表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/327

8-2 悲しみは宵闇に、想いは胸に(その2)

第2部 第45話です。

宜しくお願いします。


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。





 枝葉が鬱蒼と生い茂る山道をキーリ達はひた走った。湿度の高いジメジメとした空気が肌にまとわりつくようだ。スタミナに自身のあるカレンもうっすらと額に汗を滲ませている。

 短剣で草木を斬り払い、村への最短距離を進む。途中決して脚を止めることもせず、イーシュやシオンもすでに息絶え絶えではあるが遅れまいと必死に付いていく。

 エシュオンから走り始めて二時間程。のんびりとした徒歩ならば半日近く掛かる道のりだが、村はすでに目と鼻の先だ。

 山を登りきり、下り坂に差し掛かる。土の上で体を滑らせるようにして下っていくと、微かに村の様子が見えた。覗き見える範囲では、まだ村に異変は起きてはいないようだ。カレンはやや速度を落とした。


「……どうやら間に合ったみてぇだな」


 カレンと並んでキーリも眼を凝らす。陽はすっかり傾いている。空を覆う雲のせいでいつもより暗くなるのが早い。

 盗賊が村を襲うとすれば夜中か、姿を視認しにくい夕闇時。ユキが悪意を感じ取ったように襲撃が実際に計画されているとすれば、盗賊たちも頃合いを見計らっているのかもしれない。

 だがそのおかげで間に合った。キーリとカレンが胸を撫で下ろした時、一人離れて付近の様子を伺っていたギースがカレンの頭を抑えた。


「……怪しい野郎が居るぜ。全員体を伏せてろ」


 ギースの指示に従ってフィア達も草木の間に体を紛れ込ませる。気配を殺し、フィアは彼が指差す方を見遣れども誰も居ない。薄暗いせいもあるだろうが上手く隠れているのだろう。


「クロだな、あれは。数は三人か?」

「いや、テメェからは影になって見えてねぇかもしれねぇが、奥にもう一人いやがる」


 だが夜目の効くキーリには見えているらしい。押し殺した微かな声でギースと会話を交わし、フィアに目線で判断を求める。


「……捕まえよう。ただし、声を出させないように慎重に。あの人数で襲撃は不可能だ。だから近くに仲間が居るはずだ。そちらに気づかれないように。できるか?」

「誰に言ってんだよ。ンなもん余裕だ」


 ギースはフィアの問いを鼻で笑い、キーリに向かって付いてこいと顎でしゃくった。

 キーリはギース程に隠密行動は得意では無いがレイスでは力づくで押さえ込むのは難しい。

 ギースに頷き返し、二人で遠回りしながら居るであろう何者かに背後から近づいていく。その際にキーリは作り出した「影」を闇に紛れさせ、一層気配を薄くしていくと同時に足音を消していく。近づく二人に、潜んでいた男たちは気づいていない。

 やがて、ギースの腕が一人の男の口を抑えた。


「……っ!」

「動くな。痛ぇ思いしたくなかったら黙ってろ」


 首元で微かに感じる金属の冷たさに、男は黙って首だけで頷いた。

 ギースが一人を捕らえたと同時に、キーリは残りの三人を無力化していく。湧き出た黒い靄状のものが男たちの顔を瞬く間に覆い尽くし、発した音を奪っていく。口にまとわりついたそれは呼吸を遮り、苦しそうにもがきながらもキーリ自身によって体が拘束されて逃げ出すことも暴れる事もできない。三人はやがて意識を失い、ギースは捕まえた一人を引きずってフィア達の方へ連れて行った。


「もう出てきていいぜ。この辺りには居ねぇよ」


 息が苦しくなるような緊張が解け、フィア達は大きく息を吐き出した。


「後の三人は木にでも縛り付けておきますわ」


 キーリが取り出したロープを使って、レイスが手際よく盗賊の三人を木に縛り付けていく。口には猿ぐつわをして声を発せられないようにし、捕らえた一人も口を完全に塞いではいないが、隙を突かれて逃げられない様に同じく木に縛り付ける。そしてギースはナイフをちらつかせながら凄んだ。


