12-6 かくして願いは踏みにじられる(その6)
第2部 第72話です。
宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。
フラン:かつての英雄で、教会の指示をステファンに伝えていた。
「うわっ!」
ステファンの闇雲に動かした腕でフィアは弾き飛ばされた。尻もちを突き、床を転がりながらも殴られた体を起こしステファンの姿を見た。
そこでフィアは言葉を失った。フィアだけではない。キーリもまた唖然とし、ギリと歯を軋ませた。フランだけは面白そうに嗤っている。
ボコボコと不気味に波打っていたステファンの筋肉が急激に盛り上がる。それは到底人では成し得ない程に肥大し、衣服が裂けていく。
「グルゥゥゥゥゥ……」
唸り声が変質していく。より低く、より強く空気を震わせていく。食いしばっていた犬歯が大きく、鋭く伸びて牙と化す。全身に走っていた赤い線がより太く変わり、禍々しい光を発し始めていた。
「何だ、何なのだ、これは……」
「人が……魔物化しやがった……」
モンスターは迷宮の中で生じる。それが常識であるが、外の世界でも数は少ないながらも存在している。それは遥か昔に迷宮から外に出た個体が繁殖した種であったりするが、大部分は獣が多量の魔素を吸収して変質したものだと言われているし、ユキからもそう聞いた。だから、理屈の上では人が魔物と化す事はあり得なくもない。しかしそれには途方もない濃度の魔素を取り込む必要があり、実質不可能であった。そう信じられていた。
だが今、目の前にその不可能を可能にした者が居た。
「ううう……グギギギギ……」
変質するステファンの体はまだ満足に動かす事はできなさそうであった。未だ変化は収まっていないようで至る所から黒くなった煙が噴き出しており、尚も少しずつ体が巨大化していく。その異様さに、キーリは眼を離せなかった。
そこに殺意が叩きつけられた。
「気を逸しすぎじゃない?」
「しまっ……!」
ステファンに気を完全に取られ、ハッと我に返った時には既にフランは懐の中。彼女の手に握られたナイフが煌めき、刃がキーリの胸に吸い込まれていった。
「ひぐああぁぁっっ!」
「キーリぃっ!!」
ニィ、と無邪気にフランが笑ったのを最後にキーリの意識が一瞬途切れ、痛みに再覚醒。頭の中が真っ赤に染まり、続いて目の前が光神魔法が放つ閃光で白く染め上げられた。
体が弾け、後方へ吹き飛ばされる。えぐり取られた肉片が焼け焦げ、壁に叩きつけられ、楽になろうと意識を飛ばしてしまいそうになるが脳が焼けるような痛みがそれを許さない。死にたいほどの苦痛だがこの程度では死ねない。そこに更に、勝手に再生する肉体が激痛を追加してくる。あまりの痛みに血反吐と涙が顔を汚した。
「……呆れる程の頑丈さだね。どういう原理かは分かんないのは気になるけど、今日はこのくらいで止めとこっかな? 君を殺し切るには時間が掛かりそうだし」
「逃がさ、ねぇ、よ……」
「自分の状態を理解した上でそう言ってるんなら凄いけど。ボクとしては、核を取り込んだ人間がどうなるか見れて教えなきゃいけないことができたし、大満足で――」
「ガああアアアあああああっっっっ!」
雄叫びがフランを遮った。彼女はバッと振り向く。そこには大柄な肉体。ステファンが煙をたなびかせながら野獣の様な動きでフランに襲いかかった。
巨体が更に巨大化し、覆いかぶさるように迫りくる。だがフランは慌てない。
「こうなると英雄もただの獣だね」
ただ飛びかかってくるステファンを見て鼻で笑い、落ち着いて彼女は光神魔法を行使した。
