3-5 入学試験にて(その5)
第12話です。
よろしくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。
ゲリー:入学試験にて因縁をつけてきた偉い貴族の息子。ハンプティ・ダンプティ(みたいな体)
シェニア:スフォン冒険者養成学校の校長。ちょっとエロい。
「――、――」
自身に内包された濃厚な魔力が右掌に収束されていく。優れた魔法使いであるシェニアの全身が怖気で一瞬震え、思わず眼を見開いて髪をなびかせるキーリを見つめた。
キーリは右手を一度後ろへ引き、大きく開いた掌を迫り来る雷光目掛けて突き出した。
「なっ!?」
響く爆音。同時に収束した光が侵攻を静止。しかしそれも一瞬であり、キーリの掌に触れた光は右腕で振り払われると、そのまま軌道を変えて通過し訓練場の魔法障壁に当って四散していった。
「そんな馬鹿なっ!! 僕の魔法が……!」
ゲリーは眼を疑った。彼自慢の第三級魔法がキーリを貫いた。確かにそのはずだった。そんな未来を想像し、だが現実ではキーリは健在。怪我をした様子も無く空中からゲリー目掛けて落下してくる。想定の埒外に狼狽え、ゲリーの中に微かな恐怖が芽生えた。
そして彼は近づいてくるキーリの眼を見た。見てしまった。
鮮やかな銀糸とは裏腹に黒く濁った瞳。それにゲリーの色白の姿が映り込み、深い黒は何処までも飲み込んでいきそうだ。
「ひっ!」
ゲリーはそして囚われた。怖気に心臓を掴まれ、握りつぶされそうな感覚が襲う。全身が震えて冷や汗が噴き出る。すぐに次の魔法を詠唱するべきだが、使い慣れたはずの魔法が頭の中に浮かんでこない。
逃げたい。逃げ出したい。ゲリーの思考はそれに染められた。貴族の誇りだとか平民にしてやられただとか、そんな事は関係ない。すぐにでもこの場から離れてしまいたい。でなければ、でなければ――
「ゲリー様!!」
グリスマンの声にゲリーは我に返った。気がつけばまだキーリの位置とは距離がある。手の届く範囲では無い。
「まだ一度損なっただけです! 次の詠唱を――」
グリスマンがゲリーに促すが、その時キーリが左腕を横に振るった。いつの間にか手に握られていた何かが高速でグリスマンに向かって飛来する。それをグリスマンは視認できなかった。
スコン、という音が響くと同時にグリスマンの声が途絶え、気がつけば彼は白目を向いて倒れていた。
「え、ぐ、グリスマン先生……?」
「これは……」
グリスマンの頭に当って上空に飛んだ何かがシェニアの手の中に落ちてくる。ひんやりとした感触のそれは、小さな氷塊だ。女性であるシェニアの小指の程度の小さなもので、軽く普通に魔法として射出した速度であったならば大した威力にはならない。だがキーリが本気で投げればそれは、人間相手であれば十分な破壊力を持つ。
「ゲリー様、奴が!」
倒れたグリスマンに気を取られていたゲリーが、取り巻きの少年の声に正面を向けば、すぐ目の前にキーリの姿があった。
迫り来る圧力に悲鳴を上げて後ずさりするゲリー。だが恐怖で強張った体は彼の思い通りには動かず、たたらを踏んでバランスを崩すとそのまま仰向けに倒れてしまった。
「ぐっ……!」
「動かない方がいいぜ?」
慌てて起き上がろうとするゲリーだが、すぐ目の前から降ってきた声に体を強張らせた。
倒れたゲリーの胸元を左腕で押さえつけ、キーリは右腕の人差し指をゲリーの首元に添えた。その指先には、鋭く尖った氷の刃が夕陽に煌めいていた。
「魔法以外の攻撃は禁止。逆に言えば、魔法を使えばどんな手段でも攻撃はありだよな? おっと、下手に動くなよ。氷とはいえ切れ味はいいから首の血管を傷つければ……後はどうなるか、分かるよな?」
指先を、皮膚を傷つけない程度に押し付ける。脂肪で太い首の皮膚に切先が沈み、冷たい感触が脳へと駆け上っていく。するとゲリーの太った顔が青ざめ、やがて眼を回してパタリと意識を失った。
それを確認し、勝敗が決した事を確信するとキーリは立ち上がる。腕を振り氷を弾き飛ばすと、氷は床に当って砕けて魔力の塊となって霧散した。そして「ふぅ」と溜息を一つ漏らし、気を失ったグリスマンとゲリーを見下ろした。
「……人って傷つきやすいんだよ。貴族でも、平民でも。こんなちっぽけな刃で死んじゃうくらいに、な」
だからこそ、奴らが許せない。キーリは浮かぶかつての故郷を思い、眉間に皺を寄せた。
「そうかもしれないわね」
シェニアが同意しながら近づき、「お疲れ様」と声を掛けた。
「こんな弱い魔法でも使いようによっては簡単に人を殺せてしまう。貴族に限らず私達魔法使いはもう少し謙虚になるべきなのでしょうね」
