6-2 邂逅は突然に(その2)
第2部 第35話です。
5/7更新分の1/3になります。宜しくお願いします。
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
アンジェリカ・ワグナードマン――聖女と呼ばれる女性は、四年前と変わらぬ美貌を振りまき、誰もが見惚れる笑みを浮かべる。しかし彼女の本性を知る一同は対象的に一斉に身構えた。
そんな彼らを見てアンジェはキーリと鍔競り合いをしながら肩を竦めるという器用な真似をしつつ、キーリの瞳を覗き込んだ。
「それにしても……無事に立ち直ったみたいね。まあ、あれくらいで潰れるような男の子じゃないとは思っていたけれど。またこうして私の前に強くなって現れてくれるなんて、ひょっとして運命の糸というもので結ばれてるのかしら?」
「あの後だいぶ荒れたけどな。あいつらのお陰でまた元気にお前の憎たらしい顔を拝めたぜ。あと、ぞっとしねぇ事を言うんじゃねぇよ。確かに一日たりともお前にコテンパンにされた事を忘れた事はなかったさ。でもさっさとお前との縁を精算してしまいてぇから素直に斬り殺されてくれねぇか? なんなら微塵切りでもミンチでもお好みに料理してやるからよ」
「お生憎様。弱い男の言いなりになるつもりはないわ。そうしたかったら力づくでしてみせなさい」
殺伐とした状態ながら互いに軽口にも聞こえる悪態を応酬し合う二人。そこに白銀の鎧を身につけた、こちらも懐かしい顔の男が割って入り、アンジェは露骨に顔をしかめた。
「アンジェリカ様、お戯れも程々に」
「分かってるわよ。
それでキーリ、だったわよね? まだ続けるつもり?」
「……ちっ」
舌打ちすると慎重に力を抜き、キーリは大きくアンジェから距離を取った。今の攻防で片が付けば良かったが、そうはならなかった以上は手を引くべきだ。荒れ狂う内心を抑え、キーリはナイフを鞘に収める。
アンジェは名残惜しそうに溜息を吐くが、白銀鎧の男――セリウス・アークヴェルツェは満足そうに頷いた。
「久しいね、少年。いや、もう少年と呼ぶのは失礼にあたるかな?」
「ああ、失礼だね」キーリはセリウスをにらみつけた。「……アトは元気にしてるか?」
「アトベルザ嬢のことかな? 安心してくれたまえ。教会の学校で素晴らしい女性へ成長している途中だよ」
「……そうかよ。なら良い」
本当は良くは無い。出来るならば彼女を教会から引き離してやりたいくらいだ。だが、教会へ入るのは彼女が選んだ結果だ。キーリが口を挟む気はない。
「……そういや昔、俺がこの女を攻撃した時には蹴り飛ばしてくれたよな? 今回は邪魔に入らなくて良かったのか?」
「そういえばそんな事もあったね。あの後、アンジェリカ様には酷く怒られてね。それ以来、明確に危険が迫っている時以外はアンジェリカ様のお気に召すままにしてるんだ」
言外に「お前はまだ脅威足り得ない」と告げられ、キーリの顔が歪む。だがセリウスに自覚は無いらしく、キーリの態度に少し首を捻った。
「……そうかい。んじゃ、アンタの顔を見ると昔蹴り飛ばされた腹が痛むからさっさと消えてくれねぇかな?」
「残念ながらそういう訳にはいかないな。アンジェリカ様がいらっしゃる限り私はお傍から離れる訳にはいかないからね」
刺々しいキーリの返事にもセリウスはアルカイック・スマイルを浮かべて軽く受け流す。その何処か余裕ぶった態度が気に食わないキーリは、また舌打ちをして彼の存在を無視することにした。
そんなやり取りを交わしていたキーリ達だったが、不意にキーリの後ろ襟がグイと引かれ、振り返ると呆れた様子の、しかし何処か憤慨した表情を浮かべたフィアが見下ろしてくる。
「フィ、フィア?」
「全くお前という奴は……どうしてこうも無茶をするんだ」
「あら、貴女……?」
