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12-3 かくして願いは踏みにじられる(その3)

第2部 第69話です。

宜しくお願いします。

(いつもと違って金曜にも更新しておりますので読み飛ばしのないようご注意ください<(_ _)>)


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。

エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。

ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。

ファットマン:子爵位を持つ貴族でオースフィリアの徴税官。金に関してゲスい。

 




「だ、誰だ貴様ら! 冒険者の侵入は禁止されているはずだ!」


 これでもか、と筋肉に覆われた肉体を持ったゴリラのようにいかつい男が我に返って飛沫を飛ばした。恐らくは彼が将軍か。彼の声に他の兵士達も我に返ったか、次々に槍や剣をフィア達に向けてきた。しかしその武器や鎧は血と埃に塗れており、兵士達の眼にも、現れたのがモンスターでは無く人間だった事に対しての安心がキーリには見て取れた。


「――あれか」


 キーリは彼らの向こう側から感じる禍々しさを感じ、そちらを見た。兵士達の隙間から覗くのはもう一つの部屋。その中央には漆黒にも近い宝玉が台座に鎮座していた。兵士達の姿に隠されて迷宮核は殆ど見えない。それでも濃厚な魔素が吸い込まれては放たれていく様は確認できる。彼の隣でシオンも感じ取ったか、ブルリと体を震わせた。


「お、王女殿下……」

「は? ファットマン、お前何言ってるんだ?」


 ファットマンの言葉に兵士達がざわめいた。隣にいた将軍――グリーズが片眉を上げ、何を言っているんだ、とばかりに鼻で笑った。それもそうだろう。王女という存在がこんな迷宮の最深部に居るなどと誰が信じられようか。

 だが確かにフィア・トリアニス――スフィリアースは王女だ。フィアは立ち上がり、キーリ達に目配せをした。それは自分に任せろという合図だ。彼女は冒険者ではなく王女としての心持ちに切り替えて、かつての記憶の片隅にある父の姿を思い浮かべながら兵士達の前で剣を地面に突き立て、胸を張った。


「いかにも。私の名はスフィリアース、スフィリアース・フォン・ドゥ・レディストリニアである。ああ、良い。このような場だ。みな楽にしてくれ」


 このような地の底であっても自然と醸される王家の気品と威厳。兵士達は自然と頭を垂れていき、グリーズも「は? え?」とフィアとファットマンの呆然とした顔を交互に見比べていた。


「――ここまでの道中、多くの困難が諸君らを待ち受けていたことと思う。迷宮という慣れない環境で、みな、よく頑張ったな」


 フィアは兵士達の頭を上げさせると、兵士達に労いの言葉を掛けていく。一人ひとりの肩を叩き、優しく言葉を掛けていく。それら兵士の中には緊張が解けたのか、咽び泣く者もおり、そんな彼らを軽く抱きしめてやった。


「諸君らのような勇敢な戦士がこうした辺境の地に居てくれるからこそ、我らが王国は今日もこうして健在であり、民はみな笑って過ごせている。私は諸君らを、心から誇りに思う。

 しかし、だ」


 フィアは伏せていた顔を上げた。厳しい眼差しをファットマン、そしてグリーズ将軍に向け、こみ上げる怒りを言葉に乗せる。


「諸君らの数多くの同胞を、このような地の底で散らせる真似をした者共を私は決して許すことなどできそうにない。

 ファットマン子爵、それと将軍。貴殿らは何故ここに居る?」

「……ステファン辺境伯様からのご命令を拝命したからでございます」

「そうか。しかし貴殿の職務は辺境伯の命令を徒に遂行することでなく、市井の者を守ることのはずだ。まして、その為に必要な兵士の命を無碍に散らせることではない。ここまでに私は多くの兵士の亡骸を眼にしてきた。無茶な進軍を止め、一度引いてでも軍を立て直す選択をすべきだったのではないか?」

「……」


 無言でグリーズは頭を垂れた。だがその顔にはありありと不満が表れていた。軍の何たるかも知らない姫に何が分かるのか、とでも言いたげであった。

 そんなグリーズ将軍に、フィアは「よくもそれで将軍にまでなれたものだ」という呆れが口をついて出そうになるのを堪える。


「……まあいい。それと貴殿らには国王陛下暗殺に関わった件で伺いたい事が山ほどある。私達と王都へ付いて来てもらおう」


 フィアがそう口にした瞬間、兵士達の間で動揺が広がった。そして視線が一斉にファットマンとグリーズ将軍へ注がれていく。彼らの眼に灯るのは疑念、嫌悪、怒り、失望……ファットマンは狼狽え、部屋の奥へ後退った。


