6-3 邂逅は突然に(その3)
第2部 第36話です。
5/7更新分の2/3になります。宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
アンジェ:教会の聖女。鬼人族の村を滅ぼした英雄の一人。お淑やかな外見とは対象的に戦闘狂。
「……そういえば貴方が居たのだったわね。忘れてたわ」
「相変わらず冷てぇ女だな。そんなだから嫁の貰い手もつかねぇんだよ」
「そういう貴方も昔から変わらずデリカシーが無いわ」
「そうか? 俺ぁ結構気を遣ってるぜ?」
「自覚が無いのが大問題なのよ」
はぁ、と溜息を吐くと「とりあえず紹介だけするわ」と嫌そうに顔をしかめ、アンジェはキーリ達にもう一度向き直って彼女よりも頭一つ以上大きい男を指差した。
「こいつはイシュタル。イシュタル・ゴードンよ。一応今回の旅の連れ、という事になってるわ」
「イシュタルとでもゴードンとでも好きなように呼んでくれぃ、坊主達。俺ぁ堅っ苦しい挨拶が苦手でな。ま、気楽な感じで宜しく頼まぁ」
「あ、ああ、宜しく」
気さくな様子で強面の顔を緩めると、一人ひとりの手を取り勝手に握手をしていく。だが、性格同様に細かい加減が苦手なのか、キーリはともかくシオンやカレンといった比較的華奢な二人についても同じように手を握って、勢い良く丸太のように太い腕を上下に振った。そのため肩が抜けそうになり、二人は揃って悲鳴を上げる。しかしそうした様子にも気がつかないらしく、シオンはアンジェの評価が適切であることを知った。
「イシュタル・ゴードン……どっかで聞いた気がすんだよなぁ」
「お前は……」イーシュの呟きを隣で聞いたギースは頭を抱えた。「『英雄』の一人だろうが」
「ああ! 道理で聞いたことがあると思ったんだよ!」
「ガハハッ! 坊主達は王国の人間だってのに俺の名前を覚えてくれてんのかっ! そいつぁ嬉しいな!」
イーシュは完全なうろ覚えだったが、それにも関わらずゴードンは嬉しそうに笑った。そこには裏も表もない、素直な人柄が表れている。イーシュの肩をバンッ、と何かが破裂したような音を立てて叩くと、もう一度「宜しくな、坊主」とイーシュの頭を荒々しく撫で回した。
「この人が……」
「ああ……共和国唯一の英雄――」
――「金剛」イシュタル・ゴードン。キーリはその巨体を睨みつけた。
鍛え抜かれた肉体に背中にある大盾。種族的なものかそれとも日に焼けているのか浅黒い体は見るからに硬そうだ。今はニカッと笑っていて愛嬌があるが、四角い強面と意志の強さが宿るその瞳に睨まれたらどんなモンスターであっても身を怯ませてしまいそうだ。
キーリの記憶にあるもので例えるならば――ルディの様な鬼人族が最も近いだろうか。
なるほど、確かに「金剛」の名にふさわしい。キーリはそう思った。
果たしてこの男を打ち破るにはどのような手が必要か。ナイフの刃は通るだろうか。キーリの「影」の力はこの男の防御を打ち破れるのだろうか。勝手に思考が巡り、知らずその腕に力が込められた。
そうしていると、再びゴードンがキーリの前に立ち見下ろしてくる。
「それで、アンジェ。さっきまでの話の流れで何となく察したが……この青年が?」
「ええ、そうよ。彼が、私達が滅ぼした鬼人族唯一の生き残り」
「そうか、この子が……」
ジッと自分を睨んでくるキーリをゴードンは見つめ返し、一歩更にキーリに近づく。
そして身構えるキーリに彼は問うた。
「青年、名前を教えて貰ってもいいかな?」
「……キーリ・アルカナだ」
「キーリ、か。良い名だな」
ゴードンは気を落ち着けるように一度呼吸を整えた。目を閉じて瞼がもう一度開いた時には、それまでの愛嬌のある笑みは消えていた。
