない風水神魔法でも凍らせることができるだろうが、そうなれば前線に留まっているイーシュとギースを巻き込んでしまうし、高い魔法耐性を持つオーガよりも彼らの方がダメージが大きくなってしまう。
「イーシュさん、ギースさん! 下がれますか!?」
「無茶言ってんな!」
オーガやグリーズベアを何とか蹴り飛ばしながらも、スライムのまとわりついた脚は酸で傷つき痛みを覚える。それを堪えながら振り払っていくが、スライムたちは次々と人間だろうがモンスターだろうが構わず飛びついて邪魔をしていった。人間だけを狙って攻撃するだけの知能が無いのがある意味幸いか。だが状況が好転した訳ではない。
どうする。嫌な汗でシオンの手のひらがぐっしょりと濡れていく。幸いスライムは攻撃力は弱く、傷つきながらもイーシュたちはまだ優勢だ。このままモンスターが増えなければ何とか乗り切れる。
ごめんなさい、と前線の二人に謝罪しながらもこのまま戦闘続行を決め、シオンは手近なスライムを潰していく。だが、イーシュ達を挟んで反対側の通路で揺らめく鬼火を見つけ、息を飲んだ。
「あれは――……!」
死者を招く鬼火。浮遊する火球のようなモンスターで、ウィスプ自体は弱く、ただの棍棒で振り払われればそれだけで死んでしまう程度でしか無い。だが動きは素早く攻撃を直撃させるのが難しい上に、スライムキング同様に厄介な特性を持っていた。
鬼火は死者を招く。倒すのに時間を掛けてしまえば、スケルトンやアンデッドナイトといったモンスターが鬼火に引き寄せられてくる。カチャカチャと不気味な足音を鳴らし、痛みを知らぬ敵は生者の命を求めて押し寄せる。そうなれば一気に形勢は逆転し、迷宮からの脱出さえ危うくなってしまう。
シオンはそれらモンスターについても熟知していた。如何にそれらが危険であるかを知っていた。故に判断は早かった。
「――撤退します! 二人共モンスターから離れてください! カレンさんは援護を!」
「了解っ!」
「まだだ! まだ俺はやれるっての!」
「駄目です! 退いて下さい!」
「けどよぉっ!」
「駄々こねてんじゃねぇっ!」
一足先にモンスターから離れたギースがイーシュの襟首を掴んで強引に引き剥がす。そこをグリーズベアの鋭い爪が引き裂き、足元にいたスライムを切り刻んだ。
すぐさまギースは腰袋から撤退時用の煙玉を地面に叩きつけ、辺りの視界は瞬く間に真っ白に染まっていく。さらにカレンの矢が乱雑に放たれ、煙に巻かれたモンスターの動きを牽制していった。
やがてカタカタという骨が軋むような不気味な足音が響き始める。オーガが雄叫びを上げ、腕を振り回し周囲のモンスターを蹴散らす。唸り声の中で鬼火が揺らめく。
次第に煙は晴れていく。だがその時には無事シオン達は撤退しており、オーガは不完全燃焼の苛立ちを残ったモンスター、そして近づいてくるアンデッド達へと向けたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
迷宮から出てきたイーシュはひどく落ち込んでいた。
「もう、イーシュくんってば。そんな落ち込まなくてもいいって」
「……うっせー」
肩を落としたイーシュをカレンが慰めるも、返ってくるのは力のない悪態だ。チラリと彼女にうっとうしそうな眼を向けるが、肩に載せられた手を払う気力もない。出てくるのは不甲斐ない自分に対する深い失望と溜息ばかりだ。
「ちっ……さっきからうぜぇ溜息ばっかり吐きやがって」
「ギースくん!」
「イーシュさんは悪くないですよ。きちんと前衛の役割を果たしてくれてますし、これは僕ら全体の問題ですから……」
「……ワリィ、皆。ありがとうな。でもその優しさが身にしみるぜ……」
よよよ、とわざとらしく涙を拭う仕草をしてみせ、シオンが苦笑いを浮かべた。
だがイーシュの気分は完全には晴れない。それは、イーシュ程は表に出さないものの他の三人も同様で、この四人で潜る度に痛感する思いだった。
