表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/327

8-4 悲しみは宵闇に、想いは胸に(その4)

第2部 第47話です。

宜しくお願いします。


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

カイト:カレンの弟。やんちゃで、イーシュと気が合うらしい。

アヤ:カレンの母親。かんざし作成の職人で、気の良い明るい性格。時々子供っぽい




「だめぇっ!!」


 暗闇が一度大きく脈打ったその時、悲痛な叫びが暗闇を引き裂いた。

 どこからともなくユキが姿を現す。珍しく彼女の顔には焦燥が溢れていて、黒いマントをはためかせながらキーリの前に舞い降りるとキーリの体に抱きつくようにして声を投げかけた。


「落ち着いて、キーリ! 今、こんな魔法使ったらもう戻ってこれないよ!」


 一瞬だけ触手の動きが止まる。しかしそれも一瞬だけ。魔素の吸収は止まらず、血を思い起こさせる赤黒い線で地面に魔法陣が描かれていく。


「くっ……止ま、らないなん、て……キーリの才能を見誤ってた、かな……?」


 ユキの声に苦痛が混じる。彼女の体にも線が浮かび上がり、魔素の流れが変わる。収集された魔素は彼女を介して放出されているが、それよりも魔法構築ペースの方が早い。このままでは全てを放出し切る前に発動してしまう。

 それでも魔素が還元されたためかアリエス達の感じる苦痛が弱まった。苦しげながらも立ち上がってキーリに少しずつ近寄っていくも、一歩近づく度に心に悲しみの感情が注がれて、涙が頬を伝っていく。


「キーリに……何が起きてるんですの!?」

「魔法が暴走してるの! 何とか止めないと……!」

「何で暴走なんか……」

「知らないわよ! フィア達の方が知ってるんじゃないの!?」

「このままだとどうなんだよ!?」

「無くなるわよ!」

「何がだ!?」

「少なくともこの村は地図から消える!」

「……っ!」


 ユキの叫んだ内容に、全員の顔が青ざめた。

 まさかそんなはずは。そう思いたい反面、現状を鑑みれば否定などできようはずもない。世界は黒く塗り替えられ、地獄の亡者たちのような触手がそこかしこから伸びているのだ。この村の一つくらい消えてなくなってもおかしくはない。


「止める方法は無いんですの!?」

「魔素の吸収を抑えてるけど……う、くっ……このままじゃ間に合わないっ……! アリエス達で何とかしてよ!」

「何とかと言われても……」

「キーリが破滅を望んだなら、相当な事があったはず! その絶望を無かった事にできればもしかしたら……」


 顔をしかめ、歯を食い縛りながらもユキが手がかりとなる道標を示す。それに対して思い当たるものは一つしか無い。

 アヤの死だ。ナイフで突かれた場所は明らかに心臓であった。直後にシオンがすぐに治療に当たったが致命傷なのは明白。ほぼ即死に近かったのだろう。魔法を掛けても、弱まった心臓に傷を修復するだけの力は残っていなかった。

 シオンはすぐ傍に横たわるアヤを見下ろした。血に塗れ、静かに眠るように倒れているアヤにカレンが縋り付いていた。

 その目は酷く虚ろだ。目は開いているが何も映していない。突然の死とキーリの魔法。彼女には多大なショックが重なっているのに気を失わずにいるのは凄い事だ。それか、今の彼女には最早周囲の状況など意味の無いことなのかもしれない。彼女の姿にシオンを始め、フィアやアリエスも胸が締め付けられてひどく苦しかった。

 カレンがショックを受けるのは理解できる。しかし、どうしてキーリが、と疑念を抱かざるを得ない。

 確かに仲間の母親の死を目撃するのは苦しい事だ。だが魔法を暴走させる程の絶望となり得るだろうか。

 シオンはズキリと痛みを感じながらも頭を振った。そんな理由など後だ。今はキーリを何とかしなければ。


(でも……どうやって……?)


 絶望を無かった事。そんな事、アヤが生き返りでもしない限り無理だ。死んだ人間を生き返らせるなど、Aランクの魔法使いでも不可能。人の身で為せる技ではない。それこそ神の領域だ。ならばどうすればいい?

 誰もが必死に頭を回転させている中で、ピクリとカレンが身動ぎした。


「お……母さ、ん……?」


 カレンは体を起こし、母親の姿を見下ろした。そんな彼女の様子にシオンはまさか、とひざまずいて水神魔法を唱えた。

 魔素の吸収が収まったとはいえ、この場の魔素は枯渇状態に近い。そのためシオンの手から流れ出るのは僅かばかりの水であったが、その水でアヤの刺された傷跡を洗い流していく。

 そしてシオンは眼を見張り、すぐに叫んだ。


「生きてます!」


 フィア達が一斉にシオンへと振り返る。ユキにしがみつかれていたキーリの体も、その声に反応して微かに動いた。


「アヤさんは生きてます! 生きてますよ、キーリさん!」

「そういう事……!