空気が変わった事を察し、キーリの体にも緊張が走る。明確に臨戦態勢を取った訳ではないが、いつ何が起きても対応できるよう意識を全身の隅々にまで巡らせる。
それは周りのフィア達も同じであった。こちらから襲いかかる事はしないが、半身を引いてすぐ抜剣できるよう心構えはしておく。シオンとカレンの喉が知らずに音を立てた。
果たして、ゴードンの大きな眼が見開かれた。
両手を掲げ、腰が曲がる。右足を一歩後ろに引いて彼の姿勢が低くなり、いよいよキーリは戦闘態勢を取った。
だが――
「すまなかったっ!!」
ゴードンはそのまま両掌と両膝を地面に突き、臓腑にまで響くような大声で謝罪を口にした。
額が地面に擦れる程に頭は低く下げられ、よく見れば彼の体は震えていた。
「な、何だよ急に……」
「許してくれとは言わん……だが、お主のご家族を、友人達を殺めた事……アンジェから生き残りがいると聞いた時からずっと謝りたいと思っていたのだ。
本当に、申し訳なかった……」
必死にゴードンは言葉を振り絞る。かの英雄が、その大きな体を小さく丸めて真摯に謝る姿は紛れもなく彼の心からの後悔を示していた。
アンジェは彼から眼を背けて小さく呆れた風に溜息を吐き、フィアやアリエス達は驚くと共に、英雄が地位も何もかもを打ち捨ててただ謝る様子に言葉を発することが出来ずに居た。
キーリもまた、彼を見下ろし呆然とする。唖然とし、言葉も出ない。
俯き、やがてその顔が大きく歪んだ。
「…………んじゃねぇ」
「キーリ……」
「ふざけんじゃねぇっっ!!!」
ゴードンに向かって怒鳴り、彼の胸元を掴み上げるとその巨体を右手一本で釣り上げた。
歯をむき出しにし、ギリギリと軋む音が聞こえる。眉間に深い皺が刻まれ、眉尻を逆立てた憤怒の表情でゴードンを睨みつけた。
「今更……今更謝られたって皆は還ってこねぇ! ルディも、エルも、ユーミルだってもう死んだんだ! お前らが殺したんだ! それを……それをっ、ただの自己満の謝罪なんかされたって……!」
「分かって……いる」首が絞まり苦しそうにしながらゴードンは、しかし暴れるでもなく仕打ちを受け入れていた。「俺がいくら謝ろうと何の取り返しもつかないことは理解しているつもりだ。お主が救われることもないだろう……お主の言う通り、ただの自己満足でしかない」
「だったら……!」
「だから、お主が望むのならば俺の命を差し出そう」
キーリは息を飲んだ。切れ長の眼を大きく見開き、掌の中に居る英雄を見上げた。
「アンタ……」
「どれだけ償おうとも償えぬ。それだけの罪を犯したし、許されるとも思っていない。だからお主が俺の命を欲しがるのであれば、それで多少なりとも気が晴れるのであれば俺は喜んで殺されよう。俺の命にそれだけの価値が無いというのであれば、生涯お主に人生を捧げよう。アンジェよりお主の事を聞かされた時から俺はその覚悟を決めている」
真っ直ぐな瞳でゴードンはキーリの眼を見つめた。決して逸らそうとはせず、怯えも許しを乞う気配も無い。強い覚悟が瞳の中に佇んでいた。
それに気づいてしまったキーリの中で様々な感情が激しく渦巻いていた。出会った四人目の英雄。フィアとアリエスに諭され、復讐心に駆られた無謀な真似をすることは止めたが、復讐心そのものを失ったわけではない。殻の中で静かに、だが時折激しく燃え続けている。
あの日、ルディにしたように斬り殺してやりたい。エルがされたように魔法で腹を射抜いてやりたい。村がそうされたように業火の中に放り込んで焼き殺してやりたい。四肢を一つずつ斬り取って、苦しみながら死んでいく様を眺めてやりたい。
――今、この手で首を握りつぶしてやりたい。
キーリの指に力がこもる。指先がゴードンの硬い筋肉を押し込んで食い込んでいく。本気で力を込めれば、恐らく簡単に息の根を止められるだろう。
