13-5 願いは儚く、けれども立ち上がる(その5)
第2部 第77話です。
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<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
そこは暗く寒い場所だった。
「ん……」
微かな吐息と共にフィアは眼をゆっくりと開ける。ぼんやりとした視界と頭。穏やかな流れの中でたゆたっているようにふわふわとした感覚。辺りはどこも黒く、フィア以外に何もないそこは薄ら寒い。そう思うと一層自分の体も冷えていくようで、彼女は両腕を体に巻き付けて抱きしめた。
「そう、か……私は」
力尽きたのか。膝を抱え、頭を押し付ける。赤かった髪は色を失って白くなり、フィアはそれを横目で見るも特に関心を示さない。
終わる瞬間を覚えている。訳も分からぬままに体が凍え、瞼が重くなり、やがて見えなくなる。死とは恐ろしいものだと思っていたが、意外とあっさりとしたものなのだな、と拍子抜けしたような気持ちだ。
ならば、ここは死後の世界か。
「……だとすれば、死後の世界というのは随分と殺風景なのだな」
五大神教の教えによれば、死後は光神によって魂が掬い上げられ、精霊や神々の住む世界で何不自由なく心穏やかに過ごせるのだとか。もちろんそれは光神に日々祈りを捧げ、罪を犯さず、或いは犯した罪を悔いて償った、清らかで神々の世界に住むのに適した魂だけが選ばれるのらしい。
しかし今フィアの周囲に広がるのは聞いていた話とはかけ離れている。という事は自分は光神に選ばれなかったという事なのだろう。もっとも、選ばれたいとは微塵も思っていなかったが。
「だが……エーベルに会えそうにないのは寂しいな……」
あの子は良い子だった。きっと光神の下へ導かれていったに違いない。もしそうでないなら、光神なんてものは余程見る目がないのだろう。
いつか、あの子に会いに行くと言ったがその約束は守れそうにない。それは心残りだ。膝を抱いた腕の力が強くなり、フィアは小さく「ごめん」と漏らした。
「お父様も……申し訳ありません。先に逝って叱られる準備をしておきますね」
父が来るのはきっと向こう何十年も後になる。それだけあれば心の準備の一つくらいできるはず。親不孝な娘であったが、たぶん父の事だ。目一杯叱って、最後には「頑張ったな」と優しく抱きしめてくれるだろう。
「……頑張った?」
はた、とフィアは自分の思考に疑問を抱いた。本当に自分は「頑張った」のか? 本当に自分は満足しているのか?
「……悔いはないと言ったら嘘になるが……父はきっと■■■達が助けてくれるだろうし、今となってはもう私ができることは何もない」
ならば何故こんなにも胸が痛いのか。胸が熱く、苦しいのか。俯いたフィアの眼は、自分の胸に刻まれた痣を見た。そこに手を遣る。見ようによっては魔法陣にも見えるそれが赤く光り、火傷しそうな程に熱を発していた。
何かを、大切な何かを忘れている。体が凍てつくように心もまた凍てついていて、大切な記憶も凍りついてしまっている。胸から発する熱は、その氷を溶かそうと懸命に足掻いているように思えた。
そして届く微かな声。何かがぶつかり合うと同時に、泣き叫んでいるような声が聞こえる。それが酷くフィアの胸を掻きむしってくる。音がする方に彼女は顔を上げた。
「あれは……」
浮かぶ景色。身を呈して街の人達を守る兵士達がいた。モンスター達の大群に向かって剣を振るい、魔法を放ち戦う■■■■達の姿があった。殴られ、傷つき、膝を突きそうになりながらも諦めず、心折れず、自身を奮い立たせ必死にモンスター達に立ち向かっていく仲間達が居た。
「私は……」
大切な事を思い出せていない。そう思うと、胸の熱が更に増した。冷え切っていた四肢に少しずつ熱が戻っていく。焦りのようなものがフィアの中にこみ上げていった。
だが思い出せない。とびきり大切なのに、その気持ちは覚えているのに、まだ思い出せない。拳を握りしめ、下唇を強く噛み締めフィアは俯いた。
その時、突如として耳をつんざいた激しい雄叫びに顔を跳ね上げた。
「うおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!」
「■■■■■■っっっっ――!!」
目の前に映るシーンは先程とは全く様相が変わっていた。
繰り広げられていたのは褐色の魔人と灰と黒の入り混じった人間の争い。モンスターと人間の攻防という点ではさっきまでと同じ。しかし伝わってくる感情は余りに悲痛であり、絶望に溢れていた。
一面漆黒に染まる床面。そこから鋭く伸びる無数の影が魔人の体を貫き、そして叩き折られていく。濁った鮮血が飛び、だが傷はすぐに塞がっていく。それでも人間は両手にきつく握られた真っ黒な剣を叩きつけていく。
何度も何度も、どれだけ傷が塞がろうとひたすらに魔人を斬りつけていった。
「あああああああああっっっっ!!」
「キーリ……!」
フィアの口から名が零れ落ちた。凍てついた記憶が溶けていき、彼女の瞳が滲んでいく。彼の動きが、声が、叫びがフィアの心を溶かし、同時に傷つけていく。
キーリの戦い方はただひたすらに破滅的であった。黒剣が魔人を斬りつけると同時に、魔人の腕が彼を斬り裂く。影が魔人を貫けば、魔人もまた氷で彼を貫いた。
