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2-5 静かに変わりゆく日常(その5)

第3部 第10話になります。

宜しくお願いします。


初稿:17/12/10


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:幼い体で転生後鬼人族に拾われるも村が滅ぼされた事で英雄への復讐を誓って、冒険者となった。国王殺害の濡れ衣を着せられ逃亡生活中。

フィア:パーティのリーダーで王国の王女。国王殺害犯としてキーリ、レイスと共に逃亡生活真っ只中。末期のショタコン。

レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアと共に一緒に生活中。

アリエス:帝国貴族の筋肉ラブな女性。剣も魔法も何でもこなす万能戦士。

カレン:弓が得意な猫人族で、キーリと同じく転生者。キーリとは異父兄妹になる。

ギース:スラム出身の斥候役。不機嫌な顔で舌打ちを連発する柄の悪さが売り。意外と仲間思い。

シオン:狼人族の魔法使い。頑張りやさんで、日々魔法の腕を磨く。実家の店がパーティの半拠点状態。

イーシュ:パーティのムードメーカー。勉強が苦手で三歩歩けばすぐ忘れる。攻撃より防御が得意。

ユキ:キーリと一緒にやってきた性に奔放な少女。迷宮核を自ら作り出したりと不思議な力を持つが正体は不明。

ユーフェ:スラムで住んでいた猫人族の少女。フィアに雇われた後、家族として共に過ごしていた。時々不思議な勘の鋭さを見せる。

シン:王国南部のヘレネム領を治めるユルフォーニ家の嫡男。キーリ達を匿っている。




 突然とも取れる彼の提案にアリエスは言葉に詰まり、やや眉間に皺を寄せ俯く。


「お祖父様、それは……」

「別に今すぐに爵位を継げ、とは言わん。侯爵の名を継ぐには幾らお主の言えどもまだ時期尚早だからの」

「もしかして……先程言った事を引きずってますの? お祖父様はまだまだ衰えておりません。あれは冗談ですわ」

「無論分かっておる。歳は取ったがまだまだ若い者に劣るとも思わんし、引退するつもりもないでな。

 だがアリエスよ。お主が見聞を広め、冒険者として自らを鍛える決意をしてかつての分家の名を名乗り、この家を出てから七年以上が経つ。

 冒険者として活動することに少々の不安はあったが、帝国貴族としての誇りも失っておらず見た目も侮られぬほどに美しくなり、たゆまぬ鍛錬によって肉体的にも成長しておる。十分に経験を積み、心身ともに立派な淑女となった。我が孫ながらどこに出そうとも恥ずかしくない素晴らしい帝国貴族となったと思う。故に、じゃ。そろそろ帝国に戻り帝国のために身を捧げても良い頃合いじゃと思うんじゃが、どうかの?」

「……」

「それとも外の世界を知り、冒険者の自由な生き方を身を以て知ったことで貴族の生き方が嫌になったか? 確かに貴族というものは窮屈じゃ。民を守り、民の為に働き、時には心を鬼にしても民を罰せねばならぬ。下らぬ宮廷争いに身を晒さねばならぬ時もあるし、民に恨まれる事もある。彼らが思うほどに良き生き方ではない。

 お主も冒険者としてそれなりの地位を築く程になったと聞く。生活の糧に困らねば、貴族よりもよっぽど良い生き方であろう」

「そんな事はありませんわ、お祖父様。確かにワタクシは今の冒険者生活を十分に楽しんでおります。ですが、貴族としての矜持を失った事は一度もありませんわ」


 途中では返す言葉が見つからずにいたアリエスだったが、貴族としての生き方に話が及ぶと彼女はハッキリとそう答えた。それを見たアルフォリーニ侯爵は微かに眼を細めた。その表情は嬉しそうでもあり、また何処か悲しげでもあったがアリエスにはそれが何故か分からなかった。

 彼女が瞬きをして再び侯爵の顔を見た時、すでにその顔色は消えただ単純に安堵している祖父の姿があるだけだった。


「それを聞き安心した。であるならば良い。今後アルフォリーニとして生きる事に異存は無いな?」

「異存はありませんが……些か急ではありませんこと? 何か理由があるのでしたら教えてくださいませんか?」

「別に昨日今日ではなく前々から考えていたことではあるのだがな……

 だが確かに少々急がねばならぬ事情もある」

「……もしかして、王国との絡みですの?」

「流石だの。察しが良い」


 頷く侯爵に、アリエスは「やっぱり……」と小さく呟いた。

 つい最近まで王国内に身を置いていたのだ。かの国の状態が悪化の一途を辿っているのは十分に理解している。

 数十年前には敵国だったのだ。前王が存命の間は比較的良好な関係を築いていたが、それは王国国王が帝国にとっても賢王だったからだ。対する今の王はどうだ。現在の国の乱れぶりといい伝え聞く噂といい、それだけでも愚王としか思えないが、何よりも大事な親友(フィア)に罪を被せたというのが許せない。アリエスは悔しさに下唇を思わず噛んだ。そして息を吐き出し気を落ち着ける。

