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1-1 彼は寄り添い彼女は夢を忘れる(その1)

お待たせ致しました。本日より第三部連載開始です。

またお付き合い頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。


初稿:17/11/24






 中天に昇った太陽を影が遮った。

 振り上げられた剣――ではなく鉄製の鍬が地面を穿ち、土が弾ける。潜り込んだ鍬先を引き抜き、そこに乗った土を寄せて畝を作る。そうしてまた鍬を振り上げ、勢い良く振り下ろす、その動作を繰り返して畑を耕した。

 日差しはそれなりに強く汗ばむ程。実際に畑を耕す男の顎からはポタリと一滴の汗が流れ落ちて畑に消えていく。それでも彼は黙々と作業を続け、一辺で二十メートル程ある土地の端まで行ったところでようやく顔を上げた。

 首に掛けたタオルで顔の汗を拭う。連日この陽を浴びていれば焼けてしまいそうだが、半袖から伸びる彼の腕も顔も光を全て反射してしまっているかのように白いままだ。対照的に髪は真っ黒。伸びた後ろ髪は適当に縛られており、前髪は彼の目元を完全に覆い隠しているのだが彼は全く気にならないように辺りに広がるのどかな風景を眺めた。

 心地よい風が撫でた。吹き抜けて木々がざわめき、何気なく森へ眼を遣ると特徴的な橙色の髪をした女性がやってくる姿が見えた。縁の赤い眼鏡を掛けた彼女は、風でなびいたショートの髪を一度押さえると自分を見つめる男の姿に気づき大きく手を振る。男もまた手を挙げてそれに応えた。


「お疲れさん、イリア。どうだったよ?」

「大漁、とまではいかなかったが何匹か罠に掛かってたよ」


 そう言ってイリア、と呼ばれた女性は隠していた右手を掲げてみせた。そこには脚を紐で縛られた野うさぎが吊るされている。男は「さっすがぁっ!」と大仰に喜んでみせて手を突き出し、イリアもまた彼の手を叩いて応えた。


「今夜は久々に肉料理だな」

「これだけじゃないぞ。服が汚れるから持ってこなかったが、帰り際に森でイノシシを一匹仕留めた。血抜きまでしてるから、ミト、後で一緒に取りに行ってくれないか?」

「オーケー。ンならモンスターに取られる前にさっさとここを耕して、引き上げに行くとすっかな。イリアは先に家に帰って、スイと一緒にそのうさぎを捌いといてくれよ」

「承知した」

「ちゃんとお前も捌くの手伝えよ?」


 男――ミトが首を鳴らし鍬を担ぎながらいたずらっぽく念を押すと、イリアは眼を逸して口笛を吹いた。ただし、音は掠れて出ていない。


「下手くそか」

「うるさい!」イリアは下をべーと突き出した。「……なあ、私もしなくてはダメか? お前も知ってるだろう? 細かな作業は苦手なんだ……」

「大雑把に切り分けるのは好きでも細かい作業は昔っから俺らにやらせてたもんな。でも、ま、何事も練習だ練習。お前だってスイの手間を減らしてやりたいってこないだ言ってたじゃねぇか」

「ううむ、そう言われると返す言葉が無いんだが余計にスイの仕事を増やしてしまいそうだな……

 だが分かった。その代わり歪な肉が出てきたり皮が残ってても文句は無しだからな?」

「言うほどイリアも下手じゃねぇとは思うんだけどなぁ。それに、イリアが作ってくれた飯なら何だって美味いから心配すんなって。あ、もちろんスイの飯も美味いけどな」

「……まったく、お前という奴は。どうしてそう人を乗せるのが上手いのだ」

「嫌か?」

「バカもの。嬉しいに決まってるだろう」


 そう言ってイリアは嬉しそうに微笑み、頬を赤らめた。つられてミトもまた自然と顔が綻んでいく。

 時間というものは偉大だ。ミトはそう思った。彼女の笑顔を見ているとそれだけでミトの胸にも幸せな気持ちが溢れてくる。一時は感情を、取り巻く全てへの興味を失くしてしまい笑うことさえできなかった彼女だが、時はゆっくりと、しかし確かに彼女を癒やしてくれた。

 もちろんそれは共に暮らすスイの献身があっての事だ。だがそれ以上に三年という時の流れと、彼女自身の強さが彼女をこうして立ち直らせたのだろうと思う。そして――


「ん? どうかしたか?」

「いや」


 見つめる視線を疑問に思ったイリアが首を傾げ、ミトは口元に弧を描いたまま長い前髪を左右に揺らした。


「なんでもない」


 ――もし彼女の立ち直りに自分が一助となれていたらとても嬉しい事だ。

 ミトは頬を軽くパチンと叩くと、これ以上感情が顕わになるのを誤魔化すように声を張り上げた。


「さて! ンじゃさっさと畑仕事を終わらせてしまうとすっかな」


 腕をブンブンと回して担いだ鍬を振り上げる。再び耕作作業を開始したミトを見てイリアはクスリと笑い、帰路に着こうとした。

 その時だ。


「おおーいっ! ミトっ!」


 切羽詰まった声にミトとイリアは振り返った。遠くからは男が息を切らせて走り寄ってきており、その表情はただ事では無いことを如実に物語っていた。

 二人の間に流れていた浮ついたような空気が即座に消え、張りつめたものへと変化する。


「イリア」

「ああ、分かっている」


 ミトは鍬を放り捨てた。そして傍に置いてあった背丈程もある大きな袋を軽々と持ち上げると、駆け寄っていた男が来た方向を指差しながら悲痛な声を上げた。。


「二人共、モンスターが出たっ! すぐに来てくれっ!」

「分かってる! 何処だっ!?」

「あっちっ! 村の東の森だっ! 頼む、俺達だけじゃ――」


 男が振り返り指差す。だがその時にはすでに二人の姿はその場から消えていた。

 並んで走り、瞬く間に小さくなる後ろ姿。すでに何度も見ているのだが、その余りの速度に呼びに来た男は呆気に取られながらも、その場に座り込む。そしてそのまま汗だくの体を大の字にして寝転がった。