「テメェらは盗賊だな? 他に仲間は?」


 捕まった盗賊は黙って何も言わない。それを見たギースは、カレンに目配せしてユーフェを遠ざけると口端を釣り上げた。


「……っ」

「黙ってたって何も良いこたぁねぇぜ? アンタだってこんな森の中で野犬の餌になりたかねぇだろ?」


 ナイフの切っ先が少しだけ喉元に食い込んだ。その感触に男はくぐもった悲鳴を上げ、その反応を楽しむようにギースは喉を鳴らしてみせる。長く貧民街で生活していただからだろうか、様になっていた。


「ホント、こういうことが良く似合う男ですわね」

「うっせぇよ」


 茶化すアリエスに悪態を吐きながら、同じ問いを男に投げかける。自分を見下ろす幾つもの眼。震えながらも男はギースやキーリ達を睨みつけながら口を開いた。


「……教えれば解放してくれるんだな?」

「考えてやってもいいぜ?」

「ならば話せん。保証しろ」

「ならテメェもだ。盗賊から脚を洗って、田舎で静かで暮らすんだな」

「それができれば盗賊などしていない」

「ごもっとも。ならここで森の養分にでもなるんだな」


 そう言ってギースは男の口に猿ぐつわを噛ませようとする。だが男は「待て」と苦渋に満ちた顔をした。


「……分かった。話す」


 男の言葉にフィア達の緊張が僅かに緩んだ。こういった拷問紛いの行動は好きではないし、時間があればじっくりと対話で情報を引き出すこともできようが今は時間が無い。


「最初っからそうすりゃ良かったんだよ。んで――」


 ギースが猿ぐつわを男の口から離し、体勢を変えたその時だった。

 男の口から音色が響いた。

 甲高い音が黄昏に染まる森を木霊し、それに呼応した別の口笛が更に反響して広がっていく。それが何を意味しているか。


「っ、テメェッ!!」


 ニヤリと不敵に笑った男の顔をすぐにギースが殴り飛ばす。強かに打ち抜かれた男が意識を失い、ガクリと頭を垂れてそれ以上口笛を鳴らすことは無かったが時は既に遅かった。


「フィアっ、キーリっ!!」

「クソッタレがぁっ!!」


 キーリは怒鳴り、村へと駆け出した。

 キーリの目は多くの人影を闇の中で捉えていた。ここから離れた木々の隙間から幾つもの影が伸び、一斉に村の方へと流れ込んでいく。悪意と敵意を辺りに撒き散らしながら男たちの雄叫びの声が響き渡った。

 恐らく今の口笛は緊急事態を告げる合図。万が一バレた時のために予め申し合わせていたに違いない。通常なら撤退を選ぶのだろうが、ここで敢えて村に襲いかかりに向かうところが盗賊らしいと言うべきか。もしくは、バレた以上今後の襲撃は難しいと考えて奪えるものだけを奪っていくつもりなのかもしれない。


「クソッ、すまん! しくじった!」

「謝罪の必要はない! レイスはユーフェを連れてここで待機! アリエス、ギースは私と共にキーリを追いかけて盗賊を食い止める! 残りは村の人達の避難を頼む!」

「分かりました!」

「絶対に村人を傷つけさせるな!」


 キーリの後を追いかけながらフィアが即座に指示を出し、レイスを除いた残りは二手に分かれる。

 村の中では既に散発的な戦闘が発生していた。宿を探して進んでいた荷馬車が標的となり荷が奪われていく。その他にも幾つかの冒険者達と遭遇戦となり、叫び声と悲鳴、それに剣戟の音が静かだった村を覆い始めていた。

 冒険者や旅人達も応戦しているが、不意打ちに苦戦しているようだ。盗賊たちは皆、闇に溶けやすい黒い衣装に身を包んでいて、黄昏を味方に付けた彼らに翻弄されており、明らかな劣勢。その内の一人が足元をすくわれて転倒し、盗賊の凶刃が振り下ろされようとしていた。


