5-4 ずっとスタンド・バイ・ミー(その4)
第2部 第28話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
エーベル:フィアが出会った少年。生活のために窃盗を繰り返していたところ、フィアが雇ったが貧民街で殺害された。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
ローラント:キーリ達が護衛依頼を受けた行商人。愛犬と共に町から町を渡り歩いている好青年。
「それでは本当にありがとうございました」
ローラントはエシュオンの町の入口で礼を述べた。
肩に愛犬を乗せた状態ですっかり馴染みとなった笑みを浮かべ、キーリ達一人ひとりと握手を交わしていく。キーリ達もまた快くそれに応じ、別れを惜しんだ。
「こちらこそ。特に何事も無くて良かったですね」
「いえいえ。こうして何一つ荷に損害が生じなかったのもキーリ君達のお陰です。モンスターの一匹さえ近寄らせない、見事な腕前でした」
ローラントの口から出てくる賛辞の言葉にキーリは頬を掻いて誤魔化し、シオンやイーシュは互いに笑いあった。迷宮探索が主で、こうして依頼人のつく依頼は殆ど受けたことがない。まだ二十前後の彼らは褒められ慣れておらず、気恥ずかしさを隠せない。その若さを見て、ローラントは微笑ましさを覚えて笑みを一層深いものにした。
スフォンを出発して五日。当初の予定通りにキーリ達はエシュオンの町に到着したのだった。
道中に何度かモンスターと遭遇したものの、いずれも高くてDランク下位。数こそそれなりに居たため一般的な冒険者であれば苦戦は免れなかっただろうが、キーリ達にとってはたいした問題では無い。いずれも瞬く間に蹴散らし、無事に護衛としての依頼を全うできていた。
「こちらこそたくさんのお話、ありがとうございました」
「面白かったです! もっと聞きたかったなぁ」
「いいえ、大したことではありませんから。こうして色んな町を訪れますからね。道中の慰みになったのであれば、私の経験も無駄では無かったですね」
長旅の途中途中では、ローラントによる様々な話が繰り広げられていた。やれあの町ではこんな建物がある、やれこの村ではこんな失敗をしてしまったなど、町の風景から既に笑い話にできる駆け出しの頃の失敗談などを面白おかしく語っていて、暇さえあればシオンや、特にカレンはそういった話をせがんでいた。アリエスからカレンがたしなめられる場面もあったのだが、ローラントも語るのが好きなようでニコニコとして苦に思っていないようだった。体験談に時折教訓めいたものを織り交ぜた語り口は商人というよりは、吟遊詩人としての才能があるのかもしれないな、とキーリは思った。
「ところでこちらを頂いて宜しかったですの?」
「ええ。元々皆さんを雇うには破格の依頼料でしたから。せめてものお礼です」
「そういうことでしたら有難く頂戴致しますわ。そろそろ果物が食べたい頃合いでしたの」
軽く笑みを浮かべながらアリエスがパンパンに太った袋を持ち上げた。袋の中にはローラントが荷台で運んでいた色とりどりの果物が敷き詰められている。状態を通常よりも維持する魔法具の中に収納されていたため、もぎたてには及ばないもののまだ瑞々しさを保っていた。
「ぃよっしっ! んじゃ俺らもそろそろ行くかっ!