「う、嘘だ! デタラメだ! 何の証拠があって……」

「証拠ならここにあるぜ」キーリが、ファットマンの部屋から持ち出した手紙をひらひらとかざした。「手紙と一緒に毒物もな。お前の机ン中から見つかったぜ」

「言い逃れはできませんわよ」

「う……」

「そ、それは……」


 決定的な証拠を突きつけられ、ファットマン、グリーズ将軍共に言葉に詰まった。ファットマンはおびただしく脂汗を流し、将軍は体を震わせる。


「ファットマン子爵、グリーズ将軍! 本当なのですか!?」

「子爵! 将軍!」

「う、うるさぁいっ!!」


 兵士達に詰め寄られてタジタジとなっていた二人だったが、突然ファットマンは眼を紅くして怒鳴り声を上げた。同時に手を振り、周囲に猛烈な風を撒き散らしていく。風神魔法で近寄ってきていた兵士達を部屋の隅まで吹き飛ばし、グリーズ将軍も背中の大剣を鞘ごと振り回して配下の兵士を殴り飛ばす。


「俺に近寄るなぁっ!」

「将軍!? 子爵も……部下を攻撃するなどと、気でも違えなさったかっ!」

「わ、私は、私は悪くないっ! 全て辺境伯様が悪いんだっ!」

「そ、そうだ! 俺達は辺境伯様の指示に従っただけだっ! あの方が……アイツが更に出世したら俺も王都へ連れて行ってくれるって……」

「己の出世のために父を殺そうとしたと言うのか、貴様らは……!」


 自分勝手な言い逃れを始めた二人に、フィアは堪えきれない怒りが湧き上がってくるのを禁じ得なかった。奥歯が砕けそうな程に噛み締められ、爪が皮膚を突き破りそうなくらいに拳は握られている。

 フィアの紅い髪が逆立ち、全身から熱が発せられ始める。この手で絞め殺してやりたい。憤怒に柳眉を逆立てて近寄ろうとした彼女だったが、その横を駆け抜けていく影があった。

 ユキはファットマンにもグリーズにも興味は無い。だがフィアが待てというから待っていただけだ。三人のやり取りを黙ってみていたが、いい加減良いだろうと彼女は迷宮核の確保へと疾走った。

 兵士達の間を瞬く間にすり抜け、ファットマン達を通り過ぎて奥の迷宮核しか見ていなかったのだが、「来るなぁっ!」という叫び声と共にユキの体は大きく弾かれた。


「ユキ!?」

「……大丈夫よ」


 空中でクルリと体勢を整え、キーリ達の元へ着地。ダメージなどは無さそうだが、その顔はさぞ不愉快そうだ。


「何が起きた?」

「……何か結界みたいなのが作られてる。光神の臭いがプンプンするやつ。だから私とはすっごい相性が悪そう。キーリも近づくのに苦労するかも」

「……なるほどな。迷宮核の近くだってのに、どうりで気分が悪ぃわけだ」


 しかし一体どうやって。ユキを弾くほどの結界を作るとなれば、かなり高位の光神魔法使いとなる。ファットマンも貴族である以上魔法は使えるのだろうが、あんな見た目によらず魔法の腕は凄いということか。

 どうにも腑に落ちず彼らを睨んでいたキーリだったが、ふと気づく。彼らの眼が赤い事に。ファットマン、グリーズ将軍のどちらも白眼が隠れる程に眼が真っ赤に染まり、それは興奮による充血では考えられないレベルだ。


(まるでモンスターの攻撃色みてぇだ、な――)


 そう思ったキーリの脳裏によぎる記憶。三年前、ゲリーがスフォンの迷宮を崩壊させた時の事を思い出した。あの時も、ゲリーの眼は赤かった。既に半分以上人間として壊れてしまっていたが、彼も最後は異常に眼が紅く染まっていた。そして恐らくそれは――教会の仕業。

 フランがこの街に居るということは、何らかしらの形で今回の一連の出来事にも関わっている事は明白。ならば、もしかして彼女が手を加えた事は――

 キーリの背に戦慄が走り、三白眼を見開いてキーリは彼らの姿を見た。表情から察するに、ユキを弾き飛ばした理由はファットマン達自身もよく分かってはいないようだが、ハッとした表情を浮かべるとグリーズ将軍は息を荒げたままに奥の部屋へ走り迷宮核に手を掛けた。


「止めろっ、グリーズ将軍! それを持ち出せばどうなるか、貴殿は知っているのかっ!?」

「黙れェッ、軍の何たるかも知らぬただの王女がっ! これを、これを持ち帰れば辺境伯様に……」


 最早フィアに対する侮蔑さえ隠そうとしない。血走った眼でグリーズ将軍は叫び、禍々しいまでに黒く輝く迷宮核を台座から持ち上げた。

 かつて、エルミナ村の迷宮で見た迷宮核。その時は指でつまむ程度のサイズでしか無かったが、彼が持ち上げたそれはユーフェの握り拳大くらいにまで大きい。キーリの眼には周囲を歪めるくらいに膨大な魔素を撒き散らしているのが見え、濃厚なそれは持ち上げたグリーズ将軍の手を伝って体を汚していっているようだ。

