14-2 刻は止まり、始まりの鐘を待った(その2、第二部完)
第2部 第80話です。
本日で第二部完結です。
宜しくお願いします。
掲載:9/8
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
フィアから薬を手渡され、国王は穏やかな顔をまた元の厳しい表情に戻して言った。
「――ここはお前の居るべき場所ではない」
「……はい」
「ちょっち待てよ。王様、アンタだって――」
「良いんだ、キーリ」抗議の声を上げたキーリをフィアが制した。「良いんだ……」
和解しても一度は捨てた立場だ。何度も好き勝手に拾ったり捨てたりできるような軽々しい物ではないことはフィアも重々承知している。城をレイスと共に飛び出した時に覚悟はしていた。
それでもここにこうして戻ってきたのは、父を助けたかった。そして、願わくば父と心を通わせたかった。それが両方共叶ったのだ。これ以上に何を望むことができるだろうか。フィアは少し寂しそうな笑顔をキーリに向けた。
「私は今の状況に満足してる。父に薬も渡せたし、何より私はフィア・トリアニスだ。帰るべき場所はもうあるからな。心配するな」
「フィア……」
「それではお父様――いえ、国王陛下。お体に障ります故、私どもは失礼致します。末永いご壮健を願っております」
笑みを消し、フィアは凛とした顔で深々と頭を垂れた。顔を上げた彼女は父の顔を見ることもせずに背を向け、尚も心配そうな顔をするキーリとレイスを促して部屋を辞そうとした。
「俺は」
その背に、ユスティニアヌスの声が届く。力強く、決意に満ちた声だ。フィアは立ち止まり、しかし振り返らずに耳を傾けた。
「お前がくれた薬で元気になり、また以前のように王としての責務を果たしていく」
「……」
「前王の時代に乱れた国は立て直した。だがまだ政治までは立て直せていない。国の為に多くが議論を戦わせるのは良い。しかし現状、依然として貴族も官僚も多くが我欲のために謀り、誹り、下らぬ諍いで血を流すような愚かな状態だ。俺は、俺の代でそのような醜悪な状況に終止符を打つ」
「……陛下ならばできると信じております」
「いつになるかは分からぬ。だが何としても成し遂げ、その暁には俺は実権を優秀な者に譲ろうと思っている。そして――」
ユスティニアヌスの声が、優しい色に変わった。
「お前の帰りを静かに待っていよう。皆が笑って過ごした、あのテラスで」
「――っ……!」
フィアは肩を小さく震わせ、それでも何とか声を絞り出した。
「はい、その際は、何をして、いようが……真っ先に、駆け、つけます」
フィアはユスティニアヌスに背を向けたままだ。だから父がどのような顔をしているかは分からない。が、きっとまた在りし日の父と同じ笑みを浮かべているだろう。溢れる涙を、止まらぬ事を知らない涙を何度もフィアは拭って、気持ちを落ち着けて、この場で最もふさわしいだろう言葉を掛けた。
「いってきます」
「ああ、気をつけてな」
間髪入れず戻ってきた返事。それが嬉しく、フィアの赤くなった目尻に小さく皺が寄ったのだった。
これでもう何もこの場に思い残すことはない。
フィアは胸を張って部屋を出ようとした。だが彼女が手を掛ける直前、勢い良く扉が押し開かれた。
「父上! 愚妹が帰ってきたと……」
現れたのは金髪の偉丈夫だ。キーリと同程度の長身に、よく鍛えられたガッシリとした体は迫力がある。整った容姿は一見優しげで、しかし入ってすぐにフィアの姿を認めると不機嫌そうに鼻を鳴らして嘲った。
「ユーフィリニアお兄様……」
「ふん、冒険者になど身をやつしたと聞いてどこぞの迷宮で野垂れ死んだかと思っていたが、存外にしぶといものだな」
視線も侮蔑に塗れているなら言葉も悪意に満ちている。戻ってきた妹に掛ける第一声がそれか、とキーリはレイスと共に怒りを覚えるが何とか手を出すのは自重した。代わりに何か御見舞してやろうと言葉を探し始めるが、それよりも先にフィアが落ち着いた様子で会話を続けた。