元気でな、おっちゃん!」
「……せめてお兄さんと呼んでほしいところですね」
荷物を背負ったイーシュの言葉にローラントは苦笑いを浮かべた。まだまだ若いつもりなんだけどなぁ、とぼやきながらも「そちらも気をつけて」と返礼し、そしてフィアの方へ近寄っていく。
「フィアさんも。お陰様で無事に到着できました。エルミナまではそこまで遠くはありませんが、山道を通ると思いますので道中は気をつけて……というのは貴女方には失礼ですかね?」
「いえ、お心遣い感謝致します……こちらこそお見苦しいところをお見せしました」
差し出されたローラントの手を握り返し、フィアは少しぎこちない笑みを浮かべた。気こそ完全には晴れていないようだが、ここ数日で多少なりとも表情が明るくなってきているのをローラントも気づいており、柔和な笑みを返した。
「出過ぎた真似でしたが、多少なりとも何かをお与えできたのなら光栄です。
……お節介次いでにもう少しだけ宜しいですか?」
「――はい、ぜひ」
「私が思うに、貴女は素敵な女性です。誇り高く、仲間思いで我慢強い。ですが時には弱さをさらけ出すことでもっと魅力的な人になるでしょう」
「ローラントさん……」
「大丈夫です。貴女は貴女の信じた道を進めばいいんです。もっと自分を信じてあげてください。どのような結果になろうともその決断を下した自分を認めてあげてください。貴女には私と違って素晴らしいお仲間が居ます。万が一、貴女が道を間違えそうになればきっと、彼らが貴女を正しい方向へ連れ戻してくれるでしょうから」
フィアは後ろを振り返った。レイスが、アリエスが、シオンがいる。イーシュが子供っぽく笑い、ギースが皮肉げな笑みを浮かべ、ユキもどこか嬉しそうだ。キーリが彼女を見つめ、そしてフィアはカレンに手を繋がれたユーフェの顔を伺った。
彼女はいつもと変わらぬ眠そうな眼を向けている。その瞳を見るだけで体が震えてしまいそうだ。だがフィアは、あの日以来、初めてユーフェの眼をキチンと見つめ返したことに気づいた。
「貴女の未来に幸多からんことを。光神様を始め、神々のご加護がありますよう」
旅人に向ける祈りの言葉を口にしてローラントは手を振り荷馬車を引いて町の中へと溶け込んでいく。フィアは彼の言葉を反芻し、天を仰いで深呼吸をした。そして仲間の方へ歩いて行く。
まだ、心から笑う事はできない。けれども、少しだけ足取りが軽くなった。そんな気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おぉい、まだ着かねぇのかぁ?」
列の最後尾からイーシュの情けない声が上がった。前を歩いていたキーリ達は一斉に振り向き、呆れた視線を向ける。
「ちっ、ンだよ。もう疲れたのかよ、テメェは」
「そうじゃねぇけど、歩き難くって仕方ねぇんだよ」
「近道をせがんだのはイーシュじゃありませんでして?」
「そりゃそうだけどよ……」
ギースが舌打ちし、腰に手を当ててアリエスが非難がましい視線を向けるとイーシュはきまり悪そうに視線を逸す。そして一面に広がる緑一色の景色に溜息を吐いた。
キーリ達が歩いているのは完全な山道だ。いや、道というのは適切ではない。獣道、という表現も相応しくない程に草木が生え渡り、歩く度に蔦や蔓が絡みついてきて邪魔で仕方がない。頭上を見上げれば背の高い木々がこれでもかとばかりに枝を広げ、深緑の葉が影を落としている。
どうしてこんな道を歩いているか。事の発端は今日の早朝に遡る。
早朝からカレンの故郷・エルミナへと出発した時、村まで後どれくらいかとシオンが確認した。それに対してカレンから返ってきた答えは、「一日順調に進めば宵の口にたどり着ける」というものだった。これに、いい加減旅に飽きてきたイーシュが反応した。
元々のルート、というよりも唯一と言っていい整備された道は山裾をグルリと回るものだ。自然と遠回りになるので時間が掛かる代わりに比較的安全に進めるのだが、それを聞いたイーシュが「もっと近道は無いのか」とせがみ、その結果案内された道を選択した結果が今の有様である。
「自業自得、と言いたいが歩きにくいのは確かだな」