 聞こえた、キーリ!? キーリの大切な人はまだ生きてるんだって!!」


 シオンの歓喜に満ちた声にユキは粗方の事情を察し、キーリの耳元で怒鳴りつける。すると、キーリの瞳に光が戻り、呆然とアヤの姿を見つめた。


「本当、か……?」

「本当です! 確かに刺されたはずなのに……すごい、傷も塞がってる……!」


 信じられない、とばかりにシオンはアヤの傷跡を確認するも、何度見ても傷どころかその痕さえ残っていない。

 キーリは覚束ない足取りでアヤの方へと歩いていく。ユキはキーリから離れ、いつでも対処できるようにすぐ後ろを付いていった。

 キーリが歩くと、触手は時を巻き戻すかのように生まれた大地へと戻っていき、村を包んでいた黒い壁にピシリとヒビが走り始める。毒々しく励起していた魔素は急速に光を失って元の無色透明に変化し、それに伴いフィア達が感じていた息苦しさや頭痛も消え去った。


「――」

「お母さん、お母さん……!」


 アヤに抱きついて歓喜の涙を零すカレン。その傍で立ち尽くすキーリに気づくと彼女は涙を拭い、彼の手を引いた。


「生きてる……のか……?」

「うん、生きてる……! 何でか分かんないけどお母さん生きてるよ……!」


 引いた手でアヤの手を握らせると、確かにキーリはアヤの暖かな体温を感じ取った。心に満ちていた黒い絶望が転換。モノクロに染まっていたキーリの世界が再び彩りを取り戻すと同時に、顔に走っていた黒い線が砕け、地面に落ちる前に魔素の光となって風に流されていった。

 カレンに促されて胸元に耳を当てれば、力強い鼓動がドクンドクンと脈打っている。その音を聞き、キーリの両目から自然と雫が零れ落ちていく。

 それと同時に黒い世界が一気に崩壊した。ガラスが割れるような音と共に世界を形作っていた影が砕け散り、光り輝く粒子となって幻想的な情景を作り上げる。


「おお……すげぇ……」

「綺麗ですわね……」


 フィア達はその美しさに目を奪われ、やがてその光も消え去って元の月夜に照らされた村の姿が戻った。

 やがて、アヤの口から気怠げな声が漏れ聞こえてきた。


「お母さん!」

「あれ、カレン……? それとキーくんに、皆も。え、あれ……私……」


 記憶が混濁しているのか、頭を押さえながらアヤは体を起こした。そこにカレンが抱きついて声を上げて泣き始める。キーリも膝を突き、顔をくしゃりと歪ませて溢れる涙を何度も拭っていくも止まらない。肩を震わせ、噛み殺した嗚咽を漏らしてこみ上げる嬉しさを噛みしめる。


「……ああ、そっか。ゴメンね、二人共……心配、かけたね……」


 刺される前の記憶を思い出したのか、アヤは声を震わせて二人の体を抱きしめる。カレンの泣き声が一層大きくなり、フィア達もまた熱いものがこみ上げ、ギースは一人背を向けてタバコに火を付けた。

 三人の泣き声が一頻り空気を湿らせ、やがて眼を赤くしたアヤが尋ねる。


「カイトは? あの子は大丈夫だった?」

「今は意識を失っているが怪我はしていない。

 ……後でカイトにも謝るべきだと私は思うぞ」

「そうだね……ひどい姿を見せちゃったな。後でうーんと抱きしめてあげなきゃいけないね」


 フィアの言葉にアヤは頷いた。間違った行動はしていない。アヤはそう信じているが酷く衝撃的な光景を見せてしまったのは違いない。だから思い切り、本気で嫌がるくらいに抱きしめて元気な事を教えてあげなければ、と思いながらアヤは濡れた目元を拭った。


「……でも、いったいどうして生き返ったんですの? 確かに刺されたはずですのに、傷一つありませんわ」

「ええ、それが僕も不思議で……」


 首を傾げるアリエスとシオン。シオンが確認する限り、アヤの心臓は確かに止まっていた。死者の蘇生など可能そうに思えるのはキーリだが、もしできるのならば魔法の暴走など起こさないだろう。他のメンバーも同様に首を捻るが、魔法に造詣の深い二人で分からないのならば考えても無駄だろうとギースとイーシュは考える事を放棄した。

 その時、カレンとキーリの二人に支えられて立ち上がったアヤから何かが落ちた。


「なんだ、これ?」


 イーシュがそれを拾い上げてマジマジと眺めてみる。シャツの裾から落ちたらしいそれは小さな白く丸い珠で、開けられた孔から細い紐が通されていた。どうやらアクセサリーの類らしいが紐は途中で切れ、丸い珠はほぼ半分に割れてしまっていた。


「光ってる……のか?」


 イーシュの手を覗き込んだフィアが呟く。夜の暗闇の中で微かに淡い光を発していたそれは、フィアの声に応えるかのように一瞬少しだけ強く輝き、やがて発光を終えてただの白い珠へと戻った。


