11-6 オーフェルス(その6)
第2部 第62話です。
宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、色々とひきずらない性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
ファットマン:子爵位を持つ貴族でオースフィリアの徴税官。金に関してゲスい。
ファットマンは頭を抱えて豪奢な城内を歩いていた。額から汗が止め処なく流れ落ち、全通路に引かれた立派な絨毯に染みを作っていく。走ったわけでもなく、だが息は絶え絶え。階段を登っただけで今にも倒れそう。乱れた呼吸が落ち着くのはまだまだ当分先になりそうだった。
そんな状態なのだが、彼はステファンから与えられた自分の執務室に入らず二階の回廊をグルグルと回り続けている。唸り声を上げ、情けない顔で高い天井を見上げたかと思えば、また少し調子の変わった唸り声を出しながら俯いて歩く。時折メイドやら執務に当たる他の貴族が奇妙なものを見る目を向けるが、関わり合いになりたくないとばかりに無言で通り過ぎていく。
「どうすれば……」
目下、彼の頭を悩ませるのは急降下が見込まれるオーフェルスでの収入だ。迷宮を封鎖してしまったために冒険者は街から離れ、景気自体も急落してしまっている。それによってファットマン自身の袖の下に入ってくるものも目に見えて減ってしまった。オーフェルスのギルド長からの賄賂も今は止まってしまっている。抗議のつもりだろうが、忌々しい、と禿頭のギルド長の顔を思い浮かべてしまい、歯ぎしりした。
自分の非正規収入が減ってしまった事は痛い。だがそれ以上に厄介なのが落ちた街の税収を如何にしてカバーするかだ。
先日雷を落とされてしまった通り、ステファンは大激怒だ。これ以上無い大失態であり、何とか補わなければ自分の首が危うい。
「それもこれも……」
あの将軍のせいだ。思わず地団駄を踏みたくなる。
秘密裏に命じられた迷宮深部の探索が進まない理由を、極秘の内に少数で進めなければならないからだと決めつけ、大々的に軍を投入することをほぼあの男の一存で決定してしまった。
おおっぴらに探索する事は、モンスターの出現異常を調査するという名目で押し切ることができたが、その結果はどうだ。街から冒険者は居なくなり、収入が一気に無くなってしまった。昔からの付き合いということもあって渋る辺境伯を、適当に口八丁で一緒に説得したが、今となっては完全な失策であった。もっとも、真面目に検討すること無く将軍の計画を鵜呑みにしてあっさりと賛成してしまったのもファットマン自身ではあるのだが。
「くそ、忌々しい男だ。私のおかげで将軍にまで上り詰められたというのに、恩を仇で返しおって!」
悪態が口をついて出てくる。なお、将軍の側もファットマンに対して同じように思っている事を彼は知らない。
そんな将軍のせいで予定を大幅にオーバーしても探索は進まず、加えて冒険者がこうもあっという間に消えてしまうのはファットマンにも予想外であった。だが冷静に考えてみれば、元々冒険者というのはあちこちの迷宮を求めて渡り歩く根無し草のような下賤な連中である。金にならないと分かれば他の街へと居なくなってしまうのは明らかな話だ。ファットマンは溜息を禁じ得ない。
それにしても先程は危うかった。ああもあっさりと税をぼったくろうとしたことがバレてしまうとは。街の人間だけであれば渋りながらも何とか有り金を搾り取れただろうが、学のない冒険者に見破られてしまった。それだけ連中が金に汚い人種だということだろうが、自分も税収と袖の下確保のために焦りすぎた部分もあったか。もっと生かさず殺さずのギリギリの線を攻めて金を集めなければ。
連中は中々の腕前だった。連れてきていた軍兵があっけなくやられてしまった時には完全に「終わった」と思ったが、連中がファットマンを連れて辺境伯へ抗議に行くでもなく逃してくれたのには助かった。おかげで辺境伯にもバレず、冒険者連中も捕まえる事ができて万々歳である。やはり先の事にまで考えが及ばないらしい。冒険者とは愚かな存在だ、とファットマンは安堵の息を吐いた。
「ともかくも金については早急になんとかせねば……」
地下牢に閉じ込めたあの冒険者達の処遇は後でゆっくり考えればいい。目先にある金の問題を解決して、その後で自分を侮辱した事を骨の髄まで後悔させるような眼に合わせてやる。見せしめとして公開処刑というのも悪くないかもしれない。逆らえばどうなるか、というものを街の者に見せてやれば、出すものも渋ることはなくなるだろう。ファットマンはほくそ笑み、しかしすぐに、まずは急ぎの金策を、と頭を振って切り替えた。