「……聞いてた?」
ハッとしてキーリは頭を抱えた。落ち着いて考えれば、何とも厨二臭いセリフだ。昔、公園で拾ったマンガを見て一人布団の中で妄想していた頃の記憶が蘇り、思わず悶える。
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのよ? 貴方の言う通り、魔法使いもそうでない戦士であっても自分の持つ力を自覚して正しい方向に使ってもらわなきゃいけないもの。
今度の入学式で挨拶の中で使わせてもらおうかしら?」
「やめてくれ」
キーリは顔を覆って俯いた。
シェニアは、貴族にはないキーリの奥ゆかしさを認め、見た目相応の少年らしさに小さく破顔した。
大人びた言動と自身の危険を顧みない少年性。まさに過渡期にあり、この場で改めて証明された有望な若手をどうやって健全に育成していくか。校長になって以来初めてシェニアは仕事に楽しみを覚えた。
「で、貴方達はどうするのかしら?」残された少年二人に対照的な眼差しを向けた。「大方、ゲリー君に付き従ってただけでしょう? 今なら入学取り消しだけは無しにしてあげるから、すぐに彼を連れて目の前から消えなさい」
残された少年二人は、厳しい口調のシェニアの言葉にコクコクとただ頷き、慌ててゲリーを引きずって訓練場を後にする。気を失ったゲリーをあちこちにぶつけていたが、そこまで気を回す余裕は無かったようだ。
三人が消え、伸びたままのグリスマンを除いて二人きりになってキーリはシェニアに尋ねた。
「……それで、どうだったんだ?」
「どうだったって、何が?」
「決まってんだろ。試験の結果だよ。ちゃんと宣言通り二人共魔法だけでぶっ倒したわけだけど、問題無いだろ?」
「……魔法の能力を見るという意味ではあの倒し方はどうかとは思うけれど。でもまあ入学を認めるには問題無いわ」
確かに魔法を使って倒したが、結局はキーリの身体能力と戦闘経験にものを言わしての勝利である。あれを魔法だけで倒したと公衆で言ったら間違いなくブーイングだ。
「筆記試験の結果次第じゃ主席にしてもいいかもしれないわね」
「なんでだ? 午後の試験はただの適性検査じゃねーの?」
「あら、知らないの? 合格・不合格は筆記の結果が殆どをしめるけれど、入学後のクラス割や成績の序列は午後の試験結果で決めるのよ」
「マジか。……主席だったら入学式で挨拶したりすんだろ? 人前で話すの苦手だから勘弁して欲しいんだけど」
「心配しなくていいわ。主席は貴族の中から選ばれるって決まってるもの。下らない慣習だけど、目立ちたがりの連中にはもってこいの役回りよ。っていうか、主席になった時の心配だなんて、すごい自信ね?」
「こう見えても学はあるつもりなんでな」
「そう……人は見かけに依らないって本当ね」
「待て。それはどういう意味だ?」
「さて、ね。毎日の様にトラブルを引き起こしてる自分の胸に聞いてみなさい。
そ・れ・よ・り・も!」
シェニアは耳元の髪を掻き上げ、ズイ、と近寄るとキーリの腕を抱え込んだ。彼女の胸に挟まれ、突然の彼女の行動に戸惑いキーリは彼女の顔を見た。
「さっきの魔法、何!?」
「……は?」
眼が乙女の様に輝いていた。それはもうキラキラと激しく。
「あの時、ゲリー君の魔法を避けた魔法よ! トリックを教えて!」
「え、ええっとだな?」
「彼の魔法は確かに貴方に直撃したし、魔法障壁を展開した様子もなかった。魔力量からして魔法に対する防御力は高そうだけど、それだって魔法の矛先を変えたりなんて事はできないしそもそも魔法の進行方向を強制的に変える魔法なんて聞いたことないわ」
「あー……」
「でもあの時貴方の口元は確かに動いていたし魔力の高まりも感じたわ。だから何かしらの魔法を使ったことは明白。しかしながら渡り廊下から見てた貴方の魔法適性は最悪も最悪でまともな魔法は使えないはず。さあ、どうやってあの光神魔法を弾いたのかキリキリ吐きなさい!」
聞きたくて聞きたくて堪らなかったのだろう。それまでの大人の女性の妖艶な雰囲気は何処かへ吹き飛び、今は瞳を爛々と輝かせてまるで恋話をする少女の様にうずうずとしていた。口調は完全に犯人を尋問する役人そのものだが。
なお、胸元のブラウスがはだけてキーリの位置からは丸見えなのだが全く気にした様子はない。恥じらいも何も放り捨ててしまった彼女に、キーリは二重の意味で頭を抱えた。