「はぁ、はぁ……これで、大丈夫……」


 そう独りごちると呼吸を整えるのに集中する。急いで帰る心配はない。二人が行けば解決したも同然だ。

 大きく口を開けて空気を吸い込む彼の顔には、二人への信頼と心の底からの安堵が浮かんでいたのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 剣を構えながらバーナードは数十分前の自分を心から罵ってやりたかった。

 バーナードはヘレネム領にある小さな村の若者だ。子供の頃から運動神経は良く、成長してからもどちらかと言えば細身ながらも何故か腕っ節が強く、村でも一目置かれる存在だ。昔は冒険者になろうと思ったこともあったが、不満がありながらもなんやかんやで村は居心地が良くて結局は村から外へ出ること無く成人を迎えた。それでも偶に冒険者になろうか、などという妄想を時折描いていた。

 冒険者になって大金持ちになって、美人の女性と結婚する。冒険者という職業は未だ憧れだった。

 だから領主であるユルフォーニ子爵から自警団の話を聞いた時には真っ先に手を上げた。

 領内ではモンスターが現れることが多くなってきており、自警団は領主の私兵がやってくるまでの自衛手段を村々で持たせるために設立されたものだ。訓練は畑作業や狩りの合間に行う事が多かったが、彼は人一倍訓練にも熱心だった。

 訓練自体は中々に本格的できつくもあったが、剣を使った訓練は楽しかったし、同じように自警団に入った連中と戦っても一番強かった。私兵との模擬戦でも一本取った事だってある。

 俺がいれば大丈夫。どんなモンスターが来たって俺が村を守ってやる。バーナードは自信に溢れ、いつしかモンスターが村を襲いにやってくる時を待ち望むようになっていた。

 そうして今日、その時はやってきた。高揚を隠しきれず真っ先に森の方へ飛び出していったのが数十分前。だが今は後悔しか無い。


「馬鹿か、俺は……」


 戦うことは喧嘩とは違う。そんな甘い話では無い。耳障りな笑い声のようなものを立てるゴブリンとコボルトの集団を前にしてそれを痛感していた。

 どちらもランクで言えばEランク。村側はバーナードと昔からの友達の計三人で、敵は五匹。数の上でも不利だが、所詮低ランクで駆け出し冒険者でも勝てる相手だ。しかし戦いは彼が思い描いていたものと全く違った。

 敵も武器を持ち、自分を殺そうという明確な殺意を携えて襲ってくる。その殺気に息が詰まりそうになり剣を奮う腕は重く、対照的に体はふわふわとして自分の物ではないように思える。そして戦いの前まで調子に乗った自分を戒めるようにあっさりと傷を負った。今、彼の左腕からは錆びた剣で傷つけられてダラダラと血を流している。

 三人で何とか敵の一体を倒したお陰で、モンスターたちにとって単なる獲物ではなく敵だと認識されたのか、先程からにらみ合いを続けられている。だがバーナードはこの場から逃げ出してしまいたかった。剣を放り捨て、全てを忘れ去って夢だったのだと思い込みたかった。

 バーナードはちらりと横で同じように剣を構える友達を見る。対して動いていないが二人共息が荒く、脚は震えている。

 バーナードが逃げなかったのは、自分がここで放り出せば村に被害が及ぶというのと、この二人が居たからだ。自分が脱落すれば、間違いなく二人は死んでしまう。それだけは嫌だった。

 ジリ、とモンスターがにじり寄る。笑っているのかは判別できないが、バーナードは心根を見透かされて嘲られているように思えた。


(こんなモンスターなんかに……)


 馬鹿にされてたまるか。気を抜けば退いてしまいそうになる震える脚に力を込め、敢えて一歩前に踏み出す。その勢いのままバーナードは雄叫びを上げて駆け出した。


「おおおおおおっ!!」


 心を震わせ、剣を振り下ろす。これまでとは違った力強い一撃。ゴブリンの持つ錆びた剣とぶつかって耳障りな音を立てるもそのままモンスターの体を半ばまで斬り裂いた。

 だが、そこまでだった。

 剣を振り切れる程の力は残っておらず、また所詮は訓練を始めたばかりの素人。剣戟の鋭さは乏しく、絶命したゴブリンの体に挟まったままになってしまった。そして剣を握ったまま脚を止めてしまった。

 どうすればいい。こういう時にどうすればいいか、習った事がない。予想外の事にパニックになり、咄嗟に手を離すこともできずにいた。それをモンスターが見逃すはずもない。

 喜々として躍りかかる敵の姿。絶望がバーナードの心を満たし、眦に涙を浮かべて眼を逸し、終わりの時を待った。

 しかし――


「よく頑張ったな」


 背後から届く、力強い声。視界が一瞬だけ真っ黒に染まったかと思った瞬間、視界に飛び込むのは後ろに弾き飛ばされたモンスター達の姿。

 尻もちを突いた足元で草の隙間から黒い油の様なものが刹那に泡立ち、すぐに消えていく。そちらに意識を向けた直後、自分の頭上を何かが飛び越えていった。



お読み頂きましてありがとうございました。

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