「はい。我ながらよく生きていると思います。
ご安心を。今から辞するところですので。お元気で」
怒りを露わにすることもなく、フィアは毅然とした態度で兄と向き合い、軽く頭を下げて擦れ違おうとする。だがそんなフィアの態度が気に入らないのか、尚も侮蔑の言葉を投げつけようと口を開く。
「お前のようなのが私の妹などと、考えるだけでも忌々しい。貴様の様な『出来損ない』など――」
「口を閉じよ、ユーフィリニア」
悪意に満ちた言葉に、いよいよキーリやレイスの怒りが臨界に達しようとした時、ユスティニアヌスが厳しい口調で叱責した。
「それ以上の悪口は許さん。客人の前でもある。口を慎め。それが出来ぬのであれば即刻部屋から出て行け」
「客人ですと? この下賤な――」
「ユーフィリニア。二度は言わんぞ」
ギロリ、と国王の剣呑な眼が王子を射竦める。ユーフィリニアは不満そうに口を噤むと、フィアを見下ろし「しばし待っていろ。貴様に話がある」と告げ、すれ違いざまにエリーレの肩に手を置くと王に近寄っていく。
「さて、父上。お加減は如何です?」
「先程までは調子が良かったのだがな。急に気分が悪くなったわ」
「それはいけませんな!」ユーフィリニアは大仰に心配する素振りを見せた。「まだしばし静養が必要のようです。ご安心ください。父上が回復なさるまでは私がしっかりと代役を勤めさせて頂きます故」
「お前こそ案ずるな。必要な時に私に代わって席に座っておればよい。それに、間もなく私も公務へ復帰する」
「なんですと?」
眉を潜めたユーフィリニアに向かって、ユスティニアヌスはフィアから渡された小瓶を掲げてみせた。
「先程、体調不良の原因が判明した。回復するための薬も入手した。しばし静養すれば直に回復する」
「……そうですか。それは良かったです」
言葉とは裏腹にユーフィリニアの口調から落胆が覗く。一旦、何処と無く肩を落としたように見えたが、すぐに口端を吊り上げた。
「それは素晴らしい。実におめでたい事です」
手を叩く。その仕草は心から父の回復を喜んでいるかのようだ。だが不自然。キーリやフィアは怪訝そうに後ろ姿を見つめ、ユスティニアヌスもまた訝しげに息子を見上げた。
「……ともかくも、そういうことだ」
「ですが今すぐに、というわけにもいかないでしょう? 父上にはまだお休みが必要だ」
「無論。だが安心しろ。数日のうちに――」
「なので私がお手伝い致しましょう」
国王の喉に、剣が突き刺さった。
「ご、ほ……」
「……え?」
ユスティニアヌスの喉元から伸びる短剣。突き刺さったそこから真っ赤な血が流れ、呼吸に合わせてゴポリ、と泡を立てた。
ユーフィリニアは父に突き刺した短剣を引き抜いた。その途端、剣先に張り付いた血が飛沫を飛ばし、国王の喉からは滝のように鮮血が零れ落ちた。
起こしていた上半身から力が抜け、勢い良く後ろに倒れる。手に持っていた小瓶が床に落ち、虚しく乾いた音を奏でた。
「お父様ぁぁぁっ!!」
「陛下!」
ユーフィリニアを押しのけ、フィアが父へと縋り付く。溢れ出る血を止めようと喉元を必死に押さえ、そこにキーリも並んでフィアに手を重ねて回復魔法を唱えた。レイスもブラウスの袖を引き裂いて懸命に止血を試みる。だが血は留まるところを知らず、二人の手を温かく真っ赤に染めていくばかりだ。
「お父様! しっかりしてください! お父様ぁっ……」
「テメェ! 何やったか分かってんのか!?」
「分かっているとも」ユーフィリニア王子は嗤って剣の血を払った。「父上にはご退場頂いたまでだ。此処から先は私のような次世代の者が国を治めるにふさわしい」
悪びれず、愚か者を見るような眼で治療に当たる三人を鼻で嗤う。ギリ、とキーリは血が煮えたぎるような衝動に駆られるが、それよりも治療が先だ、と影で傷口を塞ぎ、無理矢理に太い血管同士を繋げていく。
だが、血を多く流し過ぎた。
