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12-4 かくして願いは踏みにじられる(その4)

第2部 第70話です。

宜しくお願いします。


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。

エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。

ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。

ファットマン:子爵位を持つ貴族でオースフィリアの徴税官。金に関してゲスい。



「困るなぁ。ちゃんと命令には従わないとさぁ」


 そう言って魔法兵がまとっていたフードを外し――フランは笑った。


「が、あ……」

「面白いくらいにこっちの思った通りに動いてくれるから楽だったけどさぁ、上司の命令くらい最低限は守って欲しいよね。そういう意味じゃ君が殺したこっちのゴリラの方が役に立ったよね。ま、そうは言ってもどっちも役立たずだったけど。おかげでほら、君の汚い血で服と腕が汚れちゃったじゃない」


 無邪気な笑みを見せながらフランは毒を吐く。同時に、横たわったファットマンに向かって手に持っていた杖を突き刺した。


「まったくさぁ、たかが迷宮核を見つけるのにどれだけ時間が掛かったのさ? ボクにだって行きたい場所がたくさんあったのにさ、中々君らが仕事終わらせてくれないおかげで何度も何度もこんな辺境にまで脚を運ばさせられる身にもなってほしいよね?」


 不平を口にしながら、しかし顔は楽しげな笑みを浮かべて何度も何度も杖を突き立てていく。


「……やめろ」

「そりゃ仕事だから仕方ないことだって分かってるよ? でもボクはそもそも場所や時間に縛られるの嫌いなんだよ。おまけにこんな埃塗れで臭くって汚い場所に居ないといけないなんて、まったく、いい加減うんざりだったよ」


 それでもフランは突き立てるのを止めない。突かれる度にファットマンの体が壊れたおもちゃのように跳ね、それが気に入ったのか、口元に弧を描いたまま繰り返し突き刺し続ける。

 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――


「止めろっ!!」

「うわっ!」フィアが怒声を発し、フランは飛び上がった。「びっくりしたぁ、急に大きな声出さないでよ」

「……もう死んでいる。それ以上死者に鞭打つ真似をする必要ないだろう」


 そう言われてフランが見下ろせば、ファットマンはすでに動いていなかった。

 大の字に両腕を広げ、フランを見上げる眼からはまだ涙が流れていた。眼球が零れ落ちそうな程に眼は見開かれ、苦痛から逃れるように開けられた口の中は血で溢れかえっている。フランは「やっちゃった」とばかりにバツが悪そうにし、そして靴裏のネチャリとした感触に口を尖らせた。

 キーリはファットマンの亡骸を見た。体を貫かれる痛みと、呼吸もままならない苦しさ。その両方が綯い交ぜになった眼は、キーリやフィアに救いを求めているかのようだ。犯した罪は重く、例えこの場を生き延びたとしても罪からは逃れられない。やがては捕まり、その代償を支払う事になっただろうが、それでもここまで無残な死に方をしただろうか。同情する気は起きないが、死した今となっては安らかに眠れ。キーリは一瞬だけ眼を閉じ、フランを睨みつけた。


「結局、今回もテメェらが一枚噛んでたってことか」

「まーね。あ、でも誤解しないでよ? 王様殺しは別にボクが命令したわけじゃないからね?」

「どーだかな。どうせ『命令』はしてねぇってだけだろ? 薬だか魔法かは知らねぇが、それにプラスして唆したりだなんだと手を加えて思考をテメェの望む方に誘導したに決まってる。こいつも、そっちの将軍も、そして――ステファンの野郎もな」

「すごーい。よく分かったね?」

「兄妹そろって手口が同じなんだよ」


 三年前、ゲリーの時もそうだった。外的手段で思考を誘導し、そこに言葉巧みに取り入って人間を操り人形とする。将軍、ファットマン、ステファンと三人揃って眼が赤くなった途端に言動がおかしくなったのがその証拠だ。