 国との関係など事情が変われば容易に翻る程度の危ういものだ。こういう話を祖父がするということは帝国皇帝も態度を決めたのだろう。聡明な皇帝であるが故にこれまでは現王の力量を見極めていたが、いよいよ見限ったということなのだろうか。

 そう考えたアリエスであったが、続いて侯爵から発せられた言葉に耳を疑った。


「王国に帝国侵攻の動きがあるという情報が間諜から入っておる。複数の情報筋から故に間違いはなかろう」

「ば、バカじゃありませんの!」


 思わずアリエスは罵倒した。一体現国王は何を考えているのか。現状で帝国側から侵攻するのであれば港の確保などの利益はあるだろうが、王国側から攻め込んでも戦争の代償として見合う利益など到底無いはずだ。何より、戦争ともなれば真っ先に傷つくのは民である。お互いの外交努力の果てに相容れぬのであればともかく、いきなり戦争などまともな王の考える事ではない。


「落ち着け。何も今すぐという訳ではあるまい」

「ですけれど……」

「国内の不満を逸らすため、或いは敵を作り上げて国を一つにまとめるため……国内が不安定な時における昔からの常套手段でもある。裏を返せば、戦争に頼らねばならぬ程切羽詰まっているという事の証左であろうな。

 まったく……各地でモンスターによる被害が増加しているというのに、王国もとんだタイミングで王が亡くなられたものじゃ。つくづく逃げてきた王女を逃してしもうたのが惜しいの」

「フィアが帝国に居るんですの!?」


 侯爵の言葉にアリエスはガバッと顔を上げて立ち上がった。祖父の顔を覗き込むが、しかめっ面で首を横に振ったのだった。


「言うた通りじゃ。捕らえようとしたが逃げられてしもうたわい。それも二年も前の話じゃ。もし捕まえておったならば外交のカードにも成り得ただろうにの」

「フィアは……王女は前国王を殺してなどおりませんわ」

「かもしれぬ。というよりもほぼ間違いなく現王が罪をおっ被せたんじゃろう。じゃが、そのような事は重要ではない。犯人だろうがそうでなかろうが、王女という立場が重要なのじゃからな」

「はい……」

「知り合いがそのように扱われるのはお主からすれば心苦しいだろうが、帝国を守るためには如何なる手であっても全力を尽くすもの。言われずともアリエスであれば分かっておるじゃろうがの」


 アリエスは首肯するしか無かった。帝国貴族の立場であれば祖父の言っている事は正しい。悔しいことだがアリエスとて十分理解している。幸いなのはフィアが無事に逃げ延びたということだろう。ユキの話だと王国内のとある貴族に匿われているとのことらしいが、できることならばそのままずっと表舞台に立たずにいて欲しい。

 友人としての立場と帝国を統べる列に連なる者としての立場。全てを割り切れる程、まだアリエスは老成していなかった。

 すっかり意気消沈してしまったアリエスに、侯爵は祖父の顔に戻り禿げ上がった頭を掻いてヨーゼフを見た。壁際で直立したまま変わらぬ笑みを浮かべている彼だったが、長い付き合いの侯爵は気づいていた。わずかに開いたその眼には怒りが篭っており、瞳が如実に「自分で何とかしろ」と物語っていた。

 自らに味方なし。肩を落とした侯爵は「ま、まあ、なんじゃ!」と一際明るく声を発するしか無かった。


「儂とて非情な手を使わずに済んでホッとしておるところじゃ。

 そういうわけでの、ぜひともアリエスには帝国に戻ってきて欲しいと思っておるのじゃよ。どうかの?」

「……少し、考えさせてくださいますか?」

「無論、構わぬ。確かに然程余裕があるわけでは無いが、今すぐに事態が劇的に動くわけでもあるまいし、お主も仲間が王女の他に居るのじゃろう? しばらくここに滞在してじっくり考えれば良い」

「ありがとうございますわ」


 気を遣われている事に気づいたアリエスは顔を上げ、パンパンと軽く両頬を叩いた。落ち込むのではなく、悩むのだ。悩んで悩んで後悔の無い決断を、覚悟をしなければならない。帝国と王国は歴史上いつだって争ってきたのだ。こうした事態は起こりうるし、いつかは仲間と離れて帰国しなければならなかったのだから。

 アリエスが気持ちを切り替えたのを察した侯爵は、うむと満足そうに頷いた。タイミングを見計らっていたのだろう、ヨーゼフがちょうど二人の前に紅茶を入れたカップを並べて場の空気も切り替えた。