「あーあ……せっかくキーくんがくれたのに壊れちゃった」

「キーリが?」

「そ。迷宮で拾ったんだって言ってこの間、一緒にお酒飲んでる時にくれたの。綺麗だし、気に入ってたのになー……」

「あー、なるほどね。そういうこと」


 残念そうなアヤの話を聞いてフィアがキーリに視線で尋ね、その横でユキが納得顔で頷いた。


「たぶん、アヤはその魔法石のおかげで助かったんだね。なら、キーリに感謝するべきよ」

「魔法石、ですの?」

「どういうことだ、ユキ?」

「ねぇキーリ、アヤにあげたのって迷宮核の下にあった石でしょ? どんな効果が付与されてるか分かんなかったけど、そっか、身代わり石になったんだ」

「待ってください、ユキさん……今、身代わり石って言いました?」

「うん、言ったよ?」


 ユキの発した言葉にシオンは思わず聞き返し、自分の聞き間違いで無かった事に思わず気が遠くなりかけた。

 身代わり石。別名、護身石ともいうそれは、所有者が死の危機に瀕した時にそのダメージを請け負ってくれる魔法石だ。病気などには効果は無いものの、一度限りだが外傷による死を回避できる事から各国の王が所有していると言われている。しかし当然ながら非常に希少である。極々稀にAランク相当のモンスターを討伐した時に入手するか、或いは高ランク迷宮の最深部近くで偶然産出される程度。数年に一つ世に出回ればいいくらいである。それにしてもすぐに王家などに献上されてしまうなどしてしまうため、普通はまずお目にかかる事はない。

 イーシュなどは身代わり石が何なのかピンときていないようであるが、ギースなどは口元を引きつらせ、アリエスやフィアは頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。


「何でそうとんでもないものを手に入れておきながら黙ってるんですのよ……?」

「仕方ねぇだろ」キーリは憮然としつつも、頭を掻いた。「まさかンなもんだとは思わなかったんだよ。魔力も感じなかったし、単なるお守り魔道具くらいにしか思ってなかったからな」

「キーリが拾った時はまだ何の属性も付与されてなかったしね。内包された魔素なんて発動してみないとわかんないし。ま、それでアヤも世界も助かったんだから良いんじゃない?」

「そう言われると反論のしようがありませんわね」


 一個で一生遊んで暮らせる程の財を成せる魔法石である。ギースなどは名残惜しいそうに割れた珠を引っ付けようとしているが、ユキの言い分にフィアとアリエスは軽く肩を竦めただけだ。

 そもそもがキーリが見つけたものだ。今の今までその存在について彼女たちも知らなかったのであり、所有権を主張するような厚顔な神経を持ち合わせていない。それにユキの言う通り、偶然だがそれでアヤの命が助かったのだ。惜しくはあるが、大切な仲間の家族の命には代えられない。


「えーっと……もしかしてとんでもなく貴重な物だった?」


 こういった魔道具に関する知識の無いアヤだが、フィア達の話の内容からネックレスが貴重なものだったと察したようだ。気まずそうに指先で頬を掻くが、フィアは首を横に振った。


「いや、貴重といえば貴重だがアヤさんの命に比べれば微々たるものだ」

「それにキーリが差し上げたのでしょう? でしたらそれはもうアヤさんの物ですもの。どう扱おうがアヤさんの自由ですわ。だから気にせずとも大丈夫ですわよ」

「そう? なら良いんだけど……」

「ま、要は全て問題なしなんだろ?」イーシュが話は終わりとばかりに割って入った。「だったらさっさと家に入ろうぜ。気が抜けたら腹が減ったぜ……」

「そう言われればそうだな」


 とは言え、先に事後処理をしてしまわなければならないだろう。盗賊達も全員縛り上げなければならないし、怪我人達の治療もしなければならない。それにキーリには色々と聞きたいところではあるが、この場で話す事では無いだろう。

 フィアは皆を促し、倒れているカイトや老婆をそれぞれで抱え上げてウェンスター家に戻っていくが、不意にキーリがフィアの肩に手を置いた。


「キーリ?」

「すまん……あと……頼むわ……」


 キーリの体が崩れ落ち、フィアが慌てて支える。何事か、と一瞬焦るも穏やかな寝息を立て始めたのを見て溜息を吐いた。


「大丈夫、単なる魔力切れよ」

「まったく……この男は今日だけで何度人を驚かせれば気が済むんだ」

「キーくん寝ちゃったの?」

「ええ。すみませんが先に寝かせてきても宜しいですか?」

「いいよー。あ、でもちょっと待って」


 アヤはカレンに断ると、フィアに抱えられたまま寝息を立てるキーリの顔を覗き込んだ。少しだけ口元を綻ばせて穏やかな寝息を立てる彼の髪を優しく撫でる。


「本当にありがとうね」


 そしてその額に軽く口づけすると微笑んだ。


「ゆっくりお休みなさいね、――……」





お読み頂き、ありがとうございました。

気が向きましたら、ポイント評価、レビュー・ご感想等頂けると幸甚でございます<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