13-2 願いは儚く、けれども立ち上がる(その2)
第2部 第74話です。
掲載:9/2
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
オーフェルスのギルド支部をアリエスは文字通り飛び出した。遠くからカレンやエリーレの避難を呼びかける声が聞こえてくる。道行く人がざわめき、あちこちから「本当かしら?」「どうせデマだろ」などと言った声が上がっている。疑うような声に、アリエスはしかめっ面をすると、「今すぐ逃げなさいっ!」と怒鳴りつけていった。
程なくしてギルドの屋上にある鐘がカンカンカン、と激しく打ち鳴らされた。不安を掻き立てるようなその甲高い音が街に響き、それを受けてまた離れた場所にある鐘が鳴らされ、街全体に広がっていった。
ギルド発の緊急警報。長い歴史でそれが発令された事例は少ないだろう。だが今こうしてそれが速やかに実現された。それは偏にシェニアのおかげだ。
煮え切らない態度のオーフェルス支部長を早々に見限ったアリエスは、シェニアから聞いていたギルド支部長しか使用できない会談用連絡手段を強引に使いシェニアに連絡。切羽詰まった口調のアリエスの声に、シェニアは即座に決断した。
オーフェルス支部長は急病で指示が不能であり、緊急な判断が求められるとして他支部の権限委任を受けたオルフィーヌと男性冒険者の賛成を持って暫定的にオーフェルス支部の権限をスフォン支部に移譲。シェニアの命令を受けて独自の緊急避難命令を発令した。それを知らせる鐘が今や空を駆け巡っている。
初めて聞く音に街の人々は戸惑い、怯え、しかし支部から出てきたギルド職員たちの指示に、今が本当に非常事態なのだと悟った。そして迷宮の方から鐘の音に混じって聞こえた、人ならざるものの雄叫び。迷宮からは距離があるためそれはささやかで、しかし確かに人々の心を斬り裂いた。
元々が不安感に支配された街である。先の見えない不景気とファットマンの様な貴族や、腐敗した憲兵の横暴。加えて、街を覆っていた不吉な空気。既にはち切れんばかりに張り詰めていた人々の心は限界に達しており、それがモンスターの声で完全に張り詰めた糸が千切れたのだった。
上がる悲鳴。手に持った荷物を投げ捨て、人々は我先にと押しのけ迷宮に背を向けて逃げていく。転ぶ人につまずき、蹴り飛ばし、だがそれでも気にも留めずただ走る。泣き叫ぶ少女を突き飛ばし、手を差し伸べる事はない。自分だけを守るために誰もが全力を尽くす非情な現実がそこにはあった。
人の勢いに押され、通りに出していた露店が崩れる。その傍らで少年が泣いていたが、彼は一変した街の雰囲気に怯え、転んだ痛みで泣くだけで、自身に迫るそれに気づかずにいた。
「危ないっ!」
誰かが叫び、そこで少年はようやく自分に向かって倒れてくる露店に気づく。しかし泣きはらした無垢な眼でそれを見つめるだけ。少年は動けない。その眼に明確な恐怖が宿り、涙が溢れた。
だがその直前で露店がけたたましい音を立てて砕け散った。木の板が飛び散り、弾き飛ばされた露店だったものが家の壁に当たって原型を失った。
「大丈夫ですわね?」
露店に体当たりし、地面に転がったアリエスは起き上がると少年の頭を撫で確認する。びっくりしてきょとんとしながらも少年が頷くと、アリエスはニッコリと微笑み、少年の背を押した。
「ギルドは知ってるかしら? この先、真っ直ぐ行ったところの左手にありますわ。安全だからそこに逃げなさい。大丈夫、アリエスに言われたと伝えれば断られはしないですもの」
「……うん、分かった」
「転ばないよう気をつけるんですのよ?」
少年は頷いてギルドの方へ走り出す。その途中で振り向き、「お姉ちゃん、ありがとう!」と手を振った。アリエスは優しく微笑んで手を振り返し、雑踏へ少年が消えるとキリッと表情を引き締めて迷宮の方を睨んだ。
汚れた顔を拭い、彼女は人々の流れに逆らって走る。そして小さく魔法を唱えると大きく跳躍した。風神魔法によって浮き上がった彼女の体は黄昏に向かう空を舞い、建物の屋根に着地。そして再び迷宮に向かって走りだした。