だがこの男の眼は真っ直ぐだ。己の罪を悔い、苦しみ、心からの謝罪であることはキーリもはっきりと感じ取った。だからといってそれで許せるはずもなく許すつもりもない。しかし本当に、本当にこのような男が本心で村を焼き、村人を殺したのか。疑念がキーリの中で生まれていた。
「……」
「……っ、しか、し」黙ったままのキーリに、ゴードンは一瞬躊躇いながらも言葉を続けた。「もし叶うことならば、俺の命に幾許かの猶予をくれないだろうか?」
「……結局、命乞いかよ」
キーリは失望を覚えた。指に加わる力が強くなり、ゴードンの顔が歪んだ。だが逆に彼の声にも力が篭った。
「そう捉えられても構わない。だが、俺にはまだやらねばならぬことがあるのだ。
それが終われば、今度こそ間違いなくお主の好きにしてもらっても構わない。その時には世界の何処にいようとも必ずお主の処へ赴いてこの首を差し出す」
「信じられねぇな。そうやって本当は逃げ出すんだろ? どうせアンタも今や貴族なんだろうし、子飼いの兵士を差し向けて俺を殺そうとするに決まっている」
「そんな事をするものか。だが、こればかりは信じてもらうしかない」
ゴードンは苦しげな表情のままアンジェへ目配せした。
「一応聞くけど、いいのね?」
アンジェの確認にゴードンは小さく頷いた。
何をするつもりだ、とキーリだけでなく、ここまで迷いながらも静観を続けていたフィア達もアンジェの動きに注視する。
彼らの視線を受けながらアンジェは小さく、素早く何かを詠唱する。それに応じて彼女の手の剣が光を帯びていく。濃密な魔素が剣にまとわりついていくのが分かり、その光によって完全に剣の部分が覆い隠された。
そして、アンジェはその剣をゴードンに向かって振り下ろした。
「……何のつもりよ?」
「それはこっちのセリフだっ! こいつとは仲間なんだろうが! 何しやがる!?」
「何って、腕を斬り落とすつもりだっただけだけど?」
アンジェの剣は辛うじて空を斬った。それはキーリがゴードンの体をずらしたからであるが、突然の凶行に戸惑うキーリ達に対し、彼女はしれっとした様子だ。
ゴードンに困惑した視線を送るが、彼もまた動揺した様子は無い。
「俺が彼女に頼んでおいたのだ」
「アンタも何考えてんだっ! 長く鍛え上げてきたアンタの大事な腕だろうが! そんな事をしたら――」
「お主に信じてもらえるのならば安いものだ。それに、これくらいしなければ与えられる猶予に見合わないと思ったのだ」
淡々と語るその口調は彼が本気でそう思っている事を伺わせた。
「っ……、ンなもん要らねぇんだよ。テメェ勝手なもん押し付けんじゃねぇ」
「そうか……しかしそれではどうすれば信じてもらえるか、キーリ?」
「……何をされたって、俺はアンタの何を信じろってんだよ。何されたって……何されたって俺が本当に欲しかったもんは、もう……!」
俯き、声を絞り出す。嗚咽混じりの声色に、ゴードンは心中を抉られるような感覚を覚えた。
「そうか……であれば俺の天命もここまでだったと潔くこの場で殺されよう。無論、仲間に報復などは絶対にさせない。それはアンジェが保証してくれる」
「勝手に私を巻き込まないでほしいところだけど、別にそれくらい良いわ。適当に罪をでっち上げて教会が処分したってしてあげようかしら?」
「……できれば事故か何かで頼む」
サラリと恐ろしい事を申し出るアンジェに断りながらもゴードンはキーリに視線を向け、そのまま目を閉じて生殺与奪を委ねた。
キーリは奥歯を強く噛み締めた。ゴードンを掴んだまま体を震わせる。
「本当に……戻ってくるんだな?」
「ああ。このイシュタル・ゴードンに二言は無い。用が終われば必ずお主の元に殺されに参じよう」
