10-1 彼女らは苦しくも笑う(その1)
第2部 第55話です。
宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。実はレディストリニア王国の第一王女だったが、出奔して今に至る。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。気は良く、色々とひきずらない性格。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
エリーレ:レディストリニア王国軍人。かつてレイスと共にフィアのお世話をしていた。
エリーレ・アルクェイリーは西門にて眼を閉じ待っていた。
巨大なスフォンの外壁を背にし、腰の後ろで手を組んで仁王立ちをしている様はまさに軍人然としている。風が吹いてマントがはためいて白い鎧が顕わになり、時折少尉であることを示す階級章が見え隠れしていた。
エリーレは美人である。凛とした佇まいと溢れる気品。見るから高嶺の花、といった感じだが眺める分にはタダだ。街の外へ出ようと外出審査ゲートへ並ぶ者達からの視線をしばしば受けていたが、エリーレは一切気に留める素振りもなく「休め」の姿勢でフィア達がやってくるのを待っていた。
朝と昼の中間を告げる教会の鐘が青空に高らかに鳴り響く。フィアに出立の日を告げてから三日。予定通りであれば、そろそろ彼女がやってくる頃である。エリーレはゆっくりと瞼を上げた。
短い夏の終わりを告げるような、刺々しさの和らいだ日差しの中でフィア達が門に向かって歩いてくる姿を彼女の瞳は捉えた。フィアを先頭にしてキーリ、アリエスそして他の仲間だろう方達を後ろにつき従える形で少しずつ近づいてきている。
レイスに手を引かれる形で歩いている幼気な獣人の少女が居るが、果たして彼女は何者だろうか。年齢からしてまさかフィアの娘、ということは無いだろうが、彼女を連れて王城へ向かうのは難しいだろう。しかしどちらにせよ、王城にはフィアとレイス以外は入れないのだから、少女が同行するのであれば他のお仲間達に任せれば大丈夫か、とエリーレは思い直した。
(それはそれとして――)
エリーレはジッとフィアの姿を眺めた。最後に姿を見かけたのはもう四年近く前で、当時から既に凛としたたくましさが見て取れたが、あれからますます成長なされた。
眩しさにエリーレは目を細め、まだ王家の威厳を失っておられなかったと誇らしく思い、だが一瞬だけその瞳に陰りを落とした。
「待たせたな、エリーレ」
「いえ、お伝えした時刻通りです。スフィ……失礼しました、さすがフィア様、キッチリした性格は相変わらずですね」
「人の性格はそう簡単には変わらんさ」
フィアはフッと小さく笑い、エリーレも相好を崩す。そしてキーリ達に向かって国軍式の敬礼をした。
「皆様もお見送りありがとうございます。フィア様は私が責任を持って王都へ送り届けますので」
クルリと踵を返し、エリーレは「さあ、フィア様」と促す。だがフィアはその場から動かなかった。
「フィア様?」
「すまない、エリーレ」
謝罪の言葉にエリーレは戸惑う。フィアは気持ちを落ち着けるように息を一度吸い、瞳に強い意思を込めて告げた。
「私達は――辺境伯領へ向かう」
前日、フィアはパーティのメンバー全員を自宅に集めた。急な召集であったが、誰一人欠ける事は無かった。それは、フィアが緊急で自分達を招く事など殆ど無く、またスフォンへの帰還途中で襲われた事が引っかかっていたのもあっただろう。事はそれだけ重大だ、と言われるまでもなく察していた。
全員が集まったのを確認したフィアは、これまで黙っていた事、そして襲撃者からの情報で明らかになった事を全て明らかにした。
エリーレから王都へ戻るよう要請された事、父親が毒殺されようとしている事、犯人は辺境伯であるらしい事、そして――自らが王女・スフィリアースである事。それらを包み隠さずに仲間達に告げた。
特にフィアが王女である事は多大な衝撃を以て受け止められた。カレンとシオンは、これまで失礼な口を利いてしまったとオロオロし、イーシュやギースも油汗が止まらない。
そこらの貴族であれば特に頭を下げる気にもならないが、流石に王女ともなれば話は別だ。口には出さないが、ギースなどは「もしかして不敬罪で斬首刑か?」などという考えも頭を過ったが、それを知ってか知らずか、フィアは全員に向かって改めて告げた。
「皆の前では、いつだって私はフィア・トリアニスだ」
だからこれまで通りで居て欲しい。そう言って頭を下げるフィアに、皆一層恐縮するばかりだったが、そこはキーリとアリエスの出番だ。敢えてこれまで通りに彼女に向かって話す事で緊張した雰囲気を和らげた。
