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11-10 オーフェルス(その10)

第2部 第66話です。

宜しくお願いします。


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強い重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。少しマッドなケがある。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。最近はユーフェの母親役のようにもなってきている。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖で不機嫌そうな顔がデフォ。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、後々までひきずらないさっぱりした性格。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。

エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。

ステファン:オーフェルス辺境伯で英雄の一人。国王暗殺を企てている。

ファットマン:子爵位を持つ貴族でオースフィリアの徴税官。金に関してゲスい。





 ――時は少し遡る。



「……では、どうしても認めるつもりはない、と。そう仰るのですね?」

「もちろんです、スフィリアース様」フィアを前にして、ステファンは落ち着いた様子で頷いた。「認められるはずがありません。何故ならば、貴女が仰られているような事は一切無いのですから。国王陛下への反逆、まして暗殺などとは。口に出すのもおぞましい事ですな」


 その発言の真意を探ろうと、フィアは睨むようにステファンの眼を覗き込んだ。だがステファンの顔は涼しいものだ。王女を前にしてもファットマンの様にたじろぐ事は一切なく、また真っ直ぐにフィアを見つめ返している。口元こそ組まれた両手のひらで隠されているが、眼には全く揺らぎがなかった。

 フィアからすればステファンが毒殺の黒幕であることは疑いようがない。だが、確たる客観的な証拠は何一つない。苦虫を噛み潰したように渋い顔を作り、フィアは攻め手を変えた。


「……では貴殿が辺境伯となって以来、税が緩やかに上昇し続けている理由は何でしょう? 聞けば、軍備もゆったりとしたペースですが増強を続け、ギルド支部長とも懇意にして、ギルドでの買い取り価格を買い叩いているともっぱらの噂です。更には部下の御方が不正に税を徴収し、民の方々を苦しめている。それらを合わせれば額は膨大に上るはず。果たして、そのお金は何処に消えているのでしょう? 全てはここ辺境伯領内で起きていること。それを領主である貴殿が存じ上げないはずがない。これは王家に対して叛意があると受け取られても――」

「いけませんな、スフィリアース様」


 ステファンはフィアの言葉を遮った。本来であれば王家の者の話を遮るのは非常に不敬な振る舞いだ。王家に近い侯爵位の者でも公の場ですることはない。しかしステファンは敢えてそのような振る舞いをしてみせた。

 ジロリ、と落ち窪んだ眼がフィアをとらえる。暗い瞳だ。それだけに、フィアの方が囚われてしまいそうになる。直感に従い、咄嗟にフィアは眼を伏せて視線が交わるのを避けた。

 赤いワインの入ったグラスをステファンはつかみ、傾けた。半分ほど入っていたそれを一気に流し込み、大義そうに息を吐き出した。それを見咎めたレイスの眉がピクリと跳ね、エリーレは堪らず批難を口にした。


「辺境伯殿、余りにも不敬ではありませんか?」

「それは失礼した。最近どうも疲れが溜まっているようでしてな。うっかり出てしまいました。くだらない事で私を煩わせる者が多くおりましてな。気を抜くとこうして溜息が出てしまう」


 グラスを置くとまた口元を隠した。当てこすった物言いにフィアの眉間にも皺が寄るも、ステファンにそれを気にした様子は見られない。


「国王様――お父上が心配なのはご理解致しましょう。ですがそのために物事を見る目に恣意的な意図が絡められてしまっておられる」

「……つまり、私が貴殿と事件を無理やり結びつけようとしていると?」

「端的に申し上げれば、そういうことになりましょう。

 増税はこの街に迷宮以外の新たな産業を根付かせる資金とするため。まだ形にはなっておりませんが、いずれこのオーフェルスを中心に領内を発展し、翻ってそれは王国の発展にも繋がりましょう。

 軍備増強は、そもそもこの辺境という土地としては少なすぎると判断したためです。隣国との争いが無いことは歓迎すべき事態でしょうが、いざという時の備えを怠っては為政者として不適です。また、ギルドとも良好な関係を築きたいというのは、迷宮を抱える街の統治者としては当たり前の話ではありませんか?

