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5-9 ずっとスタンド・バイ・ミー(その9)

第2部 第33話です。

宜しくお願いします


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。

エーベル:ユーフェの兄代わりだった少年。貧民街で殺害された。





 男性陣にとっても女性陣にとっても夢のようで地獄のような時間は過ぎ去り、残ったのは兵どもの夢の跡。

 ユキからの責めをひたすらに受け続けたアリエスは完全にグロッキー状態。すっかりのぼせてしまって今はカレンに膝枕をされて床の上で大の字になっていた。胸とか大事な場所を隠すように頼りないタオルが一枚掛けられ、普段であればはしたないと絶対にしない格好であるが、今の彼女にはその余裕すら無かった。

 流石にやりすぎたと思ったのか、ユキはバツが悪そうにして魔法でそよ風を作ってアリエスに当てていた。それによってゆでダコのような色になっていた彼女の肌は徐々に元の白い状態に戻りつつあった。

 一方で、フィアのあられもない姿に普段の仮面をかなぐり捨て、完全にぷっつんしてしまったレイスは湯船の縁の上にうつ伏せで放り捨てられていた。

 顔には殴られた跡があり、しかし鼻血を垂れ流しながら幸せそうな表情で気を失っている。脚だけは湯に浸かっているから風邪を引くことはないだろう。

 長いこと自分に付き合ってくれている友の、自らが作り出した醜態を横目で冷たく見ながらフィアは、自分の体も冷ますべく湯から上がり縁に腰を下ろした。そのまま外の方を眺める。

 すっかり陽は落ちて夜になっている。もうしばらく経ってアリエスが復活したら村へと戻ろうか。流れてくる風に身を任せ、その心地よさに眼を瞑る。

 後ろからは、誰も居なくなった湯船の中で一人バシャバシャと水音を立てて泳ぐユーフェが居た。先程からずっと何往復もしているが楽しいのだろうか。きっと楽しいのだろう。その証拠に、水面から出た尻尾が忙しなく左右に揺れていた。

 彼女の無邪気な姿を見ていると、フィアの頬も自然とほころぶ。するとその視線に気づいたユーフェは泳ぐ向きを変え、ぱしゃぱしゃとフィアの方へ近寄ってくる。


「大丈夫か? のぼせてないか?」

「……少し暑い」

「なら出ておいで。ほら、私と一緒に涼もう」


 少し赤くなった彼女の手を取り、湯から抱え上げて引っ張り出す。そうして自分の横に座らせると、フィア自身のタオルをユーフェの体に巻き付けてやる。


「お腹が冷えると良くないからな」

「……ありがと」


 ユーフェはフィアを見上げて小さく礼を述べる。そのまま彼女の顔をじっと見つめたかと思うと、表情を変えないまま何処かに視線を彷徨わせた。フィアは彼女が何かを迷っているように思えた。


「どうしたんだ?」

「……元気になった?」


 彼女の小さな口から零れ出たのは言葉足らずの問いかけ。だが彼女の言いたい事をフィアは正確に理解した。


「ああ……! 元気になったよ。ユーフェと皆のお陰でな」

「なら、いい……」


 そう言うとユーフェはフィアの太ももの上に昇り、ちょこんと座る。そしてフィアと同じ方向を見つめた。フィアはユーフェから伝わる体温が愛おしく、出会った頃とは変わって艶やかになった彼女の髪を撫でた。ゴロゴロと、ユーフェの喉が気持ちよさそうに鳴った。


「心配かけてゴメンな」

「ん」


 気にするな、と言わんばかりにユーフェは首を横に振り、ぽふっとフィアの胸の中に頭を預けた。そうしてフィアはユーフェを抱きながら静かに山の方を見つめ続けていたが、不意にローラントから投げかけられた問いが頭を過ぎった。


『怖い、ですか? 直接ユーフェさんに尋ねるのは?』


 ゴクリと喉が鳴る。火照った体が急激に冷えて、まるで氷の詰め込まれた容器に脚を突っ込んでいるような感覚を一瞬覚える。


(怖い、か……怖いに決まっている。だが……)


 彼女に問うことは自らの罪と向き合うことだ。怖くないはずがない。

 けれどももう逃げてはいけない。こうして彼女が触れ合いにきてくれている今が、問うにはきっと最後のチャンスだ。


『貴女には私と違って素晴らしいお仲間が居ます』


 そうだ。私には仲間が居る。大切な仲間が居る。だから大丈夫。逃げるな。

 自分に言い聞かせると首を前に傾け、コツリと軽くフィアの額とユーフェの側頭部が触れる。息を吸い込み、覚悟を決め、腹に力を込めてフィアは問うた。


「ユーフェは……私を恨んでいるか?」


 ピタリ、とユーフェの動きが止まった。一瞬の静寂。フィアの腕の中にいるまま彼女は頭だけを倒してフィアを見上げた。


「何を?」

「何をって……」


 幼いユーフェはただ単にフィアの意図を汲み取りきれなかっただけかもしれない。しかしフィアは、彼女に敢えて問われているように感じた。

 自分の不安を口にするか、フィアは躊躇った。だが逃げてはダメだ、と自分に喝を入れ、苦しそうにしながらもキチンと言葉にする。


「……ユーフェからエーベルを奪ってしまった事だ。もし……もしも私が二人に関わらなければ、今もユーフェはエーベル――お前の兄と二人で過ごしていたはずだ。私のせいでエーベルは……死んだ」