片手間のような構成であってもその威力は並の魔法を遥かに凌駕する。光の矢はステファンの首目掛け高速で飛んでいく。だがそれは、フランに向かって突き出されたステファンの片腕だけを吹き飛ばした。
「え――」
ステファンの腕が置き去りにされ、小さくなる。だが狂ったような叫びを上げるステファンの体は大きくなっていく。愚かな人間だと侮蔑していたステファンが迫る。いつだって殺せる、取るに足らない人間と信じて疑わなかった。だから自身が痛めつけられる事もあるということに思考が及ばなかった。
そして。
ステファンの顎が、彼女の細腕を噛み砕いた。
「ああああああああああああああああああっっっ!!」
鋭く尖ったステファンの牙がフランの腕に食い込み、強化された顎が骨を砕く。肉を引き裂き、真っ赤で若々しい鮮血が容赦なくステファンと彼女自身を濡らしていった。
「あああああっ! 痛いっ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いよぉぉぉぉっ!!」
半狂乱になりながらフランはステファンを殴り飛ばす。加減も何もなく全力で殴られたステファンの顎が砕ける音がする。巨体が軽々と床を転がり、しかし噛みちぎった腕をステファンは決して離さなかった。
「ああっ! 血が、血が、ボクから血がこんなにいっぱい……!」
泣きわめきながらフランは腕に治癒魔法を掛けていく。だが痛みのせいで集中がままならず、中々が血が止まらない。それを見たステファンはペッと咥えた腕を吐き出し、愉快そうに喉を鳴らした。その眼には人の狂気が戻っていた。
「く、くくっ……」
「ステファァン……!」
「ようヤく貴様もヒトの痛みを理解でキたようだ、な……オレの恨みヲ思いシレ」
床に転がったステファンがフランを嗤う。両腕を失い、痛みと屈辱に塗れ、それでもフランにも痛みと屈辱を味あわせたのが満足らしくかすかな穏やかさが覗いていた。
「どうシた? 早く治療シなけれバ腕を失うゾ?」
「くっ……」
幼さの残る可愛らしい顔をフランは醜悪に歪めた。ギリギリと歯を軋ませ、だが憎悪を辛うじて押し留めると千切れた自身とステファンの腕を拾い上げて窓へと走る。
「逃がすかっ!」
その背を目掛けてフィアが炎神魔法を唱えた。炎が蛇のように腕に巻き付き、手のひらから放たれる。意思を持った炎が空気を焦がしながらフランに迫り、しかしそれよりも一瞬早くフランが窓を突き破っていく。一拍遅れて炎が窓枠を破壊し、外へと火炎を噴き上げて消えた。
「先に逝っテ魔王の元で貴様ヲ待ってイルぞ」
独り言のようなステファンの呟きは果たしてフランに届いたか。恐らくは耳にすら入っていないだろう。だがそれでもステファンは赤い瞳で窓の外を見つめ、口元をニヤリと愉快そうに歪めたのだった。
「……くそっ、逃しちまったか」
「大丈夫か、キーリ?」
「気分は最高に最低だよ」
傷が粗方癒えたらしいキーリは口の中の埃を唾と一緒に吐き捨て、床を思い切り踏み鳴らして苛立ちを露わにする。その様子を見て大丈夫そうだな、とフィアは軽く胸を撫で下ろした。
「お前はいつも普通なら死ぬはずの怪我ばかりしてくれる。いい加減何とかしてくれ。心臓に悪い」
「俺だって好きで――」
フィアの苦言に反論しかけたキーリだったが、その背に突如戦慄が走った。それはフィアも同じ。ほぼ同時に振り返れば、床に転がっていたはずのステファンが立ち上がっていた。
俯き、眼に光は無い。ただその場に立っているだけ。それなのに、二人の背には知らずびっしりと汗が浮いていた。
「……ォォォオオオオオオ――!」
呼吸に混じって低い唸り声が響く。そしてステファンの顔が上がり、カッと両眼が真っ赤に輝いた。
