4-8 神は天にいまし、世は全て――(その8)
第2部 第24話です。
宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。
レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。
ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。
エーベル:フィアが出会った少年。生活のために窃盗を繰り返していたところ、フィアが雇ったが貧民街で殺害された。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
ギュスターヴ:スラムを牛耳る人物であり、かつてはギースの親代わりをしていた。
シーファー:辺境から流れてきた元冒険者。エーベルを殺害した。
鐘が悲しげに街に鳴り響く。スフォンの街はずれにある墓地でキーリはその音を聞いて顔を上げた。
数日間降り続いた雨は既に完全に上がり、空は抜けるような青空が広がっている。鐘の音は世界中に届かんばかりに遠くまで響き渡る。それは時を告げるための鐘だが、キーリは鎮魂の鐘だと思うことにした。街の誰も彼の死を悼んで鐘など鳴らしてはくれない。それどころか彼の死に関心を示す者でさえ僅かだろう。であれば、せめて自分たちだけでも安らかな眠りを願ってあげたい。墓石に向かって手を合わせ、静かに黙祷を捧げた。
「エーベル……幼き戦士の魂、ここに眠る、か……」
イーシュが墓石に刻まれた文字を読み上げた。その彼の眼にも深い悲しみが宿っていた。
孤児であるエーベルに、当然ながら彼の寝所を作ってあげられる家族など存在しない。故にキーリやアリエス達が少しずつ金を出し合って共同墓地に墓を立て、埋葬してやった。またイーシュが彼の実家のツテを使い教会の若い助祭を探し出してくれた。形だけでもそれなりに葬儀を行うことができたのは僥倖と言えるだろう。
「さ、フィア」
「……ああ」
顔色の悪いフィアがアリエスに背を押されて進み出る。傷こそ回復魔法で癒えたものの失われた体力までは魔法で回復しない。ともすればふらつく体をレイスとシオンに支えられ、墓石の前に膝を突いて花束を添えて眼を伏せた。アリエスやカレン、ギースはそれに合わせるように黙祷した。
フィアは虚ろな眼で墓標を見つめた。彼が生きた期間はあまりに短い。彼が死んでいつの間にか一週間が経過していたが、未だに信じられない。ユーフェを含めた三人で眠りについたあの夜がもう、二度とやって来ることが無いということが理解できない。いや、理解はしても実感ができていない。まるでまだ、悪い夢を見ているようだ、と思った。
「ユーフェちゃん、エーベルくんにお花を供えてあげて」
シオンがフィアの横から辞し、代わってカレンに手を引かれたユーフェが並んだ。シオンに促されるままにフィアよりも一回り小さい花束を添えた。
フィアはそっとユーフェの眼を覗いた。雨の中で必死に泣き叫んで彼女たちに異常を知らせたその眼は、今は何の感情も宿していないように見えた。
(私と……同じ、か)
空っぽだった。エーベルとともに自分の中の何かも死んでしまったようだった。ただ喪失感のみが深く彼女の中に残され、彼の死を悲しむことさえもできない薄情な人間になってしまったみたいに思えた。
「フィア、これも供えてやれ」
キーリが差し出したのは、彼女がエーベルに渡した短剣だった。陽光に照らされて紫の小さな宝石が悲しく輝いている。それをフィアはのろのろとした動きで受け取ると、数瞬手の中のそれを見つめ、しずかに花束の上に乗せた。手に感じていた重さも、彼女から離れていった。
「結局……私が彼にしたことはなんだったのだろうな……」
「……」
「お嬢様……」
「家族だなんだと言っておきながら守れなくて……ただの自己満足の家族ごっこじゃないか……!」
涙で声は掠れ、絞り出すようにした言葉が胸を締め付ける。カレンは耐えきれず眼を潤ませて口を抑え、ギースは髪を掻き毟りながら背を向けた。彼女に掛けるべき言葉を誰も思いつけず、黙して辛そうに視線を地面に落とすだけだった。