「……」

「正直に答えてくれ、ユーフェ。お前は私を恨んでいるか……? そして……エーベルは私を恨んでいただろうか……? 私を恨んでいるなら、恨んでいると言ってくれていい。気を遣わずに、本当に事を教えてほしい。恨んでいると答えてももちろん突然家から叩き出すなんて真似はしないし、お前に酷いことなんて絶対しな――」

「ユーフェは」フィアの声を遮るようにユーフェは伝えた。「ユーフェは、おねえちゃんの事、好きだよ?」


 まっすぐに瞳をぶつけてきて、その視線にも声にも迷いは無かった。


「ほ、本当、か……?」

「うん……おねえちゃんは暖かいご飯をくれるし、きれいなお洋服を着させてくれた。暖かいお布団で寝られるし、ユーフェにもエーベルにも酷いことしなかった」

「でも、でも、私が居なければエーベルは……」

「エーベルが居なくなって……ユーフェも悲しい。エーベルはユーフェに優しかった。だけど死んじゃった……けどそれはおねえちゃんのせいじゃないもん」


 話すことが苦手なせいか辿々しい口調だが、ユーフェの瞳はどこか達観しているように思えた。それは生まれて以来、過酷な運命に翻弄されてきたからかもしれない。親を失い、寝食にさえ苦しみ、しかしそれでもフィアを気遣う事のできる彼女。その優しい心根を失わずに済んだのはエーベルが彼女の傍にずっと居たからだろうか。

 エーベルを失ってもなお泣き叫ぶ事もなくふさぎ込む事もなく、親しい兄代わりの存在の死を受け入れている。彼女の六つか七つという年齢でそういった事ができてしまうその事自体が、フィアには辛かった。


「そう、か……」


 彼女に恨まれていないという安堵。ユーフェの歪に成熟してしまっている思考は悲しいが、一つ関門を抜けてフィアはホッと息を吐いた。


「その、ちなみにエーベルは……私の事をどう言っていただろうか……?」

「うざいって言ってた」


 即答にピシリとフィアが固まった。黙って聞いていた、ユキを除いた三人も凍りついた。ユキだけは何処か楽しそうに湯に浸かって眺めている。


「う、ざい……?」

「いっつも自分に構ってきてメンドクサイって言ってた。仕事の対価として金だけくれればいいのにっていつも言ってた。家族とか、何言ってるか分かんねぇって言ってたよ」


 あまり似ていないがエーベルの口調を真似ているようで、彼女の一言一言がグサグサとフィアの胸に突き刺さる。

 その後も自分を見る目がいやらしいだの、すぐ子供扱いするだのと、エーベルがユーフェに漏らしていた文句が次々と明るみに出て、ゴリゴリとフィアのメンタルが削られていく。死んだエーベルの愚痴がユーフェの口から一頻り告げられ、それが終わった時にはフィアの顔からは精気が抜け落ちてしまっていた。


「でも」

「ま、まだあるのか……」


 これ以上何があるというのか。更なるダメージを与えられれば立ち直れそうにない、と死んだ魚の眼をユーフェに向けたフィアだったが、次いで出たユーフェの言葉に眼を瞠った。


「エーベルは笑ってた」

「――」

「おねえちゃんのことを悪く言ってたけど、そう言いながらもエーベルは楽しそうだった。前みたいに泣きそうな顔もしなくなったし、きつそうな顔して笑うことも無くなった。おねえちゃんから家族になりたいって言われた時は怒ってたけど、おねえちゃんと一緒に眠った次の日からは、エーベルはずっと嬉しそうだった。おねえちゃんからもらった剣を握って嬉しそうに笑ってたよ」


 だから。ユーフェ笑った。


「エーベルは、おねえちゃんの事が大好きだったよ。ずっと、ずーっと」

「――」

「……おねえちゃん?」


 フィアからの反応が無いことを不思議に思ったユーフェは俯いた彼女の顔を覗き込んだ。

 フィアは涙を流していた。不格好に唇は歪み、それでも堪えきれない涙が溢れて彼女の頬を伝っていく。


「……悲しいの?」

「いや……違うんだ」


 拭っても拭っても。こみ上げる気持ちが涙となって止まらない。暖かい雫がぽたりぽたりと垂れ、ユーフェは小さな手で彼女の涙を拭ってやる。フィアは堪らず彼女の体を強く抱きしめた。


