6-5 邂逅は突然に(その5)
第2部 第38話です。
宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
アンジェ:教会の聖女。鬼人族の村を滅ぼした英雄の一人。お淑やかな外見とは対象的に戦闘狂。
ゴードン:通称「金剛」。英雄の一人で、アンジェと共に行動していたところでキーリと遭遇した。
エルミナ村の外れにある迷宮。そこに入っていったキーリ達は順調に踏破していった。
いや、順調を通り越して最早流れ作業と言ってもいい程にスムーズだった。
「……半ば予想はしてましたけれども、余り面白みもありませんわね」
アリエスのコメントが表すとおり、迷宮に潜っているというのに張り合いも何も無かった。
道はほぼ一本道。多少の別れ道はあるが大抵はすぐに行き当たってそこに何があるわけでもない。罠の類もありふれたものでしかなく、解除も容易。万が一発動してしまっても致命的なレベルになるようなものではなかった。
出現するモンスターの種類は、普段潜っているスフォンとは毛色が異なる見慣れぬものであるものの、ランクはEランクか精々がDランクの下位レベル。それも毒などの特別な技能を使ってくる種類ではなく、殆どが力押しでまっすぐに向かってくるタイプだ。どこまで深く潜ろうともそれが変わることはない。例えるならば、養成学校に入学して最初の探索試験で潜った迷宮だろうか。
当然そのようなモンスターがどれだけ束になってもキーリ達に一瞬で蹴散らされるだけ。戦闘時の動きの確認も兼ねて最初こそ慎重に進んでいたが、途中からは最早脚を止めることすらしなくなっていた。この程度の迷宮にCランク冒険者が二人も三人もいれば完全に過剰戦力である。そうでなくても他のメンバーもDランクとしても優秀なレベルである。そんな連中が八人もいれば手こずる要素などどこにも無かった。
そうであるからモンスターを斬り倒す事は単調な作業であり、また嵩張る素材を回収する必要性もなく、ただ深層に進むだけになっていた。
「そうですね……私もここまで簡単だとは思ってませんでした」
アリエスのボヤキに、カレンは罠を解除しながら苦笑いで答えた。
今、先頭を進むのはカレンだ。入ってまもなくはギースが斥候役を勤めていたが、迷宮レベルの底が知れ、設置される罠の難易度も概ね把握してからは完全にカレンの練習台となっている。
念のためギースが近くで監視はしているが、彼もまた壁に背中を預け腕を組んであくびをしている。この程度ならカレンでも失敗する心配はない、と信頼しているのだろうが、既に緊張感を失っていた。
「こういう時の油断が一番怖い。気を引き締めた方が良い」
「そうですね、アンジェリカ様達は何もしていないと言ってはいましたけど、念には念を入れておいた方が良いでしょうね」
「けどよ……そうは言ってもこうも張り合いがなきゃ緊張するにもしようがなくね?」
フィアとシオンが警告をするも、後方を警戒していたイーシュが現れたモンスター一体を斬り倒しながら愚痴る。
確かに油断は禁物だが、イーシュの言う通りある程度の張り合いがなければ緊張感を保つのは難しい。冒険者になりたての駆け出しならばいざ知らず、既にキーリ達は三年間迷宮に潜る生活を、それもここよりも難易度が高い迷宮で過ごす生活を送っているのだ。ヒリヒリするような張り詰めた空気を保つのは困難というものだ。
「奴ら、やっぱ本当に何もやってねぇンじゃねぇのか?」
「かもな。ゴードンは嘘つかねぇだろうし、アンジェが騙そうとしても黙って見過ごすとも思えねぇしな」
「えーっと、潜ってどれくらい経ったか誰か分かる?」
「体感で良いなら……そうですわね、だいたい二鐘(≒二時間)か三鐘くらいじゃありませんこと?」
「うん、たぶんそんなもんだと思うよ?」
「それなら……」アリエスとユキの回答に、罠を解除し終えたカレンは顎に指を当てて何かしらを頭の中で計算していく。「事前に集めた情報と擦り合わせると……たぶんもうすぐ最深部かな?」
「そこまで行けばこの退屈な状況も変わるかもしんねーな」
「だと良いのですけれど」
「ともかく、私達がやることは変わらないさ。難しいかもしれないが、全員油断だけはしないようにな」
「へぇ~い……って!」
気の抜けた返事をしたイーシュの頭をアリエスが引っ叩き、恨めしそうな視線を向けるも逆に睨み返されて視線を逸らす。