叱られて体を小さくしたキーリにフィアが嘆息してみせ、そんな彼女の姿をアンジェはジッと見つめる。不躾なアンジェの視線だが、そこに咎める色はない。代わりに何か探るような眼差しだ。
フィアは背筋を伸ばしてアンジェに向き合うと丁寧に腰を折って一礼する。
「お初にお目にかかります、聖女様」
「聖女は止めてちょうだい。そう呼ばれるの、正直あんまり好きじゃないの」
「ではアンジェリカ様と。フィア・トリアニスと申します。この男……キーリのパーティのリーダーを努めています。セリウス殿には一度お会いしたことはあったかと思いますが」
「ええ、覚えていますとも。名前を伺うのは初めてだが、当時の美しい女性の姿は忘れようもないからね」
「世辞が上手な方ですね」
「世辞を言うのも騎士団の仕事の一つでね。嘆かわしいことだが。ああ、もちろん貴女が美しいというのは本音ですよ。どうでしょう? そちらの美しいお嬢さん方もご一緒に教皇国にいらして、共に人々のために活動しませんか?」
「お断り致しますわ」
「私も。今の冒険者としての生活が気に入ってますから」
「そうですか。それは残念だ」
勧誘も本気ではないのだろう。口々にお断りを告げられるが、言葉とは裏腹にセリウスに残念そうな様子は見られない。
「形だけの勧誘なら他の子を引っ掛けてきなさいな。
で、フィアといったかしら? 私に何か用かしら」
フィアを始め、キーリの周りにいる全員の向ける瞳は、そこらの町や村人が向けるそれとは明らかに異なっている事にアンジェもセリウスも気づいている。
「その様子だと私が昔、何をしたかはキーリから聞いてるんでしょ? 今更別に何を言ったって無礼だ何だって騒ぐことはしないから安心なさい。形だけの敬意なんて薄ら寒いだけだし。セリウスも、良いわね?」
「御意に」
恭しく礼をし、セリウスはアンジェのすぐ後ろに控える。ちらりとその表情を伺うが、軽く目を閉じて何をするでもない。本当に口を出す気はないのだろう、と察したフィアは、やや視線を動かし、少し離れて退屈そうにしている大柄な男を見た。退屈そうではあるが、何となく緊張のようなものをフィアは感じ取り、少し警戒を強めて観察する。
この男もまた彼女のお付なのか、とも思ったがどうもそうではなさそうだ。知り合いには違い無さそうだが、装備といい纏う雰囲気といい容姿といい、全てが教会とは相容れなさそうな、いうなれば武芸者といった印象だ。性根は分からないが、比較的近いのがシーファーだろうか。
彼については警戒だけして、今は捨て置いても構わないか。フィアは軽く息を吐き出し、目の前のアンジェだけを見据えた。
「それでは……まずは確認ですが、貴女方がキーリの故郷――鬼人族を滅ぼしたというのは事実ですか?」
「ええ、そうよ」アンジェは罪悪も後悔も何も浮かべず、ただ薄っすらと笑みを浮かべて応えた。「疑いようもない事実だわ、それは。別に私は騙された訳でもそそのかされた訳でもなく、教会の『聖女』としてあの村を攻撃したわ」
「……その目的は?」
「知りたい? どうしても知りたいなら教えてあげてもいいけど?」
「ならばぜひ――」
「その代わり、貴女達の明るい未来は今、この場で閉ざされる事になるけれど構わない?」
アンジェは少し口元の弧を大きくした。やや冗談めかした口調だが、瞳は彼女の本気を表している。セリウスの様子を伺えば、特に動きは見せていないが片目を開けてフィアの反応を伺っているようだ。
フィアはキーリを見た。キーリは悔しそうにして、悩ましげにアンジェを睨んでいる。彼女たちの強さを知る彼は、アンジェが本気で戦えば自分達では抗えない事を察している。一方で真相を知りたい気持ちも強いはず。その狭間で気持ちが揺れ動き判断が出来ないのだろう。
「今は踏み込むのは止めておいた方が賢明ですわ」