まして、王女だったと言ってもフィアはフィアである。キーリの次の一言がその全てを物語っていた。
「シオンを抱いて鼻血を撒き散らす王女って、どうよ?」
その言葉に、全員が大きく頷いたのだった。
話の内容を考えるならば多少なりとも緊迫していてほしいと思わないでもなく、しかし場が完全に弛緩してしまいフィアは何とも言えない複雑な顔をしたのだが、咳払いを一つ。気を取り直すと、フィアは父を救うために明日から辺境伯領へと向かう事を告げる。
このまま王都へ向かっても、毒の混入経路が不明なために防ぐ事が難しい事、貴族派の連中の横槍にあって何もできない可能性がある事。今、一番確実な手段は、辺境伯の元へ赴いて毒の供給源を断つ事だと考えている事。それら、昨日からキーリ、アリエス、レイスを交えて議論した結果を全員と共有した上で彼女はもう一度仲間達に向かって頭を下げた。
「父を救うため、皆の力を貸して欲しい」
頭を深々と下げた彼女。恐らくは辺境伯領で危険な眼に遭うだろう。最悪なケースは辺境伯と剣を交える事になるかもしれない。それは迷宮に潜るよりもずっと危険な事だ。だが今のフィアには彼らの善意に期待して懇願するしか術がない。
レイスは元より、キーリとアリエスは彼女と共に辺境伯領へ行くことは決意済み。四人で行くこともできる。しかし状況は未知数。父を助ける確率を上げるためには戦力が不可欠。何があるか分からない以上、危険に晒すと分かっていてもフィアは多くの仲間が欲しかった。
静まり返った室内。だが、果たして最初に動いたのはイーシュだった。
椅子から立ち上がって、頭を下げて動かないフィアに近づいていく。そして彼は唐突にフィアの頭を叩いたのだった。
スパーンと小気味の良い音が響き、カレンが息を飲んだ。フィアは、彼女自身がどう思っていようとも間違いなく王女である。あまりにも不敬な行動だ。
「何をする、イーシュ」
「フィアって、俺より頭良いくせにバカだよな?」
叩かれた後頭部を押さえながらムッとした視線を向けてくるフィアに対し、イーシュはやれやれと言わんばかりに肩を竦め、これみよがしに溜息を吐いてみせた。
「仲間が困ってたら、助けんのは当たり前だろ?」
「――」
「俺より頭詰まってんだから、そんな重てぇ頭下げ無くたっていいんだよ。俺はフィアが王女様だろうがなんだろうが幾らでも手を貸すぜ?」
「ったくよ……」
続いてギースも立ち上がると、イーシュの言い分に唖然としている彼女の額を思いっきり指で弾いた。
「くだらねぇ気ィ遣ってんじゃねぇ。テメェがリーダーだろうが。テメェが来いっつったら何処だって行ってやるよ。ま、文句ぐらいは言わせてもらうがな」
「ギース……」
「私も手伝うよ」カレンはニッコリと微笑んだ。「フィアには村でも助けてもらったし、今度は私がお返しする番だと思うし。もっとも、私なんかに何が出来るかは分かんないんだけどね」
「回復役も必要になりますよね、フィアさん? 皆さん、怪我なんて気にせず戦う人達ばかりなんですから」
「シオン……いいのか? ただでさえここしばらく家を空けていたのに、店の手伝いも……」
「確かに母さんには迷惑かけちゃいますけどね」
シオンは苦笑いをしながらも「大丈夫です」と断言した。
「シリもだいぶ店の手伝いに慣れてきましたし、フィアさんにはお世話にずっとなりっぱなしですから。その代わり、国王様の件が片付いたらご飯食べに通ってくださいね? もちろん、王女様としてじゃなくて僕らの友達として」
「……ああ、もちろんだ。毎日だって通わせてもらうさ」
「ほら、言った通りでしょう?」
「アリエス」
「皆、フィアの事を慕ってますし、大切な友達なんですもの。危ないからと言って力を貸さないはずがないですわ」
肩に置かれたアリエスの手から、シャツ越しに暖かさが伝わってくる。その温もりと皆の気遣いがフィアの鼻の奥をツンと刺激し、零れそうな涙を指先でそっと拭い、代わりに皆に向かって嬉しそうに微笑んだのだった。
「――と言う訳でな。私達は皆で辺境伯領へ向かう。すまないな、エリーレ」
昨日の事を思い出し、頬を緩めながらフィアはエリーレに告げた。
だがエリーレはそれで「はい、そうですか」とはいかない。予想外のフィアの宣言にエリーレはぽかん、と口を開けていたが、フィアが「では」とクルリと踵を返したところで我に返り慌ててフィアを呼び止める。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい、スフィリアース様! 勝手な事をされては困ります!」
「大丈夫だ、全て片付けたら父の元へすぐに駆けつける。毒を盛った辺境伯ならば解毒剤の一つでも持っているかもしれないからな」
