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1-2 彼は寄り添い彼女は夢を忘れる(その2)

第3部 第2話になります。

宜しくお願いします。


初稿:17/11/25





「よく頑張ったな」


 背後から届く、力強い声。視界が一瞬だけ真っ黒に染まったかと思った瞬間、視界に飛び込むのは後ろに弾き飛ばされたモンスター達の姿。

 尻もちを突いた足元で草の隙間から黒い油の様なものが刹那に泡立ち、すぐに消えていく。そちらに意識を向けた直後、自分の頭上を何かが飛び越えていった。


「……ぁ」


 木の葉の間から降り注ぐ光を浴び、陰が躍動する。目元を隠す長い髪が揺れて、そこから鋭く獰猛な視線が覗いていた。

 ミトはバーナードを飛び越えながら、手に持った大きな袋の紐を解いた。

 空気抵抗によって白い袋が置いていかれる。そこから現れたのは長く太い大剣。それが陽光に反射し、バーナードは眩さに眼を細めた。


「前途ある若者を殺されるわけにゃいかねーよな」


 微かな呟きの直後に振るわれる圧倒的な暴力。彼にとってのただの一振りはモンスターにとっての絶望的な圧力。一瞬だけ濁った悲鳴が聞こえ、四体のモンスターは瞬く間に上半身を弾き飛ばされて物言わぬ肉塊へ。そして魔素の粒子となって消えていく。


「すげぇ……」


 バーナードの口から感嘆が漏れた。それは他の二人も同じで、ただ口を半開きにして一瞬で終わった戦闘の跡を眺めるだけだ。

 だがミトは三人を振り返る事無く、森の奥をじっと見つめた。


「……どうせだ。ここで全滅させとくかね?」


 バーナード達はその意味がわからなかったが、すぐに言葉の意図を察した。

 微かに響いてくる大量の足音と癇に障るような鳴き声。ゴブリンの集団だ。恐らくは、殺された仲間達が呼び寄せていたのだろう。その数は、到底十や二十で収まらない。安心していたバーナード達に、また絶望が押し寄せてくる。如何にミトが強くても多勢に無勢。早く村に戻って援軍を呼ばなければどうしようもない。領主様の兵士たちはもうやってきてくれているだろうか。

 うろたえる若い三人。それを他所にミトは剣を覆っていた袋を拾い直すと「それ持っててくれ」と投げ渡し、自分は三人の前で仁王立ちで敵を待ち受けた。


「む、無茶だ!」

「そうだ! お、俺、村に戻ってみんなを呼んで――」

「心配はいらないさ」


 後ろから女性が声を掛けた。イリアはすれ違いざまにバーナードの頭を優しく撫でると安心させるように微笑んでミトの隣に並び立つ。


「い、イリアさん! 危ないですよ!」

「なに、この程度危険とは言わんよ」

「まあ安心して見てろって」


 気負いも悲壮感もなく、自然体な二人。その後ろ姿を見ていると、どうしてだか焦りや恐れが消えて二人を信じようという気になってくる。


「こんだけの数相手にすんの久々だな」

「だがゴブリンばかりだ。早いとこ終わらせてしまおう。夕飯の準備をしないといけないからな」

「だな。んじゃとっとと片付けっか。俺は右。お前は左な。それから分かってっと思うけど、森は焼くなよ?」

「誰に言ってる? いつから冗談が下手になったのだ?」

「お決まりの儀式ってやつだよ」


 互いに不敵に笑いあう。そしてバーナード達の前から二人の姿が掻き消えた。そう見えた。

 風を切って疾走する。生い茂る木々の合間を巧みに縫い、ミトはゴブリンの集団へと突撃した。その姿に気づいたゴブリン達は雑多に陣形を組み、ミトに向かって突き進んでいった。

