5-2 ずっとスタンド・バイ・ミー(その2)
第2部 第26話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
エーベル:フィアが出会った少年。生活のために窃盗を繰り返していたところ、フィアが雇ったが貧民街で殺害された。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
「いやぁ、本当に助かりました! まさかCランクの冒険者に護衛に就いてもらえるなんて私は運が良い」
ローラントと名乗った行商人は御者台の上で嬉しそうに笑った。
スフォンの外壁が少しずつ小さくなり、馬車を引く馬の蹄がカツカツとのどかな音を立てている。車輪が小さくカラカラと鳴り、荷台が一定のリズムで揺れて心地よい風が吹き抜けていく。空は晴れているが今は雲が太陽を隠し、眠気を誘う程よい陽気である。
荷台には所狭しと目的地で売りさばく麦や保存の効く食物などが積まれ、その下には衝撃を和らげるための干し草が引かれている。その上ではローラントの相棒である子犬が体を丸めて気持ちよさそうに眠っていた。カレンはその濃い灰色の毛を撫で、ユーフェもその気持ちよさそうな体毛の誘惑に抗えなかったのか、恐る恐る手を伸ばそうとしていた。
「でも良かったのですか? とてもCランクの方々を、それもこんなに大勢を雇うのに十分な報酬とは言えないはずですが」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
笑顔から一転、自身にとって余りにも都合の良い状況にローラントは不安そうに尋ねるが、御者台の隣に座るシオンが笑みを浮かべて首を振った。
「僕達もちょうどエルミナに向かう予定で、仕事を探してましたから都合が良かったんです。
本来なら安値で請け負ってしまうと相場が崩れてしまうので問題になるんですが、今回のローラントさんの依頼は、申込みの期限が今日までなのに他に受ける冒険者が居ませんでしたから」
「ギルドは迷宮のためだけでなく街の人、それに貴方のような行商を生業とする方々のためにも存在するものですわ。念のため支部長にも確認を取りましたけれど、問題ないとのことでしてよ」
「ほう! ギルドの支部長と直接お話できるのですか! それは大したものです」
「ワタクシたちもそうですけれども、シェニア……支部長もそんな大それた方じゃありませんわ」
「そうそう。年中仕事サボって受付に混じってるような人間だからな」
馬車の横を早足で歩いていたキーリが会話に混じってそう話すと、ローラントは無精髭を撫でながら「なるほどなるほど」と得心したように何度も頷いた。
「貴方がたのお話を聞いていると、現場の冒険者の方々と親しく、好かれているようですね。随分と魅力的な方なようだ。
こういってはなんですが、あの街の役人は腐敗が進んでいるようなのに貴方がた冒険者の方々からはそういった雰囲気を感じる事がない。そのシェニア支部長が冒険者の方と良い距離感を保って締めるべきところは締める、上手な手綱のとり方をしているように思いますね」
「ま、そうだな。ちょっち褒め過ぎなところはあるけど」
「困った時には私達にも見捨てず手を差し伸べてくれますもんね」
荷台の方からカレンが身を乗り出して会話に加わる。その時たわわな胸が縁に押し付けられた。今は胸当ても外しているため、ぐにゅと柔らかそうに形を変えていて、振り向いたローラントは思わずそちらに眼を向けてしまい、不躾な視線を向けたことに気づいて慌てて顔を逸らす。
すると突然、眠っていた彼の相棒が抱きかかえられていたユーフェの腕から飛び出してローラントの背に飛びついた。そして責めるように何度もガジガジと彼の頭をかじり始め、ローラントは悲鳴を上げた。
「ちょっ! こら! 止めてくれ! 分かった分かった! 私が悪かったから!」
「あらあら、もしかして嫉妬ですかしら? ローラントさんも愛されているようですわね」
灰色の髪に爪を立てられ、血をダラダラと流しながらも何とか愛犬を引き剥がすとバツが悪そうにローラントは笑ってみせた。
「いやぁ、お恥ずかしい。私に懐いてくれるのは嬉しいのですが、愛情表現がきついのが玉に瑕ですね」
「あの、治療魔法を掛けましょうか?」
「いえいえ、お構いなく。このくらいは日常茶飯事ですし」