「そういうことではありません! その、私にも立場が……」
「ああ、だからすまないと思っている。おおかた、父の側近の誰かに私を探し出して戻ってくるように命令されてやってきたのだろう?」
「そ、そうです! だからスフィリ……フィア様には辺境伯領ではなく至急私と共に王城へと戻っていただかなければ……」
「エリーレが困るのは重々承知している。だが、私は辺境伯領へ向かわなければならないのだ」
「そちらの少女も連れてですか……?」
「ユーフェの事か」
フィアが振り向くと、ユーフェはレイスの手を離してフィアに寄ってきてがっし、と掴んだ。腰に抱きつくようにして尻尾を立てており、離れる気配はない。
「危険な旅になりそうだから置いていくことも考えたんだが……」
「いや。フィアお姉ちゃんと一緒がいい」
「……と、まあ。そういう訳でな」フィアはユーフェを見つめ、優しく頭を撫でた。「街に一人残していくわけにもいかないし、ユーフェは私の『家族』だからな。連れて行くことにしたよ」
「フィア様、お願いします。考え直してください」
「命令を下した人間には上手く言ってくれ。お前の立場が悪くなるようだったら気にせず私を悪者にしてくれていい。では、な」
引き止めるエリーレを振り切り、フィアは背を向けた。一歩、二歩と進み、キーリ達もフィアに続いて西門ではなく南門へと向かっていった。
フィアは振り向かない。焦ったエリーレは遠ざかっていく彼女に向かって叫んだ。
「お父上にお会いするのがそんなに嫌ですかっ!?」
ピタリ、とフィアの脚が止まった。
「フィア様がお父上の事をよく思っていないのは存じています! でももう会えないかもしれないんですよ!? フィア様はそれで良いんですかっ!?」
「……私だってすぐにだって会いたい。出来るならば父に顔を見せて安心させてやりたいさ」
「でしたら!」
「だが、それは今すべき事では無いんだ」
フィアは息を大きく吐き出し、目を閉じて天を仰いだ。その仕草は震える心を落ち着けようとしている様にキーリには思えた。
「私が今、父と顔を合わせたところで出来ることは何も無い。父は喜んでくれるかもしれないが、一時の気休めにしかならない。
エリーレ、お前ならば私が王城内でどう扱われていたか知っているだろう? じわじわと父を弱らせているのならば周囲は毒など疑ってもいないだろうし、そんなところに発言力など無いに等しい私が割って入ったところで一笑に伏されるのが関の山だ。父の事を疎ましく思っている貴族連中であれば尚更、な。ならば、私は父を救うために出来ることをするまでだ」
奥歯を噛み締めて吐き出される声は震え、しかし同時に断固とした決意を感じさせるものだった。背を向けてなお感じられるその意思にエリーレはたじろいだ。
「で、でも本当なんですか? まさか、辺境伯様が毒を盛っているなどと……」
「それはたぶん間違いないよー」
疑うつもりは無いのだろう。エリーレは言いづらそうにしながらも疑問を口にする。だが、その声もユキがはっきり肯定したことでかき消された。
「こないだ襲ってきた人達も知ってたし、その辺境伯の周りの人間がポロッと喋っちゃったみたいだしね」
「貴女……一体どうやって調べたんですか?」
「それは秘密」
「ま、こっちにも情報網があるってこった」
そう言いながらもギースのユキを見る目は胡散臭そうだ。それが伝わったわけでは無いだろうが、エリーレは厳しい顔つきで首を振った。
「……信じるに足る理由がありません。もし本当に辺境伯様がそのような大それた事を実施したとして、そう容易く情報が漏れるはずがない。それをこの数日でなどと……」
「別に信じようが信じまいがどーでもいいし。フィアが頼んだから、私は知ってた事を伝えたまでだもん」
「ユキは聞かないと教えようとしない気が利かない人間ですけれど、嘘は言わないですものね」
「という事なんだ。完全な確信があるわけでは無いが、少なくとも調べるに足る理由だと私は思ってる」
「っ、……少々考えるお時間をください」
フィアの主張を聞き、エリーレは端正な顔の眉間に深い皺を寄せた。篭手をはめたままの掌を口元に当てて黙り込む。恐らくはどう判断すべきか、熟考しているのだろう。微かな独り言がフィアに届いてくる。
「良かった、間に合ったわ」
エリーレの決断を待っていると、キーリ達を影が覆い隠した。見上げればシェニアがゆったりとした煽情的な衣服をはためかせて空を飛んでいた。
風を巧みに操ってスカートがめくれないようにして着地すると彼女は一枚の紙をフィアに差し出した。
お読み頂き、ありがとうございました。
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