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2-3 静かに変わりゆく日常(その3)

第3部 第7話になります。

宜しくお願いします。


初稿:17/12/06





「何だ何だ?」


 料理の皿を持ったままイーシュが外に顔を出し、他三人も後に続く。すると直後に四人の目の前を一人の男が走り抜けていった。そして遅れて通りに響く声。


「ど、泥棒ーっ!!」


 声の方に振り向けば、小奇麗な身なりの男が尻もちを突いて叫んでいた。指差した方では、先程走り抜けた犯人と思しき粗末な服の男が通りすがりの人々を押し倒しながら逃げていた。

 カレンはすぐに事情を察して店から通りに躍り出た。


「どいてください!」


 叫びながら弓に矢を番える。


「セット――」


 滑るような動作で狙いを定め、細められた猫の目が男の後ろ姿を捉える。彼女を中心に風が巻き起こり、茶色の髪がふわりと揺れた。

 弦が強く引き絞られ、ギリギリとちぎられそうな音を立てる。弦に溜められた力が時を待ち、やがて解放される。


「――リリース」


 風が旋回し、細い道を作り出す。その中を矢が音を超えて疾走り抜け、まっすぐに逃げる男との距離が瞬く間にゼロとなった。


「あがっ!?」

「よしっ! 命っ中!」


 頭部に走った衝撃につんのめり、男が砂埃を上げて転がった。それを見たカレンはガッツポーズをして、観衆と化していた周囲からも「おぉー!」と歓声と拍手が上がった。


「……くそっ!」


 それでも男は尚も逃げようと立ち上がった。頭から吸盤の付いた矢をプラプラとさせているがそれも気づいてない模様。だがそうはさせじと追いかけていたギースがだるそうに首を鳴らしながら前に立っていた。


「どけぇ!」

「そういうわけにゃいかねぇんだよなぁ」


 男が刃物を取り出し、悲鳴が上がる。血走った眼でギースをにらみ、やせ細った腕を振り上げた。

 力任せに振り下ろされたそれを、ギースは半歩ずれただけでかわし、そのまま男の腕を掴んだ。脚を払い、軽く腕をひねると男の体は半回転し、そのまま地面に体を押し付けられる。彼の口から観念の溜息が漏れた。


「くそぉ……」

「見たとこスラムの人間みてぇだが……お前、もしかして新参か?」

「だったらなんだってんだよ」

「別に」


 男の手から盗まれた財布を奪い返すと、ギースはそのまま男から手を離した。このまま役人に突き出されるかと思っていた男は体を起こすと、キョトンとした顔でギースを見上げた。


「何だよ?」

「……役人に連れてかないのかよ?」

「んな面倒くせぇ事するかよ。おっさんも財布取り返したんだし、文句ねぇよな?」

「お、おお。財布は返ってきたんだし俺は別に構わんぜ。

 ……俺も役人なんざの顔なんか見たくねぇしな」


 ギースはシオンとともにやってきた髭面の男に尋ねる。男性は転んだ際にできた軽い傷にシオンから回復魔法を掛けてもらいながら同意すると、ギースは痩せこけた男を顎で逃げるよう促した。


「飯に困ってんならスラムにある宿の親父ンとこ行ってこい。あの野郎なら飯と簡単な仕事くらい斡旋してくれるだろ。ギースの紹介って言やぁ取り巻きにも無碍にはされねぇはずだ」

「……すまねぇ」

「いい歳したおっさんが泣いてんじゃねぇ。おら、さっさとこっから消えろ」


 シッシと手で追い払うと男はヨロヨロと立ち上がって無言で頭を下げるとスラム街の方へ向かっていった。

 ギースは人混みに消えていくその後姿を見送ると、舌打ちをしながらタバコに火を点けた。一仕事終えた一服を堪能していると、被害にあった男性がギース達四人の顔を何とも言えない複雑そうな表情で見ていた事に気づく。


「アンタはアンタでなんだよ?」

「いや……もしかしてお前らあの王様殺しの――」

「だったらなんだつぅんだよ」


 ギロリとギースが睨む。男性は怯みながらも口を閉じず恨み言を口にした。


「……あの女がとんでもねぇ事しやがったお陰で、王様が変わって税金は上がるし貴族連中はますます横柄になる。役人は仕事しやがらねぇ。俺らにとって悪いことばっかだ。

 文句の一つも言わなきゃやってらんねえよ」

「おいおい、フィアが本当に殺したって言うのかよ?」

「フィアさんはそんな事してません!」


 イーシュとカレンが否定するも男性は鼻を鳴らした。


「でも実際に犯人だって言われてんじゃねぇか。張り紙だって街中に貼ってるぜ。俺んとこにも役人が来て痛くもねぇ腹探られたんだぞ」

「だからって……」

「そうだそうだ、フィアの嬢ちゃんはそんな事する子じゃねぇ」


 そこに彼らの話を立ち聞きしていた体格の良い男性が突然割って入ってきた。


「なんだよ、アンタ」

「アンタは知らねぇかもしれねぇがな! フィアの嬢ちゃんはな、悪い役人から俺たちを守ってくれたり、盗人を捕まえたりしてくれるようなとっっってもいい子なんだよ! ウチの女房も昔、悪漢に襲われてるとこを助けてもらったんだ。国王殺しなんざ何かの間違いに違いねぇ」

