5-7 ずっとスタンド・バイ・ミー(その7)
第2部 第31話です。
お待ちかね。温泉回。
宜しくお願いします<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
「おー、立派な温泉じゃねぇか!」
脱衣所から続く扉を開けたキーリは歓声を上げた。
そこはまさにキーリが知る温泉だった。脱衣所の外は露天。踏み出した足裏の下には黒い石造りの床が伸び、視線を床から正面に向ければ湯けむりが立ちこめている。
広さもそれなり。少なくとも男性陣三人が伸び伸びとするには十分過ぎる程に広く、脱衣所から浴槽までの壁は背の高い明るい色の木の板で仕切られている。板には安価なものだが照明の魔法具が設置されていて夜でも十分に明るかった。
露天故にモンスターや野生動物と遭遇なんてオチもあるかと思っていたが、事前に聞いていた通りそういった動物の気配はしない。
空を見上げれば夜の帳が半分以上落ちていて、西の方に見える低めの山裾のみが昼を残しているだけであった。
湯気の温もりと吹き下ろしてくる風。暖と涼が入り混じり、しっとりと汗ばんだ風に心地よかった。
「おーい、お前らも早く来いって」
「は、はいっ……」
中々出てこない残り二人に向かってキーリが叫ぶと、恥ずかしそうにしながらシオンがそろりと戸の影から顔だけを覗かせた。視線をキョロキョロと動かし、頭の上の耳が忙しなく音を拾おうと動いている。
まあそうだろうな、とシオンの心情を考えると苦笑がキーリに浮かんだ。日本であれば裸の付き合いとはコミュニケーションの言葉だが、裸体を浴室とはいえ他人の眼に晒す機会の少ないこの世界では抵抗はあろうが、こればっかりは仕方がない。
「大丈夫だって。確かに最初は落ち着かねぇだろうけど、すぐに慣れるって」
「うぅ……分かってはいますけど」
「ったくよ、逆にテメェは何でそうも堂々としてられんだか……」
シオンの最後の砦だった戸が、後ろでしびれを切らしたギースによってスパーン! と勢い良く開かれる。ビクン、とびっくりして背筋を伸ばして慌てて振り返ったシオンだったが、その正面にギースのアレを間近で捉えてしまい思わずのけぞった。
「……ンだよ、シオン」
「い、いえ、なんでもありません……」
「ちっ、おら、さっさと奥に行けって。せっかく来たんだ。存分にその『オンセン』とやらを堪能させてもらうぜ」
シオンの脇をすり抜け、何一つ隠す事無く湯船に向かうギース。脱衣所では彼もやや抵抗はあったようだが、ここに来て開き直ったらしく清々しいまでに身一つでずんずんと進んでいく。
「あ、そうだ。ギース、温泉を楽しむにはいくつか注意があってな」
「あ? 注意だぁ?」
「大した事じゃねぇよ」面倒くさそうに顔をしかめて睨みつけてくるギースにキーリは苦笑を隠さない。「まずは湯に浸かる前に体を洗って綺麗にするってのと」
「ちっ、面倒くせぇ――」
顔だけキーリに向けたギースの脚が湯船の傍に差し掛かった。
そこでぐるりとギースの世界が回転した。湯けむり沸き立つ湯船が視線からフェードアウト。代わりにやってきたのは真円に近い形のお月さまときらめく幾つもの星たち。
そしてギースの瞼の裏で星が瞬いた。
「……滑りやすいから気をつけろって言いたかったんだが」
「お、おっせぇんだよクソが……」
足の裏はヌメッとした感触が残っている。ギースは自分が脚を滑らせたのだと気付きキーリに力のない悪態を吐いた。
「だ、大丈夫ですかっ!? 今治癒魔法を――」
「あ、シオンもそんな慌てると――」
強かに打ち付けた後頭部を抱えてうずくまったギースに急いでシオンが駆け寄る。だが風呂場で走ればどうなるか。
「あ」
「え?」
つるり、とシオンもまた脚を滑らせ、ギースの背をすぅーっと滑っていく。そしてそのまま「どっぽーんっ!」と湯船の中に頭から突っ込んでいった。
水柱を高く上げて沈み、やがてうつ伏せのままシオンの萎れた耳と尻尾が水面に浮かび上がってくる。
「……大丈夫か?」
「……ごぽ、ごぽぽぽぽ」
シオンから気泡の返事が戻ってくる。たぶん、「大丈夫です」と言っているのだろう。