遥か下で黒い影が銘々に不規則な動きをしているのを見下ろし、そこからずっと真っ直ぐに辿っていくと見えるは大きな門。
「見えた……!」
迷宮の入口を取り囲むように堅牢な壁が築かれ、その一部に設置された門は閉ざされている。高い壁のせいでアリエスの位置からは門の内側は見えない。だが、黄昏の空に轟く声と門を叩く音。想像される内側の光景を考慮すれば、モンスターを押し留めている門の存在は何とも頼りなく思えた。
「っ!!」
そして想像通り、門が破壊された。内側にどれだけ溜まっていたのだろうか。別個の個体であるはずのモンスター達が、まるでコップから零れた水の様に溢れ出ていく。そしてそれを押し留めようと、イーシュ達が向かっていっているのが分かった。
だが多勢に無勢なのは火を見るよりも明らかだ。一体、また一体と確実に倒していっているようだが余りに数が多い。門にいた兵士も加勢しているが、やはり圧倒的に頭数が足りない。辛うじて門周辺で押し留めているが、門を破られた事で接敵面積が増えてジリ貧だ。
アリエスは水神魔法を詠唱した。彼女の頭上に幾つもの氷の杭が現れていく。いつもであればせいぜいが十か二十個程度。だが更にアリエスは詠唱を続け、その数を増やしていく。
第四級魔法とはいえ、経験したことのない数の制御により激しい頭痛がアリエスを襲う。一瞬視界が歪み、だが歯を食いしばって耐える。噛み締めた唇が破れて赤い血が口元を伝った。
そして屋根から跳んだ。一瞬舞い上がった体は重力に引かれて自由落下を始める。腰からエストックを引き抜き、溢れるモンスター達を見据えながらアリエスは叫んだ。
「下がりなさいっ!!」
気配に気づいてか、或いは聞き覚えのある声を信じてか。イーシュ達は即座に後ろに退いた。彼らの攻撃の手が止んだのを見て、圧力を強めていたモンスター達が前に出る。だが――
「やあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
直後、何十、或いは何百にも達しようかという氷の杭がモンスター達を襲った。氷の壁とも表現できる程の濃密なそれは前進を続けていたモンスター達を貫き、弾き飛ばし、門の内側へと押し戻していく。
「アリエスさんっ!」
「このまま内側まで攻め込みますわっ!!」
爆撃のような勢いで着地すると、アリエスはその勢いのままにエストックを振るう。撃ち漏らしたモンスターを卓越した剣技で斬り裂き、突き刺し、魔法で凍らせる。更にシオンから風神の支援魔法を受け、その勢いを増し次々にモンスターを物言わぬ骸へと還していった。
「へっ、やっと来たか!」
「遅ぇんだよ、来るのがよっ!」
「こっちこそもうちょっと数を減らしてくださってるかと期待してたのに、とんだ拍子抜けですわっ!」
「口論は後でゆっくりしましょう!」
調子を取り戻したイーシュ、ギースも動きのペースを上げる。シオンも、味方を巻き込む心配のない奥側へ凍える息吹を撒き散らし、動きを鈍らせて押し寄せる圧力を弱める。
彼女らは、果たしてモンスター達を完全に門の内側に押し返した。だが辺りはまだ大量のモンスターの海。迷宮の入口からは、数えるのも馬鹿らしい程に多くの赤い眼が外に向けられていた。
一体一体は然程強くはない。アリエスがぱっと見る限りはせいぜいDランクモンスターだ。だがこれだけの数、しかも更に増えていっている。今は良くても、果たして持ち堪える事ができるか。彼我の戦力差を冷静に見つめ、出した結論にアリエスは顔をしかめざるを得なかった。
だがやるしかない。覚悟を決めたアリエスだったが、その時、小さく地面が鳴動した。
「な、なんだぁ!?」
目の前の敵を斬り倒しながらイーシュが叫ぶ。シオンは急いで風神魔法で宙に浮かび上がり、迷宮の周囲全体を俯瞰。そして言葉を失った。
「そんなっ……!」
「何が起きてますのっ、シオン!?」
アリエスの問いにシオンはすぐに応えられなかった。迷宮の入口には多くのモンスターが溢れている。だが、それ以上に、迷宮の外からもジワジワとモンスターが出現し始めていた。
砂の地面が水面のように泡立ち、そこから現れる低級モンスター。大多数はそれらだが、中にはゴーレムのような手強いモンスターも混じっている。だが、シオンが言葉を失ったのはそこではない。
