5-6 ずっとスタンド・バイ・ミー(その6)
第2部 第30話です。
宜しくお願いします<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
ユーフェ:猫人族の血を引く貧民街の少女。表情に乏しいが、最近は少しずつ豊かになった気がする。
「ただいまー」
カレンは実家の扉を開け放つとそう言った。だが今は家主は不在のようで沈黙が返ってくる。
「お母さんは……居ないか。とりあえず皆、適当に荷物置いていいよ」
「お邪魔します」
カレンに促されてキーリ達はぞろぞろと家の中へと入っていく。入口からすぐは居間の様で、四人がけのテーブルが真ん中に居座り、端にはもう一つテーブル。その横には椅子が重ねて置かれている。奥には一段高くなっている部屋らしい空間が左右に二つあり、どちらも扉は閉じられている。
「奥の左側が女の子部屋で、右が男子用ね」
「こちらの部屋はなんですの? 鍵が掛かって厳重そうですけれども」
アリエスの指差した、入ってすぐ左手にも部屋らしいものがあるが、鍵が掛けられて固く閉ざされていた。
「あ、そっちは工房。お母さんがこもって作業する時に使ってるんだ」
「ほう、ご母堂は職人なのか。珍しいな」
職人と言えば男性が殆どだ。フィアがこれまでに会った職人も皆男性で、女性は一人も居なかった。
噂では厳しい世界であると聞き及んでおり、そんな世界に女性でやっていくのは大変だろうとフィアは感心する。カレンはそんなフィアと、そしてアリエスを見て含み笑いをした。
「どうした? 何かおかしかったか?」
「ううん、そうじゃないよ。けど……うん、内緒」
「?」
楽しげなカレンにフィアは首を傾げ、アリエスとともに顔を見合わせるのだった。
「へー、結構広い部屋だな」
そんな彼女達を他所にイーシュはカレンに案内された部屋の戸を開けて、やや感心したような声を上げた。
扉の向こうは板張りの床になっていて、部屋の中央には脚の短いテーブルがぽつんと置かれている。部屋の広さはそれなりで、男性陣四人であれば十分くつろげる程度ではある。
「でしょ? 普段は客間っていうか、他の村からのお客さん用の部屋なんだけど、滅多にこないしたぶん使って問題ないと思うから、好きにしていいよ」
「よっしゃ、なら早速」
部屋の中に自分の荷物を放り投げ、イーシュがそのまま部屋へ上がろうとする。が、それを見たカレンが慌てて呼び止めた。
「あ、ちょっと待った! 部屋に上がる時はブーツを脱いで上がって!」
「ブーツを?」
「そこに石があるだろ? そこで靴を脱いで上がるんだよ」
要領を得ず頭の上に疑問符を浮かべるイーシュ。カレンからタオル貰ってユーフェの体を拭いてやっていたキーリだったが、彼女の汚れを程々に拭い終えるとイーシュの代わりに実際にしてみせる。
脚の裏からひんやりした板の感触が伝わってくる。微かに板が軋む音がして、石造りの建物にはない優しさを感じる。こうして靴を脱いで上がるのはもう何年ぶりだろうか。部屋の作りも昔の日本家屋を思い起こさせ、キーリは懐かしさに思わず眼を細めた。
「へー、そうすんのか? お前ら、知ってた?」
「知ってるわけねぇだろうが」
「私も初めてだな」
「昔、東の方の御方から聞いた事はありましたけれども、実際に見るのは初めてですわね」
初めて体験する風習に興味津々の女性陣。ユーフェも向かいの女性部屋へ登ろうとするが、段差が高いために苦戦している。思い切り脚を上げた時にスカートが捲れてしまったが、すかさずレイスがそっと直してやっていた。
「この村は東の風習が強いのか?」
「ううん、お母さんの趣味。他の家はたぶん皆が知ってる家と変わらないよ」
「あん? カレンのおばちゃんって東の方の人間なのかよ?」
「うーん、たぶんそうだと思うんだけど……」イーシュの質問に応じはするも、カレンの歯切れは悪い。「お母さん、あんまり昔の事は話さない人だから」
「そうなんですの?」
「うん、仲は良いしよくお母さんとおしゃべりしてたけど、昔の事を聞くと笑って誤魔化すばかりで教えてくれないんだ」
少しだけ眉をハの字にして、横に長く伸びたひげをカレンは撫でた。どうやら彼女もその点については思うところがあるようだ。余計な事聞きやがって、とキーリがイーシュの脇を小突き、ぐふぅ、と小さな悲鳴が漏れた。
と、彼女の頭にギースが手を置いた。
「別に自分の親の過去なんざどうでもいいだろうが」
「ギースくん」
「テメェがテメェの親をどう思ってるか、重要なのはそれだけだろうがよ」
いつもの仏頂面でぶっきらぼうな言葉遣いだが、彼の気遣いをカレンは感じ取った。