俯いて垂れ下がった髪で目元を隠したまま、フィアは動かない。しばらく静かにそのままで居たが、やがてアリエスが彼女の背を撫でた。
「フィア、これ以上は体に障りますわ。さ、立って。また……エーベルには会いに来ましょう」
「……」
アリエスとレイスに両側から支えられながら立ち上がる。明らかに憔悴した彼女をこのままこの場に居させるのは、そんな彼女の姿を見るのは辛い。キーリは彼女を二人に任せてエーベルとフィアに背を向け、伏せていた顔を上げた。
「ねぇ」キーリに言われて喪服に身を包んだユキは、キーリにだけ聞こえる声で尋ねた。「人間が死ぬのって、やっぱり悲しいの?」
「……小声で話すあたり、お前も成長したんだな」
胸の奥で疼く痛みを誤魔化すためキーリは思わず茶化し、ユキはぷぅ、と頬を膨らませた。
「私だって空気を読むよ。それで、どうなの?」
「そりゃ、な……誰だって愛した人間が殺されれば悲しいだろうよ。悲しいなんて陳腐な言葉で表せないくらいに、な」
「でもフィアはキーリの時と違って恨みとか、そういうのは無いみたいなんだけど、それはなんで?」
「何故って……恨むべき相手はもう死んじまったし、向ける相手が他に居ないからな。
……だからこそ余計にフィアも辛いだろうな」
「ふぅん、そういうものなんだね。でも、なんだろう」
「何がだ?」
「何かフィアが悲しそうにしてると、私も少し気持ち悪い。ううん、気持ち悪いっていうのとは違うのかな……? もやもやするっていうか、何か変」
それを聞いてキーリは眼を瞠った。幼く見える顔で首を捻るユキの姿に、キーリは昔に失った幼馴染の姿を重ね、複雑な表情を浮かべた。
「そういうフィアを見てたいか?」
「そんな訳無いじゃん」
「ならそれが人間らしくなってきた証拠だよ」キーリは胸の疼きを覚えてユキから顔を逸した。「一生お前はそういう感覚とは無縁だと思ってたぜ」
「うーん、でもこのまま気持ち悪いのも嫌だなぁ……
あ、そうだ!」
ユキはさも名案を思いついたとばかりに両手を叩いた。一転して表情を明るくしたユキを、キーリは怪訝そうに見つめる。
「フィアが悲しいのはエーベルが死んじゃったからだよね? だったらエーベルを生き返らせちゃえばいいよね? かなり力を使っちゃうけど、別にフィアの為だったら――」
「それはダメだ」キーリは強い口調ではっきりと否定した。「それだけは……それだけはやっちゃいけねぇ」
「え、でもさ」
「ダメだ。もしどうしてもお前がするなら……あの時の契約は無しだ」
まさか否定されるとは思っていなかったのだろう。ユキは驚き、不満そうに口を尖らせるが「契約」を持ち出されてキーリの本気さに気づいたのだろう。不満から残念そうな表情へ変わって完全に閉口し、胸の辺りを軽くさすっていた。
キーリは溜息を吐いてユキから眼を離した。フィアはゆっくりとした足取りで俯いたまま墓から離れていき、それを認めたキーリは彼女を先導するように先頭を墓地の出入り口へと向かって歩いた。
その時、彼らの元に近づいてくる人影に気づいた。
「シェニア……」
「こんにちは。私も……お参りさせてもらってもいいかしら?」
黒いベール付の帽子の奥から柔らかく少しだけ微笑み、シェニアは尋ねた。彼女はフィアに尋ねたようだったが、フィアから反応は返ってこない。代わってアリエスが頷くと、シェニアは静かに頭を下げてエーベルの墓へ向かった。
後ろから一同が見守る中、シェニアは静かに手を組み、祈りを捧げる。彼女自身は特段五大神教を信仰していなかったが、彼の魂を導いてくれるのならばどの神でも構わない。幼き魂が安らかんであらんことを。もしかすると、将来的に素晴らしい冒険者となったかもしれない少年に深く哀悼を捧げた。
「……来てくれてありがとな」
「いいえ……悲しみは貴方達に及ばないかもしれないけれど、身近にいた子供の死を悼む気持ちは一緒だもの。それに、私も全く無関係という訳ではないしね」