「させるかよっ!!」


 だが、突如として影がその盗賊達の背後から湧き上がった。それは首元にまとわりつき、動きを拘束する。直後、キーリのナイフが盗賊の背を斬り裂いた。

 黒い血が飛び散る。その雫で顔を濡らしながらキーリは目につく敵を睨みつけ、作り出した影で巧みに動きを止めながら斬りつけていく。


「フィア! とびっきりの火の玉を打ち上げろ! 村全体が明るくなるくらいに思いっきりデケェやつをだ!」

「っ、分かった!!」

「明るくなったらアリエスはクソッタレを全員氷漬けにしてやれっ! 間違っても村人や旅人に当てるんじゃねぇぞ!」

「誰に言ってるんですのっ! キーリは早く他の連中を見つけて、生まれた事を後悔させてやりなさいな!」


 キーリの怒鳴り声に応じてフィアがすぐに巨大な火球を打ち上げた。途端に周囲が照らし出され、黒装束の盗賊たちがあぶり出されていく。

 急な眩しさに彼らの目がくらみ、動きが一瞬止まった。アリエスはそれを見逃さない。正確に制御された氷弾に盗賊たちは次々と撃ち抜かれ倒れていく。


「残りは何人だっ!?」

「知りませんわよ!」

「おい、お前っ! 他の連中を見かけたかっ!?」


 転倒していた冒険者らしき男を乱暴に立たせ、キーリは問い詰める。男は呆然としていたが、キーリに体を強く揺さぶられてようやく我に返った。


「あ、ああ、すまない。アンタらすげぇな。助かっ――」

「礼は後だ! 村の中心の方に――」


 苛立ったキーリが男の声を遮ったその時、まさに尋ねようとしていた村の中心方向から火の手が上がった。方角からしてどうやら村にある宿屋の一つのようだ。盗賊が混乱させるために火を放ったのか、はたまた冒険者が焦って炎神魔法を屋内で使ったのかは分からない。いずれにせよ、村の建物に被害が出てしまった。アリエスは悔しそうに顔をしかめ、キーリは「くそっ!」と吐き捨てた。


「ここらの残党は私が請け負う! キーリとアリエスは火事の方に迎え!」

「分かった! 油断すんなよっ!」

「そこの貴方! 冒険者の端くれならこの場を頼みましたわよ!」


 男に一方的に告げると二人は燃えている宿屋へと走り出した。フィアの火球が作り出したものとは違う明るさが二人の顔を徐々に照らしていく。そして辿り着いた時、そこは既に大騒ぎとなっていた。

 建物の窓からは炎が吹き出し、避難する宿泊客や従業員が次から次へ逃げ出してくる。外にいる人達は皆呆然として燃える建物を眺めていた。だがまだ幸いにして建物全体には燃え広がっていない。

 そんな中でシオンは怪我をしたり煙を吸い込んだ人の治療に当っていた。


「シオン! 大丈夫か!?」

「キーリさん、アリエスさん! こっちは大丈夫ですけど、まだ中に人が居るかもしれません!」

「アリエス! 頼む!」

「ワタクシに任せなさいなっ!」


 得意とする水神魔法で膨大な量の水を作り出し、建物の上から一気に浴びせる。そしてその後にすぐに燃え盛る部屋目掛けて幾つもの水球を叩き込み、消火していく。

 キーリはその隙に建物の中に駆け込んだ。逃げ遅れた人が居ないか探し回り、やがて宿の主人と思われる男が煙を吸い込んで動けなくなっているのを発見した。


「おいっ! 大丈夫かっ!?」

「げほっ、ゴホッ! なんとか……」


 キーリは男を抱え上げると建物から飛び出していく。改めて建物を見ると火の勢いは明らかに収まってきており、それまで呆然としていた人たちも率先して消火作業に参加していた。油断はできないが、間もなく鎮火しそうだ。


「キーリは他へ行きなさい! ワタクシもすぐに追いかけますわ!」


 アリエスの指示に頷き、抱えていた男をシオンに預けるとキーリは再び村の奥へと駆けていく。


「だ、ダメ! それだけは持って行かないで!」

「おら! さっさとその手を離してよこせよっ!」

「テメェがな」


 村の夫人からネックレスを奪い取ろうとしていた盗賊と遭遇したが、キーリはすれ違いざまに一撃で昏倒させていく。突然の出来事に夫人は呆気にとられていたが、助かったのだと気づくと深々と頭を下げた。キーリは脚を止める事無く片手で応じると、ウェンスター家の方へ向かう。


(こっちには来てねぇでくれよ……!)


