6-4 邂逅は突然に(その4)
第2部 第37話です。
5/7更新分の3/3になります。宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
アンジェ:教会の聖女。鬼人族の村を滅ぼした英雄の一人。お淑やかな外見とは対象的に戦闘狂。
ゴードン:通称「金剛」。英雄の一人で、アンジェと共に行動していたところでキーリと遭遇した。
「えっと、ゴードンさん達は教皇国、ひいては教会の意向を受けてキーリさんの村へ訪れたと思ってるんですが、それは間違いありませんね?」
「それは……」
「あ、いえ。答えられなかったら大丈夫です。たぶん、そうなんだろうと勝手に思ってますから。それを前提で尋ねるんですけど」シオンは言葉を区切り、滅多に見せない厳しい表情でアンジェとセリウスを見た。「だとしたら解せないんです」
「何が解せないんだよ、シオン?」
「えっとですね、イーシュさん。ゴードンさんは今、キーリさんの村を襲った事を悔やんでいるって言いましたよね? 自分がしたことが正しかったか、疑問だと」
「ああ、それがなんだってんだ?」
「もし僕が今質問した前提が正しいとすれば、それは教会の行いに対して疑義があるということになります。にも関わらず、ゴードンさんは教会の『聖女様』と一緒に行動を共にしてるんです」
「……」
「そうか! 教会に疑念を抱いているのであれば二人と一緒にここに来ているのは不自然だな」
「はい」合点が行ったフィアに、シオンは頷いた。「偶然ここでゴードンさんとアンジェリカ様達が再会したという事も考えられましたけど、これまでの会話からその線も消えました」
フィアはアンジェ達を見た。彼女は表情の読めない笑みを浮かべ、シオンの推測を聞いていて妨げる様子はない。
シオンも緊張した面持ちで教会の二人を見つめ、カラカラに乾いた喉の粘つきに顔をしかめた。唾を飲み込んで喉と口を湿らせると、シオンが辿り着いた結論をついに口にした。
「もしかして、アンジェリカ様もまた教会に疑念を持っているのではないですか?」
音が消えた。そのように空気が張りつめ、まるで身動ぎ一つでその緊張が解けて、何かが壊れてしまうのではないかという錯覚を覚える。
その空気を醸したのはセリウスだ。元々人族でないシオンへ向ける彼の視線には嫌悪と侮蔑が見え隠れしていたが、露骨な不愉快さを示す視線でシオンを不敬であると責め立て、アリエスとフィアは彼が腰の剣に手を伸ばそうとするのを目撃した。気づいた彼女たちもまた剣に手を掛けかける。しかしアンジェがそんなセリウスを視線で制し、彼が剣から手を離した事で一触即発の空気がゆっくりと解けていった。
「おい、シオン! そんなはず……」
「そしてその疑念はゴードンさんと同じで、その疑いを確かめる、或いは晴らすために一緒に旅をしてるんじゃないですか? だからお供の人もつけないで、アンジェリカ様が唯一信頼できるセリウスさんだけを連れてあまり目立たないように動いてる。違いますか?」
そんな中で真偽を見極めようとシオンは視線に力を込めた。こめかみから冷や汗を流しながらもアンジェの眼を見つめて離さない。
「アンジェリカ様の容姿は馬車が無くても目立つでしょう。でもアンジェリカ様ならば、水神魔法でご自身の印象や容姿を誤魔化すくらいは簡単なはず。
僕はキーリさんやユキさんみたいに魔素の動きを眼で感じる事はできません。けれど、嗅覚には少なくとも人族よりも自身があります。アンジェリカ様からは水神魔法の残り香みたいなものを感じます。周辺の方に自身の痕跡を残さないように使ったんですよね?」
「……流石は狼人族、といったところかしら?」
アンジェは鼻を小さく鳴らして笑った。視線は見下すようなものだが、そこにも賞賛と感嘆が入り混じっている。
「まさか匂いで気づかれるとは思わなかったわ。駄犬の鼻も役に立つことがあるのね」
「犬ではなくて狼ですので」
「失礼したわ」
口だけの謝罪をして、アンジェはそのまま口元を釣り上げた。そしてすぅ、と眼が細められる。
シオンは自分を見つめてくる彼女の視線に、何処か引き込まれるような感覚を覚えた。
しかしシオンは腹にグッと力を込めて、半ば睨みつけるようにしてアンジェを見返した。アンジェの眼の中で更に感嘆の色が濃くなった。
「それで、否定はしないんですね?」
「否定も肯定もしないわ。別に貴方がどう思おうとも自由だもの。