シェニアには今回の事件に関して、諸々を相談していた。ギュスターヴの屋敷の地下に居た子供達の事、シーファーとの戦闘処理にギュスターヴを正当に裁くための働きかけ。いずれもギルド支部長としての領分から外れたものであり面倒な処理だが、彼女は快く後始末を受け入れてくれていた。
「申し訳ありませんわ。今回はご迷惑をお掛け致しました」
「構わないわよ。別に貴方達が悪いことをした訳じゃないし。それに、私としても色々と話を進めるのに好都合な事も多かったから、悪い話ばかりじゃなかったわ」
「今度美味い酒と飯でも奢ってやるよ」
「ならミーシアにいい男でも紹介してあげて。事務的な面では全部あの娘が頑張ってくれたから」
「帝国の貴族で良ければ紹介して差し上げますわ」
軽く冗談を交わすとシェニアは「さて」と全員を見回した。
「せっかく全員揃ってるし、ある程度後処理も目処が立ったから内容を伝えようと思うんだけど、どうする?」
そう言ってシェニアはフィアを見た。レイスやシオンがフィアの様子を伺うが、彼女は小さく「どちらでもいい……」とだけ答えた。
「そう。なら歩きながら話しましょうか」シェニアが促し、フィアに合わせてゆっくりと街へ向かう。「まず、地下に居た子供達だけど一旦ギルドで預かる事にしたわ」
「そうですの……良かったですわ」
あの日、ずっと彼女たちの傍に居たアリエスが胸を撫で下ろした。彼女らの処遇に一番気に病んでいたのもアリエスであり、少しだけ表情が和らいだ。
「落ち着くまではギルドの空いてる部屋で生活してもらうけれど、その後は新たに作る孤児院で引き取られる事になるわね。もちろん、故郷に帰るのを希望する娘は送り出すけれども」
「ってことは、かねてからの計画が進むって事か」
キーリの問いかけにシェニアは黙って頷いた。
「計画って……なんだ?」
「前にお前にも話しただろうが、イーシュ。今の養成学校とは別に低所得者向けに養成学校をスフォンで独自で作るって話だ」
「おお、そういやぁそんな話もあったな」
ぽん、と手を叩いて今思い出したとばかりのイーシュにキーリとアリエスは溜息を吐き、シェニアは苦笑いを浮かべた。
「そうよ。それが一昨日何とかギルドの支部長会で承認が降りたのよ。冒険者たちの寄付金で運営を賄うから、あまり大規模にはならないけれど」
「じゃあ寄付金も十分集まったって事なんですね」
「ええ。貴方達の協力も有ったし、少額からでもOKにしたのも良かったのかもね。そこに孤児院を併設して、大きい子に運営を手伝ってもらいながら、望めばギルドで採用できるようにもするつもりよ」
「でも反発も大きかったんじゃありませんの?」
「いいえ、むしろ貴族連中は喜んでたわ。今の生徒達はよっぽど平民と机を並べるのが嫌みたいね。他の支部も難色を示したところもあったけれど、そこはここで運営のノウハウを他の支部にフィードバックすることで何とか落とし所を見つけられたし。ま、焦らずゆっくり進めていくわ」
「親父……ギュスターヴはどうなった?」
ギースはポケットに手を突っ込んでタバコを吹かしながら尋ねた。その顔は、少し離れたところを歩く、恐らくは墓参りだろう親子連れを捉えていた。
シェニアはそこで立ち止まった。小さく息を吐き、そして告げる。
「――死んだわ。昨日、牢屋の中で」
「何ですって!」
アリエスが叫ぶ。それが全員の気持ちを代弁していた。ギースも親子連れからシェニアの背へと視線を戻し、落ちそうになったタバコを掴み取る。
「……マジで言ってんのか?」
「ええ。昨日の朝、心臓をナイフで刺殺された姿を発見されたわ。彼を見張ってた看守もそばで殺害されてたわ」
「……犯人は?」
キーリの質問にシェニアは首を横に振った。
「不明よ。彼に面会にきた人も居ないし、目撃情報はゼロ。牢屋の鍵を壊された形跡もないし、たぶん分からないままでしょうね」
「そんな……」
「本当なら今日にも王都から審査官がやってきて、この街の汚職状況にも風穴が開けられるかと期待してたんだけど……って貴方の前でする話じゃないわね」
「別に……構わねぇよ」
