13-1 願いは儚く、けれども立ち上がる(その1)
第2部 第73話です。
宜しくお願いします。
9/1掲載
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
アリエスは焦れていた。
「まだ……まだ辿り着きませんの……!」
ユキが作り出した真っ暗闇のトンネル。右も左も何も見えず、前に進んでいるのかも疑わしい。時間の感覚はとうに無く、精神はすり減り体力も思った以上に消耗しているようで体も重い。もう既に何時間も走り続けている気もするし、まだ数分しか経っていないような気もする。
果たして、この道は迷宮の外に続いているのだろうか。それとも全くの見当違いの場所に出てしまうのか。ユキは何処に繋がっているか分からないと言った。あのまま迷宮の奥底に居るよりはマシだと思ってこうして飛び込んだが、その決断が正しかったのだろうか。こうも暗闇の中に居るとアリエスの心中で不安の虫が首をもたげてくる。
「……いけませんわ。一度決めたら貫き通す。それが我が家の矜持というものでしょう?」
弱気な自分を顔を叩いて諌め、踏みしめる足に一層の力を込める。縦に巻いた美しい金色の髪がたなびき、だが後ろにいるのは疲弊した兵士達だという事を思い出して逸る気持ちを抑えた。
街の人達を守るのは彼女の役目。だが同時に今は、疲れきった兵士達を外に無事に連れ出すのも貴族たる彼女の役目だ。
多くの兵士や仲間を率いる形で先頭をひた走っていたアリエスだったが、やがて行く先の闇に小さな光点が生まれた。
「やっと見えてきたぜ!」
彼も暗い中をただ走るのは苦痛だったのだろう。イーシュがはしゃいだような声で叫ぶ。兵士達からも歓声が上がった。
「……えっ――」
あと少し、と意気込むアリエスの耳に、後方からシオンの戸惑いが届いた。どうしたの、と彼女が振り向き、そして彼女自身も同じように驚きの声を上げた。
それまで彼女の後ろを付いて来ていた兵士達。走る速度によってばらつきがあるため縦長の一列となっていたが、全員真っ直ぐにアリエスを追いかけていた。
だが今はどうか。
「やった……! やっと帰れる……!」
「かあ、ちゃん……!」
「おーい、メアリーっ! 今すぐそっちに行くからな!」
銘々に手を振ったり泣き叫んだりしていた。だが彼らの眼に共通しているのは、希望。安堵と歓喜。やがて少しずつアリエスたちの列から右へ左へ、或いは上へ下へと緩やかに離れていくのだった。
「ちょ、ちょっと! 皆、戻って!」
「列から離れてはいけませんわ! 真っ直ぐに――」
後ろを向きながらもチラリと前を窺い、そこでアリエスは絶句した。
そこには広がるは無数の光源。幾つも幾つも、まるで星空の様に広がっていた。闇の中に差し込むその空間の眩さに眼を細め、その光の中を覗き込めば子供や妻、或いは恋人たちと思われる姿があった。別れていった兵士達はそれら光の部屋に吸い込まれていき、消えた。
「アリエス様!」
「くっ……私達は私達で真っ直ぐ進みますわよ!」
彼らはただ走っていた。予め言い含められた事を忠実に守り、真っ直ぐに進んでいたようだ。他の部屋など見えていないようだった。もしそれが正しいのなら、ゴールはそれぞれによって異なる。そして彼女らが向かうのは、自らが真っ直ぐだと信じた道。それこそが正しい道だ。
「う、眩しい……!」
「行きますわよっ! 準備しておきなさいな!」
「何の準備しろってんだよ!?」
「心の準備ですわ!」
やがてアリエスは光の中へ飛び込んだ。
闇が鮮烈な光に覆われ、全てが白になる。焼けるような眼の痛み。そして浮遊感。視界に色彩が戻った時、アリエスの体は空中に投げ出されていた。
その足元には、禿頭で派手な服を纏った男性の姿。
「どきなさいっ!」
「うわあああああぁぁぁっ!!」
アリエスが警告するも、突然どけと言われてどけるはずがない。まして相手は椅子に座り、誰かと会話をしていた。必然、彼女の臀部が男性の顔面にめり込んだのだった。
「きゃあああああっ!」
「ひげぶっ!」
「ちぃっ!」
「いっでぇ!」
「うわあああっ!」
どさどさと次々にギースやシオンと言った他の面々も空中から降ってくる。アリエスは免れたが、残りのメンツは折り重なり小山を作り出していた。もちろん一番下はイーシュとギースである。
「……申し訳ない」
「そう思うんならっ、さっさと、どけって!」
最後に落下したエリーレの謝罪にギースは怒鳴り返し、山が崩れていく。その横でアリエスは尻を擦り、顔をしかめた。そして、ここは何処だろうか、と見回すと幾つもの顔があった。ただしそれらはモンスターの物ではなく、人のものだ。
「ここは……」
「な、なんだぁ!」
「人が……いったい何処から?」
