13-4 願いは儚く、けれども立ち上がる(その4)
第2部 第76話です。
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<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
「……」
ユキは目を閉じて台座に手をかざし続けていた。手のひらからは黒い靄のようなものが少しずつ紡がれ、空っぽになってしまった台座の中央に伸びている。そこには小さな、本当に小さな球形の何かが少しずつ形になっていっており、赤黒い不気味な色を発していた。
それに意識を集中し、ユキの額から汗が流れ落ちる。そんな彼女の背後は黒い闇で満たされていた。
いや、それは闇では無かった。彼女の後ろにいるそれはモンスターの成れの果てだ。光も通さない程におびただしいモンスターだったものが彼女の張った壁に張り付き、怨嗟の声を発している。魔素を吸収し過ぎて器が壊れ、明確な形を保つことすらできなくなったそれらだが、尚も魔素を喰らおうと壁にへばりついている。そして、その足元にはユキが作り出した影があり、ゆっくりとその中へ吸い込まれていっている。
モンスターとは謂わば魔素の塊だ。モンスターの魔素を吸収し、それを元に新たな核を紡ぎ作り出す。本来の作り方とは違い手間も掛かるし作るのも難しいが、これが一番早いやり方だ。
「ん……?」
そうして既に三十分程の時間が経過し、核の「種」を作り終えて作業は安定した。後はこのまま丁寧に魔素の流れを整え続ければいい。だが、これまで険しい顔のまま一度も表情を変えなかったユキの眉が微かに歪んだ。
「なるほど、そういう事。人に与えたものを返してもらおうってわけ。でもどうして今更……」
誰ともなくユキは独り言ち、増々眉間の皺を深くする。
「……考えても仕方ないけれど、このままだとちょっと苦しいかしら? キーリはどうでもいいけど……」
そう言うとユキは閉じていた眼を開け、誰もいない壁に向かって声を掛けた。
「ウンディーネ、居るんでしょ? 出てらっしゃい」
だが壁はユキの声をそのまま返すだけ。特に反応は無い。ユキは溜息を吐いてもう一度声を掛けた。
「顔を出しにくいのは分かるけど、出てきなさいって。お願いしたい事があるの。出てこないなら迷宮の水場を全部濁らせるわよ」
「それは困ります」
壁の中から鈴の音が鳴るような透き通った声が響いた。遅れて台座の根本がコポリと音を立てて泡立ち、清水が滲み出てくる。そこから淡い光が湧き上がり、水が重力に逆らって天井に向かって伸びていく。やがて、その水が女性の姿を象っていった。
背中まで伸びた長く蒼い髪に豊かな胸。くびれた腰から下へ続く長くスラリとした脚。世の男女の多くが憧れるであろう美の姿を体現している。水で形作られているため姿は半透明だが、ユキを見るその眼には懐かしさと申し訳無さが同居していた。
「ご無沙汰しております、■■様」
「久しぶりね、ウンディーネ。元気だった……とは言えないか」
「そうですね。お気づきの通り、こうして何とか姿を維持するのが精一杯という有様です」
たおやかに一礼するウンディーネに対して気楽な口調で声を掛けるも、実情を改めて確認してユキは頭を掻いた。ウンディーネも困ったように首を少し傾けるが、彼女自身は然程気にしてはいなさそうにも見える。それは現状を受け入れているのか、それとも事態の深刻さを認識していないのか。昔からのほほんとした性質であるから、後者なのかもしれないわね、と変わらない水精霊に何処か安心感を覚えた。
「そ。なら水神も――」
「はい、今もまだ静かにお眠りになられております」
寂しそうに、ウンディーネは眼を伏せた。そんな彼女の心情を表すかのように、彼女から伝わってくる冷気が一層冷たくなる。
ユキもまた一度瞑目し、在りし日の掠れてしまった記憶を思い浮かべていると、ウンディーネが彼女を呼んだ。