そう言いながらギースはタバコを吹かし、木々の隙間から覗く空を見上げた。眼をやや細め、口がへの字に歪んだ。そして「先に帰ってるぜ」と言い残して去っていった。やや丸まったその背が、ギースの心情を表していた。
「ギースくん……」
「ショック受けてましたわね……当たり前ですけれども」
「袂を分かったとはいえ、長年父親代わりだったからな。ま、少し時間をおけばあんにゃろの事だ。すぐにいつも通りに戻るさ」
しかし、とキーリは難しい顔をして頭を掻いた。シェニアも腕を組んで溜息を吐くと、重く感じる目元を揉みほぐす。
「余計なこと喋られたらヤベェ奴が居るって事だよな?」
「でしょうね。おまけにその候補が多すぎて多すぎて……役人はやる気ないし、こっちがどれだけ訴えてもまともに動いてはくれないでしょうね、こんな面倒事」
「直接王政府に陳情しては如何ですの? 仮にも支部長なのですから、そう無碍にはされないと思うのですけれど」
アリエスの提案にシェニアは、疲れたように首を横に振った。
「前もそうだったけれど、王政府も一枚岩じゃないみたいなのよね。ある程度の役職の人間に伝えても、誰かにとって都合の悪いことは途中で握りつぶされるし、それに、王政府にとってスフォンはあまり重要な都市じゃないから」
「そうなんですか?」
「そう。今の国王が即位して以来、貴族の力を削ごうとしてるけど、それも国境付近や政略状重要な都市から優先してるみたいなのよね、やっぱり。その点スフォンは国境付近でも無いし、周辺都市との絡みも少ない。でも大きい街だから貴族の力が弱いわけじゃなくて簡単に掌握もできない。結果的に力を入れるのが後回しになっちゃうみたいなの。一時期暫定的に直轄領にはできたけど、それだって次の領主が決まるまでの束の間だったしね」
「……何か難しくてよくわかんねーな」
「何にしても中途半端って事だよ」
空っぽの頭を捻るイーシュに、キーリが軽く嘆息して端的にまとめると、街出身のシオンは苦笑いを浮かべながら、何となくフィアを見上げた。悲しげで辛そうな瞳が、少しだけ揺れていた。
「王様だからってなんでもできるわけじゃないんですね」
「よっぽど王家の力が強くないとそれは難しい事ですわ、カレン。それは帝政でも言える事ですけれども。逆にある程度バランスが取れている方が、どちらかが暴走を始めても止められますもの。そう言う意味では王家と貴族は互いに監視しあっていると考えれば良いのかもしれませんわね」
「ま、貴方達はそんな難しい話は気にする必要はないわ。これまで通り冒険者業に励みなさい」
「あの……シェニア支部長」
チラリとフィアの顔を見上げながら、シオンが手を挙げた。
「何かしら?」
「その……フィアさんにお咎めとか、そういうのは……」
「そうね……それも伝えないといけないわね」
薄く笑みを浮かべていたシェニアだったが、小さく深呼吸をすると真面目な顔に切り替えてフィアの前に立った。
「シーファーを殺害した事……それ自体はあの男自身が連続殺人の犯人であることから特にお咎めは無しよ」
「マジっすか!」
「良かったですね、フィアさん」
「……そうですか」
キーリ達は皆ホッとして破顔し、フィアの肩を叩いて歓びを分かち合おうとする。だが、フィアはそんな一同とは酷く対照的に鈍い反応しか示さなかった。
「本来、事件の犯人を捕まえるのは役人の仕事であるところを逃げられてしまってたわけだから辺境伯領のお役所も強くは出られないみたいだし、ギルドとしても冒険者の中からあんな極悪人を世に送り出してしまったわけだもの。都合が悪いっていう双方の思惑も一致したことだし、ま、平たく言えば今回の事件は『何も起こらなかった』。そういう事よ」
「エーベルの事も、ですか……」
シェニアの説明に、フィアは小さく言葉を漏らした。覇気も歓びもなく、その声に皆ハッとして押し黙るしかできない。
だがシェニアは俯く彼女の肩に手を置いた。
「それは貴女次第じゃないかしら?」
「……」