 キーリとユキ以外のメンバーは、彼が持ち上げて視界に入った途端に途方も無い不快さを感じた。おぞましく、汚らしく、不気味で禍々しい。見ているだけで不安を掻き立て、直視さえできない。兵士達の中にも露骨に眼を逸したり閉じたりして、無意識に視界に入れないようにしているものも居る。ギースやシオンは、先日キーリが暴走した時の触手のようなものが地面から湧き出てくる様子を幻視し、戦いた。


「これで……辺境伯様も喜んでくださる……」

「おい、キーリ。なんかあのブタ変だぜ?」

「ダメだ……たぶんアイツももう」

「狂ってますわね」


 グリーズ将軍は眼を一層紅く輝かせて核を見つめた。口を半ば開き宝玉を眺める眼に宿るのは恍惚。彼がすでに正気でないのは明らかだった。


「こうしてはおられん。一刻も早く持ち帰らねば。行くぞ、ファットマン」


 核の禍々しさが伝染したようにグリーズもまた禍々しい雰囲気を纏いながら、アリエスが氷漬けにした入口へと向かう。ファットマンを促し、大柄な体の肩で風を切って歩き始めた。


「そんな事、許すわけにはいかないな」


 そしてそれを阻止しようとフィアが仁王立ちで立ち塞がった、その時だった。


「ぎゃあああああああっ!!」

「なっ!?」


 グリーズ将軍の口から耳をつんざくような悲鳴が溢れた。全身からバチバチと火花が上がり、薄暗い部屋の中を激しい光が包み込む。やがて悲鳴が途絶え、光も収まり、残ったのは全く様子が変わってしまった将軍の姿だった。

 全身が黒く焼け焦げ、人肉の焦げた臭いが立ち込める。その様にカレンは口元を押さえ、吐き気を堪えるので精一杯だった。ユーフェはレイスの服を強く握り眼を逸らさない。だがレイスは彼女の眼を隠し、遺体に背を向けた。

 将軍だったものがゆっくりと前のめりになって倒れていく。傷一つつかなかった迷宮核がその拍子に手から零れ落ち、転がっていく。それを、脂肪のついた手が拾い上げた。


「ファットマンっ……!」

「お、お前がいけないんだぞ、グリーズ。お前が私の物を持っていこうとするから……」


 ファットマンは物言わぬ骸となった友人を見下ろした。その口元はひくついていて、しかし後悔はなく軽蔑が眼に宿っていた。


「おいおい、どうなってんだよ……?」

「知るかよっ! とりあえず分かってんのは……皆イカれてるって事だ」


 イーシュからいよいよ困惑の声が漏れ、異常な事態にキーリ達も語る言葉を持たない。


「これは私のだ……私のものだ。これを売り払いさえすれば、後は静かに贅沢に暮せばいい。何処なら静かに暮らせるだろうか……いっそ帝国に亡命するのもいいかもしれないな」

「貴方みたいな男、お断りですわっ」


 吐き捨てたアリエスの言葉には関心を示さず、ファットマンは手を正面に掲げた。

 その手から放たれる光神魔法。光の柱が真横に伸びたかと思うと、アリエスが塞いだ壁が真っ赤に染まった。氷を貫き、壁の岩石が赤熱。そして爆ぜた。

 爆風と岩石が吹き荒ぶ。焼けた砂が皮膚を焼き、熱せられた空気が肺を焼く。だがそれも一瞬で、伏せていた顔を上げれば閉ざされていた入口に新たな出口が出来上がっていた。


「なんて威力っ……!」

「迷宮核で威力が底上げされてんのか!」


 光神魔法の桁外れの威力にカレンからは畏怖の入り混じった声が溢れ、ファットマンは満足したように顎の肉を揺らし、瞳を怪しく輝かせた。


「これで外に出られる……! ああ、早く金を、金に埋もれて――」

「残念ながらそうさせる訳にはいかないんだよね」


 手の内にある核を見下ろしたファットマン。だが、彼の目に写ったのは――自身の腹を貫いた金属の杖だった。


「ぶ、ひ、ぇ……?」


 何が起きたのか。ファットマンは理解できないとばかりにくぐもった声を発した。キーリ達も理解が追いつかず、血に塗れた金属棒を見つめた。分かるのは、何者かがファットマンの体を突き刺したということだ。

 じゅる、と音を立てて杖が引き抜かれる。途端、ポッカリと開いた孔からおびただしくドス黒い血が流れ出し、瞬く間に血溜まりを作り上げた。その中にファットマンは仰向けに倒れて飛沫を上げた。


「あ、わ、私のほう、せき……」


 力を失った手のひらから迷宮核が転がり落ちる。血溜まりの中に沈んだファットマンは、自身の血に汚れながらもそれを拾おうと震える手を伸ばした。

 だがその腕を、ブーツが踏み潰した。


「困るなぁ。ちゃんと命令には従ってくれないとさぁ」


 そう言って魔法兵がまとっていたフードを外し――フランは笑った。




お読み頂き、ありがとうございました。

また次回も引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)>

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