 アヤは無事だろうか。家は襲撃されては居ないだろうか。何事も起きていないでいてくれ。願いながらキーリは、不安を押し殺すように唇を噛み締めてアヤを探して走った。

 だがその願いは虚しく散った。村からやや外れた場所にあるそこは、普段であれば通る人影も少なく静か。夜には森から虫のささやかな鳴き声が聞こえる程に静寂に包まれているのが常だ。

 しかし今は人の気配に溢れていた。駆け寄るキーリの目に映るのはおよそ十人。他にもまだ数人の存在を感じ取っていた。


「くそっ! 何なんだコイツは!」

「へっへー、どうしたよ! 寄ってたかって俺一人倒せないのかよ!? やっぱ武器も持たねぇ人たちを襲うくらいしか能が無いんだな!」

「馬鹿にしやがって!」


 その中でイーシュは五人ほどの盗賊たちに囲まれていた。だが決して自分からは仕掛けずに防御に徹し、平然として敵を挑発し引きつけていた。盗賊たちも五人掛かりでイーシュ一人倒せない事に苛立ち、ムキになって彼一人に躍起になってしまっている。

 アイツなら大丈夫か。その様子を一瞥だけしてキーリは通り過ぎる。防御に徹したイーシュは手強い。彼よりも上位ランクの冒険者でも勝てるかどうか。そんな仲間をたかが四、五人程度の盗賊がどうにか出来るはずがない。


「好き勝手やらせるかよ!」

「私の家に触らないでよ!」


 イーシュが盗賊たちの半数を引きつけている隙に、ギースとカレンが次々と残りを打ち倒していた。

 盗賊たちが振るう短剣やナイフを易々とかわし、ギースの膝が顎を打ち抜く。別の男が振り下ろした斧を一歩下がっただけで空を斬らせ、振り下ろし様にできた隙を突いて回し蹴りで昏倒させる。

 カレンもまた猫人族らしいしなやかな身のこなしで敵を撹乱していった。膂力に乏しい彼女だが、彼女もまた仮にもDランクの中位以上に位置する冒険者だ。横に伸びたひげで空気の流れを、ひいては敵の動きを先読みして指一本触れさせない。殴打をしゃがんでかわすとそのまま足を払って転ばせ、男の大事な部分をためらわずに踏み抜く。その途端、転んだ男は泡を噴いて気を失い、カレンは冷たく見下すとその後も急所を適切に狙って倒していく。その様子を見ていたギースとキーリは股間が寒くなる思いだった。

 そうして瞬く間に立っている盗賊の数が減っていく。数の上では圧倒的だったにもかかわらず誰一人彼らに手傷を追わせる事が出来ないでいた。


「な、何だってこんな奴らがこんな辺鄙な村に……」


 その中で男は一人、ウェンスター家の中に隠れ、震えながら一方的な戦闘をただ見ていた。倒れている男たちと同じ黒い装束をまとっており、彼もまた盗賊の一味だが腕っ節の方がからっきしで、その分盗みの腕に優れていた。そのため仲間が荒事を起こしている間に家々に忍び込んで金目の物を盗む役割を担っていたのだった。

 そして普段であれば、仲間が周囲の眼を引いてくれるので悠々と盗みを働き逃げ果せるのだが、今回は余りにもあっさりとやられてしまっており出るに出られなくなってしまっていた。このままでは自分も見つかって、それこそ袋叩きに合いかねない。そして最後は磔刑か死ぬまで犯罪奴隷の道だ。


「……こうしちゃ居られねぇ」


 男はアヤの商売道具類を掻き込んだ袋を片手に裏側から逃げ出そうとした。窓をそっと開けて周囲を見回し、誰も居ないことを確認。息を殺し、足音を殺し、気配を殺して静かに抜け出した。誰かに見つかった様子は無い。男は安堵の溜息を漏らした。


「それを盗むのは絶対に許さねぇよ」


 その直後、声が聞こえた。体を硬直させて振り返った彼の眼に飛び込んできたのは一つの影。屋根の上からキーリの双眸が男の眼を覗き込んでいた。

 キーリと眼が合った男の思考が恐怖に染められた。ゾッと背筋が凍りつく。袋を握った手から力が抜け、膝を突き、股間から暖かいものが流れ出ていく。だがそれでもキーリから眼を逸らすことができずにいた。