キーリに五大神魔法のいずれにも魔法特性はない。これは事実であり、キーリ自身も今日の検査を経ずとも知っており、知った当時は絶望の奈落に叩き落とされたような心情だった。そんな彼がどうして魔法を使えるようになったか。それは、魔法の仕組みを知り得たからだ。
この世界にとっては魔法だが、キーリにとっては半分は魔法でもう半分は科学に過ぎなかった。炎神魔法は酸化反応であり、水神魔法は液体の分子運動制御、そして光神魔法は電子の流れだ。全てがそうでは無いが、極論、突き詰めればそれでしかない。前世の科学との違いは僅か。大気中に魔素が存在すること、そして未だに信じられないことだが精霊と神が確かに存在するということだけだ。
キーリが知り得た情報から導き出した結論は、魔素を用いてそれぞれの属性の精霊が媒介してそれぞれの魔法現象を引き起こしているに過ぎず、現象自体はキーリの持つ科学知識とさして変わりがない、ということだ。
個人個人が持つ魔素と精霊との相性が魔法適性であり、適性が大きいほど効率よく多くの魔素を無駄なく使用出来る。しかしどう動かすかは個人のイメージに依るところが大きい。ここにキーリは目をつけた。
適性はない。しかしキーリには有り余る程の膨大な魔力と、前世が工学系大学生であったためにそこで培った多くの知識があった。
通常ならば余りに非効率的な程の魔力を用いて微かに現象を発生させる。そして電子や分子といったミクロな運動を制御する。先ほどのゲリーの事例で言えば、掌に真空の膜を作って絶縁体とし、同時に電気の通りやすい道を体から離れる方向に作ってやっただけだ。言ってしまえばそれだけであるが、制御する対象が小さくなればなるほど高精度な制御と確かなイメージが必要となる。それをこの十年もの間、復讐を胸にキーリは死に物狂いで鍛え上げてきたのだ。
「さあ! 早く! もったいぶらないで教えなさい!」
迫るシェニア。意識してかせずにか、柔らかい胸の感触が一層伝わってくる。思春期の同年代の男の子であればそちらに心を奪われて、シェニアに請われるがままに教えたかもしれない。
だが相手が悪かった。キーリはすでにユキを識っていたのだから。
「ダメだ。自分で考えな」
「えー! いいじゃないのよ! 女の胸触ってるんだからそれくらい教えなさい!」
「お前が勝手に押し付けてるだけだろうが!」
あっさりと拒否してみせ、シェニアが不服を顔全体で露わにする。その様子はまるで拗ねた子供だ。
キーリとしては、シェニア個人に教えるのは構わないと思ったがこの世界の常識とは遥かにかけ離れた理屈を理解できるとは思えなかったし、前世と比べて遥かに宗教色の強い世の中にこの理論が漏れてしまうと余計なトラブルを誘発しかねない。
これまでのシェニアのイメージが崩れていくのを感じて頭痛を堪えつつ、別の理由を口にする。
「冒険者にとって手の内ってのは秘密にするもんだろ? それに――」
「それに?」
「入学もしてない学生に、校長が考えるのを放棄して教えを請うのはかっこ悪くないか?」
首を傾げるシェニアに、キーリはニヤリと挑発するように言ってみせた。
そして無言。と、唐突にシェニアが喉を鳴らして笑い始めた。
「……言ってくれるじゃない」眼を座らせたシェニアがそこに居た。「いいわ、その挑戦受けて立ってあげようじゃない! その得意気な顔に吠え面かかせてやるんだから。理屈を思いついたら寝てても叩き起こして答え合わせさせるから! いいわね?」
「え、いや、それは困るんだが……」
「おっとこうしちゃいられないわ。すぐに部屋に戻って考えをまとめなくちゃ。
というわけで私は忙しくなったから帰るわ。あ、そうそう、どうせ合格してるだろうけれどキチンと合格発表の日はここに来なさいよ。その場で入学手続きもするから。それじゃあね」
ひょっとしなくても、早まっただろうか……?
高揚を全身で表しながら一方的にキーリに別れを告げるとシェニアはあっという間に訓練場から姿を消していった。出た直後に遠くから微かに「校長! 何処に行ってたんですか!」という怒鳴り声が聞こえたような気がしたが、キーリには預かり知らないことだ。意識して耳を閉ざし、伸びたままのグリスマンを一瞥してから何も見なかったことにしてキーリは宿へと戻っていったのだった。
そして、合格発表の日。
――試験結果
レイス
迷宮攻略科、次席合格
フィア・トリニアス
普通科、合格
ユキ
魔法科、主席合格
キーリ・アルカナ
普通科、次席合格
晴れて彼らの新しい生活が始まることが決まったのだった。
2017/4/16 改稿
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