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12-1 かくして願いは踏みにじられる(その1)

第2部 第67話です。

宜しくお願いします。


<<ここまでのあらすじ>>

エルミナ村からスフォンへ戻ってきたキーリ達一行。道中で襲われた盗賊を役所へ引き渡しに行く途中で国軍将校・エリーレから引き止められる。

彼女はフィアの知己であり、フィアの父が病に倒れている事を告げる。

かつて家出同然で出奔したフィアは帰郷を悩むも、バーで掛けられたキーリの言葉で自分の本心に気づき帰郷を決意する。だがその帰り道に謎の三人組を捕らえ、辺境伯・ステファンによって父が毒殺されようとしていること、フィアの正体が王国の王女であること知る。

フィア達は父を救うため辺境都市・オーフェルスへ向かった。そして徴税官・ファットマンの企みを利用して城に潜入することに成功。辺境伯が毒殺を企てている証拠を手に入れて辺境伯を問い詰めるも、辺境伯は豹変。逆に捕縛させそうになり、辛うじて城の地下へと脱出したのだった。




「ユキっ?」

「テメェ、何処ほっつき歩いてたんだよ」

「迷宮だけど?」


 のんきな彼女の様子にギースがややイラッとした風に食って掛かる。だがユキは涼しい顔をしてそう答えた。


「どうせ皆、しばらくフィアの方の用件で好きに動きそうだったし、それならこっちはこっちで勝手にしてよって思ってさ」

「テメェはいつだって自分勝手だろうが」

「まあまあ」


 ユキの物言いにカチンときたか、ギースが尚もまた掴みかかろうとするのをシオンがしがみついて抑えて宥めた。ユキはギースが何にそんなに怒っているのかピンと来ていないようで、小首を傾げるのだった。


「こっちはこっちで色々あったからな。ユキのおかげで助かったのも確かだが、今の言い方では神経を逆撫でしてしまうぞ」

「そうなの? 昔からだけど、人間の言葉って難しいわよね。ギースも、ゴメンね」

「……ちっ」


 フィアから諌められると意外にもユキは素直に謝罪をし、ギースは拳の振り下ろし先を無くして舌打ちと共に足元の小石を思い切り蹴飛ばしたのだった。


「それで、ユキは迷宮に向かったのですわよね? そのユキがここに居るということは――」

「うん、そう。ここは迷宮の中よ。たぶん、上層と中層の境目くらいじゃないかな?」

「ここがオーフェルスの迷宮か……」


 フィアは呟きながら、扉をくぐり迷宮側へと足を踏み入れる。キーリ達他のメンバーも彼女に続き、壁などを手で触りながら進んだ。

 壁面は仄かに発光し、しかしスフォンの迷宮と違って色合いは敢えて言えば青みが強いように思えた。迷宮の壁に取り付けられた照明も火炎ではあるのだがそれは赤いというよりも青い。シオンが照明後ろの魔法陣を確認すると、炎神に加えて水神魔法が何かしら加味されているようだが、細かいところはよく見えなかった。

 しかしそういったところ以外はスフォンの迷宮と何ら変わりは無さそうだ。今、キーリ達が居るこの場所も、スフォンの迷宮でもあったようにモンスター避けの魔法陣が設置されている。そのおかげでモンスターなどの気配も付近にはない。