「お父様! お父様っ!」
弱っていた体では、大量に失った血を補うだけの体力は残っていなかった。既に父は何の言葉を発することもできなくなっていた。そして、昔のように彼女の頭を優しく撫でてくれる事もできない。
父は、あっけなく死んだ。
その事実に呆然とフィアは立ち尽くし、指先から父の血を滴らせた。受け入れられないのか、涙さえ流れず、放心して「あ、ああ……」と自身の顔を掻きむしるようにして覆った。
彼女の後ろ姿にキーリは歯噛みし、その拳を壁に叩きつけた。俯き、凶行を防ぐことができなかったと悔やむキーリだったが、その眼にそれまで動かなかった一人が短剣を取り出す姿が目に入った。
キーリは叫んだ。
「避けろっ、フィア!」
放心していたフィアは声に反応が遅れた。彼女にしては緩慢な動きで振り返れば、すぐ目の前に凶刃が迫っていた。
再び、鮮血が舞う。そしてフィアの胸に軽い体が伸し掛かった。
「レイ…ス……?」
「お嬢、様……お怪我、は……?」
レイスはフィアを心配しながら脇を押さえ崩れ落ちる。その体をフィアは咄嗟に支え、彼女の両手が別の血で上書きされていく。フィアの手が震え、その手の中でレイスは青白い顔で微笑みながらもその息は荒い。
「レイス、レイスっ!!」
「……大丈夫だ! 落ち着け!」
キーリは恐慌状態のフィアからレイスを奪い取る。影を使って止血をしながら、何度もレイスの名を呼ぶフィアを宥めた。
「急所は外れてる。止血さえすれば何とかなる。それよりも――」キーリは顔を上げて犯人を睨んだ。「どういうつもりだっ!」
返ってくるは無言。キーリはもう一度怒鳴った。
「答えろ! ――エリーレぇっ!!!」
怒鳴りつけられ、エリーレは真っ赤に染まった短剣を持つ手を震わせた。
凛々しかった顔は今にも泣き崩れそうなまでに歪み、両手でしっかりと掴みつつも震えで剣を手放してしまいそう。呼吸は荒く、彼女自らの行動のはずなのに眼には涙と共に悲痛と苦悩が居座っていた。
「どういうつもりか、俺が直々に教えてやろう」
「……なに?」
「つまりは、こういうことだ」
ニヤニヤと嗤って様子を窺っていたユーフィリニアは、エリーレの肩を強引に抱き寄せる。
そして――彼女の唇を奪った。
「……!」
「ん……あ……」
エリーレの口から艶やかな溜息が漏れる。ユーフィリニアはたっぷりと彼女の口腔を蹂躙し、やがて口を離した。二人の口を唾液の橋が掛かり、切れ落ちた。名残惜しそうにエリーレはユーフィリニアを見上げ、彼も彼女の口元を指先で拭ってやる。
二人の仕草に、キーリは全てを察した。
「そういうことかよ……! 俺らに近づいてきたのも……」
「そうだ。俺が愚妹を連れてくるように命令したのだ」
「も、申し訳、ありませ…ん……スフィリアース様……」
「エリーレ……どうして……」
信頼していた友の裏切りに、フィアは愕然とした。クシャリと顔を歪めて唇を震わせる彼女に、エリーレもまた涙を両眼から流し、震える声で問いに応える。
「ユーフィリニア様は……約束して下さったのです……アルクェイリー家の再興を。そして、私から……剣を手放す事を、元の貴族の女に戻る事を許してくれたのです……」
そこに国軍将校としての凛とした姿は無い。あるのは貴族の淑女としての顔だ。
身勝手に思えるその理由で自分を殺そうとした。続けざまの衝撃に、フィアの口からは乾いた声しかでない。
「そのために私を……殺そうとした、のか……? レイスを傷つけたのか……?」
「貴族、貴族ってよ……そんなに地位や権力が大事かよ!」
「貴方達には分からないっ!」エリーレは涙を振り飛ばしながら泣き叫んだ。「私は剣など握って生きたくなかった……自らが撒いた種とは言っても父様を亡くし、軍に放り込まれ、男からの卑しい眼に怯えて尚も生きている自分が許せなかった……
毎日訓練で埃に塗れ、血を流し、痣を作って地面に転がってる自分が惨めだったんです……