まだ年若いローラントだが行商人として生きているからだろうか。男らしいのに何処か憎めない、人好きのする笑みを浮かべてシオンの申し出を辞退する。と、そこに同じく荷台で寝そべっていたユキもまたローラントの方に身を乗り出してやってくる。
「でもお兄さん、いい男よね。凄く魅力的よ」
カレンを上回る巨乳をこれみよがしに寄せ、マントの隙間からチラリと覗かせる。微笑む顔は妖艶で、顔立ちに似合わないアダルトな雰囲気を昼間だというのに醸し出してローラントを誘ってみせる。
ローラントとて健全な青年である。頭ではダメだと分かっていても胸に視線は吸い込まれてしまっている。彼の頭の上に陣取った愛犬が威嚇するように唸り声を上げるが、どうしてだかどこか迫力を欠いている。
ユキは愛犬の顎を指先で軽く撫でながらローラントに迫る。
「どうかしら? 今夜あたりに何処か二人で――」
「はい、アウトですわ」
「あん」
ローラントの顎先に指を添え、顔を近づけていったところでアリエスが割って入る。グイとユキの顔を抑えて引き剥がすと、そのままポイッと荷台から外に放り捨てる。ユキの悪癖に頭を抑えていたキーリがそれをキャッチ。猫にするように後ろ襟を掴まれ、プラプラとユキは脚を遊ばせた。
「ったく、お前って奴は……」
「えー……ダメ?」
「ダメに決まってんだろうが。余計なトラブルを引き込むような真似をしてんじゃねーよ」
「むー……ま、しょうがないか。なんて言うんだっけな……あ、そうそう、『略奪愛』って面倒だって言うしね」
「何処からお前はそんな言葉を学んでくるんだか……」
そんな事を口走る彼女に、キーリを始め全員が一斉に溜息を吐いた。
概ね、旅の始まりは順調であった。
ゴトゴトと心地よい揺れを刻みながら翌日も馬車は進んでいく。
初日は特に何事もなく平和に過ぎていった。夜間にユキがローラントに夜這いを掛けようとして拘束されたり、寝ぼけたユーフェが森の中へ入ろうとしたりして慌てて止めたりといったちょっとしたハプニングはあったものの、目立ったトラブルは生じていない。
二日目も先を見通せる御者台にローラントと並んでシオンとアリエスが座り、馬の両脇をギースとキーリが歩く。荷台には休憩と後方の監視を含めて今はフィアとレイス、カレンにユキが、そしてローラントの愛犬を抱いたユーフェが座っている。ある程度時間が経過したら交代して護衛に就きながら、一行は順調にエルミナ村へ近づいていた。
今日も空は快晴。少し山の方へ近づいたせいか風は季節に比してやや冷たい。だが照らしてくる太陽の熱で汗ばむ体を冷ましてくれるくらいには気持ちが良かった。
そんな環境の中、フィアはあぐらを掻いて頬杖を突き、後方をただ眺めていた。今しがたすれ違った、自分たちと同じように町から町を移動する行商人の馬車が小さくなっていく。両脇は草原が広がり、少し遠くに眼をやれば木立が揺れていた。
このペースで行けば後三、四日くらいでローラントの目的地であるエシュオンという町に到着するだろうか。フィアは昨日見せてもらった王国の地図をうろ覚えながら思い起こし、そう思った。
カレンの故郷であるエルミナ村は、カレン曰くそこから更に一山越えた場所の麓にあるという。エシュオンからはおよそ二日。だが自分たちの脚ならば一日半あれば十分だろう。
そのままフィアはぼうっと変わらない景色を見ていた。揺れるばかりで何も変わらない退屈な情景が流れる。
だが、不意に耳元で声が聞こえた。
「どうして……僕を家族にしようとしたの?」
ハッと振り向く。そこには淑やかに座ったレイス、それとローラントの犬を愛でているカレンとユーフェがいるだけだ。
「失ってしまうんなら優しくなんてしてくれなくて良かったのにさ」
今度は正面。エーベルが立って、侮蔑の籠もった眼差しでフィアを見下していた。
「え、エーベル……」
「期待させるだけさせといてさ、いざって時には守ってくれなんてしない。姉ちゃんだって他の大人と一緒だ。口先だけで大切だって言いながら、最後には見捨てるんだ」
「違うっ! 私は見捨ててなんかいない!」
「じゃあ――」エーベル姿が変わっていく。「何で僕はこんなになったの?」
現れたのは血に塗れた哀れな少年だ。顔は腫れ、腹からは血を流し、両手は大きな一文字の傷が刻まれている。貧民街でフィアが抱きしめたエーベルの姿で冷たい瞳を向けてきた。それは、フィアが初めてエーベルと出会った時と同じ瞳であった。