「……その節は、誠に申し訳ありませんでした。眠りに就く前に水神様より謝罪を言付かっております。私からも、お詫び申し上げます。お望みであればこの身を差し出しますので何卒、お怒りを――」
「止めてよね、もう」ユキは溜息を漏らした。「私は別に怒ってないし、恨みもしてない。謝ってもらおうとも思ってないの。あいつらが正しいと思ってしたんならきっとそれが正しかったの」
「……怒っていらっしゃらないのですか?」
「全然。むしろのんびり出来てラッキーくらいに思ってるけど?」
あっけらかんとして言い放つユキに、ウンディーネはその大きな目をパチクリと開いてキョトンとした顔を見せる。そして力が抜けたように、空気など吸い込んでいないにも関わらず溜息を吐いたような仕草をした。
ちょっと見ない間にこの子も表情豊かになったなぁ、などとユキはのんびりした感想を抱いた。きっと、水神の影響をもろに受け続けていた結果だろう。アイツは感情表現が豊かだったから、とユキの脳裏に水神の笑顔が浮かび自然と彼女も顔を綻ばせていると、ウンディーネが彼女を見ているのに気づいた。
「何?」
「いえ、『らっきー』という人間の言葉の意味は存じませんが、貴女様が本当に何も気にしてらっしゃらないと分かって安心したのです。水神様もお目覚めになられたらきっと大喜びなさって抱きついてきますね」
「あー、アイツならやりかねないわね。私を見つけたらいっつも所構わずベタベタとひっついてきてウザかったし、そう考えるともうずっと寝かしといた方が私にとって平和よね」
「そんな事仰られると水神様が泣いて拗ねてしまいます。世界中で大洪水になってしまいますのでできれば優しくして差し上げてください」
うげぇ、と顔をしかめたユキだが言葉ほど彼女を嫌ってないのは顔を見ればよく分かる。なのでウンディーネも優しく笑みを湛えたままだ。
「偉そうなクセして泣き虫だもんね、アイツ。ま、いいわ。起きたら怒ってないからって伝えといて。
ところでウンディーネ」
「なんでしょうか?」
「炎神もまだ封印されたまま?」
ユキの問いにウンディーネは眼を伏せて首を横に振った。
「はい、あの御方も本心では反対なさってましたから」
「まったくどいつもこいつも……」ユキは頭を抱えて溜息を吐いた。「いいわ。なら、イグニスは? アンタが無事なんだからあの子も健在なんでしょ?」
「……さあ、どうでしょうか?」
炎精霊の名を出した途端、ウンディーネは笑顔のまま顔を固まらせた。彼女を中心として空気が凍てつき、ユキの吐く息もすぐに氷の結晶となってしまう。
炎と水。互いに特性を打ち消し合い、性格的にも剛健な炎神と緩い水神とでは相性が悪かったが、その配下である精霊もまた相性は激烈に悪い。そうは言っても同じ精霊同士、全く毛嫌いしているわけではないのではあるが、今みたいに、淑やかな顔をしたウンディーネが唾を吐き捨てるくらいには顔を合わせることを露骨に嫌がる。
「とぼけなくていいって。ちょっとあの子に連絡取ってくれるだけでいいから」
「……」
「こら、キャラが壊れてる壊れてる」
とても癒やしの水精霊とは思えない顔を見せるウンディーネ。余程嫌らしいが、ここは折れてもらう必要がある。
「はぁ、分かったわ。水神を目覚めさせる方法を探してあげるから」
「……本当ですか?」
「ホントホント。いつになるかは保証できないけど」
溜息混じりにそう告げるとそれまでの般若のような表情から一転、ぱぁぁと弾けるような笑顔に変わった。
「畏まりました。では至急イグニスと話して参ります。何とお伝えすれば宜しいでしょうか?」
「そうね……じゃあこう伝えてくれる?」
ユキは天井を見上げた。そこには未だ多くのモンスターの成れの果てが張り付いていて、ドス黒い闇と微かな赤い目が残っている。
だがユキが見据えるのはその更に上。