護衛に当たったご婦人の姿を見て思っていました。なんて綺麗で可憐な服を着てるんだろう。社交の場で囀る方々の後ろで控えながら思っていました。なんて優雅な生活なんだろう。なんて……私とは対照的なんだろうって。本来なら……その場に私も交じっていたはずなのに。彼女たちを見る度に、どんどん惨めな気持ちになっていきました」
フィアは涙を流すエリーレの顔を唖然と見ているしかできなかった。城に居る時から、フィアは彼女を信頼していた。レイスが姉ならば、エリーレは大切な友人。そう思っていた。
傍にいる時、彼女がそんな風に思っているなど全く思っていなかった。常にフィアの傍に居り、彼女の悩みを聞いてくれた。聞いてもらうばかりだった。エリーレが思い悩んでいる事を、彼女が望んでいる事など、全く知ろうともしていなかった。気が遠くなり、フィアの体が少し後ろによろめいた。
「エリーレ……」
「なのに……なのにスフィリアース様は……私が夢見ていたそんな生活をあっさりお捨てになってしまいました。どれだけ望んでも手に入らないはずのそれを……
だから私は、そんなスフィリアース様が憎らしくて……固執しない貴女が少しだけ羨ましかった……」
「そういうことだ。だから私が与えてやると約束したのだよ。スフィリアース、お前を王城に連れ戻し、殺した暁には新たな王の妾としての地位と、取り潰しに近い状態のアルクェイリー家の再興をしてやると」
ごめんなさい、とエリーレの口が動き、だがそれは音となってフィアの耳に届けられることは無かった。
エリーレは潤んだ瞳を、女としての眼をユーフィリニアへ向けてせがんだ。その求めに応じてユーフィリニアも口を二、三度啄み、最後に深く味わう。口を離して顔を上げると二人の視線が交差する。エリーレは眼を蕩けさせた。
だがユーフィリニアは嘲笑を浮かべた。
「……っ」
エリーレは腹に衝撃を感じ、視線を落とした。そこには、自分の腹から生えた剣があった。
何故。彼女は、震える眼差しをユーフィリニアへ向けた。脚から力が抜け、意識が遠くなる。熱く鉄錆臭いものが喉を駆け上がり、閉じた口を押し開けて口元を汚した。
「ユーフィリニア様……?」
「本気で愛されているとでも思ったか? 妹一人殺せん無能者は必要ない」
膝を突き、霞む視界の中で尚も彼の脚に縋り付こうとエリーレは手を伸ばすが、それも振り払われる。
そのままエリーレは前のめりに倒れ、絶望に頬を濡らした顔をフィアに向けた。
「スフィリアース、様……レイス……もう、し訳……」
謝罪の言葉は最後まで続かない。後悔を多分に含んだ表情のまま、エリーレは血の海に沈み、二度と動くことはなかった。
「嘘……嘘、だ……」
フィアもまた膝から崩れ落ち、エリーレに縋った。あまりにも酷い友との別れ。フィアの心は今にも壊れそうな程に脆くなり、それ以上何も言葉を発せずエリーレの傍に座り込む。
そんな彼女を、兄はつまらないものを見るように鼻を鳴らすと、フィアの顔を蹴り飛ばした。
「フィアっ! このっ……! 下衆が……!」
「口を慎めよ、下郎が」フィアとレイス二人を支えつつ睨むキーリだったが、ユーフィリニアは意に介した様子はない。「まあ、いい。どうせ貴様らもここで終わりだ」
そう言ってユーフィリニアは血に濡れた剣をキーリに向かって投げ捨てた。何をするつもりだ、と脚に力の入らないフィアを立たせながら警戒する。
ユーフィリニアは口端を吊り上げ、息を吸い込むと扉に向かって大声を張り上げた。
「誰かぁっ! 誰か来てくれぇ! 父上が、父上が殺されたっ!」
「はぁっ!?」
途端に足音が響き、部屋の扉が開く。バタバタと兵士や貴族達が中になだれ込み、むせ返る血の臭いと血まみれになった国王の姿に全員が言葉を失った。
「へ、陛下……!」
「ユーフィリニア殿下! いったい何があったのです!?」
「スフィリアースだ!」
顔いっぱいに悲痛な表情を浮かべ、ユーフィリニアは悲鳴じみた声を上げながらフィアとキーリを指差した。