 まあ、部下の不正に関しては私の至らぬところなので申開きのしようもありませんが。その点を王女殿下自らご教示頂いたのは御礼申し上げます。追って彼にはしかるべき処分を致しましょう。

 いずれにしろ、スフィリアース様が挙げられた点はそれぞれが別個の説明が可能です。それを叛意と結びつけるのは強引としか言い様がございませんし、私としても不愉快であり、非常に残念です。私とユスティニアニス国王陛下とは良好な関係を保っております。かの素晴らしい陛下を尊敬こそすれど毒殺しようなどと……想像したことすらありませんな」


 淀み無くフィアの言葉をステファンは否定していく。これも辺境伯との会談が始まって以来ずっと繰り返されてきたやり取りだ。何とか言葉尻や些細な言質でも取り上げられないかと沸騰しそうな程に頭を働かせるが、何一つ役に立ちそうにない。

 そもそもフィアは弁が立つ人間では無い。まして、おぞましい政治の世界とは無縁の存在であったために腹芸などのセンスも磨かれてこなかった。せめて、多少なりとも社交の場に出ていたらと思わずにはいられない。それでも、長年政治の世界で生きてきた辺境伯相手に太刀打ちできるとは思わないが。


「スフィリアース様……」


 知らずに頭が下がって項垂れる形になっていたからか、心配そうな声がエリーレから掛けられ、フィアは目配せで「大丈夫だ」と伝える。

 ステファンから何かしら情報を聞き出す。一度の会談でそのような事ができようも無いことは最初から分かっていた事だ。大事なのは牽制。自分が疑われている、と感じさせればステファンとておいそれと毒物を王都に送ることもできまい。それに――


(キーリ達ならばきっと何かしら見つけてくれるはずだ)


 仲間を信じて今は時間を稼ぐ。少なくとも、彼が犯人だという確たる推理ができるための材料を持ち帰る。疑われていると知った今は、フィアが帰ればすぐにでも証拠となりそうなものを徹底的に処分しようとするだろう。それまでの時間を少しでも長くしたい。

 だがそんなフィアの考えを見抜いてか、ステファンは縦も横も大きい体を起こして立ち上がった。


「王女殿下には申し訳ありませんが、繰り返し申し上げた通りこの件に関しては私も一切関わっておりません。なのでお引き取り願いましょう。これでも多忙な身であります故」


 グラスにワインを自ら注ぎ、それを持って窓際に向かった。その途中でステファンの体がよろけて赤いワインが零れ、絨毯に染みを作った。


「お体の具合が……?」

「少々疲れているだけです。お気遣いには感謝致しますが、私の体を思って頂けるのであれば――これ以上、身に覚えのない事で煩わせるのはご遠慮頂きたい」


 咳き込み、グラスを傾けて喉をステファンは潤した。視線こそ向けないが、背中は明確な拒絶を示している。


「……」

「お嬢様……」


 机に片肘をついて頭を抱え、フィアは思案する。もうこれ以上引き伸ばすのは無理だろう。まともに会話を継げないことには臍を噛む思いだが、もはや仲間に期待するしかない。フィアの左拳が強く握りしめられた。