「ンな事知るかってんだ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

「あんだと!」

「あ! やるかぁ!?」

「あ、ちょっと!」

「二人共止めてくださいっ! 僕らは別に大丈夫ですから!」


 男性はフィアと顔見知りらしく熱心に彼女の擁護をしてくれるが、髭面の男に邪険にされたことで激昂し、掴みかかった。迫られた髭面もそれに応じてしまい、街中で取っ組み合いが始まってしまった。

 カレンとフィアはそれを仲裁しようと割って入るが、そこに遠くから「道を開けろっ!」という怒鳴り声が響いた。


「……ちっ」


 そちらを確認したギースが舌打ちをしてタバコをもみ消す。睨むような視線の先からは豪華な馬車が近づいてきており、ごった返していた通りの人たちが慌てて道の端に別れていく。

 馬車の前には何人もの護衛の武装した兵士達が歩いており、手にした槍などで市民たちを威嚇していた。

 喧嘩を始めた二人もその馬車の持ち主に気づき、大慌てで店先の壁に張り付くようにして道を開けた。

 戸惑い、不安、羨望、妬み。頭を垂れた平民達の様々な感情を受けながら馬車はゆっくりと道を進んでいく。二頭の毛並みの良い馬に引かれ、多くの兵士を引き連れた馬車の窓は開け放たれており、シオンはチラリと上目でその様子を伺った。

 馬車の中ではワイングラスを傾けた領主の男が項垂れた平民達を満足そうに眺めていた。撫で付けた髪には整髪料を付けているのだろう、テカテカと光っており、どうやら自慢のものらしいカイゼル髭を撫でている。

 高みから見下ろす瑠璃色の瞳には貴族特有の傲慢さが見て取れ、これまで獣人ということで嘲られることが多かったシオンは領主の眼にも同じ色を感じ取った。

 そうして通り過ぎるのを見ていると領主とシオンの眼が合った。途端に領主は不機嫌そうに顔を歪め、シオンは彼の気分を害しまいと慌てて頭を下げる。通過する馬車から何かしら声が聞こえた気がしたが、萎れたシオンの耳はその音を遮断することに成功した。どうせ聞き留めておくべき内容では無いだろうから。


「……」


 完全に一団が通過し終えると、付近で頭を下げていた人々は関わり合いになりたくないとばかりにみんなそそくさとその場から立ち去る。喧嘩を始めた髭面の男性も熱が冷めたのか逃げるように居なくなっていた。


「アンタ達も大変だろうけど……俺は分かってるし、フィア嬢ちゃんの潔白を信じてるやつだっていっぱいいるからな。頑張りなよ」


 フィアを擁護してくれた男性もそう声を掛けて去っていき、シオンとカレンは揃って嬉しそうに顔を綻ばせると彼に向かって頭を下げたのだった。

 男性を見送り、四人が顔を上げると先程通過した馬車が少し離れたところで止まっていた。そこは最近建てられた中規模の教会だ。

 馬車から領主が降りてきて、対する教会の中からも禿頭で長い白髭を垂らし、丸眼鏡を掛けた老司祭が領主を出迎えていた。


「これはこれは司祭様。わざわざお出迎え頂きましてありがとうございます」

「いやいや、領主様には教会の建立にご尽力頂きましたからな。これくらいは当然のことですぞ」

「お心遣いありがとうございます。こちらこそ司祭様にはその節に大変お世話に――」


 距離はあるので気づかれていないが、獣人であり聴力の優れているシオンとカレンは何となく領主たち二人の会話を聞き取れた。


「なんて言ってんの?」

「なんか、お互いに世話になったみたいなこと言ってるっぽい」


 目立たないよう建物の影に隠れて様子を眺めていると、領主はお供から手のひらほどの袋を受け取った。それを老司祭へ手渡し、司祭の方も中身を確認すると途端にほくほく顔になり領主を教会の中へ招き入れていった。


「うわー……」

「アレって絶対金、だよな……?」

「ちっ、戻るぞ」


 貴族と教会の癒着現場を目撃してしまったカレンは露骨に顔をひきつらせ、ギースは胸糞の悪いものを見た、とばかりに唾を吐き捨てて店に戻っていく。

 カレンはギース達の後ろに付いていきながらもう一度振り返り、馬車だけが残った通りと高く真新しい教会を見上げ溜息を吐いた。


「アリエス様が見たら何ていうんだろうなぁ……」



お読み頂きありがとうございました<(_ _)>

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