その瞬間、千切れたはずの両腕が生えていく。いや、両腕では無い。生えた腕の下からまた別の腕が生え、更にその下からももう一本。左右三対の腕が生まれ、それらはドラゴンを思わせる硬質な鉤爪を持っていたり、カマキリのような剣の形を持っていたりしている。全身が褐色に変色し、直立したその大きさは三メートルを越えようかとばかりに巨大。その巨体からは圧倒的な強者たる威圧感が放たれているが、それよりも尚キーリ達を戦慄させているのは――
「……こりゃやべぇな」
「ああ……私も震えが止まらない」
核を取り込んだためか、はたまた元々ステファンが持ち得ていたものが開放されたのか。フィアも感じ取れる程に膨大な魔素がステファンを中心に渦巻き、風を巻き起こしていた。息を荒くした様はまさに獣。真っ赤な瞳には既に理性の色は見て取れなかった。
これはきっと武者震いだ。キーリは拳を握りしめ、自身の脚に叩きつけた。それでも震えは完全に止まらないが多少はマシになった。
「上等じゃねぇか……!」
何のために自分は冒険者となったのか。何のために自分を鍛えてきたのか。
答えは一つ――いや、今となっては二つ。キーリは背中の大剣を引き抜き、隣で険しい顔をしているフィアの顔を見た。彼女の髪には、彼が贈ったかんざしが揺れていた。
空いた方の手で彼女の背を思い切り叩く。ステファンに意識を集中していたフィアはビクリと体を強張らせ、キーリを睨んだ。
「ビビってんなよ、背中は任せたぜ。なぁ、相棒?」
「……そうだな。こうなった辺境伯が如何な行動を取るかは不明だが――このまま捨て置くわけにはいくまい。彼への同情はあるが……割り切るしかない。街に被害が及ぶ前に、片付けよう」
「核も迷宮の外に出ちまったしな。アリエス達が上手くやるだろうが、大暴走退治の加勢に行かねぇと、なっ!」
「オオオォォォォォオォォォォォォォオォッッッッ――!!!」
大剣を握り、キーリが走り出す。それを待っていたかのように魔人と化したステファンが吼えた。仁王立ちになり、六本の腕を不気味にくねらせながら待ち構える。
キーリは剣に風をまとわせ斬れ味を増幅させる。出来る限りの魔素をつぎ込み、同時に足元から影を作り出す。
「おぉぉらぁぁぁっ!!」
裂帛の気迫を込め、キーリは飛び上がりステファンの頭目掛けて大剣を振り下ろした。剣がぶつかる直前までステファンに動きの動作は無く、必中のタイミング。しかし剣はステファンではなく無人の床を穿った。
「何っ!?」
赤い絨毯を斬り裂き、床の石材を砕く。だがそれだけ。何処へ行った、と思う間もなくフィアの声が届いた。
「後ろだっ!!」
「ちぃっ!」
反射的にキーリは影を硬化。地面から伸びる影で向きの変わったステファンの腕が、仰け反ったキーリの眼前を高速で通過し、壁を貫いた。拳がぶつかった瞬間に軽々と分厚い城の壁を破壊し、その膂力の程をまざまざと見せつける。
だがその程度で臆する二人では無い。フィアががら空きになったステファンの背に、業火をまとわせた剣を突き出した。
鋭く、空を穿つ。だがステファンの腕が独自の意思を持った様に、人間の限界を越えた角度で動いて彼女の剣を跳ね上げた。
「なっ――ガハッ!?」
「フィアっ……ぐあァッ!」
跳ね上げたものとは別の腕がフィアの腹を殴打。そしてまた別の腕が、死角からキーリの顔面を殴りつける。複数の腕を巧みに用いた攻撃に、二人とも激しく地面に叩きつけられて弾みながらドアをぶち破っていった。
「くぅ……――っ!」
背中を強かに打ち付けた衝撃で呼吸が詰まり、肺の空気が押し出される。痛みと苦しさに顔をしかめながらも眼を開ければ、キーリの目の前には巨大な氷の杭が迫ってきていた。