「嬉しい時にも涙は流れるのですのよ、ユーフェ」

「……そうなの?」

「そうだよ。フィアさんは今、とっても嬉しくて泣いてるんだよ」


 抱きすくめられたまま不安そうに少しだけ顔を歪めたユーフェの頭をアリエスとカレンが撫でてやる。ユーフェはよく分かっていないようだが、そういうものだと受け入れたらしい。自分がされているように彼女もフィアの頭を「よしよし」と撫でた。


「こんな私でも……エーベルは好きでいてくれたのか」

「うん、剣を取られそうになってた時も、ずっとおねえちゃんを呼んでた。一番最後も、エーベルはおねえちゃんに『ごめん』って言ってた」

「エーベル……」


 こっちこそ、ごめんなさい。フィアは口には出さず、心の中でだけ謝った。そっちの方がエーベルに届くような気がした。


「だからたぶん――ううん、絶対にエーベルはおねえちゃんを最後まで大好きだったよ」

「ああ……そう、そうか」


 フィアはもう一度目元を拭って微笑んだ。涙に濡れて、不格好で、情けない姿だ。


「ありがとうな、ユーフェ。私はもう、大丈夫だよ」


 けれども、心から笑えた。素直に、屈託なく、自然と溢れ出た微笑みだ。

 靄がまとわりついているかのようにスッキリしなかった胸の内が開かれ、光が差し込んで全ての影が取り払われたような心地だった。

 アリエスはその声色を聞き、カレンと顔を見合わせて頷きあうと笑って後ろからフィアに抱きつく。


「こーら。ワタクシ達にも言う事があるんじゃありませんこと?」

「そうですよー。いっぱい心配したんですからね」

「そうだったな

 ――本当に皆には心配と迷惑を掛けた。すまなかった。そして……ありがとう。レイスも、心配を掛けた」

「……いえ、お嬢様がお元気で居てくださるのであれば本望でございますので」

「良いんですよ。私たちは友達ですから」

「そうそう。困った時は頼ってくれた方がワタクシたちだって嬉しいんですのよ。その代わり、今度ワタクシたちが困ったら手を差し伸べて頂きたいものですわ」

「ああ、もちろんだ」


 私は、幸せ者だ。アリエス達と抱き合い、感謝を述べるとフィアは空を仰ぎ、眼を閉じてほぅと溜息を漏らした。

 こんなにも、こんなにも思ってくれる人が傍に居る。こんな私を最期まで愛してくれた人が居る。父や兄とは上手く関係を築けなかったが、それでもこれほど人に恵まれた人間は他に居ない。フィアは周囲からの愛情を初めて素直な気持ちで受け取ることができた。

 瞼を開く。夜空に星がきらめいている。そのキャンバスに、彼女の瞳の中に住み着いていたエーベルの姿が投射された。

 そこに居たエーベルは笑っていた。これまでの恨みがましい視線ではなく、純粋な少年らしい瞳で彼女を見返し、そしていたずらっぽく笑うと手を振り、やがてその姿を消していった。

 それは都合のいいフィアの妄想かもしれない。だが、今のフィアにとってはそれでも構わなかった。願うことはただ一つ。彼が誰にも邪魔されず、誰からも搾取されず、誰からも暴力を振るわれることなく安らかに眠りについてくれることだけだ。


(ありがとう、エーベル……そして――)


 さようなら。

 フィアはそっと小声で、ずっと出来ていなかった別れを告げた。





 彼女らのやり取りをキーリ達はじっと黙って聞いていた。

 会話が途切れるとキーリは大きく溜息を吐き、シオンは嬉しそうに笑った。


「もう大丈夫そうですね」

「そうだな。これ以上の心配は不要だろうさ」

「ちっ、ったくよ。世話掛けさせやがって。どんだけ立ち直りに時間かかってんだつうんだ」


 ギースがいつも通り悪態を吐くが、心情は言葉とは違うのだろう。皮肉っぽく笑う彼だが、何処と無く柔らかさと安堵が溢れているような気がキーリはした。

 両腕を大きく伸ばして背伸びをし、もう一度肺に溜まっていた空気とともに不安や心配といったものを吐き出す。湯をぱしゃりと顔に掛け、キーリは誰にともなく自然に微笑んだ。

 夜空に浮かぶ満月。フィアとエーベルが出会った日には欠けていた月が、今は全く満たされて優しい光を彼らと彼女らを注いでいた。






これにてフィアとエーベル、ユーフェのお話は区切りになります。

お読み頂き、ありがとうございました。


気が向きましたら、ポイント評価、ご感想等頂けると幸甚でございます<(_ _)>

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