ただ、長生きをしたいのならば――あまり教会の事を詮索する事はお勧めしないわ」
「その時は僕がもっと強くなれば良い事ですから」
その返答に、アンジェは眼を瞠った。そして一度体を前に屈めると腹を抱えて笑い始めた。
心底おかしいとばかりに腹を抑え、破顔する。無邪気な笑い声が山の中に響いていき、フィア達はそんな彼女の唐突な姿にポカンとした。
「あ、アンジェリカ様?」
「アーッハッハッハ……あー、おかしい。まさか貴方みたいな子の口からそんな言葉が出てくるとは思っても見なかったわ」
「お気に召しましたか?」
「召した召した、お気に召したわよ。気に入ったわ。貴方、名前は?」
「シオン・ユースターです」
「シオンね。覚えておくわ。キーリやそこのフィアに負けないくらい強くなりなさいな」
「ええ、もちろんです。あ、でも、キーリさんはゴードンさんを見逃すんですよね? だったら強くなるまで、何かあっても僕らの事も見逃してくださいね?」
笑ってシオンはゴードンを見上げた。ゴードンはシオンの言葉に虚を突かれたが、一本取られたとばかりに面白そうに笑って応じると、大きく頷いてみせた。
「確かにそうしなければ見合わないな。アンジェもそこの美丈夫も、いいな?」
「私はアンジェリカ様が決めたことならば従いましょう」
「まったく、可愛い顔して抜け目ない子だこと……」溜息を吐いてみせながら、アンジェは長い銀髪を掻き上げた。「ま、いいわ。よっぽど真正面から教会に歯向かわない限り見逃してあげる。あくまで私の力が及ぶ範囲でだけれど。それと、私を見かけたらいつだって襲いかかってきてもいいから。歓迎するわ」
「ありがとうございます……最後のは遠慮しますけれど」
最後にアンジェは戦闘狂の一面を覗かせるも、そこはシオンに苦笑して辞された。
しかたない、とばかりに肩を竦めると、アンジェはクルリと踵を返して輝く銀糸をはためかせる。セリウスがそれに続き、彼女らはキーリ達に背を向けて遠ざかっていく。
「長居したわ。また会いましょう」
振り向かず手だけを振り、アンジェは山の奥へと消えていく。だが一瞬だけチラリと彼女はユキに視線を送った。ユキもまた薄く笑みを浮かべてアンジェを見ており、何事か口を動かした。彼女の言いたい事を理解したアンジェは小さく笑い、そのまま前を向いて立ち去っていく。
セリウスも彼女の後ろに付き従い姿を消していった。ゴードンは座り込んだままのキーリを見下ろして煩悶とした表情を浮かべていた。だが自分が掛けるべき言葉は無いだろうと深く溜息を吐く。
そしてフィア達に向かい合うと深々と頭を下げた。
「俺が言えた義理ではないのは重々承知だが、彼を頼む」
「分かっている。貴方も早く彼女を追いかけた方が良い……ここに居る限り、貴方はキーリの心を乱すばかりだろうからな」
「それも承知している。いつか、必ず今日の恩は返そう。
では」
ゴードンはその巨体を躍らせてアンジェを追いかけていく。大きな体にも関わらず足音が殆どしないのは、流石は英雄といったところだろうか。
彼らの姿が完全に消え去り、キーリ達だけが残された。太陽はいつしか高く昇り、強い日差しは木の葉をかいくぐって彼らを斑に照らし出した。
キーリはあぐらを掻いてまま目元を抑えて俯いていた。彼の心中の乱れ様はフィアにも手に取るようにわかる。いっそ、彼が清々しい程に悪人であったなら良かったのに、と彼女はゴードンが走り去った方を恨めしそうに見つめた。
何と声を掛けるべきなのか。貴族と相対した時など立場を踏まえた会話には幾分心得はあるが、生来口が達者でなく言葉よりも行動で示す方が得意なフィアである。幼い時はレイスを除いて友人と呼べる者が殆ど居なかったために、こういう時にどう接するのが適切であるかは分からない。しかし、ここは自分が声を掛けるべきだと思ったし、他の者に譲りたくは無かった。
「その、キーリ……」
「フィア、アリエス」
意を決して声を掛けようとしたフィアだったが、同時にキーリの方から名を呼ばれた。
「なんだ?」
「……頼む、どっちでもいい。俺を殴れ」
「……は?」
キーリの発言にフィアは眼を丸くした。それは同じく名指しされたアリエスも同じようで二人して顔を見合わせると、痛まし気な眼差しをキーリに送った。
「とうとう……ショックの余り気が触れたのですわね」
「どう思われたっていい。頼む。なんならカレンでも構わねぇ」
「えっ!? わ、私はちょっと……」
