8-3 悲しみは宵闇に、想いは胸に(その3)
第2部 第46話です。
宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
「クリフ……!」
「に、兄ちゃん……助けて……」
クリフという名らしい少年は必死にカイトに懇願する。カイトは先程までの怯えを何処かに隠し、盗賊を睨みつけながら近寄ろうとするがカレンによって止められた。振り返り、どうして、と眼で問うがカレンは悔しそうにしながら無言で首を横に振る。
「子供を人質に取るなんて……! 貴方、恥ずかしくありませんのっ!?」
「いーやぁ? まぁーったく恥ずかしくねぇな」
卑劣な行いにフィアは怒りで体を震わせ、アリエスも怒鳴りつけるが男はどこ吹く風といった様子だ。
「お前ら、そこそこランクの高い冒険者だろ? ったくよ、こんなチンケな村だから楽に奪えると思ったってのによ、襲撃前にウチのグズが見つかるわ、ちゃちゃっと奪って逃げちまおうと思ったらこうもあっさり全滅するし、いやぁ、嫌になっちまうな」
そう言いながら男はクリフ少年の頬にナイフを押し付けた。クリフは唇を震わせて引きつった悲鳴を短く上げた。
「御託はいいんだよ。テメェの声聞いてるだけで胸糞悪くなる。さっさとその臭そうな口を閉じやがれ」
「早く少年を解放しろ! 今なら見逃してやる!」
「あ? 良いのか? そんなナメた口聞いてると……」
ギースの罵声とフィアの激昂した怒鳴り声を受け、ニヤケ顔のまま男はナイフの刃を立てた。クリフの頬が浅く切れ、刃の下から血が滲み始める。それを見てフィアは歯ぎしりし、ギースは舌打ちをした。
「申し訳ねぇな。俺の仲間が失礼な口を利いちまってよ」
苛立ちを見せるギースの肩に手を置き、代わってキーリが前に進み出る。
「アンタは? このパーティのリーダーか?」
「んにゃ、違う。けど、落ち着いて話ができる人間の方がアンタも良いだろ?」
「キーリ! 盗賊と交渉など……」
詰め寄るフィアに、しかしキーリは落ち着いた様子で宥めた。
「気持ちは分かる。けどよ、今はあの子の安全が第一だ」
「……分かった。お前に任せる」
悔しそうに顔をしかめながらもフィアは引き下がり、キーリは気を落ち着けるように深く息を吐いた。
「……で、俺らはどうすりゃいいんだ?」
「そうだな。まずはお前らの武器を全部捨てろ。じゃねぇと俺も安心できねぇからなぁ? ああ、もちろんナイフとか隠し持ってんなよ? このガキを傷物にしたくなけりゃな」
盗賊の指示に、キーリは仲間たちに目配せする。フィア達は一瞬迷うもすぐに手に持っていた武器をその場に捨てた。
「へぇ、さすがは冒険者サマだ。立派な武器を持ってらっしゃる。俺らなんかとはやっぱ違うね」
「そいつはどうも。んで? 次は何すりゃアンタの手の中にあるモンを解放してくれるんだ?」
「そう急くなよ」男は捨てられたキーリ達の武器を品定めしていく。「そこの貴族っぽい女」
「……ワタクシですの?」
「そう、アンタだよ。アンタの武器、中々に立派そうじゃねぇか。こちとらアンタらのせいで壊滅だ。せめて高そうなもんの一つも持って帰んなきゃ親分に殺されちまうからな。それから目つきの悪いお前。その袋は仲間のボケが集めた金目のモンだろ? それを返してもらおうか」
「こっちは元々村の皆の物なんだがな……」
だがそのような事、盗賊に言っても詮の無いことだ。
アヤの作ったかんざしや作業道具も含まれているために逡巡はあるが、命には代えられない。キーリはアリエスの特注エストックを拾い上げて、袋と共に男に渡そうとする。だがそこに「待った」と声が掛かる。
「アンタじゃダメだ。そうだな……おい、そこのババア。アンタが持ってこい」
「別に何もしやしねぇよ」
「そんなこと言って、近づいたところで俺一人くらいどうにかできるくらい強ぇんだろ? こう見えても俺は慎重派なんでな」
男に見えないようにキーリは舌打ちした。
「影」を使えばこの場からでも男を拘束することくらいはできる。だが、万一にもクリフ少年を傷つけないようにするためには精密な制御が必要で、それは距離が離れる程難しくなる。今のキーリが目論見と寸分違わぬ程に自由に動かすには、まだ距離がありすぎた。
「……やれやれ、年寄り遣いの荒い奴じゃ」
「待てよ。危険だし、バアさんにゃこの荷物は重すぎる」
「そうだよ、おばあちゃん。もしおばあちゃんに何かあったら……」
