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3-4 入学試験にて(その4)

 第11話です。

 よろしくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。

 ゲリー:入学試験にて因縁をつけてきた偉い貴族の息子。ハンプティ・ダンプティ(みたいな体)




 有無を言わさずにゲリー達に連れてこられたのは、中庭から十分ほど歩いてようやく辿り着いた古びた訓練場だった。


「ここの訓練場はだな」キーリ達の他に誰も居ない訓練場の中で、楽しそうにゲリーが話しだした。「『魔の門』を閉じたあの七英雄の一人もかつて訓練に明け暮れたという由緒正しい訓練施設なのだ。もっとも、その分古い建物なので今はもう使われていないらしいがな」

「へぇ、そうなんか。道理で今にも崩れそうだと思ったぜ」黒く変色した天井を眺めながらキーリは応じた。「んで、魔法を教えてくれるってのはどういうことだ? 愚鈍な平民なもんでまだ検査が残ってるんだ。悪ぃが手短かに、出来れば適性の無い俺でも使えるようになるコツだけ教えてくれりゃ助かるんだが?」

「鈍い奴だな」取り巻きの少年のうち、短髪の方が苛立ったように声を上げた。「貴様はこれから模擬戦だろうが。本来ならば試験官の教師と温い試合をする所を、ゲリー様が代わりに相手になってくださると言っているんだ」

「良かったな、ゲリー様の魔法を実際に受けて勉強することなんて普通は無いことなんだぞ。光栄に思え」

「そういう事か」


 つまりは、気に入らない生意気な平民を魔法でなぶって楽しもうという腹づもりらしい。

 意図を察したキーリだが、当然そんな狙いに乗るつもりは無く軽く嘆息して首を横に振った。


「ありがたい申し出だけどよ、遠慮させてもらうぜ。きちんとした検査を受けねぇと正式な記録として認められねぇだろ?」

「その点については心配しなくても良い」


 キーリ達以外の声が静かな訓練施設に響いた。奥のドアが開き、そこから黒いローブに身をまとった中年の男が姿を現す。どうやら魔法使いらしく、ローブの端から木の杖を持った骨ばった腕が見えた。


「この男はグリスマン先生だ。以前に僕の魔法講師をしていてな、今はこの養成学校で魔法学の講師をしている」

「グリスマンだ。ゲリー様から今回お話を頂いて、特別に君の実力を試験する。もちろんこれからの試験結果は正式なものだから安心したまえ」


 鷹揚な仕草でそう告げるグリスマン。落ち着いた口調だが、何処か見下したものをキーリは漠然と感じ取った。


「あんたもグルってわけか」

「グルとは人聞きの悪い。私はただ単にゲリー様からご依頼を受けて君の試験官をするだけだよ」


 ふん、とグリスマンは鼻を鳴らし、キーリは「結局は同族か」と口の中だけで呟いた。

 とはいえ、異論はない。街の外でのモンスターとの戦闘の経験はあるが魔法使いとの戦った事は無いし、ゲリーの実力が実際にどんなものかは知らないが経験にはなるだろう。肯定するのは癪だが、確かに適正値四の魔法などを間近で見られる機会など殆どない。加えて敵とは言え検査官も一緒である。安全な場で経験を積めるのであれば、取っ掛かりとしてこれ以上の環境は無い。

 ――せいぜい踏み台にさせてもらうだけだ。

 キーリは肩を鳴らした。


「いいぜ、なら早速始めようぜ。昼も食ってなくて腹が減ってるんだ。具体的には何をするんだ? ゲリー様と殴り合えばいいのか?」

「ゲリー様と模擬戦をやって、どちらかが戦闘不能になるまで戦うだけだ。ただし」もったいぶった言い回しでグリスマンは言った。「――魔法以外での攻撃は一切禁じるがね」


 痩せて落ち窪んだ目元の奥でグリスマンが笑った。キーリが魔法を使えない事を知っているゲリーも愉快そうに三日月形に口を歪め、高そうなマントを翻して試合場の中へと脚を踏み入れた。