室内が俄にざわめく。その声につられて部屋を見渡す。白く塗られた天井とそこから吊り降ろされている豪華な照明。足元の絨毯や立派そうな机やサイドボード。どれも高級そうな装いではあるが、センスの問題だろうか、何処か下品で粗野な感じが否めない。
ともかくもアリエスは、出てきた場所が迷宮では無いことに胸を撫で下ろした。だがすぐにハッと気を取り直すと、テーブルから身を乗り出して向かいに居た鎧を着ている男に詰め寄った。
「ここは! ここは何処ですのっ!?」
「ど、何処って……オーフェルスのギルドだが……?」
「ギルド……!」
それを聞いてアリエスは小躍りしたい気分だった。何処に出るか分からないなどとユキは言っていたが、最高の場所だ。或いは、彼女が気を利かせてくれたのか。迷宮での作業しながらでは余裕が無さそうだったが、負担を掛けてしまったかもしれない。彼女には後で思いっきり礼をしてあげなければ。
だが今、すべきことは。
「なら話が早いですわ! ここの支部長に急いで取り次ぎなさい! 大至急伝えないといけない事がありますの!」
「あー、取り次げって言われてもな……」
「不在ですの!? っ、なら誰でも良いですわ! 話が出来る人間を連れてきなさいな!」
「いえ、そういうわけでは無いのですが……」
「じゃあ何ですの! こっちは急いでますの! 居るのか居ないのかハッキリ言いなさい!」
メガネを掛けた誰かの秘書らしいスーツ姿の女性が困ったように眉尻を下げるが、煮え切らない態度にアリエスは業を煮やしてバンッ、と手をテーブルに叩きつけた。
それに対して、女性や男性は顔を見合わせた。
そして。
「支部長は、いらっしゃいます」
「じゃあ早く――」
「そこに」
二人は揃ってアリエスの足元を指差した。そこには、アリエスに踏まれて恍惚の表情を浮かべて気を失っている禿頭の爺が居た。
「……」
「……」
気まずい沈黙が支配する中でアリエスはそっと脚を爺から下ろした。そして転がっていた玉座を模した椅子を起こし、爺の体を優しく抱き起こして椅子に座らせる。
「コホン……」
咳払いを一つ。アリエスは――爺のみぞおち目掛けて正拳突きを見舞った。
「ごっふぅ!? な、なんじゃなんじゃ!?」
齢は六十くらいである支部長の爺は跳ね起き、腹を擦りながらキョロキョロと見回し、そんな支部長に向かってアリエスはテーブルを叩いた。
「寝てる場合ではありませんわ、支部長!!」
「む? もしかしなくとも寝とったか、儂? なんじゃかものすっごく素晴らしい景色を見た気がするんじゃが……夢かいの?」
「ええ、きっと夢ですわ。それはもうグッスリとお眠りになられておりましたわっ!」
(シレッと無かった事にしやがった、コイツ……!)
眠りにつかせた張本人であることをおくびにも出さず言い切るアリエスに、そこはかとなく戦慄を覚える一同。ギースが何か突っ込もうとした瞬間、ギロリとキーリも真っ青なまでの視線を受けては何も言えまい。
「それで」落ちた老眼鏡を掛け直した支部長がアリエスを見上げた。「何の話をしておったかのう?」
「そうでしたわ。支部長、大至急――」
「ちょっと待ってくれ!」
急ぎ用件を口に仕掛けたところで、テーブルで向かい合っていた冒険者らしい灰色の髪をした男が遮った。
「何ですの!? こっちは急いでるんですわ!」
「そりゃこっちのセリフだ。どっから出てきたのかは知らないが、用件はこちらが先だ。見たところ冒険者のようだが、部外者には聞かせられない話の最中なんでな」
「悪いけど、一度部屋から出てもらっていいかな? 後でなら幾らでも支部長と話してもらっていいから。もっとも、この男がその時に支部長の席に座っていられたら、だけれど」
人族の男と並んで座っていた鳥人族らしい理知的な顔立ちの女性に口々に咎められる。加えて、女性はアリエスに軽く困った表情を浮かべた後で皮肉げに鼻で支部長を笑った。対する支部長の爺も腕組みをして軽く鼻で笑い返す。あまり双方の雰囲気は宜しくないようだ。
確かに突然割って入ったのはアリエス達である。だが、こちらも火急で伝えなければいけないのだ。引き下がる訳にはいくまい、と事情を説明しようとした時、シオンが声を上げた。
「あ、もしかして……ギルドの視察団の方々ですか?」
「ああ、そうだが……それを知っているという事はもしかして君らも――」
「はい、僕らは」シオンは予め預かっておいた一枚の書類を懐から取り出した。「ギルド・スフォン支部から同じくオーフェルスギルドの実情を調査する任を受けてやってきました。この通り、シェニア支部長の委任サインもあります」
「ふむ、確かに。そうか、君らが……」
「話は噂に聞いている。有望な若手がスフォン支部に居るとね。であればちょうどいい。貴方達もここオーフェルスの事について聞いているだろう? 今、私達は支部長の数々の疑惑を追求しているところなんだ。ぜひ私達と共に――」