 ゴブリン達の動きはてんでバラバラ。それでも数の暴力は確かな脅威であり、一斉に攻撃されれば受けきれずにダメージは必至。

 ならば受けなければ良い。ミトの攻撃はそれを体現していた。

 様々な武器が振り下ろされるよりも前に、巨大な大剣を目にも留まらぬ速さで振るう。その度にゴブリンは肉塊と化し、吹き飛ばされ、押し潰される。みるみると数を減らし、相手が到底敵わない存在だと遅まきながら気づいたゴブリン達は逃げ出し始めた。


「ゴブリンにしたってもうちょっと気概があっても良いんじゃねぇか?」


 笑うミト。だが後は追わない。追う必要がない。

 ゴブリン達が逃げ出した先にはイリアが立ち塞がっていた。

 腰にはショートソードが一本、それも鞘に収まったまま。ミトよりも与し易いと浅はかに思ったか、ゴブリン達が彼女に押し寄せる。先頭のゴブリン数体が「ギャギャギャギャッ!」と叫びながら襲いかかり――


「恨みは無いが、見過ごすわけにも行かないのでな」


 ――業火に包まれた。

 ゴブリンの全身を瞬く間に炎が駆け回り、手にした武器ごと紅蓮が焼き尽くす。膨大な火力は数秒の後に掻き消え、後には何も残らない。

 ゴブリン達は仲間のその様に怯え、最早統率もなく銘々の方向へと逃げ出そうと踵を返した。だがその行く手を回り込んだ炎が阻んだ。

 真っ赤な火炎が意思を持ったように幹の間を駆け巡り、大勢のゴブリン達を取り囲む。周囲に張り巡らされた炎は壁となり、薄暗い森の中で真っ赤に輝いた。その輝きは、背後からゆっくり歩み寄るイリアの髪を真紅に染め上げていた。


「ギ……!」

「モンスターとはいえ、徒に苦しめるのは嫌いだ。その魂が安らかに眠らんことを願う。

 ――炎神の審判室(フレイム・コート)


 彼女が魔法名を口にすると同時に、ゴブリン達の足元で巨大な魔法陣が描き出された。

 そして目も眩む閃光が迸り、爆発的に広がる炎に飲み込まれていく。やがて一分にも満たない時間の後に炎は消えていき、後にはただ黒焦げた草の後だけが残っている。炎の範囲外にあった木々には焦げ跡一つなく、ゴブリン達だけを正確に焼き尽くしていた。


「お疲れさん、イリア」

「なに、お前が追い込んでくれていたから楽な仕事だったさ。それよりも村に被害が出る前に一掃できて良かった」


 ミトとイリアは軽くハイタッチを交わし、バーナード達の元へ戻っていく。あれだけの数をたかが数分で全滅し、被害一つもたらしていない二人のその姿に、バーナード達三人はただただ呆気に取られるだけだ。


「は、はは……すげぇや」


 二年ほど前に村へやってきた二人。元は冒険者をしていたというのは聞いていたが、まさかこれ程までに強いとはバーナードも思っていなかった。

 ミトの線は細く、顔も端正で女のようだと何処か馬鹿にしていた。明るく気さくに村の人間に話しかけて馴染もうとしていたが、ヘラヘラした態度が気に食わなかったし、イリアもまるで人形のような印象だったのを覚えている。手を引かれなければ自らで歩き出すことさえせず、声を掛けても返事もロクにしなかった。彼女に関しては、次第に立ち直っていって魅力的な女性だと感じていたが、そこまでだ。どうせ冒険者として食っていけなくなったから止めて田舎暮らしを始めたのだろうと鼻で笑い、バーナードも村外れの小さな家で暮らす二人に関わろうともしなかった。

 時折、今みたいにモンスターが出てきた時には二人が退治している事は聞いてはいたものの、実力はたかが知れていると思っていた。

 どうせモンスターなんてちょっと訓練すれば倒せる。それなのに、楽な仕事のくせして村のみんなからチヤホヤされているのが腹立たしかった。冒険者なんかいつだってなれるし、自警団で経験を積んで何年間か冒険者になって、ちょっと小金を稼いで村に戻ってこようと考えていた。だが、それが余りにも甘い考えだとようやく気づいた。