「心配せんでも良い、良い。子供の安全には代えられんからの」
そう笑うと老婆はアリエスの武器を袋に差し込み、「よいしょ」と持ち上げる。ヨタヨタとした足取りで男に近づき、彼の足元に袋を置くと顔を見上げた。
「……のう、お主。その子の代わりに儂を人質に使わんか?」
「そりゃ出来ねぇ相談なんだよなぁ。ババアじゃ足手まといにしかならねぇからよ。さっさと向こうに行け」
「お、おい! お前!」
その時、カレンにしがみついていたカイトが声を張り上げた。
「あ? なんだよ、ガキ」
「……俺を代わりに人質にしてくれ」
「なっ!?」
全員が驚いて振り返る中、カイトは震える脚で男の方へと歩いていく。
「その代わりにクリフを離してやってくれよ」
「ひゅー、中々肝の座ったガキじゃねぇか。いいぜ、俺はどっちだって」
「カイト! アンタ自分が何言ってるか分かってんのっ!?」
「分かってるよ」
カイトは振り返らずに応えた。拳をギュッと握り、脚は震えているが声は落ち着いていた。
「危ない事だって分かってる。姉ちゃんを心配させたくねぇし、俺だって怖いよ……」
「だったら!」
「でもクリフを放っとけないんだ」カイトは顔を上げた。「クリフは友達なんだ。俺の仲間で、俺に弟はいないけど弟みたいな奴なんだ。だから早く助けてやりたいんだ……」
「けど……」
「それに『えるみなれっど』は悪い奴らから村の皆を守るんだろ? だったら……クリフは俺が守ってやらなきゃいけないんだ」
カイトはカレン達の方を振り返った。きつく結ばれた口元が強い決意を表し、幼いながらもそれは男の顔だった。
「おら、時間切れだ。このガキは連れて行くぜ」
「待てって! 今そっちに行く」
再び背を向けて男の方へ歩き出すカイト。カレンは止めることもできず、顔を不安でくしゃりと歪ませた。
「さて……どうすっかな……」
「一瞬の隙を突くしか……ないと思います」
険しい表情で独りごちたキーリだったが、いつの間にか隣に移動していたシオンから返答があった。懸命に頭を働かしているのだろう。シオンの額には汗が滲み、男の動きを注視して眼を離さない。
「人質を交換するタイミングでナイフは一度クリフ君から離れます。その一瞬で――」
「何とかするしかねぇか……」
だが一瞬でもナイフが離れるのならば十分だ。その瞬間に背後から「影」を襲いかからせて拘束する。体はともかく腕の拘束が成功するかは五分五分といった感触だが、そこは賭けか。少々の怪我は我慢してもらうしかあるまい。
キーリはちらりと後ろのアリエス達を見遣った。眼が合うと全員が小さく頷く。恐らくは考えていることは同じ。即応できるようギースは隠しナイフに手を伸ばし、アリエスやフィアからは魔素の高まりをキーリとシオンは感じ取った。
男を睨み、クリフを安心させるように笑いかけながら気丈な態度でカイトは近づいていく。そして後少しで男の手に届くという時だった。
「待ちなさいっ!」
女性の声が響いた。
「ちっ、今度は何だよ」
森の方から早足の音が聞こえてくる。そうして現れたのは――アヤだった。
「お母さん……!」
「カイトは戻りな。ここは私が人質になるから」
その言葉に、キーリは凍りつくような感覚を覚えた。
カイトもまた同じ思いだったのだろう。言葉を失った後、男へと近づいていくアヤを慌てて止めようとする。
「い、嫌だ! 母ちゃんこそ姉ちゃんのとこに戻れよ!」
「子供を危ない目に合わせて、自分だけ安全な場所で待つ母親が何処にいるって言うのさ。
盗賊のアンタ、別に子供じゃなきゃいけないって訳じゃないんでしょ? なら私だって問題ないはずよね?」
「ガキの方が扱いやすいんだが、まあ別に構わねぇよ。女の方が後で楽しめるしな」
下卑た笑みを浮かべ、アヤの体を舐め回すように見る。フィアなどはその視線に嫌悪しか感じないのだが、アヤは特に表情を変える事はない。
彼女はすれ違いざまにカイトを後ろに押しやる。いつもの緩い雰囲気とは違う母の厳しい後ろ姿にカイトは体をよろめかせると、崩れるように尻もちを突いた。
そしてキーリはアヤに向かって思わず手を伸ばした。行くな、と言いたかった。戻れと叫びたかった。だが彼女の言葉は正論。誰かが人質にならなければならないのであれば、子供は避けなければならない。キーリ達が人質として認められない以上、アヤがなるしかない。