「ユキ、ファットマン子爵を見なかったか? キーリが言うには今の通路を通ってこっちに逃げていったようなんだが」

「ファットマンって誰だっけ?」

「もう忘れてんじゃねぇよ。あのブタ野郎だ」


 キーリの補足にユキは「ああ」と合点が行った様だが、返答は否だった。


「いいや、見てないよ。あ、でもそういえば誰か一人、急に迷宮の中に出てきたっぽいのが居た気がする」

「ならそいつだろうよ。どっちに行ったか分かるか?」

「うん、あっち」


 そう言ってユキは、小部屋から体半分出して指差した。そちらはなだらかな下りになっていて、恐らくは迷宮の深部側だ。カレンが感じる風の流れもそれを示している。


「迷宮の奥に行ったの? 出口側じゃなくて?」

「どういう事だ?」

「そんなの私に聞かれたって分かんないって」


 ユキは肩を竦め、確かにそれもそうだ、とフィアも頬を掻いた。


「で、どうすんの? 追いかけんの?」

「私はファットマン子爵を捕らえるべきと考えます。国王様暗殺の重要な証人でもありますし、このまま逃げられると厄介です」

「迷宮のモンスターに食い殺されても困りますし、ワタクシも追いかけるべきと思いますわ」

「あの鈍足そうなブタ子爵じゃモンスターから逃げられそうにねぇしな」

「でもギルドの方はどうするの? シェニアさんの話だと他の支部からも人が来るんでしょ?」

「そっちよかよっぽどこっちの方が大事だろうが」

「だけどそっちも無視できないでしょ? ここの迷宮がどれくらいの深さか分かんないけど、たぶん二、三日は掛かるだろうし」

「どうすんだ、リーダー」


 キーリに水を向けられたフィアは口元に手を当て、少し考え込んだ。だがすぐに顔を上げ、全員を見回す。


「カレンの意見ももっともだが、ここは奥に進む事を優先しよう。

 ユキ、モンスターの大暴走(スタンピード)には余裕はあるというのは間違いないか?」

「うーん……あるはあるけど、中の魔素が濃くなってるみたい。昼間言ったよりも余裕は無いかも。でも何でだろ……?」

「なら尚更だな。理由は進みながら考えるにしても、大暴走だけは何としても防がなければならない」

「他のギルドの方々には申し訳ないですけれども、他の冒険者が迷宮に潜れない以上ワタクシ達がやる他ありませんわ」

「ここからは危険だが……異論は無いか?」

「ンなのは今更だろうが」


 フィアの問いかけに全員が力強く頷く。異議を唱えたカレンも優先すべきは理解しており、更なる異論は口にしない。

 そうして全員は迷宮通路へと飛び出し、ファットマン子爵を追いかけ深部へと消えていったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 キーリ達が領城から辿り着いた上層はスフォンと然程変わりは無かったが、様相は深部へと進むにつれて変わっていった。

 スフォンの迷宮は横に広い構造となっていたがここオーフェルスでは縦に深い。そのために走りながら進んでいけばすぐに下層への階段に出くわす。知らず知らずの内に結構な階層を降りていた。

 そのため出現するモンスターの種類も瞬く間に変わっていく。最初はスフォン迷宮と変わらないゴブリンやワームといったEからD-ランク相当のモンスターが主だったが、キーリ達の体感としてあっという間にDランクからCランクのモンスターへと変わり、手強くなっていく。

 また迷宮そのものの様相も変化していた。単なる洞窟然としていた上層と違い中層から下では湿地状の地面が増え、泥濘みに足を取られる。

 それに伴いモンスターの種類も変わっていく。


「ちっ……このぉっ!」


 そして今、フィア達は苦戦を強いられていた。

 目の前に広がるのは広い池。仄暗い空間とは対象的に、水面は神秘的な輝きを放っていた。あちこちには飛び石の様な足場があり、池を超えていくならばそこに飛び乗りながら進んでいくしかない。

 だが池の中にはモンスターが息を潜めており、彼女達の行く手を阻んでいた。

 水棲モンスターであるビーシャークが彼女たちを貫こうと勢い良く水面から飛び出していくが、それも一匹、二匹ではない。少しでも水中からフィア達の影が覗けば、一瞬で加速して次々とその鋭く尖った先端を照明に瞬かせる。


「のわあっ!?」


 また一匹が水面から飛び出し、イーシュを串刺しにしようとするも辛うじて回避する。その空中に飛び出たビーシャークを斬り捨てようとフィアが剣を振るう。だがその直後に別の一匹が背後から襲いかかりそれを妨害し、的を絞らせない。