「門の外にも、モンスターが……!」
「なんですってっ!?」
迷宮から離れているためだろうか。出てくるのは、それこそ駆け出し冒険者でも退治できそうなゴブリンや単なるワーム、或いはスモールアント程度だ。数も内側に比べれば多くない。しかし、それでも戦う術の無い街の人達にとっては十分な脅威である。それら最下級のモンスターでも人を殺すだけの力は十分あるのだから。
「どうすんだよ! こっちはもう手一杯だぞ!」
「分かってますわ!」
スフォンであれば、冒険者たちが一致団結して対応に当たっただろう。駆け出しもベテランも関係なくシェニアの号令の元で街人を守るために全力を尽くしたに違いない。時間が経てば経つほど冒険者は集まり、モンスターを狩るペースも上がっていくはず。だが、ここはオーフェルスなのだ。そして今、オーフェルスには殆ど冒険者が残っていない。
これがオーフェルスでなかったら。或いはもっと前のオーフェルスであったら。焦るアリエスの脳裏にそんな詮無きことばかりが浮かぶ。そんな思考をアリエスは振り切って叫んだ。
「ギースは外に回りなさい! シオンはギースの補助を!」
「良いのかよ!? テメェら二人だけだぞ!」
「この程度、二人でも何とかしてみせますわよ! イーシュ、覚悟を決めなさいな!」
「上等だっての!」
アリエスの発破に応えるイーシュの声にも力が篭もる。大丈夫だとギース達に示すように続けざまにモンスターを斬り倒し、「早く行ってこいよ!」と怒鳴った。
だがその背後に新たにモンスターが出現。それに気づいたイーシュは咄嗟に地面に転がって避けるも、別のモンスターの攻撃をくらって弾き飛ばされた。
「イーシュ! くっ……!」
援護にアリエスは向かおうとするも、彼女自身も目の前を捌くのに手一杯。魔法さえ詠唱できれば一時的に退けるかもしれないが、それすら難しい。やはり、圧倒的に手は足りない。このままでは街に被害が出てしまう。アリエスの中で、抑え込んでいた絶望が再び鎌首をもたげてきていた。
そんな時だった。
「風精霊の刃!!」
彼女らの頭上から声が聞こえ、数瞬遅れて無数の風の刃が降り注いだ。第三級下位に属するそれらは次々とモンスターの首を斬り落としていき、辺りに血飛沫が舞う。アリエスたちの視界を一瞬にして赤く染め上げ、やがて魔素となって消えていった。
「まったく、スフォンの冒険者ってのは無謀な連中だね!」
「オルフィーヌ様!?」
「待たせたね。さっきは疑って悪かったよ」
翼を羽ばたかせ、オルフィーヌが笑顔で手を振りながらアリエスの隣に着地した。
「大丈夫? 怪我は無い?」
「え、ええ……大丈夫ですわ」
浅黒い肌と対照的な艶やかな白い髪を掻き上げて尋ね、それにアリエスが唖然としながらも返答すると、今度はその頭上を大きな影が飛び越えていった。
見上げれば、そこには重そうな全身鎧を纏いながら軽々と跳躍する男の姿。
「ゼオニス!」
「よぉ、よく持ち堪えてたな」
先程ギルドでオルフィーヌと一緒に支部長を糾弾していた男性冒険者、ゼオニスがアリエスを見下ろし男臭く笑った。
彼の肩に担がれているのは、キーリが使うものよりも尚巨大で剣幅も大きな大剣。ゼオニスはそれを両手で握ると雄叫びを上げた。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
鎧の関節部から覗く鍛え上げられた筋肉が収縮し、莫大なエネルギーを蓄積する。
そして裂帛の気合と共に放たれる一撃。余りにも暴力的な音で空気を斬り裂き、彼の周囲にいたモンスター達をまとめて弾き飛ばした。剣を用いながらも、その一撃は斬るというよりは叩き潰す。ただの一撃で十数匹もの敵を魔素へと還した。
「まだまだガキんちょかと思ったが、やるじゃねぇか」
オールバックのブロンズヘアーを撫でつけゼオニスは口端を上げて笑った。齢は三十程度だろうか、決して美男子ではないが力強さを感じさせながらもそれなりに整った顔立ちが一層大人の魅力を醸している。
彼に笑いかけられ、アリエスは顔を赤らめた。
(なんて素敵な……筋肉……!)