と、その時、何周目か分からない回廊の角から女性の話し声が聞こえてきた。
「ふむ、さすがは辺境伯の領城だ。これだけ広いと何処に行けばよいかさっぱりだな」
「王城には及びませんが、長く王国の最前線で持ち堪えてきた名城と称すべきでしょう。外見のあの無骨さは軍人としても目を惹かれるものがあります。もっとも、城内の装飾はあまり好ましくありませんが」
「富める者が富をこういった芸術に費やすからこそ新たな美が生まれるのだと拝聴したことがございます。それよりもお嬢様。あまりのんびりとしているとアリエス様が待ちくたびれてしまうかと。早く辺境伯様の元へ向かわれるのが宜しいかと存じます」
「それもそうだな。全部の部屋を探して歩くのも面倒だ。ちょうどいい、そこの方に尋ねてみるか。
もし、そこの御方?」
「……うるさい。私は今、考えごとをしているのだ。他の者に聞け」
俯いて顎を撫でながらファットマンは不機嫌そうに言い放ち、そのまますれ違おうとした。だが女性はファットマンの肩を掴み、彼の態度にも臆すること無く朗らかな調子で続ける。
「まあそう言わないでくれ。ステファン・ユーレリア辺境伯閣下の元へ行きたいのだが、どちらにおられるだろうか?」
「ちっ……辺境伯閣下のお部屋は四階への階段を上って一番奥だ。分かったらさっさと私の前から消えろ」
「そうか。感謝する。時間を取らせたな」
ファットマンのとても愉快とはいえない態度にも気を悪くした様子はなく、丁寧な謝辞を述べて去っていく。ファットマンは顔を伏せたまま不快気にブタのように鼻を鳴らして、女性三人組から離れていき――
「……ん?」
その途中で足を止めた。
クルリ、とまん丸の体を揺らして振り向く。三人の右側を歩くは金色のサラサラとしたショートヘアに、マントの裾から覗く白い鎧。対する左側には白いカチューシャを黒髪に乗せたメイド。そして真ん中には旅人のようなマントの上でよく映える真紅の髪。
「んなぁっ!?」
どう見ても、先程ファットマンが地下牢にぶち込んだ連中の一味だった。素っ頓狂な声を上げて固まり、そうしている間にも距離は離れていく。堪らずファットマンは上ずった声で「ちょ、ちょっと待てっ!」と声を張り上げた。
「ん? 何か?」
「な、なんでお前らがこんなところを歩いているっ!? 地下牢に居るはずだろう!?」
振り返った女の顔を見る。間違いない。特徴的な真紅の髪といい生意気そうな目つきといい、先程の女だ。
だが女――フィアはその咎める声にも涼しい様子で軽く笑った。
「ああ、牢というところに興味があったから入ってはみたがな。退屈そうだったので出てきた」
「出てきた、だと……?」
唖然と、ファットマンはフィアの顔を見た。血色の良い唇を横に引いて軽く口角を釣り上げたその表情が何とも憎らしい。
一体どうやって。ファットマンの頭に軽い混乱が走る。鍵は確かに掛けた。他の牢にも連中の他に入ってる者はいない。まさか、内通者が居るのか。
「くっ、ともかくも来いっ! もう一度牢へぶち込んでやるっ!」
ともあれ、今の状況はまずい。ファットマンは脂汗を垂らしながら彼女らを捕まえようとフィアに手を伸ばした。
だがその手がフィアの腕に届く直前に、強かにエリーレの鞘で打ち据えられる。鋭く走った痛みに悲鳴を上げたかと思えば、次の瞬間にはレイスによって腕を捻り上げられてクルリとその巨体が回転していた。
尻もちを突き、衝撃がケツの孔から脳天へ突き抜けた。星がファットマンの瞳できらめき、それらが何処かへ消え去った後の眼に映ったのは、冷ややかに彼を見下ろす三対の眼差しだった。
ファットマンはその眼にたじろぎ、しかしまだ怒りが怯えを凌駕しているのか大声を張り上げた。
「お、お前達っ! 自分が何をしたか分かっているのかっ!?」
「ええ、存じております」
「さっきは街の中だったからまだ良かったものの、城内で貴族に暴力を振るうとはなっ! もう言い逃れはできんぞっ!」
「最初から言い逃れはしていないんだがな……」
激昂し喚くファットマンの声が城内の同じフロア中に響き渡る。それを聞きつけた貴族やメイドが各々の部屋から顔を出し、兵士が駆けつける足音が鳴り響いた。ファットマンは勝ち誇った顔を浮かべ、嫌らしく口元を歪めた。
「どうする? もう逃げられんぞ? それとも街でのように暴れてみるか?」
「はぁ……」
しかし返ってきたのはエリーレの溜息だ。観念や諦念ではなく、呆れを多分に含んでいる。見ればフィアもレイスも焦った様子もなく、極めて冷静。予想とは違った反応にファットマンは眉をひそめた。
「ファットマン子爵殿……貴方こそ何をしたか分かっているのですか?」