 加えての足場の悪さだ。満足の行く体勢を取ることが難しく、泥濘みのせいで踏ん張ることもままならない。何とか剣やナイフを当てる事ができても硬い表皮を斬り裂く程に力のこもった一撃を放つ事ができず、致命的な一撃を与える事ができずにいた。


「くっ……炎精霊の衝撃(フレイム・ショック)


 フィアが炎神魔法を唱え、空中を炎が疾走っていく。第四級のそれは扇状に幅広く伸びていき、数匹のビーシャークに命中する。だがその表面を微かに焦がすだけで、水中へ戻ったビーシャークは何事も無かったように元気よく潜水して見えなくなっていく。

 水棲のモンスターであるそれらとフィアの炎神魔法は決定的に相性が悪かった。


「くぅ……うわあっ!」

「シオンくんっ!?」


 慣れない環境での戦闘に苦しむ最中で、シオンが攻撃をかわしたはずみで足を滑らせ池へと転落した。水しぶきが上がり、その波紋の奥で影が向きを変える。それを見たキーリは迷わず自ら水中に飛び込んだ。

 透き通る水質のおかげでキーリはすぐにシオンの姿を見つけた。水を飲んだせいか、半ばパニックになってもがくシオンだったが服の重みで中々浮上できず、動きが鈍くなっていく。そんなシオンをキーリは抱き留めると水面目掛けて水底を蹴った。

 だがそれをビーシャークが許すはずもない。鋭い切っ先をキーリに突き立てようと猛烈な速度で水中を疾走り寄ってくる。


「……っ!」


 キーリはシオンを庇うように体をひねり、咄嗟に背中の水を一部凍らせた。直後にすぐ傍を錐のような鼻先が貫いていき、またすぐに別の個体がキーリとシオンを狙う。その度にキーリは何とか魔法を駆使しながら、間一髪で避けていく。しかし水中で満足に動く事もできず、致命傷こそ無いものの腕や足に切り傷が増えていく。

 痛みに顔をしかめ、呼吸のできない苦しさにキーリの表情が曇る。動きにも鈍りが現れ始め、そこに一匹のビーシャークが高速で迫ってくる。

 避けられない。キーリは即座にそう判断し、シオンを手放して自分だけが攻撃を受ける決断をした。

 だがそこに幾本もの矢が降り注ぐ。水の抵抗で明らかに威力は減衰しているものの、それによりビーシャークは方向を変えて攻撃を中断した。

 カレンが作り出したその機会をキーリは見逃さない。


「ぷはぁっ!!」


 すぐさま水面に顔を出して酸素を肺に取り込むと、手を空中にかざした。右掌を中心として魔素が励起され、制御された空気が激しくぶつかり合う。バチバチと激しく火花が散った。


「っ……!」


 限界スレスレの魔素の制御に激しい頭痛がキーリを襲う。濡れた顔を鼻血が汚し、それでも同時に自身の周囲の水を純水へと変化させた。頭が割れそうな痛みに耐え、キーリは電気をまとった右腕を水面に叩きつけた。

 バシリ、と破裂した音が響き水面を電流が迸る。絶縁が破壊され、水面を刹那の時間だけ紫電が迸っていく。

 そしてしばらくの後、水中から腹を上にしたビーシャークが幾つもプカリと浮かび上がってきた。どうやら感電によって気絶してしまったようで、そのまま動く気配はない。それを確認したキーリはほぅ、と溜息を吐いて対岸へと泳いでいった。

 途中、キーリはビーシャークとは違う影を水底に見つけた。落ち着きを取り戻し、自分で泳げるようになったシオンから離れ、疼痛の続く頭を冷やす意味も込めて水面下に顔を沈める。そしてその正体を見極めると微かにキーリは顔を歪ませたのだった。