アリエスがスフォンを離れ、街に残った四人は他のパーティに臨時で参加したりもしているが今日みたいに四人だけで潜ることも多い。だが何度潜ってもある階層から先へ進めずにいた。その理由も四人とも分かっている。
「でも……何とかしないといけませんよね」
「そうだよねぇ……つくづくアリエス様たちに頼ってたんだって思わされるなぁ」
この場に居ない他の仲間の不在を思い、カレンもつい溜息を吐いた。 明確なアタッカーの不在。それが四人がぶつかり続けている壁だ。
シオンを除く三人ともある程度は前線で戦える。だがカレンは本質的には後方支援であり、ギースは前線役ではあるものの素早く軽やかな身のこなしで敵を撹乱する遊撃役で、四人の中から選ぶのであれば最もイーシュが前線での攻撃役として適任だ。イーシュ自身もそれを自覚しており、最前線で敵を足止めし最も多くモンスターを倒している。
しかしイーシュの強みはその防御力だ。Cランク下位であれば三体程度のモンスターに囲まれてもしばらくは凌ぎ切る事ができるし、一対一であれば時間を掛けて確実に倒すこともできる。
だが反面、攻撃の瞬発力には欠けていた。キーリのような図抜けた膂力を持つでもなく、フィアやアリエスのように強力な魔法を使える訳でもない。そのためある程度の防御力を持つモンスターを相手にすると倒すのに時間がかかり過ぎ、先程のように多くのモンスターを招いてしまって撤退ということをここ数ヶ月繰り返しているのが実情だ。
「……俺がもっと強かったら」
イーシュは悔しそうに自分の腕を見下ろした。
鍛え上げられた腕。だが一七〇センチを少し超えるくらいで体格に恵まれているわけでもない。鍛錬も毎日繰り返しているが、パーティとしてのみならず個人としても壁を感じ続けている。自分に対する苛立ちがこみ上げてきて、思わず握りしめた拳が震えた。
「……やっぱり私はこのままアリエス様たちにおんぶに抱っこなのは嫌だな。
よし!」カレンはグッと両拳を握り込んだ。「私はもっと魔法を勉強して矢の威力を強化してみる。
シオンくん、この後で魔法を教えてもらっていいかな? もっと理解を深めればきっと強くなれると思うんだけど」
「もちろん良いですよ。あ、でしたら僕にもカレンさんの風神魔法の感覚を教えてください。もしかすると感覚的な面で魔法の制御に役立つかもしれません」
「うん、オッケーだよ。ならこのままシオンくんのお店に行くとして……二人はどうする?」
「勉強はテメェらでやっとけ。俺は……俺でアテを探す」
タバコに火を点けて吹かすと、ギースは一足先にその場を離れた。背を向けたまま軽く手を振り、その姿を見送ったシオンとカレンだったが、二人の眼にもギースの背が幾分気落ちしているように見えた。
「イーシュくんは?」
「……いや、今日は俺も帰るわ」
「そう? ……あんまり思いつめないでね?」
「分かってるって」
心配そうに声を掛けたカレンにイーシュは苦笑いを返してシオン達に手を振って別れる。
昼も半ばに近い頃合い。まだまだ人の多い雑踏に体を紛れ込ませるとイーシュは再び肩を落とした。
何とかしなければならない。カレンやシオンは気にするなと言ってくれるが、気にせずにはいられない。今のパーティの攻撃力不足は自分の責任だ。
シオンの様に頭も良くない。ギースの様に動きが素早いわけでもなく、カレンのように遠距離攻撃ができるわけでもない。自分ができるのは剣を振るうことだけ。だから、自分が強くならないといけないのだ。
「けどよ……どうすりゃいいんだよ」
しかしその方策が見つからない。闇雲に剣を振っても強くなる気がしないが、他に何をすれば良いのかが分からない。フィアとキーリが何処かに消えてから三年、ずっとイーシュは考えているが妙案が出てこない。シオンやアリエスにでも相談すれば何か案でも授けてくれるのかもしれないが、何となくそうするのは仲間に頼ってばかりで悔しかった。
己の悪い頭が憎らしい。もやもやとした気持ちの悪いものを懐きながら、イーシュの脚は自宅の道場に向かっていた。
お読み頂きありがとうございました<(_ _)>