「あは、でも結構進歩してるでしょ? 前にスフォンだっけ? あそこの子供を壊す時は結構時間が掛かったし、それなりに追い詰めないといけなかったもんね」

「そう言うということは、やはりゲリーの時も……」

「うん。ま、そういうことだよね」


 フィアの奥歯が一層軋んだ。父へ毒を盛らせたのも全ては教会の差し金。彼らのせいでどれだけの人間が不幸な末路を辿ったか。そしてこれからも辿ろうとしているか。フィアは静かに腰を落とし、剣の柄に手を遣った。それに合わせてアリエス達他のメンバーも戦闘態勢を取る。


「……最早、生きて罪を償わせる余地もない。例えかつての英雄だとしても」

「へぇ、ボクの事もちゃんと知ってるんだ? それでもやるつもりなんだ?」

「そういうこった。こっちは個人的にテメェに恨みもあるんでな」

「ふぅん? ボクは君から恨みを買うような――」


 キーリの言葉にフランは少し首を傾げた。だがすぐに「ああ、そういえば」と合点がいった様子で頷いた。


「そういえばそうだったね。君は確か、あの亜人達の村の生き残りだったっけ? あー、こわいこわい。ま、残念だけど君らとこれ以上遊んでる暇も無いんだ。早く帰ってのんびりしたいんだよ、ボクは」


 そう言いながらフランは一枚の紙を取り出した。

 ヒラリと見せびらかすようにしたそれに描かれていたのは魔法陣。非常に複雑で難解な構成。だがその難解さ故に、一度古い本で見ただけのシオンの記憶にハッキリと残っていた。


「転移魔法……!」

「ごっ名答。パチパチパチ。迷宮核も手に入ったし、それじゃ――」


 小馬鹿にした口調で手を叩いたフランは魔法陣に魔力を注いだ。魔法陣が光を発し始め、それを床に落とそうとした。

 その時、それまで黙ったままだったユキが動いた。キーリをしても眼で捉えるのも難しい程の速度で走る。だがフランは余裕ぶった態度を崩さない。


「無駄だよ。ここには結界が――」


 だがフランの楽しそうな声が途絶える。

 ユキの細い右腕が振りかぶられる。腰を思い切り捻り、そしてその手のひらを結界に向かってただ叩きつけた。

 次の瞬間、見えない壁が壊れた。

 バリン、とガラスが砕け散るような音と共にキーリ達とフランを隔てていたものが消え失せる。その衝撃で勢いは落ちたが、ユキはフランの手に在る迷宮核へと手を伸ばした。


「うわっと!」


 まさかの事態にフランは思わず悲鳴を上げ、慌てて体を逸した。鋭く振り抜かれたユキの腕はフランのローブを斬り裂き、だが迷宮核には届かない。そのまま後ろの壁を撃ち抜き、腕をめり込ませた。

 その拍子に、フランの手から魔法陣が落ちる。ひらひらと宙を舞い、だが十分に魔力が注がれたそれはそのまま光を発し続けた。


「あっぶな――」

「フランっ!」


 呼ばれ、フランは思わず振り返った。そこには、ユキとほぼ同時に走り出したキーリとフィアの姿。一瞬面倒そうに顔を歪め、ローブの下に隠したナイフを引き抜こうとした。そしてナイフを振り抜こうとしたその時、彼女はキーリの見開かれた眼を覗いてしまった。