振りかぶった右腕が魔人の剣によって斬り飛ばされる。おびただしい血がフィアのスクリーンを赤く染め上げ、それでもキーリは悲鳴を押し殺し、剣ごと再生した腕でまた魔人を斬りつけていく。
魔人の腕が跳ね飛ぶ。だが反対側の豪腕がキーリの顔を捉え、半分を弾け飛ばした。キーリの動きが止まり、即座に無数の氷杭が全身を串刺しにしていく。それでもキーリは止まらない。
「いっ……たくねぇぇぇぇぇんだよっっ!!」
時が巻き戻るように失われた顔が戻り、両眼から血の混じった黒い涙を止め処なく流して魔人の腹部を何度も斬り裂く。防御を無視し、自身の損傷の一切を度外視して攻撃のみをキーリは繰り返した。
斬り裂かれる音と悲鳴。それが聞こえる度にフィアの心も斬り裂かれるようだった。耳を塞ぎ、余りに苛烈な攻防が映し出されるスクリーンから、フィアは眼を背けた。
「やめろ……」
「■■■■、■■っっっっ――!!」
「いい加減、たお、れろってんだよぉぉっっっ!」
「やめてくれ、キーリ……!」
「テメェが倒れなきゃ――」
「やめて……」
「フィアを助けらんねぇだろうがぁぁぁぁっっっ――!!」
「やめてぇぇぇぇぇっっっ!!」
キーリの剣がステファンの腹を貫くと同時に、キーリもまた両腕を落とされ、全身が穴だらけになる。キーリの脚がガクガクと痙攣し、一瞬眼から力が失われた。それも刹那。意識を取り戻し傷を瞬時に回復させると、失った時間を取り戻すように苛烈な攻撃を再開した。
それらの音や声は、フィアがどれだけ懸命に耳を塞いでも鼓膜を震わせ、届いた音は眼を塞ごうともまざまざと光景を頭の中で無意識に描き出す。
逆にフィアの悲鳴はどれだけ悲痛であっても決してキーリには届かない。どんな懇願も、キーリを止めることは叶わなかった。
「出してくれ! 誰でもいい……! 誰か、誰か私を……ここから出してくれ……!」
スクリーンにすがりつき、拳を叩きつける。目に映る光景を叩き壊そうと、フィアは涙を流しながら何度も叩くがびくともしない。決して終わることのない戦いが、ただそこにあった。
「頼む……お願いだ……! 誰か、アイツを止めてくれ……キーリ、止めてくれ……お前が傷つく様を……見たくないんだ……」
力なく拳が叩き、フィアはその場に崩れ落ちた。さめざめと涙を流し、己の無力さを呪う。
自分が倒れなければ。ステファンの水神魔法に打ち克つだけの強さがあれば。キーリに並び立つだけの力があれば。
何者にも屈しない炎が欲しい。守るべき者を守り、行く手に立ち塞がる全てを燃やし尽くす程の炎が欲しい。ギリ、と悔しさに噛み締めた歯が鳴り、フィアは自分の胸に刻まれた聖痕を掻きむしった。
神々の力が宿るという「神威」。炎神の力が宿るだろう胸のそれは、確かにフィアに類まれな炎神魔法の才能を与えた。
しかしそれが何だというのか? 守るべき者を守る事もできず失い、それどころか仲間達に守られてばかり。
何のための「神威」か? 何のために私は努力を重ねた? エーベルを失ったあの日から、私は何のために日々を重ねた?
(力が……)
爪が胸に食い込む。皮膚を突き破り、肉を裂く。
「力が……」
赤い血が溢れ、胸の痣を赤く染めた。神威が淡く光を放ち、燃えるような怒りと共に火傷しそうな熱が発せられていく。
「大事な人を……今度こそ助けるための力が……欲しいッッ!!」
(良かろう)
強き願いは、叶う。
突如聞こえた声にフィアはハッと顔を上げた。直後に暗闇が強烈な炎に焼かれ、辺りが黒から真紅に染まる。
全てを焼き尽くすような熱さがフィアに覆い被さってくる。しかしそれはフィアにとって心地の良いものでもあった。眼をゆっくりと開けて見上げる。そこには、全身から炎を漲らせた人型のナニカが仁王立ちでフィアを見下ろしていた。
(……)
ソレはそこにあるだけで何もしない。だがフィアはソレから見つめられているように思え、視線は品定めしているようにも感じられた。
焔の固まりともいえるソレは、やがて人型から巨大な一本の火炎となった。火炎は流れ、フィアの周囲を旋回。形を変えて大きな焔の波となってフィアを飲み込んでいく。
「ぐぅ……あつ、い……!」
身を焦がす圧倒的な熱量にフィアは堪らず悲鳴を上げた。だが熱さは感じるものの、フィアの体には傷一つ付かない。代わりに、体の奥底から火山のようにグツグツと何かが煮えたぎっていく。そのあまりの熱さが苦しく、掠れた吐息と共にその場に膝を突いた。
そこに、小さな声が脳裏に染み渡っていく。
(己を……信じろ……)
「く、う……自分を……信じる……?」
(私を……耐えるだけの器はできて……いる……)
「が、あああ……しか、し……」
(あの者を……守りたい……の、だろう?)
見上げる。自分を助けようともがくキーリの姿がある。先程は眼をそらした彼から、今度は眼をそらさない。
守りたい。そう思うと、自然と脚が動いた。何も支えるものがない、生まれたままの自らの脚でフィアは立ち上がった。膝を突いている場合ではない。今すぐにキーリの、仲間達の元に帰らなければ。
(良い。それでこそ――)
焔がフィアから離れた。一度宙に浮かび上がり、クルクルと回っていく。その様はまるで、焔が微笑んでいるようだった。
空中で静止し、焔は一層眩く光を発した。そして一本の鋭い焔の矢となってフィアの胸元へ飛び込んでいく。
そこでフィアの意識は真っ白に染め上げられたのだった。
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