ギュスターヴの事件があったのはまだ一ヶ月前。捕まり、そして何者かに殺された彼はギースにとって父親だった。失望、感謝、悲しみ……ギースは決して口にはしないが、内心では彼に対する複雑な感情を抱いていただろうことは、決別の場に居たキーリの――彼もまたペラペラと喋ることはしないが――話からも想像ができる。
「……うん、そうだよね」
そんな彼の言葉だからだろうか。気遣いと、もう完全に吹っ切れたのだという事が分かり、カレンは嬉しくて少しはにかむように笑った。
「けどさ」どこかわざとらしく怒った顔を作ってギースを見上げた。「女の子の頭にそう簡単に手を置いちゃダメなんだからねっ?」
「はっ、置きやすいところに頭を持ってくるテメェが悪ィんだろうが」
「ひどーい! そんな事ばっか言ってると女の子にモテないんだから!」
「別にンな事に興味はねぇよ。イーシュと違ってな」
「ちょ、テメェ! そこで俺にフるのかよっ!?」
「おら、イーシュにモテるコツでも伝授してやれよ」
「……ごめん、イーシュくんには無理かも」
「無理なのっ!?」
「おやおや、誰もいないはずなのに賑やかだと思ったら」
三人による漫才が始まりかけた時、開けっ放しだった入口からしわがれた老婆の声が届いた。振り返り、誰何を認めたカレンは途端に破顔した。
「おばあちゃん!」
「ふぇっ、ふぇっ、元気にしとったかい、カレン?」
カレンが老婆に駆け寄って抱きつくと、老婆もまた嬉しそうにしわくちゃの顔を綻ばせた。そして優しい眼差しでキーリ達の姿を順番に眺めていく。
「お友達かい?」
「うん! 皆にぜひウチの村を知ってほしくって!」
「そうかいそうかい」うん、うん、とゆっくり老婆は笑顔のまま頷いた。「ほら、ババアの相手よりもお友達の相手をしてあげなさい。みんな困ってるよ?」
老婆に促され、カレンは恥ずかしそうに笑いながらキーリ達の方に向き直った。
「えっとね、この人は隣のおばあちゃん。小さい時からよく遊んでもらってて、今もお母さんが居ない時とかにはカイトのお世話をお願いしてるの」
「よくいらしたね。何もない村だがゆっくりしてっておくれ」
笑顔で曲がった腰を更に曲げて頭を下げる老婆に、フィア達も慌てて会釈を返す。その様を見て老婆はより一層笑みを深くした。
「ふぇっ、ふぇっ、礼儀正しい子供たちじゃ。よいよい、こんなババアに気を遣わんでよい」
「あのー、俺らそんな子供って年齢じゃ……」
「儂から見ればお主らもカイトもそう変わりはせんよ」
イーシュの控えめな抗議も老婆には敵わない。フィアは小さく笑いながら、頭を掻くイーシュを見つつ老婆にもう一度頭を下げる。
「すみません、こんな大人数で押しかけてしまいまして。ご迷惑ではありませんか?」
「なんのなんの。こんな田舎はジジィとババァばっかじゃからな。若い商人や冒険者の御方も右から左へ流れていくだけでの。お主らみたいな若い人がいるだけで儂まで若返った気分じゃわい」
ひゃっひゃっひゃ、と愉快そうに老婆は笑い声を上げる。見た目はもう七十になろうかというくらいだが、腰が曲がっている以外はとても元気そうだ。その様子につられてキーリとフィアは顔を見合わせ笑った。
「ところでおばあちゃん、お母さんは?」
「ああ、あの子なら昨日からエシュオンへ行っとるよ。注文の品が出来上がったようでの。そのまま向こうの工房を借りて、序に教室を開くと言っとったからもう数日は戻らんはずじゃ」
「あっちゃぁ、やっぱそっかぁ」カレンは手を額に当てて天を仰いだ。「今朝まで私達もエシュオンに居たんだよね。ちょっと寄っていけば良かったなぁ……」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。まあそう嘆くことも無かろう。食事の心配をしとるなら気にせんとも良い。どうせカイトに飯を作るんじゃ。お主らの分も作ってやろう」
「いいの!?」
「宜しいのですか? 我々は別に自分達で作りますが……」
「良い良い」老婆は機嫌よく笑った。「お主らも長旅で疲れとるじゃろう。カレンは儂にとっても孫みたいなものじゃからな。ならばそのお友達であるお主らを粗雑に扱うことはできんよ。それにの、子供は子供らしく好意は素直に受け取るもんじゃよ」
「……でしたらお言葉に甘えさせて頂きます」
「ありがとな! バアさん! 楽しみにしてるぜ!」
「おばあちゃんの料理は絶品だからね! 期待してていいよ!」
「その飯食って育って、なんでこいつは料理がヘタなんだか……」