そんなやり取りに苦笑いをしつつ、フィア達は更に奥へと進んでいくのだった。
やがて階層を一つ下まで降り、そこから半鐘(≒三十分)程進んだところでカレンとギースの脚が止まった。キーリも同じように何かを感じ取って立ち止まって手を挙げ、後ろを歩いていた全員に久しぶりの緊張が走る。
「何か居やがるな……」
「どこら辺か分かるか?」
フィアの質問にギースは「ちょっと待ってろ」と言い残して先行する。それまでの気の抜いた彼とはまるきり違う素早い動きであっという間にフィア達の前から居なくなり、気配すら感じなくなる。
全員戦闘態勢になり、周囲の状況に注意を払いながらギースの帰還を待つ。しばらくそのまま待機し、しかし何事もなく数分が経過した頃にギースが戻ってくる。だが頭を掻きながら戻ってきた彼は腑に落ちないような顔をしており、それを見たフィア達も首を傾げた。
「どうしたんだ? 何か変な事でもあったのか?」
「あったつーか、何も無かったつーか……ともかく付いてこいよ。とりあえずこの辺りには何もねぇからよ」
「何も無いんか?」
そんなはずは無い。強くはないにしろ、キーリは今もモンスターらしき気配を感じているし、先程もカレンとギースの二人もまた異変に気づいていた。だからこそ、ギースも納得行かない表情をしているのだろうが、それにしても何も無いとはどういうことか。
キーリが明らかに眉をひそめたのに気づいたが、ギースは「来りゃ分かる」と説明を放棄した。手でこっちに来いと招き寄せ、キーリ達もまた彼の後ろを追いかけた。
大きく湾曲した通路を抜け、やがて部屋の入口らしきものが見えてくる。遠目から見る限り部屋の中は薄ぼんやりといった程度に明るく、したがって離れた位置からは中の様子を窺い知ることはできない。だがキーリは部屋の中から確かに何かを感じ取っていた。
「あそこが最深部か?」
「なんだよ、ギース。何も無いとか言いながらちゃんとあるじゃん」
「あの部屋に何かおかしなことがありましたの?」
ギースは少し迷いながらも頷いた。
「キーリ、テメェは部屋から何か感じるか?」
「まぁ、そうだな。何かいる感じはするけどよ……カレンは?」
「うーん……なんだろ、何か変な感じかな? 何となく気配? みたいなのは感じるけど、風の流れとかそういった情報から考えると誰も居ないんだよね」
「だよな……だから変なんだよ」
なるほど、ギースが説明に窮していたのもキーリは合点がいった。
「ギースは中に入ってみたんだろ?」
「ん? ああ、実際に入ってはみたんだけどよ、何も無かったんだよ」
「ならとりあえず俺らも入ってみたら良くね?」
「……そうだな。イーシュの言う通り入ってみよう。ただし警戒は怠るな。それと念のためにカレンとアリエス、イーシュの三人は部屋の外で待機していてくれ」
「了解ですわ」
二グループに別れ、キーリ達は慎重に部屋の中へ脚を滑らせる。極力物音を立てないようにして部屋の中心にまで到達して内部を見渡した。
広さは半径で十数メートルというところだろうか。天井はあまり高くないものの、この迷宮内で見つけた中では一番広い。部屋全体は壁がうっすらと発光しているが、それ自体は迷宮では一般的なものだ。ランタンで壁沿いに部屋を一周し、何かおかしな物がないかを確認していくが、ただ朽ちてひび割れた土壁があるだけで異常はない。
「本当に何もないな……そっちはどうだ?」
「こっちも特におかしなところはありません。罠や装置の様なものも無いですし……」
「俺も一通り調べてはみたんだがな。マジで何もありゃしねぇ」
とりあえずは安全そうだと、外で待っていたアリエス達を呼び寄せて全員で部屋の中を隅々まで調べて回る。しかしギースの言う通りまるっきりただの部屋だ。隠し扉やそういったものがある様にも思えない。
「ここが最深部……で間違いないですわよね?」
「地図は無いからはっきりは言えないですけど、他に階段とか降りる場所も無かったですし、村の古い文献に書かれてました部屋の特徴と同じですから間違いないとは思うんですけど……」
「何かこう、さ? ここに来た奴を惑わせるような魔法とか掛かってんじゃね? それで散々調べさせて『実は何もありませんでした』的なおちょくるようなオチとかさ」
「イーシュじゃないですし、そんなオチは嫌ですわ。でもそうじゃなくても、もしかすると昔に何か魔法具があったのですけれどすでに全て持ち去られてしまったのかもしれませんわね」
「下に何かあるとか、は?」