「さて、小難しい話はここまでとしよう。

 ところで、なのじゃが……」


 コホン、と侯爵は咳払いを一つした。なんでしょう、とアリエスはカップを手に続きを待つが侯爵は言いづらそうに一人で百面相をしていた。


「珍しいですわね。お祖父様がそこまで口ごもるなんて……そんなに話しづらい事ですの?」

「う、うむ……いや、そういう訳ではないのじゃが……その、な?」

「? 構いませんわ。ハッキリ仰ってくださいな」


 アリエスに促され、「むぅ……」と侯爵は唸るも覚悟を決めた――というか観念したように彼女にここ数年気になっていた事を尋ねた。


「その、じゃな……アリエス。お主ももう淑女としても良い歳頃じゃ」

「まあそうですわね」

「曲がりなりにもお主の親のつもりでここまで接してきた儂としてはじゃな、そろそろお主にも良き人が必要ではなかろうか、と思っておるんじゃが……実のところはどうなのじゃ?」


 祖父が言わんとすることがいまいちピンと来ず、アリエスは首を傾げた。だがやや時間を置いてその意味するところを察し、カップを持った手が震えた。

 そして彼女は眼を伏せ、頬を赤らめた。


「お、居るのかっ!?」


 侯爵はテーブルに手を突いて勢い良く身を乗り出した。彼にしてみれば「まさか」であった。孫の幸せを願う以上避けられぬ道ではあるが、冗談であってくれ、というのが本心である。

 果たして、アリエスは白い頬を少し紅潮させたまま紅茶を一口飲み、首を縦に振ったのだった。


「ど、どこのどいつじゃっ!? 儂の孫に手を出した不届き者はぁっ!?」

「それは言えませんわ。ワタクシが……一方的に想いを寄せているだけですもの」

「なんじゃと!? 手を出しておきながらお主を袖にしたと言うのか!?」

「お祖父様、落ち着きなさって。手も出されてなければ袖にされてもいませんわ。その方もきっとワタクシの想いには気づいておりませんわ」


 ――いえ、きっと気づいていて気づかないふりをしているのでしょうね。

 そう思ったがアリエスは口にはしなかった。


「む、むむむむ……じゃがの――」

「だってその方にはもう意中の方がいらっしゃるもの」

「なん、じゃと……」


 喜んでよいのか悲しむべきか。侯爵は横恋慕しているというアリエスの言葉に、肩を落としてソファに身を沈めた。


「お主も知っておるのか、その男の恋人を?」

「ええ、良く知ってますわ。彼女もとても良い人ですし、強い女性です。二人は良くお似合いだとワタクシも思いますもの」

「……お主はそれで良いのか?」

「良いのか、と仰られたら良くはありませんわ。けれども強引に奪うわけにはいきませんもの。それに、その殿方は平民ですわ。例え迎え入れることができたとしても問題は山積み。簡単にはいかないでしょう」

「そう、か……」

「ですけれども――」


 アリエスはカップを置いた。伏せ気味だった顔を上げ、楽しそうに彼女は口端を広げた。


「――ワタクシは諦めておりませんわ。少しでも隙があればすぐにワタクシの方に振り向かせてみせます。もちろん、正々堂々と」


 挑戦的で、どこか獰猛さも垣間見えるアリエスの笑み。別の男を紹介しようと考えていた侯爵は、彼女の笑みを見てそれを諦め顎髭を撫でた。


「お主の本気度合いは分かったが……そこまで言わせるとはそれ程の男かの?」

「ええ。平民ですので気品こそ身につけてはおりませんが、教育すればすぐに身につくでしょうし、知性もそこらのボンクラ貴族よりはよっぽどありますもの。性格と……目付きには少々クセがありますけれども、何よりも重要な事にワタクシよりもよっぽど強い御方ですわ。お祖父様も会えばきっと気に入りますわよ」

「なんと、それ程か。そうとなれば是非とも会ってみたいものじゃ。

 もしその男にその気が無くても気に入れば我が侯爵家の武官として雇ってみるのもよかろう」


 侯爵は自分の膝を叩き、「あい分かった!」と笑った。


「お主の気持ちは理解した。本当であれば見合いの話でも勧めようかとも思ったがしばし待とう。事が落ち着いたらになろうが、アリエス――負けるでないぞ?」

「ええ、もちろんですとも」


 啖呵を切ったアリエスに侯爵はカッカッカッと愉快そうに笑い声を上げた。

 祖父の楽しそうな姿を眺め、アリエスは一瞬だけ辛そうに顔をしかめた。ヨーゼフはそれに気づいたが何も言わなかった。

 何となくアリエスは南の方を振り返った。きっと彼らが居るであろう場所。できることならば平和な場所で再会できんことを。その願いを溜息と共にそっと彼女は吐き出したのだった。



お読み頂きありがとうございました<(_ _)>

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