「……承知しました。お時間を取らせて申し訳ない。ここでお暇させて――」


 無念さを漂わせながら立ち上がったフィア。だが、唐突にその動きが止まった。直後に左右に首を振り、部屋の中を見回すような素振りを見せる。


「如何されましたか、お嬢様?」


 突然の奇行にレイスも怪訝な様子で声を掛ける。だがフィアは神妙な様子で頭を押さえ、手をテーブルに付いて俯いたまま動かなくなった。

 まさか具合が、とエリーレが手を伸ばし、フィアの肩に触れようかという時、彼女は大きく天を仰ぎ溜息を吐いた。その表情には安堵が篭っていた。


「――ああ、分かったよ。感謝する、とキーリ達に伝えてくれ」


 一体誰と話しているのか。答えが出ずエリーレは戸惑い、視線を向けるがフィアは軽く微笑むばかり。


「ユキ様、でしょうか?」

「ああ」


 短くレイスと言葉を交わし、フィアは眉間に力を込めて再びステファンを呼んだ。


「……まだ用がお有りですか」

「ああ、重要な用件ができた――ファットマン子爵の部屋から毒物が見つかった」


 苛立った様子のステファンの体がピクリ、と揺れた。


「……ほう」

「勝手ながら城内を仲間に調べてもらった。そうしたら子爵の部屋の引き出しから王城へ送る手紙と共に紙に包まれた毒薬があったそうだ」

「そうですか……ですが、私には関係ありませんな」


 グラスのワインを飲み干すと、窓際からゆっくりと書棚の方へ移動していく。窓からの逆光でその顔色はうかがい知れない。

 だがフィアはここが好機、と息を軽く吸い込んだ。


「それだけではない――ステファン・ユーレリア辺境伯。ファットマン子爵が、貴殿の指示で毒を手配した、と自白したそうだぞ?」


 これは完全なカマかけだ。どこからか頭に響いたユキの指示に従ったまでだが、フィアもそれがさぞ真実であるように堂々と振る舞った。ハッタリは苦手だが、その重要性は理解している。ステファンは背を向けたままだが、構わずフィアは自分を鼓舞するように意図して口端を釣り上げてみせた。


「知りませんな。あやつは、自分が助かろうと思えば口から幾らでも出任せを吐く男。如何な意図を以てして国王様の暗殺に加担したのかは存じませんが、おおかた、私の指示ということにして少しでも罪を軽くしてもらおうという魂胆でしょうな」

「辺境伯殿! 貴方は、そうも容易く部下を切り捨てるのかっ!?」

「心外ですな、エリーレ少尉。いい加減、事件を()と結びつけるのを止めて頂きたい、です、な」


 ステファンの言葉尻が不自然に途切れ途切れになる。グラスを持った手が小刻みに震え、部屋の奥に立てかけられてあった棒の様な何かを手に取った。だがフィアは気づかず、尚も責め立てる。


「しかし、いずれにせよ貴殿の管理責任は問われる。そのような言い逃れが認められると思うな」

「くどい、ですな。俺、は関係ない」

「弁明は後ほど聞く。私達と共に王都へ――」


 ――バリバリ

 グラスがステファンの手の中で砕けた。フィアやエリーレは面食らい話が途切れた。

 破片が床にばらまかれ、ステファンは血管がハッキリと浮き出たその手で自らの顔を掴む。そして、ゆっくりとそのまま顔をフィアへと向けた。

 眼が、赤く光っていた。


「――くどいと、言っている」


 次の瞬間、何かが叩きつけられる音と共にテーブルが真っ二つに割れた。ステファンが手にしたものが窓からの夕日に照らされ輝く。

 それは大剣だった。大柄なステファン程もある巨大な剣が目にも留まらぬ速さで振り抜かれ、テーブルを叩き切ったのだった。

 砕けた破片が宙を舞い、フィア達を打ち付ける。ステファンの豹変にフィアは息を飲み、しかし即座に腰の剣を引き抜き構えた。


「辺境伯殿っ! ご乱心なされたかっ!」


 エリーレもまた紋章の入った鞘から剣を引き抜き、フィアを庇うように前に進み出た。だが彼女がステファンを見据えようとした時、既に彼の巨体はすぐ目の前にまで迫っていた。


「ぬおおぉぉぉぉっ!!」

「ぐぅっ……!」

「エリーレっ!」


 大剣が振るわれ、それをエリーレは辛うじて剣の腹で受け止める。だがそれもただ刹那。受けた剣は容易く折れ砕け、切っ先がエリーレの鎧に叩きつけられた。

 ドアを突き破りエリーレは転がっていく。だが、すぐによろめきながらも体を起こした事から致命傷は避けられたようだ。

 フィアは心胆冷えたような心地だったが胸を撫で下ろし、しかし即座に怒りに拳を震わせた。


「ステファン・ユーレリアァァァっ!!」

「おおおぉぉぉぉぉっっ!!」


 紅い髪を逆立て、一層紅く紅く染まる。豪速のステファンに対し神速の抜剣が打ち結ばれた。

 それでも膂力の差は歴然。怒りに燃えたぎる頭でも奥底は冷静。初撃の一瞬で不利を悟ると体躯をずらし、ステファンの力を逸らす。そのままステファンの剣戟に乗って距離を取るとフィアは叫んだ。