 濡れた男の下から影が伸びていく。男の姿が影に包まれていき、それは光を全く通さない。暗がりに覆われていき、悲鳴を上げそうになるも声さえ上げられない。やがて影は男の頭まで達し、何も見えなくなる。そしてキーリの声が小さく、しかしはっきりと届いた。


「お前に二度と光は届かない」


 男の悲鳴が今度こそ響き渡った。




 キーリの足元で男が泡を噴いて気を失っていた。完全に白目を剥いて大の字に倒れているが、胸は微かに上下しているので死んでいる訳ではない。単に恐怖に耐えきれなかっただけの様だ。もっとも、目が覚めても恐怖心は残り続けるだろうし、盗賊である以上捕まった後もまともな人生を送れることはないだろうが。

 その直ぐ側に落ちていた袋をキーリは拾い上げて中身を確認する。パッと見る限りでは作業道具に壊れた様子は無い。キーリは安堵の溜息を吐いた。


「母さんは……」


 家の中を覗いてみたがアヤとカイトの姿は何処にも無かった。たまたま外出していたのか、襲撃を察知して何処かに避難したか。いずれにせよ、一刻も早く探し出さなければ。

 不安で胸が押し潰されそうになり、キーリは知らず強く胸元を掻きむしった。


「キーリくんっ! お母さんとカイトは!?」


 家の表側に回ると、盗賊たちを倒し終えたカレンが駆け寄ってきた。彼女はキーリの姿を認めると不安で顔を歪めて縋り付き、キーリはそっと肩に手を置いた。


「ここには居ねぇ。たぶん……どっかに逃げたんだろうと思う」

「そう……」


 それを聞いてホッとしたか、カレンの表情が少しだけ緩んだ。


「けどさっさと見つけねぇと。まだ残党がいるかもしれねぇし、森に逃げたとしたら危険だ」

「分かってる。早くしないと――」

「カイトっ、アヤっ! 無事かのっ!?」


 二人を探しに駆け出そうとしたキーリとカレンだったが、そこに隣の老婆が叫びながらわたわたと駆け寄ってきた。曲がったままの腰で、速度も早歩き程度だが既に汗だく。思うように動かない脚のため転びそうになるが、カレンがかろうじて支えた。


「おばあちゃん! 良かった! 無事だったんだね!」

「うむ、儂は大丈夫じゃ! アヤとカイトと一緒では無いのかの?」


 老婆の問いにカレンはやや俯いて首を振った。老婆は「そうか……」と呟くと元気づけるように彼女の肩を叩いた。


「案ずるでない。二人共殺しても死なぬくらいに元気な子じゃ。きっと無事であろうよ」

「うん……そうだね」


 老婆の励ましに無理に笑顔を浮かべてみせる。心配ではあるが二人の事だから、老婆の言う通り全てが片付いた頃にヒョッコリ現れるに違いない。そうカレンは信じることにした。

 顔を上げると、いつの間にか辺りは静かになっていた。ここらの盗賊たちは全員倒され、ギースがあくびをしながらポケットに手を突っ込んでキーリ達の方へ歩いてくる。その後ろからはイーシュも居る。