「アリエス」
「急いては何事も仕損じる。キーリも悔しいでしょうけれど、ここは引くべきですわ。キーリが以前に言ったように、もっと強くなってランクも上がればまた聖女様とお話する機会もありますわよ」
「……ちっ、分かってるさ」
「収穫が無かったわけではありませんもの。鬼人族を襲撃した事に、教会の何らかの重大な判断と意思が関わっている事が分かっただけでも一歩前進ですわ」
「察しが良くて助かるわ」
アンジェも小さく息を吐き出し、安堵を顕わにした。
そんなアンジェだったが、アリエスの姿をもう一度まじまじと見つめるとこめかみに手を当てる仕草をする。
「そういえば貴女も何処かで……」
「お久しぶりですわ。以前に、帝国の歓迎パーティで一度ご挨拶させて頂いておりますわ。アリエス・アルフォニアです」
「……ああ、思い出したわ。貴族の令嬢なのに体つきが一人だけそこらの軟弱な男性方とは違ったから覚えてるわ。アルフォニア、ね」アンジェはアリエスの家名を反芻し、何かを察したように笑みを深くした。「そう、貴女も冒険者になったのね。お祖父様もさぞ――」
「ところで」
アリエスはアンジェの話を断ち切ると彼女を睨む。アンジェはやや肩を竦め、アリエスの要求通り口を噤んだ。
「どうして聖女様がこんなところにいらっしゃるのかしら? しかもお供もそちらの――」セリウスともう一人の男をチラリと見た。「セリウス様とお二人で。以前は馬車で颯爽と登場してお付きの方々が恭しく出迎えていらしたと記憶してますけれども」
「あんな肩が凝るのはゴメンよ。どうせ演出みたいなものだし、まあ、私の存在自体が半ば演出みたいなものだけど。
必要性は理解してるから本当に必要な時は馬車を使うようにはしてるわ。でも今はそうじゃないの。どうせセリウス一人がいれば大体は事足りるんだし、無駄な事はしない主義だから」
「本当は馬車で護衛を多く付けるのが仕来りなのですが駄々をこねられまして。アンジェリカ様お一人でこっそりと出立なさろうとしたのですが、流石にそれはお止め致しましたのです。
実は、裏では侍従職の者との問答がありまして、最終的には護衛と馬車を付ける代わりに私がいついかなる時でもお守りするということを条件に、半ば強引に歩いて諸国を巡る旅を押し切ったわけですよ」
「ちょっと、それ聞いて無いんだけど」
「はい。今初めて申し上げました。せっかくなので申し上げますと、この旅での出来事は全て町の教会を通じて随時侍従長へ報告書を提出する事になっております。ああ、ご安心ください。アンジェリカ様の意に沿わぬ報告は一切致しませんので」
アンジェリカ、絶句。どうやら本当に彼女は知らなかったらしい。セリウスはシラッとすました態度だが、アルカイック・スマイルの下に楽しそうな色が滲んでいる。大男の方はそんなアンジェの様子が面白いらしく、一人笑いに体を震わせていた。
「……今度からそういう事はキチンと私に報告しなさい」
「畏まりました」
苦虫を噛み潰したような、聖女とは思えない表情をするアンジェに対し、胡散臭さの残る礼をするセリウス。毒気がすっかり抜かれて緊張感が解けてしまったが、アリエスは「コホン」と咳払いをして二人の注目を再び自分達に向かせる。
「ああ、ごめんなさい。お見苦しいところを見せたわね」
「別に。聖女だ何だと言われても、お前がただの人間だってよく分かったぜ」
「それはそうよ。私は偶々素質が有っただけの人間に過ぎないんだから」
「それよりも」キーリと再び話が脱線仕掛け、強引にアリエスは話を戻した。「最初の質問にお答え頂いておりませんわ」