「はぁ……仕方ありませんわね」
キーリが本気で求めていることを悟ったアリエスは、カレンに手をあげさせる訳にはいかないとため息混じりにキーリの方へ向かった。
「あ、アリエス?」
「グーが宜しくて? それとも平手がお好みですの?」
「好きな方でいい。思いっきり頼む」
「そ。では、歯を食い縛りなさいな」
俯いたままのキーリの高さに合わせてやや腰を屈めると、アリエスはキッと鋭い視線をキーリに浴びせる。そして大きく右手を振り上げると、思いっきりキーリの頬目掛けて平手を振り下ろした。
パシンッ、と破裂音が山に木霊する。キーリの頬が真っ赤に変色し、アリエスは振り切った仕草のまま厳しい表情を向けていた。腫れ上がったその頬を見たイーシュとギースは痛そうに顔をしかめた。
「き、キーリ? 大丈夫か? その、随分といい音がしたが……」
叩かれたキーリは、その方向に顔を向けたまま静止し、フィアが心配そうに近寄って肩に手を載せようとした。だがキーリはその直前にすっくと立ち上がり、自分でも軽く両頬を打ち鳴らした。
「ワリィ、もう大丈夫だ」
キーリはグイッと袖で目元を拭うと顔を上げた。目元がやや赤いが吹っ切れたようで、眼からは陰鬱さが消え去っていた。
「いい一発だったぜ。しびれた」
「まったく……世話の焼ける男だこと。殴れって言われた時はマゾヒズムにでも目覚めたのかと思いましたわ」
「頼むから俺以外の男にやらないでくれよ? 首がもげ落ちちまう」
「言われなくてもしませんし、もう頼まれてもやりませんわ……イーシュにならやっても平気そうですけれども」
「……マジで?」
「冗談ですわ」
ホッと胸を撫で下ろしたイーシュを見てフィアはキーリと並んで笑った。そして自身より頭半分ほど高いキーリを見上げると、彼の鳶色の瞳に自分の姿が映った。
「本当に大丈夫なんだな?」
「良かったのかよ? テメェの親父の仇だったんだろ? 殺されてぇって言うんだから殺してやりゃ良かったのによ。俺なら間違いなくぶち殺してるぜ」
「ああ。ま、割り切れるかっつったら割り切れはしねぇけどな」ギースの物言いに、キーリは頭を掻いた。「アンジェはともかくゴードンは嘘をつかねぇだろうし、それに……」
「それに?」
「いや、なんでもねぇ」キーリは頭を振った。「他に敵を討つべき相手は居るだろうしな。アンジェはどうせまたどっかで会うだろうし、その時までにまた鍛えて挑戦するさ」
「そうか……お前がそう言うならそれでいいんだ」
「頬の治療しましょうか、キーリさん?」
腫れたキーリの頬に治癒魔法を掛けようとシオンが手を伸ばすが、キーリはその手を軽く制した。
「悪ぃけど、もうしばらくこの痛みと向き合ってみるわ」
「痛いのが良いだなんて、やっぱりキーリくんって実は」
「それ以上言うと張っ倒すからな?」
茶化そうとしたカレンをジト目で睨みつけて閉口させると、ゴードンが去った方を一瞥だけしてキーリは眼を閉じた。
(ルディ、エル、ユーミル……敵討ちはもうちょっち待ってくれな)
いつか、必ず成し遂げる。彼らの気質ならば決してキーリに復讐など望まないだろうが、彼らのためでなくキーリ自身の為に成し遂げなければならないのだ。
彼らの居ないこの世界で生きる。そのために復讐を糧にしている。でなければ、キーリはきっと生きるというそのものを放棄していただろう。かつての霧医・文斗の時の様に。
「ねぇねぇ、そろそろ迷宮に入ってみようよ。いい加減待ちくたびれたんだけど」
ユキが退屈さを顔に出して急かした。
「へいへい。お待たせして申し訳ありませんね」
「あまりここでのんびりしていると、小さい迷宮と言えども夜になってしまうな」
「そん時はいつも通り迷宮内で野宿ってことか」
「うげぇ……ここに来てもそれかよ。あの『フトン』って奴、俺、気に入ってんだけどな」
「あはは、気に入ってくれたんだ? たぶん大丈夫だよ。今から入ればきっと夕方には戻ってこれると思うから」
「ならば急ぎますわよ。レイスを残しているとは言え、ユーフェに寂しい思いさせるわけにはいきませんもの」
全員が互いに頷き合い、迷宮の入口を見つめる。太陽の光をも黒で塗り潰すような暗闇が広がっている。
気合の入った表情を各々浮かべ、ギースを先頭にしてその中へと脚を踏み入れていった。
お読み頂き、ありがとうございました。
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