「む? 何を言っている?」
短い首を傾げたファットマンに対しもう一度大きく溜息を吐いてみせると、エリーレとレイスの両名は前に進み出た。そして腰に携えた剣の鞘をこれ見よがしに掲げてみせた。
「っ、その紋章は……!」
「我が名はエリーレ・アルクェイリー。レディストリニア王国国軍少尉であり、王家の命を受けてオーフェルスの査察に参った次第である」
「そしてこちらに御座す方をどなたと心得ておられているのでしょうか。現国王・ユスティニアニス様の長女――スフィリアース王女殿下でございます」
朗々と響くレイスの声。その場にいた貴族、官僚、メイドに兵士がざわついていく。
「皆の者! 王女殿下の御前である! 控えおろう!」
エリーレの気合の入った口上に、ざわついていた場が瞬時に静まり返る。「まさか」、「そんな、王女殿下が……」、「そんな事はどうだっていい! さっさと頭を下げろ!」といった戸惑いの声が小さく飛び交う。
彼らは瞬く間に綺麗に整列して膝を突き、頭を垂れた。その様にエリーレは厳しい表情を向けながらも満足そうに頷いた。
「ファットマン子爵?」
「ぶひっ? は、はひぃっ!」
そんな中、いつまで経っても立ち尽くしたままのファットマンの名を、エリーレが咎めを多分に含んだ口調で呼ぶ。そこでようやく自分ひとりが立っていることに気づき、慌てて他の者達と同じように頭を深々と垂れた。
静寂が包み込み、物音が消える。だがファットマンの頭の中では血の気の引く音が鳴り続けていた。脂ぎった頬を止め処なく汗が流れ落ち、ガタガタと体が震えて今にも倒れてしまいそう。
(と、とんでもないことを……)
何という事を自分はしてしまったのか。まさか王女殿下を捕らえ、あまつさえ地下牢へと放り込むとは。自らがしでかした出来事に、ファットマンは意識を飛ばしてしまいたかった。
「ふむ、身分を隠してここまで来たが中々に面白い体験ができたよ。御礼を言おう、ファットマン子爵」
「と、ととととんでもないことでございます」
「そう緊張しなくとも良い。この通り冒険者の姿をして身分を隠していたからな。無礼をしてしまったと悔いているのであれば気にする必要はない」
「あ、ありがたいお言葉でございます……」
果たして、家畜が屠殺場に送られる心境というのはこのようなものなのだろうか。気が遠くなり、少しでも気を抜けば泡を噴いて失神してしまいそうだ。だが王女殿下と分かった今、御前でそのような事をすればそれこそ無礼では済まされまい。
「さて、誰でも良いから答えて欲しいのだが……辺境伯様はご在室だろうか?」
「は、はい……本日はご自身のお部屋で執務に当たられております」
「そうか。ならば誰かに案内してもらいたいな。立派な領城故に、部屋にたどり着くまで一苦労してしまいそうだ」
ファットマンの後方から、他の貴族らしい男性の声が聞こえて彼は密かに息を吐いた。このまま何事もなく息が詰まりそうなこの時が終わって欲しい。もう限界だ。
「畏まりました。でしたら……おい、そこの――」
「いや、いい。そうだな……」
フィアの問いに答えた男が、傍に居たメイドに案内させようとしたがフィアはそれを遮った。足音が絨毯に吸収され、しかし確かに彼女が動いたのをファットマンは気配で感じ取った。緊張に体が強張り、だがフィアが自身の横を通り過ぎていったのを感じて緊張が解けた。
と、思った。
唐突に後ろから肩が叩かれる。心臓が口から飛び出してしまいそうなくらいに跳ね上がり、膨大な脂汗を垂れ流してファットマンは恐る恐る顔を上げた。
そこにはフィアが居た。
「――ファットマン子爵。貴殿に辺境伯様のところへ案内してもらいたい。良いかな?」
照明の逆光でフィアの表情は見えない。だが三日月状に弧を描く真っ赤な口元。その様子が悪魔の微笑みに見え、ファットマンは叫び声を上げそうになったのだった。
赤い絨毯の引かれた四階の通路を歩いている間、ファットマンは生きた心地がしなかった。息が絶え絶えなのは重い体を引きずって階段を登ったからに他ならないが、精神面で彼を苛むのは後ろをついてくる王女殿下の存在故だ。
ひぃひぃと荒い息を上げながら大きな体をこれでもかと縮こまらせ、しかし歩きながら少しずつ頭が落ち着きを取り戻してくると疑問が浮かび上がってくる。
果たして、後ろの女性は本当に王女殿下なのか、と。
確かにエリーレという女性が示したものは国軍の紋章であるが、王女を王女であると証明するものは何も示されていない。このような場でも堂々と振る舞える様からは王女らしい気品も感じるが、寡聞にしてファットマンは国王に娘が居たという話は聞いた事がない。王城にもつては多く、またステファンの指示で王都の情報も集めているがそれに類するものがあっただろうか。