「到着が遅くなってワリィ。けど、よくゴブリンを村の前で押し留めといてくれたぜ。頑張ったな」

「怪我をしているな。後で領主様から薬を貰ってこよう。それまではすまないが、これで我慢してくれ」


 ミトが口元をへの字に曲げて謝罪し、イリアは彼女のシャツを斬り裂いてバーナードの腕に傷に巻き付けて応急処置をした。


「……もうちょっと綺麗に手当してやれよ」

「う、うるさい! これでも丁寧にしたつもりなんだぞ」


 バーナードの腕に巻かれた布の包帯は少し不格好で、それを見たミトが呆れてみせる。だがそれも冒険者としての眼で見てこそだろう。少なくともバーナードにはここまで手早くそれなりの処置はできない。

 包帯の後を撫でると、少し痛んだ。顔をしかめたそんな彼の目の前に細い指が差し出された。


「ほら、立てるか?」

「あ、ああ」


 イリアのその手をつかむ。自分のそれと比べて見た目通り細く柔らかい。だが力強い手だった。


(もっと……)


 訓練をしよう。色々と勉強しよう。そして、どこでもいい、養成学校に入学して本気で冒険者を目指してみたい。

 この人達みたいに、村を、そして誰かを守れるように。バーナードは心からそう思ったのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ミト達が村へ戻ってくると、中心の広場には多くの村人たちが集まっていた。

 みんな不安そうに視線を足元に落とし、年老いた夫婦は肩を寄せ合い、老女の幾人かは無事を願って神に祈りを捧げている。そんな彼らを早く安心させようと、ミトとイリアは声を張り上げた。


「おぉーいっ、みんなっ!」

「無事に帰って参りました!」


 それが届くと、全員が示し合わせていたように呼吸を合わせて顔を上げた。そして一斉に破顔し、近くに居た者同士が抱き合いミト達に向かって手を振った。その様が何処かコミカルで、そして心配してくれていたのが嬉しくて、二人も一緒に笑い合うと大きく手を振り返した。


「良かった、無事じゃぞ!」

「けどだれか怪我してない?」

「ありゃバーナード達じゃないか?」


 歓声が上がり、五人を拍手で村人たちが出迎えてくれる。その後ろから禿頭の老人が杖を突きながら進み出て、ミトとイリアの手を握って頭を下げた。


「いつもながらすまんのぅ」

「いやいや、いいんだってば。いつも言ってるだろ? 余所者の俺らを住まわして、その上良くしてくれてる恩返しなんだから気にする必要はないって」

「しかしのぅ、報酬もロクにやれんしの……」

「必要ありませんよ、村長。この村はみなさんとても良い人ばかりで居心地が良い。だから、私達が好きでこの仕事を請け負ってるんです」

「……それではせめて礼だけでも言わせてくれ。いつも、二人共ありがとう」


 もう一度丁寧に頭を下げる村長に、二人は困ったように肩を竦める。と、その視線に黙ったままのバーナード達が入った。

 二人に隠れてバーナード達は身を小さくしていた。自信満々に真っ先に出ていって殆ど役に立たなかったことが恥ずかしく、消え入りたい気分だった。

 そんな彼を見て、ミトは背を強く励ますように叩いた。


「いってぇっ!?」

「ンなしょぼくれた顔してんなって」ミトは整った口元に笑みを浮かべた。「胸張って良いんだって。頑張ったんだからよ」

「けど……」

「あの、みなさん! 少し宜しいでしょうか!?」


 イリアが村人たちに向かって突然呼びかけ、彼女に注目が集まる。全員の意識が自身に向いたのを確認すると、困惑するバーナード達の腕を引いて全員の前に連れ出し、それぞれの肩を叩いた。