「二人共問題無さそうだな」

「当たり前に決まってるだろ?」

「この程度、腹ごなしにもなりゃしねぇよ」


 更に向こうからはシオンとアリエスの姿があり、暗がりからはフィアが走り寄ってくる姿も見えた。


「盗賊たちはどうだ?」

「見ての通りだよ」フィアの問いかけにギースが答えた。「とりあえずここらのはぶっ倒したぜ」

「アリエス、シオン。燃えてた宿屋はどうだ?」

「無事に鎮火しましたわよ。見た限りでは他の家も特に問題は無さそうでしたわ」

「ただ怪我をした人が他にも居るみたいです。なので僕らとアリエスさんはこのまま村を回って治療に当たろうと思います」

「カレン。アヤさんとカイトは無事だったか?」

「……ううん、まだ分かんない」

「家は荒らされてたけどよ、家の中には居なかった。どっかに逃げたんだとは思うが、これから探すつもりだ。悪ぃけど、探すの手伝ってくれ」


 フィアは力強く頷いた。


「当然だ。仲間の家族だし、何より私達自身アヤさんには世話になっているからな。

 シオンとアリエスは予定通り村の人達の治療に戻ってくれ。残ったメンバーは二人を探そう」

「おう。じゃねぇとゆっくり眠れねぇもんな」

「みんな……ありがとう」


 少し涙ぐむカレンに、アリエスが小さく笑って涙を拭ってやる。


「気にする事じゃありませんわ。フィアの言う通り当然の事ですもの」

「うっし! んじゃ手分けして――」

「姉ちゃん!」


 別れて探そうとイーシュが動き始めた時、少年の声が静かになった村に響いた。聞き慣れた声にカレンはバッと振り向いた。

 カイトだ。

 姉の姿を見つけたカイトは息を切らして走り寄り、カレンもその姿に一瞬固まったものの顔を歪ませてすぐにカイトの方へ駆けていった。

 二人の距離が近くなるとカレンは屈んで両手を広げ、そこにカイトは飛び込んだ。カイトの口からは泣きじゃくる声が漏れ、カレンは涙を一粒流しながら微笑み彼の背中を優しく撫でてやる。


「ねえ、姉ちゃん……俺、俺……」

「うんうん、怖かったよね。よく頑張ったよ、偉い偉い」

「も、森で遊んでたら変な奴らが居て……アイツら皆ナイフとか持っててさ……け、けど俺、村を守る『ひーろー』だから、何とかしようと思って……けど、けど怖くってお、俺、何も……隠れるくらいしかできなくって……」

「ううん、いいの。怖いのは当たり前。今はまだ逃げる事ができれば良いんだよ。逃げるのだって勇気が居るんだもん。カイトは頑張ったよ。だからここは元『えるみなれっど』であるお姉ちゃんに任せておきなさい」


 震える弟をギュッと抱きしめる。カイトが震えているのは恐怖もあるのだろうが、それ以上に逃げるしかできなかった事が悔しいのかもしれない。

 胸の中で嗚咽を漏らすカイトだが、彼を抱きながらカレンは心から安堵した。そのままカイトの服をよく見てみれば、シャツやズボンは泥に汚れていた。腕や露出した脚にもまだ新しい擦り傷や切り傷があった。必死で逃げ回る内に転んだのかもしれない。兎にも角にも、大きな怪我もなくまた再会できたのがこの上なく嬉しかった。

 だが、無事を喜んでばかりも居られない。


「カイト、お母さんは? 一緒じゃないの?」


 弟を引き剥がし、肩を強く握ってカイトに尋ねる。カイトは赤くなった目元を手の甲で拭いながら、しっかりとした口調で応じた。


「……分かんねぇ。俺、森に居たから。家に帰れば母ちゃんが居ると思って……母ちゃん、居ねぇの?」


 カレンが首を横に振る。カイトは肩を落とした。


「私達はこれからお母さんを探してくるから。

 おばあちゃん、カイトをお願い」

「分かっとる。カレンとお友達はアヤを探して、早くこの子とババアを安心させておくれ」


 老婆の言葉にカレン、そしてキーリ達は大きく頷いた。

 カイトの柔らかい髪をカレンが撫で、探しに行こうと踵を返す。

 しかしその脚は一歩を踏み出すことなく止まった。


「か、カイト兄ちゃん……」


 か細く消えるような、不安に満ちた声。そこに居たのは、キーリ達が村に来た時にカイトともに襲来していた少年の一人だ。少年はカイトを、そしてキーリ達を涙を溢れさせながら見上げていた。


「おおっと……動くなよ? このガキがどうなってもいいってんなら別だがな」


 少年の顔に突きつけられていたのはナイフ。わざわざ視界に入るような位置で向けられたそれは雲間から降り注ぐ月明かりに照らされ、凶悪に輝いている。黒装束をまとった盗賊の一人は少年の頭を腕で締め付けながらヘラヘラと勝ち誇った笑みを浮かべていた。





お読み頂き、ありがとうございました。

気が向きましたら、ポイント評価、レビュー・ご感想等頂けると幸甚でございます<(_ _)>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