「下?」
ユキの発言に全員が足元を見下ろした。周囲の壁はくまなく調べたつもりであるが、確かに足の下は調べていない。
スフォンの迷宮でもティスラによってドラゴンが召喚された例もある。もしおかしな箇所があるとしたら残りは地面の下だけだ。
キーリはその場で足を上げて踏みつけてみる。かなり強く踏み降ろしたが感触に変な感じはしない。数ヶ所、場所を変えて踏んだり目視で調べても特に何もなさそうだ。
「音はどうだろうか?」
「音か……」
「あ、なら僕が確認してみます」
「私も。たぶんこの中で一番耳が良いだろうし」
獣人であるシオンとカレンが進み出て、床に耳を押し当てる。キーリや他の人族であるフィア達は不要な音を立てないよう黙ってその場で結果を待つ。
「……何だろう? 音がする」
「僕も聞こえました。何の音かまでは分かりませんが、何か移動してるような……」
「ビンゴだ」キーリが指を打ち鳴らした。「シオン、地神魔法で地面を掘ってみてくれ。ただし、掘った土が落ちないように慎重にな」
「分かりました――では皆さん、下がっていてください」
キーリの指示でシオンが地面に手を当て、魔法を詠唱する。手から仄かな光が発せられ、少しずつ硬い地面が掘り進められ始めた。キーリ達はその様子を固唾を呑んで見守った。
早すぎず遅すぎず、欠片が万が一にも下にあるであろう何かに落ちてしまわないよう気をつけながら掘り進み、やがてシオンの手の下に人の顔ほどのサイズの孔が穿たれた。シオンは顔を上げてキーリとフィアを見上げ、キーリは頷くとその孔へと頭を差し込んで中の様子を伺った。
そして、その先にある光景に眼を瞠った。
「おいおい、こりゃあ……」
「何かあったのか?」
「ああ、お前らも覗いてみろよ。珍しいもんが見れるぞ」
孔から顔をあげるとキーリは楽しそうに口端を歪めて孔を指差す。促されてフィアが、そしてシオンが同じように覗き込むと二人もまた驚きを露わにした。
「これは……!」
「凄い……! モンスターハウスだっ……!」
キーリ達がいる部屋と同じように階下に広がる空間。その中には夥しい数のモンスターがうごめいていた。
ワーム系、スパイダー系にゴブリン。ここまでやってくる間に遭遇したあらゆるモンスターで溢れ、その光景は気味悪さを通り越して最早壮観ですらあった。
「ホントですわ。確かに凄いですわね……初めて見ました」
「おおっ、すっげぇ! けど気持ち悪っ!」
「そっかぁ、妙な感じだったのは下にここがあったからなんだ」
「で、どうすんだ、リーダーさんよ? 殲滅すんのか?」
「せっかくここまで来たんだ。ぜひ下の部屋も調べてみたいところだな」
「けどどうすんだよ? 一匹一匹倒してくのかよ? ここの雑魚なら別に負ける気はしないけどよ、この数相手は面倒だぜ?」
「ワタクシかフィアの魔法で一網打尽にするのが早いと思うのですけれど……幸いにしてまだこちらは気づかれていないようですし」
「そうだな……それが良いか」
フィアの炎神魔法もアリエスの水神魔法も大量の敵に対して有効な広範囲魔法を持っている。モンスターの数は多いが、それでも数発行使すれば問題なく倒せるだろうと思われた。
ならば早速、とフィアとアリエスの二人が魔法の詠唱を始めようとした。だがキーリは「ちょっち待った」と制止をかける。
「どうせならちょっち実験をしてみてぇんだが」
「実験?」
「何をするつもりですの?」
「思いつきなんだがな……まあ魔素に関する実験だよ」
「あ、もしかして次の論文のネタですか?」
春先にシェニアと連名で出した、魔法と前世における科学の融合に関する論文。それ自体はおそらくはまだ各地の学者だか著名な魔法使いだかが査読したり難癖をつけようとしているだろうが、一度出した論文がどういった評価を受けようがキーリに興味はない。それよりも次の論文のネタの方に興味が移っていて、シェニアからも何か無いかと先日から相談を受けていた。
ピンと来たらしいシオンに、キーリはニヤリと笑ってみせる。
「さあ、楽しい科学の時間だ」
楽しそうに笑うキーリの表情が、どうにもイタズラを思いついたカイトの顔と重なり、カレンはどうしようもなく不安を覚えたのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
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