顔には一切目もくれず、鎧の隙間から覗く筋肉を鼻息荒く凝視するアリエス。当然ゼオニスにそんな事が伝わる事無く、無駄に格好付けて流し目を彼女に送っていたりする。
興奮したアリエスだが、そうしている間に彼の攻撃で空いた穴を別のモンスターが埋めていく。そしてアリエスの背後で豚顔のオークが棍棒を振り上げた。当然、集中を切らした訳ではない彼女もすぐに反応する。
だが彼女のエストックが斬り裂くよりも先に一本の矢がオークの体を貫いていった。
矢にしては余りに疾く、そして暴力的な威力を持ったそれは、オークを貫いてもなお威力を保ち、その背後に居たモンスターもまとめて屠る。矢が飛来した方を見れば、壁の上で弓を構えるカレンが居た。
「カレン!?」
「加勢します、アリエス様!」
二の矢、三の矢と立て続けに放つ。暴風を纏った一撃が周囲のモンスターもまとめて蹴散らしていく。
アリエスは仲間の姿に顔を綻ばせ、更にもう一つ細身の影が彼女の横を走り抜けた。
「レイス!」
「お待たせしました」
メイド服のスカートをはためかせ、ナイフを自在に操ってモンスターの急所を確実に斬り裂いていく。その動きに無駄はない。
「ご安心ください。外側のモンスターはエリーレ様が対応してくださっております。ああ、ユーフェはギルドの方に預けてきておりますのでご安心を」
「一緒に脱出した兵士さん達も協力してくれてるんです! 今は街の人の誘導をしたり、外のモンスターの退治をしてくれてます!」
「あの皆さんが……」
「皆さんもボロボロですけど、それでも街の人を守るんだって頑張ってくれてます!」
カレンが嬉しそうに笑ったのが遠くからもよく分かる。
そうだ、自分だけでは無いのだ。アリエスは一人バツが悪そうに頬を掻いた。自分一人で何もかも背負う必要は無いのかもしれない。もちろん貴族である以上、民を守る責任はある。だが、そうだといって他の助力を頼ってはいけない道理は無い。
「何一人でニヤニヤ笑ってんだよ」
モンスターを蹴り飛ばしながらギースが怪訝な顔をする。言われて自分の顔がにやけていることにアリエスは気づいた。
仲間が居ることの何と頼もしいことか。カレンやギースといった普段から行動を共にしている仲間だけでなく、例え顔なじみでも無い者であっても民を守るという目的が一致した面々と力を合わせることがこれほど心強いとは、アリエスは思ってもいなかった。
「何でもありませんわ」
「そーかよ」
昔、フィアが迷宮で多くのモンスター達を食い止めていた時もこんな気持だったのだろうか。アリエスは緩んだ顔をパンと叩き、気合を入れ直す。再びキリッとした表情をして剣を構えた。
「オルフィーヌ様、ゼオニス様、壁の外をお二人のパーティにお任せしても宜しくて?」
「もちろんさ。
聞いたね、皆! 私は壁の内側を守る! アンタらは外を頼んだよ!!」
「テメェら! 聞いての通りだ! 何が何でも街の人達を守れ! 怪我人を一人でも出したら一週間は禁酒だからな! もちろんテメェらの怪我でもだぞ!」
モンスターたちを薙ぎ払いながら二人が叫ぶと、それぞれのパーティから威勢のよい返事が戻ってきて門の外側に散らばっていく。オルフィーヌ、ゼオニス二人の仲間ならばきっと後ろを任せられる。
ならば――
「この門は何としても死守しますわよっ!」
「おうっ!!」
――後は自らの役目を果たすだけ。
アリエスは家名の彫られた剣を強く握りしめる。そして、気合の声と共にモンスターの海へと飛び込んでいったのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
また次回も引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)>