「スフィリアースが……妹が……父を殺した! 私はこの眼でハッキリと見た! ちょうど私が部屋に入ると妹が父に向かってそこの剣を振り下ろすところを!」
「なんですと!?」
「お戻りになられていたとは伺いましたが、まさかそんな恐ろしい事を……!」
「ち、違う……! 私じゃ――」
「本当だ! くそぅ! 後少し……後少し私がここを訪れていればこんな事にはならなかったのに! 止めに入ったアルクェイリー少尉も凶刃に倒れ――」
我に返ったフィアが否定するも、それをかき消す様にユーフィリニアは大声で叫び、心底悔しそうにベッドの縁に拳を叩きつけてみせる。それはまるで、彼の語った言葉が全て真実であると思わせるに十分な迫真で渾身の演技。嗚咽をも漏らしてみせ、「お気をしっかり!」と励まされるその影で、ユーフィリニアはキーリに向かって笑みを浮かべ見せつけた。
仕組まれた。それに気づいたキーリはフィアの手を引いて抱き寄せた。
「フィア! レイス! 逃げるぞ!」
「違うんだ! 皆信じてくれ! 父を殺してなんか……! エリーレを殺したのは……!」
「諦めろ! 今は……誰も信じちゃくれねぇよ! それに、このままじゃレイスも死ぬぞっ!?」
「……っ!」
意識こそ失っていないが、刺されたレイスの顔色は悪い。一刻も早く治療が必要なのは明らかで、だがフィアの脚は父とエリーレを向いたまま動いてくれない。
三人を捉えようと兵士がにじり寄ってくる中、キーリは両脇に二人を抱えて走り出す。
「待てっ!! 逃がすなっ!」
兵士達がキーリを追いかけ、しかしそれよりも早く部屋の奥にある窓を突き破り、城の外へと飛び出した。
「離してっ……離してくれ、キーリっ!」
落下しながらフィアは叫ぶ。小さくなっていく部屋に向かって手を伸ばし、だが届くことは決して無い。堪えきれない涙が、夜空に向かって落ちていった。
キーリは城壁や歩哨台を足場にしながら逃げる。背後から俄に騒々しさが増していく。腕の中でフィアはもがき、だがキーリは決して離しはしないと強く抱きしめた。
「エリーレっ……! あ、ああぁぁぁ……!」
遠ざかる城。頬を大粒の涙が流れ落ちていく。わんわんと子供のように泣きじゃくり、一際大きな声でフィアは絶叫した。
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
翌日、死因は伏せられた状態で国王ユスティニアヌス・レディストリニアの崩御と王子であるユーフィリニアが新たな国王として即位することが発表され、国内外に衝撃と悲しみを以て受け止められる事となる。
また同日、国家転覆を企んだとして元・王国王女スフィリアース・フォン・ドゥ・レディストリニアと王女付侍女のレイス、キーリ・アルカナの三名が世界中に指名手配されることとなった。
各種報奨金や奨励金を準備し、多くの兵士を動員して捜索に当たるも彼女らの行方は頑として知れず、やがて国民の悲しい記憶と共にスフィリアースの名は王国の歴史の中に埋もれていった。
静止した王国の時計の針。
それが再び動き出すまでに、三年の月日を要したのであった。
第二部・完
こんな結末ですが、ここで第二部は完結になります。
第二部連載開始から約7ヶ月、第一部に続き長いストーリーとなりましたがお付き合い頂きましてありがとうございました。平に御礼申し上げます<(_ _)>
割烹の方で後書き的な何かを載せてます。よろしければどうぞ。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/122649/blogkey/1826252/
第三部も予定しておりますが、その前に2、3ヶ月程お休みを頂こうと思います。
その間に第三部のストーリーも練って、またパワーアップして帰ってきたいと考えてますので、その際はまたお付き合い頂ければ。
それではここまでありがとうございました。
また逢う日まで。