業火の(フレイム)炎壁(ウォール)っ!!」


 第三級下位魔法を一瞬で発現。灼熱を発する壁が築かれ、夕陽以上の赤に室内が染まる。炎は瞬く間に天井まで燃え広がり、ステファンとフィアを完全に隔てた。

 しかし――ステファンが炎の壁を突き破りフィアへと肉薄してきた。


「なっ!?」


 衣類も全く燃えておらず、一切のダメージも見受けられない。剣を持った両腕は大きく掲げられ、真っ赤に染まった瞳が遥か高みから見下ろしていた。

 そして豪剣が振り下ろされる。


「お嬢様っ!!」


 フィアの体をレイスがさらい、直後にその場所を剣が穿つ。石造りの床が豆腐のように深く砕け、礫が四方に飛び散る。頬を浅く切り、一筋の血を流しながらレイスは転がるようにしてフィアを抱えて部屋を飛び出した。


「お、王女殿下っ!?」

「ちっ……!

 その女を捕らえろっ! 不敬にも王女の名を騙った偽物であるっ!! 抵抗するようであれば殺して構わんっ!!」

「なっ!?」


 騒ぎを聞きつけてやってきた使用人と兵士に向かい、ステファンは彼らに捕縛を命令した。まさかの命令にフィア達は言葉を失い、兵士達もまた彼女らとステファンの顔を見比べ一瞬立ち尽くした。


「か、畏まりました!」


 それでも彼らはステファンの言葉を信じた。初めて目にする、それまで存在すら知らなかった王女と、日常的に従ってきた辺境伯。どちらを信用するかは明らかだった。兵士は冷や汗を流しながらも槍をフィアに向かって構え、使用人は他の兵士を呼びに走る。


「辺境伯っ! 貴方という方はっ……!」

「よせっ、エリーレ! 今は逃げるぞっ!!」

「しかしっ!」

「汚名を晴らす機会はまだある! 捕まればその機会すら失うぞ!」


 激怒し、詰め寄ろうとするエリーレだったが、フィアに宥められ奥歯をギシ、と軋ませた。そんな彼女の手を引き、フィアは一人立ちはだかる兵士に鋭い眼差しを向けた。


「どいてくれ」

「で、できません!」

「ならば押し通らせてもらおう」


 一瞬で兵士の脚を払うと、彼の手を掴み優しく床に倒す。そして「すまない」とだけ言い添えて廊下を走り去っていった。倒れた兵士はその後姿をぼうっと眺めるのだった。

 ステファンは剣を杖代わりにして重い体を支えていた。息は荒く、頭痛を堪えるような仕草をしながらフィアが居なくなった廊下を睨み、そして燃えている室内を見回すと口元を動かす。彼の周りには魔法陣が展開され、そこから水が勢いよく噴き出て消火していく。だがその際にも軽くよろめき、ヨロヨロとしながら椅子へと腰を降ろした。


「まだ……まだ俺は終わるわけにはいかん」


 そう一人呟き、血走った眼で拳を強く握る。

 どす黒い血が垂れ落ち、床を汚していったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「フィアっ!」

「皆、逃げるぞっ!!」


 キーリ達と合流したフィアは開口一番に叫んだ。だがフィア、キーリ共に互いの背後を見て眼を丸くする。

 それぞれの背後には大勢の兵士。そして階下からもまた兵士達の足音が響いてきた。

 このままでは逃げ場はない。フロアの廊下をただ逃げ回ってもそのうち挟み撃ちになるだけだ。何処へ、と逡巡したキーリだったが、すぐ隣を走るシオンが叫んだ。


「ファットマン子爵の部屋へ行きましょう! あそこの奥の階段からなら逃げられるかもしれません!」


 キーリは迷わず頷いた。フランから襲撃されたために失念していたが、確かにあそこであれば逃げられそうだ。

 迫りくる兵士達の一団。それを横目に流しながらキーリは走った。

 数十メートルを瞬く間に駆け抜け、兵士達を置き去りにしてファットマンの部屋に飛び込む。壊れたドアが、半端に繋がった蝶番でプラリと揺れ廊下には木くずが散らばっている。キーリ達が壊したままの状態だったが、そこにはフランの姿は無かった。