「お言葉ですけれども、事態はそれどころではない状態に差し掛かってしまってますの」
一拍間が空いたことで落ち着きを取り戻したアリエスは、シオンに目配せで「後はワタクシが」と告げて、他支部の代表冒険者である二人、そして支部長と秘書を見渡した。
「どういうことだ?」
「大至急と口にしていたが……ええと」
「アリエスとお呼びください」
「オルフィーヌだ。ではアリエス、大至急とはいったい何を指しているんだ?」
アリエスは頷き、そして告げるべきことを口にした。
「大暴走が発生しますわ。至急街の人の避難をギルドの命令として発令してくださいますよう依頼をお願い致しますわ」
「大……暴走……? そう言ったのか?」
「ええ、そうですわ」
オウム返しに繰り返した男に、アリエスはしっかりと頷く。だが、返ってきた彼らの反応は――笑い声だった。
どっと緊張の糸の切れた空気が部屋を包み込んでいく。男だけでなく、隣の鳥人族の女性や支部長、はたまたその支部長の秘書の女性もクスクスと笑い声を漏らしていた。
「はーっはっはっは! そりゃ確かに一大事だ! 慌てるのも分かる。だがよりにもよってスタンピードとは大きく出たもんだ」
「ふん、至急至急とうるさいから何かと思えばそんな事かの。そんな大ボラを堂々と吐けるとは、スフォンもたかが知れとるようじゃの。それか何か狙いでもあるのかの?」
大暴走。魔の門が開いた直後は度々発生していたが、今となっては既に過去の出来事だ。体験した世代のものは既に少なく、知識として知ってはいてもあまりに現実味がない。信じられないのもむべなるかな。自分たちでもユキから聞かされたのでなければ、おおかたモンスターハウスを初めて見た駆け出しの戯言と信じる気になれなかっただろう。
それでも、確かな現実なのだ。アリエスは拳を握りしめた。
「信じてくださいっ! 嘘じゃないんで――」
不信の眼を向けられている事を察したカレンが必死に訴えようとする。だが、アリエスは手をさっと横に出して制すると、仲間に指示を出していく。
「もう時間がありませんわ。ギースとシオン、イーシュは迷宮に向かって出てきたモンスターを食い止めなさい」
「ちっ、仕方ねぇか」
「カレン。レイス、エリーレと一緒に人々に避難を呼びかけなさいな」
「わ、分かりました」
「渋ったら少々強引に避難させても構いませんわ。ワタクシが責任を取ります。ギルドの緊急命令をちらつかせても結構。人の命に変えられませんわ」
「なぬっ!? お主、何勝手な事をっ!」
「おいおい……いくら何でもそりゃ事が過ぎるぜ」
勝手な指示に支部長が憤り、冒険者の男もなりふり構わないアリエスの様子にただ事ではないと冷や汗を流した。
カレンは心配そうにアリエスを見つめるが「一刻を争う事態ですわ」と促され、部屋を飛び出していく。
「君は……何を知っているんだ?」鳥人族の女性が顔を険しくした。「冗談では無さそうだし、大暴走が発生するに足る確信を持っているはずだ。それを教えてくれ」
「ええ、持ってますとも。実際に迷宮内ではモンスターが異常発生しているのを見ましたから。今頃、深部から上層に掛けてモンスターでひっくり返ってるはずですわ」
「まさか、君らは迷宮に潜ったのかっ!?」
「勝手な事を……!」
アリエスの告白に禿頭の支部長は怒りを口調に滲ませた。だが逆に目元や口元の筋肉は緩み、好機とばかりに畳み掛ける。
「アリエス君と言ったな!? 君はギルド所属の冒険者でありながらギルドの定めに反したのじゃ! 人の事をどうこう言う前に自らの行いを省みるのじゃな。スフォン所属だろうが構わぬ! 儂の権限で即刻資格停止に……」
これで自分に対する疑惑追求の手を緩めさせるカードができた。そうほくそ笑みながら支部長は喜々として処分を口にしようとするが、その胸ぐらが唐突に掴まれた。
元が魔法使いだったのだろう。かつて冒険者だったにしては軽く小柄な体を、アリエスは片手で軽々と持ち上げて引き寄せた。ゆらゆらと怒りを漲らせ、その鍛え上げた腕で支部長の首を捻り潰さんばかりだ。
「こちらは伊達や酔狂でこんな事を言ってるんじゃないですの……」
「ひ、ひぃ……」
「冒険者として、そして、貴族として戦う術を持たない人々の命を救わなければなりませんの」
怒りで口元を引きつらせながら、アリエスは支部長を見下ろした。青筋の浮かんだ額がひっつきそうな程に支部長の体を引き寄せ、腕を震わせた。
「支部長……貴方は街の人の命よりもご自身の立場の方が大事。そう仰るのですわね?」
「そ、そうは言わんが……」
「だったら……!」アリエスは吼えた。「だったら、一刻も早く避難命令を出して一人でも多く救う努力をしなさいっっ!!」
お読み頂き、ありがとうございました。
次回も引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)>