「悪いっ!」
謝ると同時にキーリはフィアを蹴り飛ばした。二人が左右に別れ、その間に杭が突き刺さる。人間大ほどもある杭は氷で出来ているにもかかわらず砕ける事もなく、逆に石でできた壁を砕いた。
そこにステファンの追撃が加わる。幸いにして杭を避けたために難を逃れたが、太い豪腕は杭を砕いて壁に突き刺さる程の威力だ。改めて考えるまでもなく、食らえばキーリとはいえひとたまりもない。
「ンなろっ!」
半ばほどまで突き刺さった腕を見て、好機とキーリが床を蹴る。だがステファンの眼がキーリを捉えると、突き刺さったままの腕を横に振るった。
「はぁっ!?」
何の抵抗もなく、紙を斬り裂くような容易さで壁石を抉り取っていく。その結果生まれたのは石の散弾だ。あまりに常識外の膂力に素っ頓狂な声が漏れ、それでもキーリは影でそれらを弾きつつ接近し、ステファンの脚を斬り裂いた――つもりだった。
しかし振り抜いたキーリの剣はあっさりと砕け散った。根本からバラバラの破片となり、そして斬りつけたステファンの皮膚には浅く線が入っただけ。それもすぐに塞がっていった。
無防備になったキーリの背に、鋭い刃を持った腕が横薙ぎで襲う。背後から襲った怖気に逆らわずキーリは頭を下げ、しかしまた別の腕の拳によって背を強かに殴り飛ばされた。
「か、はぁっ……!」
「キーリ――」
「きゃああああああっ!!」
飛ばされるキーリを見てフィアが思わず叫ぶ。だがそれを女性の悲鳴がかき消した。
居合わせたのは城で働くメイドだ。偶々近くを歩いていて、けたたましい音に気づき走ってきたのだが、予期しなかった光景に腰を抜かしその場に座り込んでしまった。
甲高い悲鳴が癇に障ったのか、正気を失ったステファンの濁った眼が彼女に向けられた。
「も、モンスター……」
震え、へたり込んだまま後ずさりする。ステファンは邪魔者と判断したか、瞬間的に氷の刃を空中に作り出し、そして彼女へと射出した。
「ひっ――」
無数の鋭い刃がメイドを貫く直前、フィアが彼女に飛びかかり抱いて転がる。数瞬遅れて氷が床に突き刺さり、フィアの赤い髪の一部が舞い散った。
「怪我はないか?」
「は、はい……」
「ここは危険だ。ここは私達が食い止める。だから貴女は今すぐ城の人間を避難させるんだ。いいな?」
体をまだ震わせながらも、メイドの女性はコクンと頷くとヨロヨロと覚束ない足取りながらも走り出す。その姿を最後まで見送る事無くステファンの方を振り返れば、物音を聞きつけた他の貴族や官僚も部屋から飛び出してきており、更に奥からは兵士の姿もある。
「こ、これは……」
「へ、辺境伯様、なのか……!? それに王女様も……」
「来るな!」
戦く声に反応したステファンが魔法を展開し、そちらにも氷杭が射出する。だがそれも立ち上がったキーリの影が吸い込み、そのままステファンの背後にぶつけていく。ステファン自身の魔法で作り出されたものだが、その氷杭も彼自身を傷つけることなく砕け散った。
「お前達も早く逃げろっ! そっちの兵士もだ!」
「し、しかし……」
「もうすぐ迷宮からモンスターが溢れる!」
「な、なんですと!」
ステファンに斬り掛かりながらフィアが叫ぶ。剣と腕がぶつかり合い、フィアは力を受け流しながら何度も斬り掛かって注意を引きつける。反対側でキーリは大剣を投げ捨て、影とナイフで攻撃を加えていった。
「そっちには仲間が対処してるはずだが人手が足りないはずだ! お前達は街の人の避難を任せる! これは王女としての命令だ! 何としても人々を守れ! 貴族、平民、獣人問わずだ! 分かったら行けっ!」