カレンと並んで先頭を進むフィアが剣で草をなぎ払い、天然の罠となっていた蔦を叩き切る。すでにこうした作業も何度目か分からない。イーシュの言う通り、体はそう疲れていないが足元に常に気を配っていると気疲れのほうが先にくる。
「なんかジメジメして気持ち悪いしよぉ、風も吹かねぇから蒸し暑くてたまんねぇ……」
「ま、山のど真ん中を突っ切ってんだからこんなもんだろ。我慢するこったな」
「へいへい。俺が選んだ道だから諦めますよ」
「……まだ時間、掛かる?」
キーリにたしなめられ、首元をタオルで拭いながらイーシュがやさぐれた返事をする。そんな中、キーリに肩車されているユーフェがぬいぐるみを抱きしめながら尋ね、カレンが振り向いて笑顔を向けた。
「道ももう下ってるし、あと少し進めば開けた場所に出るはずだよ。そしたらもうすぐだから」
「分かりました。なら皆さん、頑張りましょう!」
「うぇ~い……」
シオンの励ましにやる気の無い応えを返すイーシュ。その背後からアリエスが忍び寄り、イーシュの頭を鷲掴みにし、ギシギシと嫌な音が響いた。
「貴方はもっとやる気を出しなさいな……!」
「だだだだだだだだっ! わか、分かった! やる気出します元気出します文句言いません! だから手を離しっ……割れるぅーっ!?」
「一度そのお馬鹿な頭を割って中身を入れ替えたほうが手っ取り早いですわ」
イーシュとアリエスのじゃれ合い――というには一方的だが――を横目に見てシオンは苦笑いをしていたが、カレンへ向き直ると素直な感想を口にした。
「でもやっぱりカレンさん、凄いですね。こんな山の中でも村の位置が分かるなんて」
「汗も全く掻いてないし、スタミナだけは全くカレンには勝てる気はしないな」
「あはは。ちっさい頃からここらへんを走り回ってましたから」
「自分の庭、ってわけか」キーリは肩に乗せているユーフェの膝の辺りを軽く叩いた。「だってよ。あと少しだからもうちょっと我慢できるな?」
「うん……頑張る」
キーリの頭の上でユーフェは握りこぶしを作ってやる気を見せる。その様子にほっこりしながら、一同は深い草木を掻き分けながら進んでいく。
そうして程なく、カレンの言う通り茂みが浅くなる。頭上からは木漏れ日が降り注ぎ、更に脚を踏み出すと一気に視界が広がった。
すっかり存在を忘れていた陽光がキーリ達を一気に照らし出した。その眩さに眼を細め、やがて明るさに慣れた瞳に映ったのは、大きく開けた土地だった。
キーリ達が居るのは小高い位置で、そこからは村の全体が一望できた。家々が点在し、工房だろうか、家の屋根に取り付けられた小さな煙突から煙が出ていたりしている。どこでもそうかもしれないが、見慣れたスフォンと比べれば豊かな自然に囲まれた景色は如何にも「田舎町」といった風情だ。以前に訪れたヘレネムの風景と重なり、キーリは眼を懐かしさに細めた。
(アトは……元気にやってっかな?)
かつて自分に懐いていた少女を思い出す。教会の騎士団傘下に入ったはずだが、あれから三年。立派に成長しているだろうか。キーリの胸が少し疼きを覚えた。
「ここがエルミナ、ですの。思ったよりも大きいですわね」
村を眺めてアリエスが感想を漏らした。村、と聞いていたがどちらかといえば規模は町に近いかもしれない。道はキチンと整備していて、遠目で分かりづらいが村人らしき人に混じって装備を身に着けた冒険者らしき人物や行商人らしい人も点在しているようだ。
「そうですね。一番近くの町がエシュオンですし、他に王国の中央方向へ行くルートもあまり無いからちょっとした宿場町みたいになってるらしいです。他にも民芸品を作ってたりだとか、後は冒険者の装備のちょっとした手直しや修理ができる職人さんもいますから、ちょっと他の田舎町とは違うかもしれないですね」
「ふぅん……そう言われれば今まで見てきた村と少し違うかも」
「ああ。まだここから見ただけだが、良い場所そうだ」
「あはは。ありがとうございます」
「でも――」
村を眺めていたユキが少し首を傾げた。
「どうした? 何か見つけたか?」
「うぅん……村の人、何か困ってるみたいだよ?」
「……それはユキの言うところの『感じ取った』というものですの?」
アリエスの問いにユキは首肯した。