「公には何もなくっても確かに彼は存在したし、貴女達の中に記憶として感情とともに残り続けている。それを風化させるか、自分の血肉の一部として共に生きていくか。それを決めるのは貴女自身よ」
「……」
「当分は落ち着いて考えられないのも分かるわ。ただ貴女は貴女の心に従えば良いわ」
優しく抱きしめ、背中をポンポンと軽く叩いてやる。彼女と長い付き合いになるシェニアは、一個人として早く立ち直る事を願う。同時に、ギルド支部長としては伝えなければならない事もある。
「ただし」黙ったままのフィアにシェニアは続けた。「貴女達は貧民街の頭であるギュスターヴを急襲し、周辺住民を危険に晒したわ。相手が犯罪者とはいえ、これはスフォンの冒険者ギルド支部長として到底看過できるものではない。Cランク冒険者として感情に左右されずに配慮すべき事は多く、各所にも迷惑を掛けた。
したがって、フィア・トリアニス。貴女を一ヶ月間の活動禁止の処分とします。同時に、キーリ・アルカナ。アリエス・アルフォニア。両名を十日間の活動禁止に処す。しばらくは自室で反省しなさい」
「おいおい! マジで言ってんのかよ!」
「お黙りなさいな、バカイーシュ」
「なんでだよ! さっき何の処分もしねぇって言ったじゃねぇか!」
ギルドから処分はない。そう聞かされた直後のシェニアから下された処分にイーシュは憤り、詰め寄ろうとする。アリエスが宥めるがイーシュは治まらない。
だがアリエスやキーリはおろか、シオンやカレンも特段の反応を示すことはなく騒いでいるのはイーシュだけだ。
「そんだけで良いのか?」
「キーリ! お前も何すんなり受け入れてんだよ!」
「ええ。訓練するも良しだし酒に溺れるも良し。遊び呆けてたって構わないわよ。いいわぁ。私も仕事放り出して遊び回りたいわ」
「え? あれ? 何だ? 俺がおかしいのか?」
シェニアの心底羨ましいと言った表情を見てイーシュはようやく何かおかしいことに気づいた。状況がよく分からず困惑する彼に、シオンがクスクスと笑って説明する。
「シェニアさんはわざとこういう処分をしてくれたんですよ」
「……どゆこと?」
「無理せずにしばらく休めって事だ」
「今のフィアには休養が必要ですものね。休んでいる間に気持ちの整理をつけなさいって事ですわ。支部長の気遣いなのに、それも分からなかったんですの?」
非難めいたジトッとしたアリエスの視線にたじろぎ、イーシュはバツが悪そうに頭を掻いた。
「う……すんませんでした、シェニアさん」
「いいのよ。どちらにせよ、何らかの処分は下さないと処理を手伝ってくれた職員たちにも面目が立たないし、他の冒険者にも支部の姿勢を示さないといけなかったから。むしろ皆が察しが良すぎて困るもの。イーシュ君はできればずっと今のままで居てほしいわ」
「これって褒められてんの?」
「褒め言葉と思って……いいんじゃないかな?」
首を傾げたイーシュに、カレンは自信なさげに答え、同じように首を斜めに傾けた。
「ま、そういうこと。フィア、今は難しいでしょうけど一ヶ月の間に気持ちに整理付けて、また頑張りなさい。私たちには貴女が必要だわ」
シェニアは最後にフィアの頬を軽く撫でて励ますと、一人先に街へと戻っていく。
「私は……」
「お嬢様……」
顔を覆い、フィアの体がふらつく。それをレイスが抱き留め、心配そうに見つめながら支えた。キーリはシェニアを見送り、二人のその様子を伺っていたが一人エーベルの墓を振り返る。
「勝手な願いだが……そこからフィアを見守ってくれな」
小さく呟き、遠く小さくなった墓石に向かってもう一度手を合わせる。
そよ風が流れ行き、梢のこすれる優しい音が囁いた。その音をキーリは、エーベルの同意の声だと思うこととして、彼に背を向けて去っていった。
お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>
次回は日曜日に更新予定ですが、予定が変更される可能性がありますのでご承知おきください。
ご感想等頂けましたら有難いです。
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