「大丈夫か、二人共?」

「はい……何とか」


 ビーシャークの攻撃が治まった事で先に対岸に渡っていたフィアとギースに引っ張り上げられ、キーリとシオンは揃って安堵の息を吐いた。

 シオンは濡れた頭を震わせて水を飛ばし、キーリは未だ治まりきらない頭痛に大の字になって寝そべった。


「……すみません、足元が疎かでした」

「気にすんな。スフォンじゃこんな場所なかったし、慣れてねーのは皆同じだからな。けど、次は気を付けてくれよ?」


 キーリは「よっと」と掛け声と共に体を起こし、ガシガシと少し強めにシオンの頭を撫で回した。叱責と激励の混ざったそれを、シオンはシュン、と肩を落として甘んじて受け入れると、すぐに気持ちを切り替えてキーリの負った傷を治療していく。


「しかし……この迷宮は厄介だな」

「本当に。足元が悪いのがこれほど戦いにくいとは思いませんでしたわ」


 戦いの場で常に万全に動けるとは限らない事は承知している。地面に起伏があったり草木で邪魔されるような場で戦うのにも、ここまで冒険者として活動する中で慣れている。だがこうも泥濘んでいたり立てる場所が狭いと感覚が中々に追いつかない。

 一端の冒険者としての自負があったつもりだったが、まだまだ未熟だな、とフィアは汗で汗で張り付いた前髪を掻き上げた。


「話は変わりますが……ファットマン子爵に中々追いつけませんね」

「そういやそうだよな。もしこっちに進んでんだとしたらここも越えていった事になるけどよ、あの体でここまで来れんのか?」

「確かにな……」


 すでにキーリ達が奥へ進み始めて相当な時間が経っている。一晩は明かし、二日目も数時間進んだ。ユキによればすでに中層から下層へと差し掛かろうという頃合いだ。あの鈍重な体を揺らし、一人でこんな奥深くまで来れるだろうか。エリーレとイーシュの疑問はもっともだ。


「もしかして道を間違えたか?」

「でもユキ様からも下層に降りる階段は各フロアに一箇所だけと伺っております」

「うん、それは間違いないよ」


 自信満々にユキは言い切る。どうしてそうも言いきれるのか疑わしいが、疑ったところで話が進むわけでもない。となれば、ファットマンも順調に踏破していったということになるのだが――


「少なくとも、最近誰かがここを進んでったのは間違い無さそうだぜ」


 シオンの治療を終えたキーリが立ち上がりながら言った。


「さっき池の底に沈んでる人間を見つけた。城で見た辺境伯の兵士と同じ鎧着てたし、まだ死んで間もなそうだった」

「そう、か……」


 死体を見つけたという話にフィアは痛ましそうに顔をしかめる。そして池に向かって、五大神教で使われる祈りの所作をした。できれば教会とは違う祈りを捧げたかったがあいにくフィアはそれ以外に死者を悼む仕草を知らなかった。


「って事は、あの野郎は軍と合流したって事か?」

「軍がこの迷宮を調査しているはずですし、その可能性は高いですわね」


 ならば水底の死者はその成れの果てか。公式には、軍で迷宮のモンスター増加の要因を調べているということだが、果たして辺境伯のその本意は何処にあるのか。


「……また少し様子が変わった」


 キーリが頭を悩ませていたその脇で、壁に手を突いて眼を閉じていたユキが呟いた。珍しい彼女の困惑した様子は、否応無しに何かしらの異変をキーリ達に伝えていく。


「どうしたんだ? 何か異変が……?」

「うん……このままだと思った以上に迷宮がおかしくなる。でもどうなってるの? こんなに急に進むなんて……」

「のんびりしてる暇は無さそうだな。休憩してぇとこだが、急ごうぜ」


 首の骨を鳴らしながら促し、キーリは走り出す。それに続いて残りのメンバーも、怪しげに光を発する迷宮の通路を駆けていった。




お読み頂き、ありがとうございました。

気が向きましたら、ポイント評価、レビュー・ご感想等頂けると幸甚でございます<(_ _)>

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