ギースがポツリとぼやくが、どうやらそれはカレンには届かなかったらしい。彼女は老婆と抱き合って感謝を伝えていた。
老婆もカレンと抱き合って嬉しそうにしていたが、体を離すとマジマジとカレンの全身を上から下へと眺めていく。
「しかし……その様子じゃと、どうやらカイトとはもう会ったようじゃの?」
「そうだけど……何で?」
「あの子のやんちゃの跡が全身に現れとるからの」
「あ」
そう言えばカイトの巻いた粉で全身粉塗れだった、とカレンは今更ながらに思い出した。抱きついた先の老婆を見れば、老婆の全身にも至る所に粉が付いていた。
「ご、ごめん、おばあちゃん!」
「良い良い。しかしそうじゃの……そうじゃ」老婆はカレンの全身の粉を手持ちの手ぬぐいで払いながら笑みを更に深くした。「せっかくこの村に来たんじゃ。カレン、お友達を温泉に案内してあげなさい」
「え?」
「温泉! 温泉があんのか!」
老婆の提案に、キーリは部屋から身を乗り出して確認する。彼にしては珍しく嬉しそうだ。しかしカレンは対象的に困惑した声を上げた。
「いいの? あそこって村の人以外には教えないんじゃ……」
「良いんじゃよ。別に村以外の人間が使ってはならんという決まりは無いからの。ただ、余りに人が来ると村の者が使いにくくなるからの。お主らも他の人間には内緒にしてくれるかの?」
「ああ、せっかくの秘湯なのに人が大挙してきたら台無しだからな。約束するぜ」
まさかこの世界にも温泉があるなんて思わなかった。湯に浸かるのも久々で、元々日本人であるキーリの心は思わず湧き立った。
だがそんなキーリを他所に、他のメンバー達は話についていけず困惑した様子だ。この世界では温泉は一般的ではなく、また情報の伝達も現代日本に比べてとても覚束ないレベル。フィア達が温泉を知らないのも無理は無かった。
「テメェらだけで勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」
「なあ、その、『オンセン』ってのはなんだ?」
「ん? ああ、そっか。こっちじゃ温泉は滅多にないもんな」
「一言で言えば、おっきなお風呂です。そこに皆で一緒に入るんですよ」
「一緒にって俺たち全員か!?」
そう聞いた途端にイーシュが眼を輝かせ、同じ想像をしたのかシオンは顔を赤くした。彼もそういう年頃である。
「……もしかしてバカイーシュと一緒ですの?」
「さ、流石に男性と一緒に入るのは……」
「まさか! ちゃんと男子とは別々に別れてますよ」
対して女性陣の反応は微妙ではあったが、カレンの別々という言葉を聞いて胸を撫で下ろした。
「でも、失礼ですけれども所詮大きいお風呂なんでしょう? 広くて伸び伸びできるというのは確かに魅力的ですけれどもそこまで……」
「ふっふー、甘いですね、アリエス様」ニヤリとカレンが笑う。「湧き出るお湯はただのお湯じゃないんですよ」
「お湯が湧き出るのか? 魔法具かなにかで沸かすんじゃなくて?」
「違う違う。温泉ってのは地下水が火山の熱とかで温められたものでな。地下にある色んな体に良い成分が湯に含まれてるんだよ。俺の故郷じゃ湯治っつって病気や怪我の治療に使われてたりしたな」
「それだけじゃなくてお肌にも良いし、入った後なんてもうお肌がツルッツルになりますよ!」
「お肌が……」
「ツルツル……」
カレンとキーリの息の合った説明に、思わずフィア達は自分たちの頬に触れたり腕を見下ろしたりする。一気にフィア達の目の色が変わったのがキーリにも分かった。
普段は迷宮に潜って男性と同じように、むしろ男性陣よりも活躍することの多い彼女達だ。迷宮で夜を明かすのは日常茶飯事だし、迷宮内ではまともな湯浴みなど当然できようはずもない。
だが彼女たちも女性である。冒険者として生きている以上ある程度の諦めはあるが美しさに対する欲求は人並みにある。むしろ普段から痣や生傷が絶えない生活をしているからそういった美への願望は人並み以上かもしれない。
自分の腕や顔に触れれば、ここまでの道中で掻いた汗でややベタベタしており体全体もどこか埃っぽい。フィア、アリエス、レイスの三人は男性陣を見遣ると決意を固めた表情で互いに頷きあった。
「フィア、レイス」
「ああ、分かっている。私とて昔とは違うのだ……!」
「お嬢様……その美しいお姿を、生まれたままのお姿をこの眼に焼き付けさせて頂きます」
約一名、他二名とは違う決意をしていたが、ともかく女性陣の考えは一つにまとまった。
――行かねば
お読み頂き、ありがとうございました。
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