沈黙。風が木々を揺らし悲鳴の様な音を立てる。静寂の中でそれは一層際立って耳をつんざいた。
やがて指の力が緩んだ。
「……クソッタレがっ」
ゴードンの脚が地に戻り、キーリは頭を抱えたままその場に座り込んだ。
ゴードンが泣きわめいて命乞いをするような人間であれば。彼の謝罪に少しでも嘘があれば。或いは自分に襲いかかってきてくれれば。少しでも嫌な奴であったならば。その時は迷わず彼を殺せたのに。復讐の一つを果たせたというのに、それができなかった。
彼のあり方はとても真っ直ぐだった。それはキーリにルディを思い起こさせていた。大柄な体や濃い体色といった見た目もそうだが、本気でキーリにぶつかってきて、まっすぐな眼で見つめてくるその生き方が、記憶の中のルディと被ってしまった。
「キーリ……」
「くそっ、何だってアンタは……!」
憎しみと悔しさと、幾許かの懐かしさ。それらが全てないまぜになってキーリの中で暴れ、涙となって溢れてくる。
「本当に、申し訳ない……」
「謝んなよっ、クソがっ……」
謝られるとますます憎めなくなる。
あれほど、あれほど殺すと誓ったのに、絶対に仇を取ると誓ったのに。たったこれだけの事で自分が変質してしまい、情けなくなる。そんな自分の涙を見られるのを嫌って、キーリは目元を覆い隠した。
ゴードンは眉間にやや力を込め、奥歯を噛み締めて感情を押し殺していたが、そんな彼にフィアは静かに近づいていった。
「一つ聞きたいのだが、宜しいでしょうか?」
「ああ。あと、俺に畏まる必要はない。誰かに敬われるなど、そんな資格などありはしないのだからな」
「ではお言葉に甘えさせてもらおう」フィアは息を吸い込んだ。「これまでの貴方の態度を見ている限りではとても芯が通っていて、自分の中の正義を持っているように感じた。贔屓目に見てもキーリから聞いていた残虐な人間には見えない」
「……そんな事はない。俺は彼の一族を殺した大罪人だ」
「そこなんだ」フィアは顔を微かに歪めた。「過去はともかくとして、貴方の今の振る舞いは『英雄』としての名に恥じないものだと思う。そんな貴方がどうして鬼人族を滅ぼすという事に手を貸したのか。そこが私には理解できない」
「それは……」
「貴方を動かすほどの理由があったとしか思えない。そこを聞かせて欲しい」
フィアの問いに、ゴードンはやや逡巡するも頭を振った。
「理由は教えられない。ただ……あの時の俺は間違いなく自分の行いが正しいものだと信じていた」
「であれば、どうしてキーリに謝罪をしたんですの? 正しいと信じているのであれば謝る必要などないのではなくて?」
アリエスも追求に加わるが、ゴードンは今度はしっかりと頷いた。
「確かに昔の俺は間違いを犯したとは思っていなかった。だが英雄ともてはやされ、歳を重ねていく内に疑問が積み重なっていったのだ。
果たして、俺の成したことは正しかったのか。俺が聞いていた事は本当であったのか、とな。そして――」
「今となっては疑念が確信に変わった、と?」
「そこまででは無い。だがどのような理由があれ、あの村を滅ぼしたのは畜生にも劣る所業であったとは思っている」
「貴方が当時、どのような話を聞いていたかも教えてはくれないのですわよね?」
「ああ。それを口にすることはできない」
「あの、すいません……僕からも質問いいですか?」
フィア達の後ろでシオンがおずおずと手を挙げた。ゴードンが頷くと前に進み出て、自分の倍ほどもある姿を見上げる。その威圧感に緊張しながらもシオンは軽く息を整えて、話を聞きながら浮かんだ疑問をぶつけた。
お読み頂き、ありがとうございました。
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