もしも王女を僭称しているのであれば。淡い期待を想像すると心持ち気も軽くなる。そんな期待に押されてファットマンは恐る恐る後ろを振り返った。
「何か?」
彼の怯えた眼とフィアの眼が合った。ジッと真っ直ぐに見つめる瞳に恐れや不安はない。
「い、いえ、その……本当に王女殿下であられるのか、と……」
「疑うのですか?」
レイスが冷たい声で咎めた。つい先程に簡単に捻り上げられてしまった事もあり、反射的にファットマンはビクリと体を震わせた。
「い、いえそのような事は……」
「では何故そのような問いをなされるのか、ご理由をお聞かせください」
尚も問い詰めるレイスは、ファットマンから見れば何とも小柄だ。だが声に込められた圧力は強く、息が詰まるような感覚を覚え、ますます呼吸が苦しくなってファットマンは口を魚のようにパクパクと動かすだけだ。
「いい、レイス。確かに私は表舞台に立っていなかったからな。それにこのような格好をしていれば、王女というのも疑わしくもなってくるだろう」
助け舟を出したのはフィア。軽く手を挙げて彼女を制し、「だが」と続けた。
「私は確かにスフィリアースだ。疑うのであれば、そうだな……父は病床に臥せっているからコーヴェルにでも尋ねてみれば良い。彼であれば私の事を良く知ってくれているからな」
「コーヴェル……コーヴェル侯爵閣下でございます……か?」
「他にもコーヴェルと言う名の者が居るのか?」
間違いなくこの方は王女殿下だ。フィアの返事を聞いて、いや、聞く前からファットマンはもはや疑うのを止めていた。
振り返ってフィアを見た時に気づいていた。自分や、他の凡百の貴族とは器が違う。この方は人の上に立たれる御方だ。ファットマンは、かつて辺境伯――当時はまだ彼が子爵であったが――と初めて相対した時の感覚を思い出した。あの時も感じた「輝き」のようなものをフィアからも感じ取って、ただうなだれた。
「……こちらでございます」
程なくしてステファンの執務室へたどり着き、ファットマンは力のない声を発した。
他の部屋とは明らかに異なる大きくて重厚な扉。決してステファンが設えたものではないだろうが、彼の権威の強さを象徴しているようでもあった。
フィアは「感謝する」と礼を述べ、ファットマンはその扉を震える手でノックした。中から声らしきものが聞こえ、扉が開きメイドが顔を覗かせた。
「王女殿下をお連れした……」
「畏まりました」
メイドの女性も幾分緊張した面持ちを浮かべて中のステファンに告げると、その扉が大きく開かれていき、ファットマンは少しずつ後ずさっていく。
「それでは私はここで……」
そのまま何食わぬ顔で辞そうとするが、フィアは彼を呼び止めた。
「どうだ? 良かったら貴殿も中で一緒に辺境伯様と話をしないか?」
「い、いえ! そんな! 王女殿下と辺境伯様の中にわ、私ごときが混じるなどとんでもございません!」
そんな事をされては堪らない。王女が身分を隠してここに来た理由は不明だが、エリーレは「査察」と言っていた。ならばきっとアレコレと腹の内を探られるに違いない。まして、街でファットマンは税で私腹を肥やしている事がバレている。ここまでの間糾弾されていないことから、そこは目的では無いのかもしれないが、ステファンの目の前で暴露されようものならステファンの気性である。その場で物理的に首を切り落とされかねない。首元が薄ら寒くなる感覚を覚えてファットマンは必死に逃げようとした。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、フィアはやや残念そうに「そうか……」と呟いた。
「領内の実情について詳しく話を聞きたかったのだが」
「も、申し訳ありません。私はまた別の仕事がありますので……」
「なら仕方ない。貴殿は仕事に大層熱心なようであるからな」
朗らかに笑ってフィアは部屋の中へ入っていく。しかし途中で足を止めると、「だが」と振り向かずに言葉を続けた。
「子爵――貴殿がしてきたことを私は決して見逃しはしない」
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まった。
廊下に一人取り残されたファットマンの顔色は土気色になり、ブルブルと体を震わせていたが、すぐにハッと我に返ると泡を食って廊下を何処かへと走っていったのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
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