「答えたわよ。『聖女』として、国を問わず人々の心の安寧を願い、少しでも穏やかな日々を過ごして頂くために諸国を巡ってるの」たおやかな微笑みを浮かべてみせ、アンジェは胸に手を当てた。「聖女としての私がそこに居る。手に届くところに居る。幻想なんかじゃなくて確かな実態として自分達の為に神に祈る存在を知る。その事だけで人々、特に小さな町や村の人たちは安心してくれるわ。だから少しでも多くの方たちに私の存在を知ってもらうため、こうして歩いて旅をしてる。お分かり?」
「ええ分かりますわ。けれど今聞きたいのはその建前ではなくて、こんな田舎の迷宮にどうして――」
「今度は察しが悪いのね。まだ若いから、かしらね?」
声を聞き、アリエスは背筋を震わせた。
アンジェの表情は柔らかだ。それは変わらない。小さく口元は弧を描いていて、しかし瞳の奥には多少の苛立ちと侮蔑が入り混じって存在していた。
踏み込む場所を間違えた。アリエスは後悔した。ここまで特段敵意を示してこなかったから油断していたが相手はかの「英雄」だ。鬼人族の里を容赦なく叩き潰す程には冷徹なのだ。その気になれば、たかがCランクのアリエスなど一瞬で殺されるだけの存在に過ぎない。
絶大な権力を誇る教会の聖女。その前には帝国貴族の肩書など、紙の盾程も役に立たないのだ。彼女から発せられる殺意と威圧感に、アリエスはそれを改めて実感した。
動けなくなったアリエスの肩に手が乗せられる。キーリの手だ。それでアリエスの体は不可視の束縛から解放された。
「聞きてぇのは」キーリが一番前に進み出る。「お前らがまた何かしら迷宮に悪さをしてるんじゃねぇかって事だ」
「そんなつもりは無いわよ」
「どうだか……お前らは前例があるからな。信用できねぇんだよ」
「前例?」
アンジェは眉尻を上げて首を傾げた。その仕草にキーリもまた「とぼけんな」と眉をひそめた。
「スフォンの迷宮でティスラが散々好き勝手やってくれただろうが。忘れたとは言わせねぇぞ」
「ティスラ……ああ、エレンの事。そう言えば今はそんな偽名を使ってるとかって聞いた事があったわね。そう、あの子が何かやらかしたのね」
「そうだよ。アイツのお陰で俺らは危うく迷宮で生き埋めになるとこだったぜ」
「それだけではない」フィアが表情を険しくして問い詰める。「三年前のエルゲン伯爵家の断絶……あれも教会の仕業ではないのか?」
キーリ達の迷宮探索試験後、スフォンを治めていたエルゲン伯爵とその子息たちの相次ぐ死。自死とされているが、ティスラがエルゲン伯爵家に長らく入り込んでいた事を考えればその発表を鵜呑みにするのは難しい。
「さあ、どうなのかしらね? 教会の人間としては一応否定はしておくけれど、実際のところは知らないわ」
「どういうことだ? 仮にも聖女なのでしょう、貴女は」
「聖女という役割を与えられてるからといって全ての動きを把握してるわけじゃないわ。別に私はあの双子と仲が良い訳じゃないし。仮に教会が何かをしたとしても、全ては光神様の御心と『教皇』の判断の結果。そこに私が口を挟める立場ではないから何を尋ねられても答えられないわ。ただ私が言えるのは『お気の毒様』ってことくらいかしら?」
「……そうかよ」
「ともかく、私達はこの迷宮に何かしらの仕掛けもしていないし、この場でキーリ達に何かをするつもりも無いわ。もちろん、近隣の人々の心を惑わせるような真似もね。ただちょっと潜ってみただけ。それだけよ」
「ならこれ以上俺から聞きたい事はねぇ。いつかアンタに追いついてみせるから、首を洗って待っとけ」
「ええ、私達もここですべき事も終わったし、御暇させて――」
「おいおい、お前らだけで話を終わらせんじゃねぇ」
この場はこれで終い。そういった話の流れでは有ったが、今までひたすらに黙って会話に加わらなかったもう一人の男がようやく割って入った。
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