「っ!?」


 瞬間、胸の内が黒く塗り潰されたように凍りつく。キーリの真っ黒な眼には一切の光がなく、英雄とはいえ根源的な恐怖を想起させた。それは同時に彼女の体をも硬直させる。

 刹那の時間だけ奪われた意識。だが流石は英雄というべきか、数瞬の内に自らその拘束を破りさった。

 しかし、遅い。彼女の目の前には、迷宮核を奪い取ろうとしたキーリとフィアが飛びかかってきていた。


「捕まえたぜ!」

「このっ……!」


 フランの腕にキーリが掴みかかり、フィアがフランの腰にしがみつく。フランは引き剥がそうともがき、ナイフをキーリの腕に突き刺す。


「いっ……!」


 激痛に叫びそうになる。だがキーリは痛みを堪え、フランの腕を握りつぶさんばかりに掴んで離さない。

 そして、転移魔法陣が地面に落ちた。


「スフィリアース様ぁっ!!」


 太陽が生まれたかのような強烈な閃光が走り、その場に居た全員の瞼を焼く。一拍遅れて走り出していたエリーレが思わず眼を閉じながらもフィア目掛けて飛び込んだ。

 必死に伸ばした彼女の腕がフィアの脚に触れそうになり、だがそれよりも瞬間早くフィアとキーリ、そしてフランの姿は光とともに消え去ったのだった。


「消えた……」

「いったい何処に――」


 その直後、大規模な地鳴りが響き始めた。低く腹の底に響くような小さな振動は、やがて立っているのも難しい程に大きくなっていく。


「くっ……! まさか……」

「そのまさかだろうよ!」


 パラパラと天井から砂埃や小石が落ち始め、アリエス達はしゃがみながら顔を上げた。そして開け放たれた通路を見て、彼女らの背に戦慄が走った。

 地面が泡立ち、生まれでてくるモンスター。地面だけではない。壁に天井にまで濃密な魔素が溢れ、迷宮のあらゆる壁からモンスターが作り出されて瞬く間に通路がモンスターで埋め尽くされていく。

 そしてそれは、最も恐れていた事態だ。


大暴走(スタンピード)……!」

「なんとかしなくちゃ……!」

「ちょ、やべぇって! あんな数、どうすりゃいいんだよっ!?」

「その方法をテメェも無ぇ頭で考えやがれっ!」


 シオンが漏らした言葉に、カレンの顔が青くなる。彼女が口にした通り、何とかしなければ。上層の方がどうなっているかは分からないが、このままでは街に甚大な被害が出てしまう。

 だが、どうやって。アリエスはじっとりとした汗を流しながらモンスター達を睨んだ。どういうわけかアリエス達が居る空間はモンスターに認識されていないのか、近寄ってくる様子はない。だが地上に向かうにはこの通路を踏破する必要がある。しかし、一対一でも倒せるか分からないようなモンスターが跋扈するこの中を突破するというのか。


(幾らなんでも無理ですわ……!)


 このままいけば間違いなく街にモンスターが溢れるだろう。冒険者としても、貴族としても戦う術を持たない街の人を守らなければならない。だが無謀を犯すべきではない。どうすればいい、どうすればいい。アリエスの中で焦りばかりが募り、思考が上滑りを繰り返し、ふと彼女の脳裏に閃くものがあった。


「もう、最悪!」


 そんな中でユキは悪態を突きながら、地面から伸びる核の台座に駆け寄り手を掲げた。軽く息を吸って眼を閉じ、そして何かを口ずさむ。

 すると台座を中心に青白い光が発せられていく。風が吹き、青く染まったユキのローブや髪がたなびいた。やがて光は白さを失い、次第に黒い靄のようなものが発せられ始めた。


「ユキさん! 何を……」

「決まってるでしょ! 核を作り直すのよ!」

「そんなことが――」


 出来るわけがない、という言葉をシオンは飲み込んだ。いったいどうやって迷宮核を作り出そうとしているのかは全く見当がつかないが、そんな問答をしている場合ではない。それに得体の知れない彼女だからこそ、何とかできるのではないかという淡い期待も抱ける。ならばそれに今は賭けるしか無い。