「そうなるかな? でも困ってるとは違う? 何ていうのかな、何かに怯えてる感じかな?」
「怯えてる? 村の皆が?」
「そう。でもこう、なんかふわっとして掴みどころがない感じ。それが村全体から感じるイメージ」
「漠然とした不安を感じているという事か」
フィアがユキの感覚をまとめると、カレンは村を見下ろした。彼女が最後に村を見たのは二年前だ。目に見える景色はその時とは特に変わっていないように見えるし、モンスターなどに襲われた痕跡も見えない。だがエーベルの事もあってユキが言う事が嘘とは思えないし、カレンは彼女が嘘を吐いているのを聞いた事も無い。カレンの中でも不安が湧き上がっていった。
「まぁまぁ! ならさっさと村に行ってみよーぜ! そしたら何か分かるだろうしな!」
そんな空気を打ち破るようにイーシュの明るい声が響いた。
鬱蒼とした茂みから抜けたのが嬉しいのか、それとも新しい村を見てテンションが上ったのか。一同が感じ始めた不安など、「見る方が早い」とばかりにイーシュは眼を輝かせて急な斜面を駆け下りていく。
「ちっ、ガキかよ、あいつは」
「あ、ちょっと! ……もうっ」
みるみるうちに小さくなる姿にギースは呆れ、カレンも頬を膨らませるが、その眼には「仕方ないなぁ」と、まるで弟を見るような色が浮かんでいた。
「ま、あいつの言うとおりかもな。とりあえず村に行って、カレンの知り合いにでも聞いてみりゃはっきりすんだろ」
キーリの言葉に頷き、残った全員がイーシュの後を追いかけて斜面を下る。イーシュは下で彼らを待ち受けていて、ニカッと笑って大きく手招きしてきた。
「おせーよ! 早く行こうぜっ!」
「テメェが突っ走りすぎてんだよ」
「本当に。さっきまで弱音吐いていたのは誰だったかしら」
「まあ、そう言ってやるな。それで、カレンの家に行くんだっけか?」
「はい。ここからだと村の反対側になるからちょっと歩くけど」
カレンが先導し、村の中心方向へと向かっていく。荷馬車が彼らを追い越していき、冒険者とすれ違う。田舎では見慣れない集団は浮くはずだが、人の出入りが多い村だからか、そこまでキーリ達に関心は払われていないようだ。
「しばらくカレンの家にお世話になることになるのだが、この人数で泊まれるのか?」
「んーっと、うん、たぶん大丈夫。一応部屋は三部屋あるし、寝泊まりだけならできるよ。ちょっと狭いかもだけど。アリエス様は大丈夫ですか?」
「構いませんわ。こういった旅行で個室というのも寂しいですし、女性だけでワイワイするのも旅先の楽しみだと聞きましたから楽しみですの」
「そうですよね。私も久しぶりにアリエス様と一緒にお泊りできて嬉しいです! あ、もちろんユーフェちゃんもだからね!」
「いっつも迷宮で一緒じゃん。ユーフェは別にしてもよ」
「それはそれ。これはこれ。旅行はまた別なの。イーシュくんは分かってないなぁ」
「そんなもんか?」
そこら辺の機微がイーシュには理解できないらしい。カレンの反論に首を傾げて男性陣に意見を求めるが、ギースは興味ないとばかりに周囲の風景を眺め、シオンは苦笑いを浮かべて明言を避ける。キーリは、「だから彼女と上手くいかないんだろうなぁ」と何となく察して軽く嘆息した。
そんな会話をかわしながら歩いていた、その時――
「待て! そこのお前たちっ!」
背後から声を掛けられ、全員は揃って振り向いた。だが道行く人がいるだけで、声を掛けてきたような人物はいない。
「何処見てるんだよ! こっちだこっち!」
「もっと下~!」
言われるがままに視線を下に落とす。そこには少年少女が五人。いずれもまだ十に満たないくらいの人族だったり猫人族だったり、様々な種族の子供達だ。それぞれも手作り感のあふれる色違いのマントを肩にボタン留めしている。
存外に子供好きらしいイーシュが頬を緩め、少し腰を屈めて応じる。が、少年たちは皆険しい表情だ。
「俺らに何か用か?」
「お前ら、怪しい奴らだな!? 村の皆に悪いことするつもりだろ!?」
「はぁ?」
イーシュが素っ頓狂な声を上げた。
お読み頂き、ありがとうございました。
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