「大切な子が殻を破るのを手伝ってあげなさい、って」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆さん、大丈夫かな……?」
ギルドの窓口嬢であるフレデリカは、いつもと同じように窓口カウンター前に座って外の様子を眺めた。
迷宮からモンスターが溢れたため、ギルド内には殆ど人は残っていない。元々冒険者はここ数週間数える程しか来ておらず、街に残っていた彼らも街の人の避難やモンスターと戦っているだろう。職員たちも少しでも被害を減らそうと奔走しているはずだ。
だから、大丈夫。そう思っても年若い彼女に不安は募る。気づけば座り慣れたカウンターにやってきて誰も居なくなった外の通りを、唇を噛み締めて見つめる。太くて手入れの行き届いた狐人族特有のふわふわの尻尾が無意識に揺れた。
「お姉ちゃん……」
「あ、ご、ごめんね? 大丈夫だから。冒険者の人達って、みんなすっごく強いんだから! きっとすぐにモンスターを退治してくれるよ」
不安を口にしたフレデリカの手を小さな手がギュッと握りしめ、彼女は慌てて明るく声を張り上げた。
少年は混乱が始まった直後にギルドに駆け込んできた。街を襲った恐慌のせいで怯えていたところ、女性冒険者からギルドに避難するよう勧められたらしい。
そしてもう一人。
「……すぅ、すぅ」
彼女の膝には猫人族の少女――ユーフェが座って寝息を立てていた。どうやら真っ先にスタンピードを伝えに来たパーティで面倒を見ている少女らしいが、流石にこれから危機的な状況に身を投じるため連れていけないとの事でフレデリカが事態が収集するまで面倒を任される事となった。少年も一人放っておくわけにもいかず、二人の面倒を見るため他の職員と違って安全なギルド支部内で待つという仕事を命じられた次第である。
フレデリカはユーフェの背中をそっと撫でた。少女の眼には真っ赤に泣き腫らした跡が残っている。
彼女がユーフェを冒険者の女性――何故かメイド服だったが――から預かった時、ユーフェはその女性の服にしがみついて泣いていた。声を上げるでもなく静かに。その仕草はまるで感情を押し殺しているようで、彼女の年齢にはそぐわない泣き方であった。
「街も大変だけど……」
この子の身にも何か大変なことが降り注いだのだろう。そしてだいたい想像がつく。もしその想像が正しいのであれば触れないで上げるべきだろう、と思ってフレデリカは一応事情をメイド服の女性に尋ねてみた。だが、彼女は軽く眼を伏せた後に深々と頭を下げ、何も言わずに外へと走り去っていったのだった。
「悲しい事は……眠ってる間だけは忘れててくれたらいいな」
そう呟くと、フレデリカは優しい眼差しでユーフェの白い髪を指で梳いた。
「……」
「あ、ご、ゴメンね? 起こしちゃった?」
ユーフェがムクリと起きてフレデリカから体を離し、眠たげな眼で見上げた。そしてキョロキョロと辺りを見回し、もう一度フレデリカを見つめた。
「な、何かな? おトイレかな?」
「……キッチンは?」
キッチン? とフレデリカは首を傾げた。だが意味が分からないなりにも、ギルド内の食堂の方を指差して場所を教えてやる。するとユーフェはフレデリカの膝から小さな身を躍らせた。
床に降りた彼女は、レイスから叩き込まれた丁寧なお辞儀をする。そして食堂の方に向かって歩いて行った。
「ま、待って! 何処に行くの?」
「キッチン」
「それは分かるけど……お腹空いたの?」
ユーフェはふるふると小さな頭を横に振った。
「お料理するの」
「お料理?」
ユーフェの意図が分からず、フレデリカは思わずもう一人の少年を見下ろした。少年もまた首をひねった。
そんな二人から視線を外し、ユーフェは明後日の方を見た。それは迷宮、そして領城がある方だ。
「もうすぐお姉ちゃん達が戻ってくるから。暖かいご飯を準備して待つの」
お読み頂き、ありがとうございました。
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