「皆さん奥の部屋へっ!」


 シオンの誘導で奥の部屋に入っていく。その間にキーリとアリエスは、部屋にあった調度品で適当なバリケードを築き兵士達を足止め。力任せにサイドボードや机を持ち上げて放り投げていく。


「お前の筋肉が活躍したの初めてじゃねぇかっ!?」

「筋肉をバカにすると筋肉に泣きますわよっ!」


 最後にそれら調度品をアリエスの魔法で氷漬けにし、強固な壁を築き上げた。向こう側からは、体当りしているのか鈍い音がしてくるが僅かに壁が振動するばかり。当分は持ち堪えられそうだった。


「アリエスさん、キーリさんっ!」

「すぐ行きますわっ!」


 偽装工作として窓を割り、奥の部屋に飛び込む。止めとばかりに奥の部屋の扉も氷漬けにしてから、本棚の下に隠されてあった階段をキーリ達は駆け下りたのだった。





 真っ暗闇の階段をキーリが降りきる頃、閉まった頭上の戸の方から低く何かが擦れるような音が響いてきた。恐らくは本棚が動いて元の位置に戻ったのだろう。床扉を閉じて一定の時間が経てば移動する仕組みなのかもしれない。

 最後の一段をキーリが降り切ると直ぐ側からたくさんの息遣い。息を潜め、ほんの僅かに掠れた呼吸が届いてくる。ここでキーリ達を待っていたらしい。

 キーリは影からランタンを取り出して火を灯した。暗闇を照らす灯りに緊張が解けたか、一斉に溜息が漏れ出ていく。そしてキーリからそれぞれにランタンが手渡され、火を入れていった。先程入った時はかなり暗かったが、これだけの人数が揃えばかなり明るくなった。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……良かった、全員揃ってますわね」

「ユキ以外はな」

「あの女は心配するだけ無駄だろ」


 全員の無事が確認でき、アリエスとフィアは胸を撫で下ろす。そして言われるがままに駆け込んだ通路の先に視線を向けた。


「ここは……?」

「さあな。あのブタの部屋を漁ってたら偶然見つけたんだ」

「恐らくですけど、ファットマン子爵もここから逃げたんだと思います」

「ずいぶんな血相で部屋に駆け込んできてたからな」

「そうだ、キーリ」フィアが尋ねた。「どうしてキーリ達は兵士に追いかけられてたんだ?」

「そういうフィアだってそうだろうが。ステファンと面会してたんだろ? 何があったんだ?」

「とりあえず……先に進みながら互いの情報を共有しましょうか。いつこの場所が見つかるかも分かりませんし」


 シオンの提案に異論は無い。どこまで続くかも分からない螺旋状に伸びる通路を進みながら、それぞれが持ち寄った情報を話していく。

 ファットマンの部屋から手紙と毒物が見つかったこと、通路を見つけた後でフランから襲撃を受けたこと。彼女によってキーリ達の存在が知れ渡り追いかけられたことを手短に伝え、フィアからも会談での様子が伝えられていく。どちらもそれなりに衝撃的な事態だが、やはり気になるのはステファンの豹変だ。