「ミトと私が間に合ったのも、彼らが懸命にモンスター達を食い止めてくれたからです。きっと彼らが真っ先に戦ってくれなければ、村に被害が出ていたでしょう。私達よりもを是非彼らにお礼を言ってあげてください」


 そう伝えると、村人たちは戸惑ったように顔を見合わせた。一瞬の間が空き、だがそこに一つの拍手が割って入った。

 村人たちの後ろから現れたのは長身の男性。銀糸の髪をオールバックに整え、穏やかな笑みを湛えている。銀フレームの眼鏡を掛け、緩やかに弧を描く眼には理知的な性格が滲んでいる。白いマントがはためく彼の後ろには、何人もの武装した兵士たちが整列していた。


「ゆ、ユルフォーニ様!」


 突然の領主嫡男の登場に村人たちは慌てて膝を突こうとする。律儀な村人たちにシン・ユルフォーニは困ったように苦笑いを浮かべた。


「止めてくださいって。公な場じゃないですから畏まらないで普段通りにしてくださいよ」


 村人たちを立たせ、老女の膝に付いた土を払ってやる。老女は「ありがとうねぇ」と恐縮しながらも嬉しそうに皺の走った口元を綻ばせ、シンも笑みで応える。

 村人たちの間を抜け、そしてバーナード達の前に立つと手を差し出した。戸惑いながら三人がその手を順に握っていくと、シンは申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ないです。僕らの到着が遅れたことで怪我をさせてしまいまして。父であるユルフォーニ子爵に代わってお詫び申し上げます」

「そ、そんな! 俺……わ、私達は自警団だし、あ、当たり前の事をしただけで……

 な、なあ!」

「そ、そうですぜ! 領主様に謝って頂くなんて……」

「俺達、じゃねぇ、私達はそ、そうだ、義務を果たしただけだぜ」

「それでも、ですよ。本来ならば戦うのは僕達貴族の役目。田舎の貧乏貴族故にみなさんの力を借りてはいますが、それすらも恥ずべきことです。だからせめてお詫びを。それと、ありがとう。三人のお陰で村を守ることができました。心よりの感謝を」


 シンはフッと固かった表情を緩め、微笑んで年若い三人の肩を叩く。そして村人たちに向かって今一度手を叩いた。


「みなさんも! 村を守ってくれた三人に称賛の拍手を! 彼らの勇気と献身を称えましょう!」


 シンの拍手が響き、遅れてミトとイリアが続く。つられる様にして集まっていた村人達からも大きな拍手が鳴り響いた。それに混じって労いや褒め称える声もあり、肩を落としていた三人も恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに頭を掻いた。


「さて、それでは怪我の治療をしてしまいましょうか。

 すみませんが、彼らの手当を」


 兵士の一人に呼びかけ、バーナード達を怪我の治癒に連れて行かせる。一番の功労者と称された三人が居なくなったことで村人達も少しずつバラけ始め、それぞれの日常に再び戻っていく。

 シンは穏やかな笑みを浮かべて見送り、やがてシン、ミト、イリアの三人が残った。


「さて……実質的にモンスターを退けてくれたお二人には褒美を差し上げなければなりませんね。お手数ですが、当家までご足労頂けませんか?」


 言葉は非常に丁寧だが、ウインクして茶目っ気たっぷりに促すシンに、ミトとイリアも彼の意図に気づいて笑い、恭しく一礼してみせる。


「もったいないお言葉です。畏まりました。シン様に拾って頂いた身。ご命令とあらば何処にだって脚を運びましょう」

「ええ、恐縮です。例え火の中水の中。授かった御恩は少しでも返さなければなりませんもの」

「お二人とも慇懃無礼って言葉、知ってます?」


 肩を竦めて呆れながらも、二人を促し畑が広がる農道を歩きユルフォーニの屋敷へと向かっていった。





お読み頂きありがとうございました<(_ _)>

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