「か、畏まりました!」
髪を振り乱して戦いながら叫ぶフィアの声。その余裕のない必死な様子に、兵士は素早く敬礼すると泡を食って駆け出した。大声を張り上げ、手分けして部屋のドアを叩き中の人を連れ出していく。
「立派に王女してんな、フィア!」
「バカな事を言え! 私は到底人の上に立つ器ではないさ!」
「そうは思えなかったけどな!」
キーリとフィアは、彼らが逃げ出すまでの間、回避と防御に専念して時間を稼ぐ。だがそれでも少しずつ傷は増え、城は破壊されていく。戦闘音に混じって、階下から騒がしい声が聞こえてきていたが、それもやがて消えていく。
城内は静まり返った。恐らくはフィアの指示に従ってくれたのだろう。目の前を通り過ぎていくステファンの豪腕に背筋が凍る思いをしながらも、憂いが少し消えてホッとした。
「くっ!」
カマキリの様な剣状になった腕を炎の剣で受け止め、しかしその膂力を受け流しきれず弾き飛ばされてフィアは壁に背を打ち付けた。そこをキーリに助け起こされ、口元の血を拭いながら二人は並び立つ。
「ったく、せっかくの立派な城がボロボロじゃねぇか。テメェの城をテメェで壊してんだから世話ねぇな」
「理性的な判断など最早期待できまい。しかし、流石だな、辺境伯は。理性を失い、化物となっても動きに無駄がない。年を取って肉体は衰えていたようだが、染み付いた動きは抜けないのだろうな。英雄であったというのも確かに頷けるというものだ」
「感心してんじゃねぇよ」
二人はステファンを睨みながら軽口を交わす。ステファンは既に目標を二人に絞ったのだろう。階下には向かう様子はなく、赤い瞳で二人を見下ろしている。
まだ戦い始めて間もないが、二人にダメージは蓄積し始めている。対するステファンにはダメージも疲労も一切見られない。
「人々の事を考えると負ける気は無いが……こうも力の差があるとどうしても不安になってくるな」
「なぁに、大丈夫だろ。少なくともドラゴン相手に立ち回った時よりは気が楽だ」
「あの時の絶望感はとんでもなかったからな。お前の言う通り、それに比べれば断然楽な相手か」
暗い穴蔵の中で最強種であるドラゴンと対峙する。それに比べれば、魔人と化したとはいえ、元は人間と明るい場所で戦うことの何と恵まれたことか。そう思ってしまう自分の思考に呆れ、フィアの口から思わず笑いが溢れた。
「さて、んじゃそろそろ本気出して戦うか」
「なんだ、今まで本気じゃなかったのか?」
「当たり前だろ? まさかフィア、お前本気だったのか?」
「ぬかしてろ。まだまだ余裕はある」
互いに強がりを口にし、こみ上げてきそうな絶望感を腹の奥底に封印する。ふぅ、とキーリは息を吐き出し、影を操作する。うねりながら湧き出したそれはキーリの手にまとわり付き、やがて黒い一本の剣を作り出した。それを見たフィアは一瞬目を瞠り、しかしすぐに自身の剣へと魔素を注ぎ込んでいく。
立ち上がる炎が一層輝きを増した。
「死ぬなよ、フィア」
「死なんさ。父の顔を見なければならないからな。お前こそちゃんと五体満足で居るんだぞ? 私に付いて王城まで来てくれると約束したんだからな」
「ちっ、変な約束しちまったな」
「逃げようと思うなよ? 引きずってでも連れて行くからな」
腰を落とし、ステファンを見据える。ステファンもまた再び戦いが始まる気配を本能が察したか、王者の如く仁王立ちでキーリ達を待ち構えた。
そして、火蓋は再び切って落とされた。
お読み頂き、ありがとうございました。
また次回も引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)>