頭で理解ってはいる。しかし感情が許さない。恐怖が募る。心が底冷えしていく。細い彼女の背中を見て、キーリの中で途方もない不安と付随する予感が渦巻き始めていた。
そんなキーリの心情を知る由も無いアヤは男の前に立ちはだかると、臆さずに真っ直ぐ男の眼を見つめた。
「ほら、来てあげたわよ。早くクリフ君を離しなさい」
だが男の方は動かない。クリフの顔にナイフの腹を押し付けたままもう一度アヤの全身を観察し、興味を失ったようにグルリと首を回した。
「やっぱ――アンタ要らねぇや」
そして、ナイフをアヤの心臓に突き刺した。
「――ぁ」
「お母さぁんっ!!」
ゆっくりと仰向けにアヤは倒れていく。ナイフが引き抜かれるとおびただしい血が噴き出し、誰かが息を呑む音と、カレンの悲痛な叫び声が溢れ出した。
そしてキーリの中で何かが確かに壊れた。
「……っ!」
壊れた世界の中でフィア達は動き出した。ギースは隠しナイフを投擲し、アリエスは準備していた第四級水神魔法を発動させる。同時にフィア、イーシュ、シオンの三人は男に向かってキーリの横をすり抜けて疾走した。ひび割れだらけの視界の端で、ツギハギだらけの彼らの姿を、キーリはただの情報として受け取るだけだった。
「……くおっ!?」
ギースの投げたナイフが、ちょうどアヤから引き抜いた手に刺さり男は苦痛の声を漏らした。一拍遅れて氷杭が男の体を打ち据えた。
氷杭は本来ならばある程度の貫通力を持つ。だが下に防具を着込んでいたのか、氷杭は男を弾き飛ばすと砕けて消えた。
しかし弾き飛ばされたおかげでクリフ少年から男の体が離れた。突如解放されたために少年の体も一緒に後ろに倒れ、だが直前でフィアの手が抱き留める。
「怪我は無いか?」
「う、うん。大丈夫」
返事を聞くとすぐにイーシュにクリフを預け、男を捕まえるために再度走り出した。
後ろに大きく弾かれた男だったが、それなりの実力者なのかすぐに体勢を立て直す。歯ぎしりしながら急速に近づいてくるフィアを睨みつけ、けれども思考を切り替えてポケットから何かを取り出した。
くしゃくしゃになった一枚の紙切れ。それを地面に叩きつけると同時に地響きを立てて地面がせり上がった。
「くっ! 地神魔法の魔法陣か!」
「はんっ! じゃあな、ノロマ!
待ってろよ! いつかテメェらの命を――」
壁に邪魔されて立ち止まらざるを得なかったフィアとの距離が開く。男は捨て台詞を吐きながら森の中へと身を翻し、一歩を力強く踏み出した。
その時だった。
「……?」
「なんだ?」
辺りが急速に暗がりに包まれていった。
月明かりは消え去り、村を照らしていたフィアの火球も見えなくなっていた。
月が雲に隠れたか、と男は空を見上げた。闇に紛れるのは男の得意技だ。光が隠れるのは好都合。神は俺に味方したか、とほくそ笑んだ。
だがそうでは無かった。空を見た男は愕然として眼を見開いた。
それはフィア達も同じだった。それぞれが動きを止め、口を開けてその光景を眺めるしかできなかった。
空が、閉じていた。濃い藍色に近かった夜空がただの黒に塗り潰されていく。月が侵食され、消えていく。おぞましいばかりに世界が黒く変質していく。
「な、何ですの、これはっ!?」
足元も黒く染まっていた。地面の起伏も無くなり、一枚の真っ黒な板が足の下に差し込まれたように平面と化す。村から見える山の景色もまた黒く塗り潰され、木や家々の向こう側も黒インクをぶちまけたかのように他の色が介在する余地を失っていく。
そして訪れたのは根源的な恐怖。
全員の体が次第にカタカタと震え始め、膝を突く。両腕でたまらず自らの身体を抱きしめるも震えは治まらない。それどころか時間経過とともに震えは強くなり、呼吸さえもままならず苦しげに息を吐き出すばかりになっていく。
「あ、あ……」
「なん、だって言うんだよ、と、つぜん……」
全てが自らの中から抜け落ちていくような感覚。心という器の底に孔が空き、感情や想いといったものが流れ落ちていく。代わりに注がれていくのは絶望や悲しみ、諦念。それらがドロリと強い粘性を持って底の孔を塞いでいく。
「な、んで……」
涙が止まらない。喪失感が止まらない。ポロポロと両目から雫が零れ落ち、黒一色の地面に溜まりを作り、やがて消えていく。この精神的なストレスに耐えきれなかったのだろう。カイトや老婆は倒れ気を失っていた。それはこの場においては酷く幸運だ。盗賊の男も含め、フィア達は気を失うことも抗う事もできず、ひたすらにこの責め苦を甘受するしかできなかった。