遅かったか、とキーリは小さく溜息を吐くと、シオン救出のために湯船へと向かっていった。
「ふぁぁ……生き返るぜ……」
湯に浸かったキーリの口から思わず溜息が漏れた。
やや熱めの湯の刺激が手足の末端から順々に伝わり、温まった血液が全身を巡っていく。筋肉が解れてこの旅で溜まった疲れが癒やされていき、それが吐息となって吐き出されていくようだ。
体全部から力を抜いて湯船の縁に体を預ける。山からの風が気持ちいい。やや白く濁った湯を掬って顔に掛けると一層心地よさが増した。
「ジジクセェ野郎だな、テメェは」
「なんだよ、ギース。温泉は気に食わなかったか?」
「別に気に食わなくはねぇよ」
キーリとは向かいの縁に体を預けていたギースがムスッとした顔で湯に浸かっている。頭の上にはキーリ指導の元で折りたたまれたタオルが置かれ、表情こそ仏頂面だが頬が少し緩んでいるところをみると確かに嫌ってはいないようだ。
「なんだ、すっ転んだ事をまだ気にしてんのか?」
「ちっ……まさかンなに滑りやすいとは思わなかったんだよ……!」
強かに打ち付けた後頭部をギースは擦った。シオンの魔法によって治療されたために痛みはもう無いが、無様な姿を晒してしまった事がギース的には悔しいらしい。「あー、くそっ」と叫びながらお湯を顔に勢い良く掛けた。
「あはは……でも本当に温泉って気持ちいいですね。暖かいお湯にのんびり浸かるのがこんなに気持ちいいとは思いませんでした」
「だろ? ただの湯じゃこの心地よさは味わえねぇんだよなぁ……またこの露天風呂ってのが良いんだよ。風が冷ましてくれっから長く浸かってものぼせにくいしな」
「ここから見える景色も良いですしね……普段地下に潜ってばっかりだからでしょうか、なんだかこうやって星空を眺めながら頭を空っぽにできるっていうのがすごく贅沢に思えます」
「普段頭をさっぱり使わねぇバカも居るがな」
どうやら自己嫌悪から立ち直ったらしいギースが振り返って山の方に視線を送った。
「あのバカは良いのかよ、ほっといて」
「そうですね、一体、どこに行ったんでしょうか、イーシュさん。
まあ……何となく想像はつきますけど」
男性陣四人の内でここに居ないイーシュ。彼はこの温泉処に到着するやいなや、「わりぃ、ちょっとトイレ」と言いながらどこぞへと消えていった。口では用を足してくると言いながらも完全に眼がにやけていたことから、彼が本当は何をしに行ったのかは容易に分かった。
「ほっとけほっとけ。こんだけ高い壁に囲まれてんだ。もうちょっちすりゃ覗きなんざ諦めて肩落として戻ってくるだろ」
「ところがぎっちょん。俺は諦めが悪い男なのだよ」
ふっふっふ、とイーシュは不敵に笑った。ただし土の上で大の字になって寝そべったまま、既に息も絶え絶えである。
キーリ達と別れたイーシュは一人温泉の裏へと回った。グルリと周囲を一周回って見たものの、キーリの言う通り高い壁に阻まれて中を窺い知ることはできなかった。板に張り付いて何処か隙間が無いかと探してはみたが木の板は隙間なく並べられておりそれも不可。ならば、とその壁を登れないかとも試してみたが、壁には指を掛けるところもなく表面はツルツルに加工されている。おまけに壁の上端部は鋭く尖った針の様なものが設置されていて、そこに指を掛けようものならばグッバイ冒険者人生だ。
更には、温泉の周りにある木々は全て伐採されている。木に登っての女体観察さえも先読みした対策にはイーシュも呆れを通り越して感服せざるを得なかった。
まさに要塞。鉄壁の守りとも言うべき堅牢な温泉処である。普通の覗き犯であればそこで泣く泣く諦めた事だろう。
だがイーシュは諦めなかった。温泉のすぐ周囲には覗きに適した場所はない。だが、離れたところであればどうか。少し歩けば山があり、そこからならば何とかなりそうだ。
幸いにしてイーシュの視力は優れている。夜目はレイスたちほど効かないが、現代日本での基準に照らし合わせれば六.〇はある。浴場もライトアップされているため場所を見失う心配も無いし、間近で見ることは叶わないが十分観察はできる。
決断したイーシュの行動は早かった。