「父さんと母さんが捨てたように、姉ちゃんは本当は僕なんて要らなかったんだ。ただ家族ごっこがしたいだけだったんだね」
「やめろっ! これ以上エーベルを貶めるなぁっ!」
フィアは眼をつむり、耳を塞ぎ体を丸めて絶叫した。
これは幻覚だ。分かっている。この一ヶ月、幾度も見た幻だ。エーベルはもう居ない。死んでしまったのだ。
そう死んでしまった。苦しい思いをして、まだ輝かしい未来が待っていただろうにそれは適わない。そして、またしてもフィアは家族を失った。
「私は……本当にエーベルを守りたかったのに……」
「だが守れなかった」
するり、と指がフィアの首筋を撫でる。後ろから囁き声が塞いだ掌をすり抜けて入り込んでくる。
「シーファー……!」
「子供一人守れぬ半端な力など、在っても無くても同じ。大事なものを守れぬのなら己が鍛えたものに何の意味があろうかな?」
「その場に居たのなら、私だって守りたかった! だがどうしようも無かったんだ!」
「ならば何を悔やむことがある? どうあがいても守れなかったのならば悔やむことなどあるまい」
「それでも私は守りたかったんだ……」
「ならば鍵を掛けて閉じ込めていれば良かったろう。大事な大事な宝石のように仕舞っておいて、時折気が向いた時にでも愛でておれば良かった。そう悔いているのか?」
「違う! ただ私は……」
――自分のしたことは、果たして本当に正しかったのだろうか
その疑問は口に出せず、ただ掠れた息となって宙に溶けていった。
「……難儀よのう」
哀れみの籠もった視線を向け、シーファーはフィアに向かって背を向ける。
エーベルの手を引き、二人の姿が離れていく。
「待ってくれっ!」
だが二人はどんどん小さくなっていく。どれだけフィアが手を伸ばそうとも届かないし、声も届かない。
「連れて行かないでくれっ! 頼む、私を一人にしないでくれっ! お願いだ!」
懇願。フィアは走り出し、追いかける。しかし歩いているはずの二人から離されていった。
「エーベルぅぅぅっっっっ!!」
「フィア! おい、フィア!」
体を揺すられ、フィアはハッと我に返った。
俯いていた顔を上げればそこはいつの間にか山道だった。草原を抜けて木が生い茂る曲がりくねった道に馬車は止まっていた。
振り向けば、キーリがフィアの肩に手を当てて厳しい表情を向けていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……悪い夢を見ていたようだ」
汗の滲んだ額を拭い、フィアは大きく溜息を吐いた。ただ座って居眠りをしていただけだというのに今は頭を動かすその仕草さえ億劫だった。
二度目の溜息を吐き、気持ちを切り替えてキーリを見上げる。
「それで、どうしたんだ?」
「いや、ギース達が先行して戻ってきたんだがな。モンスターの気配がするらしいから先に退治しとこうかって話になってな。フィアの意見も聞いとこうと思って。問題ないか?」
「そうか……分かった、そうしよう。私も行く」
「いやお前はここで待ってろ」立ち上がりかけたフィアを押し留める。「俺とアリエス、ギースの三人で行ってくる。フィア達はここで念のため馬車の警護をしててくれ」
「だが……」
「じゃな。そういうことで。頼んだぞ」
「リーダーはここでどっしりと構えて待ってなさいな」
渋るフィアの肩をキーリとアリエスが叩き、馬車から飛び降りる。二人を待っていたギースと三人は加速し、瞬く間に遠く木の陰に姿を消していった。フィアは手を思わず伸ばし、だが行き場を失って虚しく宙を彷徨うばかり。
キーリ達の姿が、先程夢に見たエーベルの後ろ姿に重なる。不安がよぎる。まるで、まるで周りにいる仲間たちが自分から離れていってしまう、それを暗示していたように思えてしまう。
(そんな事はない、そんな事はない、そんな事は――)
何度も繰り返して言い聞かせる。夢を見たせいだ。だからこんなに不安になっているのだ、これは一時的なものに過ぎないのだ。
思わずフィアは自分の両腕を掻き抱いた。二の腕を強く掴み不安を押し殺す。誰も見えなくなった森の方を睨み、だが泣きそうに顔を歪めているのに気づかない。
そしてもう一つ気づかない。
レイスとユーフェが寄り添うように、フィアの手に自分のそれを重ねてくれた事に。
お読み頂きましてありがとうございました。
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