「そんな事が……」

「ああ……それまでは理知的に会話を続けていたんだがな。キーリ達が証拠を見つけたことを告げた途端、突然剣で攻撃してきたんだ」

「悪事がバレてやけになったんじゃねーの?」


 イーシュが思いついた理由を口にするが、フィアは首を緩々と横に振った。


「どうだろう……話してわかったが、あの男は頭が切れる人間だ。情けない話だが、私程度が追求したところで幾らでもかわす方法を持っていそうな気がする。それに――」


 言葉を継ごうとして、しかしフィアは口ごもった。口元を撫で、何かを考え込んでいるようだ。


「どうした?」

「いや……辺境伯の様子が変わった時に眼が、な」

「眼?」

「ああ、真っ赤に染まっていたような気がしてな。

 ……すまん、窓からは夕陽も差していたし、単なる見間違いかもしれない」


 軽く頭を振ったフィアは「気にしないでくれ」と続けたが、キーリには何処か引っかかりを覚えた。

 一部の種族では、怒りや攻撃的になった時に眼の色が文字通り変化することはある。だが人族でそのような話は聞いたことがない。ステファンにそういった種族の血が混じっている可能性はあるが、たいてい変化する種族は人族からはかけ離れた特徴を持つ種族であり、彼らは人族至上主義である教会からは敵視される傾向がある。そんな血を引いたステファンを、果たして教会が英雄として選定するだろうか。

 それ以外の可能性。いつだったか、人族にもかかわらず赤い目をした存在を眼にしたことがあるような気がした。しかしそれが誰だったか、どうしても思い出せない。キーリは頭を掻きむしった。


「ともかくも、大きな怪我もなく全員無事なことを喜ぶべきですわね」

「そうだな。そうだ、エリーレ。お前は大丈夫か?」

「はい」少し脇を気にする仕草を見せながらもエリーレは頷いた。「少々脇が痛みますが行動には支障はありません」

「ならさっさとこの狭っ苦しい場所から出よーぜ。カビくせーし(せめ)ーし(くれ)ーし、ヤになるぜ」

「イーシュくんの言う事は分かるけど……」


 カレンは顔を上げて前を見た。すでにそれなりの時間を歩いているが、緩やかな弧を描くようにして下へ下へと伸びる下り坂は終わりが見えない。風も無く空気は澱み、まるで永遠の闇が広がっているようだ。思わず彼女は自分の髭を撫でた。


「どこまで続くんだろうな、コイツは」

「結構潜ってるみたいですけどね」

「……いや、もう終わりみたいだ」


 ぼやくギースに同意するシオン。だがすぐにフィアが答えを口にした。

 なんで分かんだよ? とギースは怪訝に眉を潜め、だが果たして、彼女の言う通りぼぅっとした仄かな灯りが見えてきた。やがてその照明の下にたどり着き、フィア達は脚を止めた。

 正面にあるのは一対の扉。両開きのそれは頑丈そうで、気の逸るイーシュが開けようとするも押しても引いてもびくともしない。


「鍵が掛かってるんですの?」

「でも鍵穴みたいなのありませんよ、アリエス様」

「もしかして、魔法錠か?」


 魔法錠は物理的な鍵とは異なり魔力に反応するタイプの鍵の事だ。種類は様々で、特定の人物の魔力パターンだったり特定の魔法で解錠されたり、或いはいわゆる「鍵」以外の形状をした魔道具だったりということもある。目の前の扉も、扉の横の照明の下に手のひら大の窪みらしきものがあり、そこに何かをはめるようであった。


「解除はできませんの?」

「何でもかんでも斥候(スカウト)の仕事にすんじゃねぇよ」

「申し訳ありませんが……シオン様は何かお分かりにならないでしょか?」

「難しいですね……」レイスに水を向けられ、シオンは困ったように眉尻を下げた。「魔素の残滓である程度は分かるつもりだったんですけど、ここの匂いは僕の知るどれとも違って……」


 何も感じないのだろう。シオンはクンクンと鼻をヒクつかせるも首を横に振った。

 だが。


「心配しなくていい。もうすぐ開くはずだ」

「さっきからなんでテメェはンな事が分かんだよ?」

「あ、もしかして……」


 答えに思い至ったシオンがそれを口にしようとした時、ガチャン、と解錠の音が響き、錆びた音を立てながらゆっくりと扉が開いていった。

 そして、その先には。


「やっぱお前の仕業かよ……」

「やっほー。お疲れ様ー。元気ー?」


 脳天気に手を振るユキが待っていたのだった。




お読み頂き、ありがとうございました。

気が向きましたら、ポイント評価、レビュー・ご感想等頂けると幸甚でございます<(_ _)>

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