すぐさま引き返し、腰の剣を握りしめると走った。だがそこでもイーシュの行く手を阻む障害があった。野生動物とモンスターである。
腹をすかせた野犬に、山の中を徘徊するモンスターたちが次々に襲い掛かってくる。だが所詮野生動物であり、Eランクモンスターである。そんなもの、イーシュの情熱を止めるに値しない。
鋭く、疾く。まるでフィアやキーリのように次々と敵を蹴散らしていく。どうしてこの実力を迷宮内で発揮できないのか、全くの謎である。
しかし敵の数は多く、何とか全部を蹴散らしたところでイーシュの体力は一旦底を迎え、こうして冷たく湿った地面に転がり、未だ見ぬ新世界への渇望をエネルギーにして体力回復に勤しんでいるのだった。
ぜぇぜぇと酸素を欲して息を荒げるイーシュだったが、直ぐ側の茂みでゴソゴソと葉が擦れる音がした。だが音の発生源が何であるかを知っているイーシュは慌てずに寝転がったままそちらへ声を掛けた。
「おう、もう出てきても大丈夫だぞ」
姿を現したのは「えるみなれっど」ならぬカレンの弟であるカイトだ。カイトは恐る恐る周囲を見回して、本当に敵が居なくなったのを確認するとイーシュに近寄って顔を覗き込んだ。
「な? 言ったとおりだろ? このくらいの敵どうってことねぇって」
イーシュが寝転がったまま笑いかけると神妙な顔でカイトは頷いた。
「うん……ごめん、俺、兄ちゃんのこと勘違いしてた。弱っちいバカと思っててごめん」
「だろ? ちっとは見直したか?」
「うん、見直した。強いバカだった」
褒めているのかけなしているのか分からないカイトの言葉だが、イーシュはそれで満足らしい。
よっこらせ、と体を起こすとカイトの頭をグリグリとこね回してキリッとした表情をした。見上げる先は目的地。そこまではあと僅か。
「うっし、休憩終わり! さあ、行くぞ」
「もうすぐだね、兄ちゃん」
「ああ、やっと辿り着ける――俺らの桃源郷に」
カイトはしっかりと頷き、齢十歳の彼もまた男の顔を浮かべた。
しかし、どうしてカイトがこんな場所にいるのか。その答えは一つしかない。
彼もまた、イーシュの同志であった。
年齢の割にマセたところがある彼だが、異性に対する興味も早くも抱いていた。特に幼い頃から姉のあの豊満な胸を見て育ったのだ。加えて、自分よりやや年長の少年たちとも交流が多かったカイトは、彼らが年相応に性に関心を示す会話も耳にしている。そうしてここ最近、女性に対する関心を日増しに増していたところでフィアたち美女を引き連れてのカレンの帰郷だ。そんな彼女たちが、村の温泉に行くという。
これは行かねばなるまい。彼もまた決意をしてこっそりとフィア達の後を追いかけ、やがてこそこそと裏手に回ろうとしていたイーシュと遭遇し、互いの眼を見て志を同じくするものだと一瞬で悟り、こうして夜の山へと繰り出したわけである。
「ほら、手を貸せ」
「うん」
木々の密集する山の斜面を、イーシュとカイトは手と手を取り合いながら進む。斜面でイーシュが脚を滑らせればカイトが支え、厳しい道中にカイトが挫けそうになればイーシュが懸命に励ます。
二人は二人で一つのチーム。バディ。呼び方は種々あるが、目的は一つ、心も一つの運命共同体。心の友は、どちらかが掛けても意味は無い。
「頑張れ……! あと少しだ……!」
「うん、うん……俺、頑張れる……! 兄ちゃんと一緒ならどこまでも行けそうな気がするよ!」
「ばか、ンなこと言うなって。恥ずかしいだろ……けど、俺も同じ気持ちだぜ」
「兄ちゃん……」
「カイト……」
二人が何を目指しているか。その対象を考えると馬鹿馬鹿しいのだが、幸か不幸か突っ込む人間は誰もいない。何より、二人は人生の中で最も大真面目だった。
汗に塗れ、泥に塗れ、枝葉によって傷だらけになり、しかし脚を止めることはない。
何が彼らをそうさせるのか。もしこの場に誰かが居て、彼ら二人に問うたならば「イイ顔」をして、声をハモらせてこう応えただろう。
――そこに、(二つの)頂きがあるからだ、と。
残念だったな。温泉(男湯)回だ。
お読み頂き、ありがとうございました。
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