「――、――……」
「キーリ、さん……?」
呪いの祝詞を想起させる低い声が聞こえ、シオンは震えながらキーリの方を振り返った。アリエスやフィアも気力を振り絞って体を動かし、仲間の姿を見る。そこで彼らは言葉を失った。
両手を突いて項垂れていたキーリの体がゆらりと持ち上がる。緩慢な動作で立ち上がり、前屈するかのように大きく上半身が倒れている。彼の伸びた銀色の髪が垂れ落ちていた。
その髪が先端から黒く染まっていく。微かな光でも輝くような鮮やかな髪色が周囲と同色に変化して溶け込んでいく。
足元では影がうねっていた。黒い池の中に彼は立っており、どす黒い水面から細い手のような触手が幾つも揺らめいている。意思を持った生き物のように不規則に不定期に蠢き、その様はキーリを讃えるかのようであった。
キーリの足元から全てが黒く塗り変えられていた。強烈な日光の中で遮られた影のように薄黒い膜のようなものがキーリの体に合わせてまとわり付き、生来の肌の白さのおかげではっきりしていた輪郭が曖昧になる。
そして彼の全身が黒く染まる。その事に触手が歓喜を表明し、彼を中心にして地面が泡立ち始めた。
「ひっ!」
フィア達の足元でも小さな触手が生まれる。怖気が襲う。少女の嘲笑のような声が反響し、耳を塞げども手をすり抜けて入り込んできて、頭の中でも無数の笑い声が響き渡った。現実にはあり得ない、想像するにもおぞましい世界が形作られようとしていた。
「……」
その光景もまたキーリの眼には入らなかった。黒い彼の眼には何も映らない。眼は何も映せない。開いた瞳孔の奥に映るのはひたすらに黒だけだった。
――どうして
キーリは思う。はっきりしないぼやけた思考の中身は空虚。その中にポツリと存在するのは単純な疑問だ。
――どうして、何処の世界も自分を苦しめるのだろうか……?
いつだってキーリは世界に抗ってきた。時に明確に世界を憎み、時に諦めとともに受け入れ、苦しみながらも生き延びてきた。
――どうして、何処の世界も自分から大切なものを何度も奪い取っていくのか……?
生まれ落ちた世界で父と母を失った。新しく得た世界でも父と母を奪われた。まるでキーリに分け与える幸せなど存在しないかのように、まるで世の不幸を肩代わりするかのように試練を与えてくる。
そして――もう一度、母を失った。
まだ嘆きが足りないか。まだ絶望を欲するか。まだ奪われないための努力をしろと宣うか。ただの人間に過ぎなかった自分にそれほどまでに多くを求めるのか。
憎いか。そこまでに霧医・文斗が憎いか。奪い取らなければ気が済まないか。自分を完膚なきまでに破壊してしまいたいか。
ならば――
幾つもの黒い線が血管のようにキーリの顔に走り、黒い瞳が血のような赤に染まり始めていた。ゆっくりと顔が持ち上がっていき、両腕を広げて天を仰いだ。
空気の流れが変わった。閉ざされた空間の魔素が全てキーリに向かって集まり始めているのをシオンの嗅覚は感じ取り、本来無色透明なはずの魔素が励起されて赤黒く発光していた。
平素であればシオン以外に魔素の動きなどを明確に感知できない。だがこの時ばかりはおぞましい景色の中ではっきりとフィア達も感じることができ、戦慄を覚えた。
そんな不気味な光景を不安とともに見ているしかできなかったシオンだったが、不意にひどい渇きを感じ、喉を押さえた。膝を突き、体が倦怠感に蝕まれていく。
それは水分の不足ではなく魔素の不足だ。いつの間にか絡みついていた触手から体内を巡る魔素さえも奪われていく。体を支える力さえ抜けていき、やがて完全に倒れて触手に体が包まれていく。
「あ……ひ……」
おぞましい光景に、正気を失った盗賊の男の黒眼がグルリと周り、白目を剥いて倒れる。フィア達も意識が飛びそうな程の疲労感に苛まれ、だが強い意思でかろうじて意識を保っている。
「キーリ……やめ、るんだ……」
気力を振り絞りフィアが掠れた声を発する。しかし今のキーリには届かない。
そして、男とも女とも取れる不思議な声色が辺りに広がった。
――ならば、こんな世界などこちらから……
「ダメっ!!」
暗闇が一度大きく脈打ったその時、悲痛な叫びが暗闇を引き裂いた。
お読み頂き、ありがとうございました。
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