 ユキの額から汗が滲んでおり、表情も険しい。シオンは祈るような気持ちで彼女を見つめるが、アリエスもまた険しい顔つきでユキを見ていた。


「ユキ、お願いがありますの」

「何!? 今こっちは忙しいの! そっちはそっちで勝手にやって!」

「先程の兵士達みたいにワタクシたちを地上に送りなさい」

「そっか! その手があったじゃん!」


 アリエスの提案にイーシュが手を叩いた。他のメンバーも期待を込めてユキに視線を送る。

 ユキは眼を開けてアリエスを見た。だがすぐに視線を外して首を横に振った。


「無理よ」

「どうしてだよっ! さっきはできたんだろ!?」

「あのねぇ」


 苛立ったようにユキはイーシュを睨む。またいつぞやの夜みたいに恐怖に襲われるか、とイーシュは身構えるも、微かにゾクリと背筋が凍るだけだった。

 代わりにユキは溜息を吐いた。


「見て分かんない? 私は一刻も早く新しい核を作りたいの。迷宮が崩れないように支えなきゃいけないしそっちに意識を割く余裕は無いの」

「核を作るなんて俄には信じがたいですけれどもそれは信じるとして、核が出来上がるまでどれくらい時間が掛かりますの?」

「さあ? たぶん一晩くらいで形にはなるんじゃない?」

「そんなっ!」

「ンなに待てるかよ」

「知らないわよ。街の人間よりも私はこっちが大事なの。おまけに今は核が無くなったせいで迷宮の中の魔素の流れはメチャクチャ。こっから地上までなんて到底ムリムリ。ま、適当な場所に繋げるくらいならいいけど、何処に繋がるかは保証しないわ」

「……それで構いませんわ」


 少し悩み、アリエスは頷いた。その返事にユキはやや眼を剥き、他の面々を見るも同じように頷いた。


「いいの? モンスターの大群のド真ん中とか、最悪の場合は壁の中とかに繋がるかもしれないけど」

「運次第というわけですわね? 上等ですわ。ワタクシの運を舐めないでくださいな。それに、このままこうしていても他に打つ手は思いつきませんもの。だったら危険は承知でも突っ込んでいきますわ」

「そ。なら勝手にしなさい。今は結界の余韻で寄ってこないけど、どうせここも直にモンスターに埋め尽くされるんだしね」


 兵士達がざわつく中、ユキの足元が影が現れ、小さな扉のようなものが形作られる。その中はただの暗闇。行く先など見通せもできず、出口が何処かも分からない。それでも、行かないという選択肢は無いのだ。


「確認ですけれども……ユキは大丈夫なのですわよね?」

「もちろん」

「なら……また外で会いましょう。絶対にですわよ」

「はいはい、分かったからさっさと行って」


 ユキからの適当な返事を受け取るとアリエスは息を大きく吸い込み、扉の中に足を踏み入れた。柔らかいような、硬いような足場とドロリとした不快な空気。それらが全身にまとわりつく感覚に怖気を覚えるも奥歯を噛み締めて進む。数歩も進むと彼女の姿は完全に見えなくなり、その後ろにイーシュやギースが続いていく。


「皆も! ここに居ると危険です! 私達と一緒に行きましょう!」


 座り込んだまま動かずにいた兵士達にカレンが声を掛ける。だが彼らは真っ暗な影に怯え、しかし部屋の外を埋め尽くすモンスターにも体を震わせる。


「急いでくださいっ!」


 シオンも叫び、やがて一人が意を決して影へと向かう。血と汗に塗れた顔を歪ませ、気合の雄叫びを上げて飛び込んだ。それを皮切りに一人、また一人と中へ進んでいき、部屋に所狭しといた数十人全員が瞬く間に消えていった。そして残ったのは黒焦げの死体と血の池に沈む悲痛な遺体。


「さ、僕らも行きましょう」

「畏まりました。ユーフェ、しっかりと捕まって。絶対に私を離さないように」


 レイスがユーフェに言い聞かせ、コクリ、と小さく頷くとユーフェはレイスの首に両腕を絡ませる。

 シオン、カレンそしてレイスと続いて影へと進む。ユーフェはしがみつきながら、レイスの肩越しに顔を上げた。その瞳に映るのは、動くことのなくなったファットマンの死体。揺れる瞳から雫が一つ、落ちた。


「……お、とぉ、さん」


 直後、部屋の中にモンスターが溢れかえり、ユーフェの視界はただの闇によって閉ざされたのだった。






お読み頂き、ありがとうございました。

また次回も引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)>

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