 余りにも一方的な試合条件。客観的な視点を心がけずともキーリに勝ち目は無いと信じて疑わないと、第三者的には思ってしまう内容だ。

 当然キーリとしても文句を言わずには居られず、堪らず口を開いた。


「おいおい、そりゃいくらなんでも――」


 だがすぐに口を閉ざしてキーリは横に飛び退いた。直後に光の筋がキーリの居た場所を切り裂いた。

 雷光にも似た煌めきは真っ直ぐに空間を貫き、やがて壁に衝突する前に不可視の壁に遮られて、ズン、という地響きの様な音と共に霧散した。


「……不意打ちとはやってくれるな。それが貴族の流儀っていう奴か?」

「ふん、どうせなら痛みも何も感じさせないように体験させてやろうと思ったのに、僕の気遣いを無駄にするとは愚かなやつだ」


 そういってキーリを嘲笑うとすぐにまた次の魔法の詠唱を開始し、キーリ目掛けて高速で襲いかかる。それをキーリは屈んでかわし、再び背後で鈍い破裂音が響いた。


「ずいぶんと威力が高そうな魔法だけどよ、さっきからバンバン使ってこの建物を壊しちまったら幾ら伯爵家のお前でもまずいんじゃないか?」

「その心配は無用だよ」キーリの質問に答えたのはグリスマンだ。「訓練だからといって生徒が遠慮していたら訓練にならないからね。第三級以下の魔法では建物に被害が出ないように結界が掛けられている」

「そうか……よっ!」


 返事に耳を傾けている間にもゲリーからは魔法が飛んできて、体を反らして光線を避ける。その直後にも、威力が幾分落とされた光神魔法が次々と飛んでくる。

 そうして一方的な攻撃を避け続けていたキーリだが、不意にグリスマンが不敵に笑いながら声を発した。


「そうそう、そういえば言い忘れてましたが」


 その直後にキーリの脚が何かにすくわれた。鈍い痛みが走り、衝撃にバランスが崩れる。何が、と足元を見れば拳大の氷の塊が弾けて砕けていた。


「くっ!」


 正面からは雷の様な光神魔法が迫っていた。

 キーリは即座に右腕で床を叩き、強引に体を捻る。筋肉が悲鳴を上げ、引き絞られる音が聞こえ、それでもそれを無視して光神魔法から身をかわす。

 脇を通過していく光神の怒り。辛うじて直撃は免れたが、キーリの肩口を微かにかすめていった。


「があっ……!」


 瞬間、かすめただけだというのに全身を雷撃が貫いていったかのような衝撃が襲った。触れた箇所から灼熱の様な熱さが一気に広がり、意識が一瞬吹き飛ばされる程の激痛がキーリを蝕んだ。

 全身をのけぞらせ苦悶の声をキーリは上げ、一瞬が無限に思える時間が終わり、体のあちこちから白煙を上げてキーリは膝を突いた。


「本来ならば生徒が魔法の直撃を食らっても大怪我をしないよう威力を弱める結界が張ってあったのですが、老朽化によって壊れてしまいましてね。来月にはここは取り壊される予定になっているのですよ。なので重々気をつけて欲しかったのですが……」

「テメェ……!」

「おやおや、こんな所に氷が。この場所の生徒の使用は禁止されているはずなのにどういうことでしょうね。勝手に入り込んで、片付けもせずに去るとは我々の教育がなっていなかったようです。後で注意しなければいけませんね」


 跪いたままキーリが睨みつけるが、グリスマンは何食わぬ顔で言ってのける。少し離れた場所ではゲリーが菓子をつまみながら愉快そうに腹を揺らしていた。

 模擬戦が開始される前には、試合場には何もなかったのは確認済みだ。取り巻きの姿を見れば、短髪の方が半笑いでキーリを見下ろしている。グリスマンの言い方からもキーリの邪魔をしたのが誰かは明白だ。恐らくは初めから全て織り込み済みだったのだ。

 キーリの内に怒りが灯った。だがそれはゲリーやグリスマンに対してでは無い。自らの無様さ、不甲斐なさに対してだ。

 油断が無かったか、と問い、否と応える。ゲリーの使う魔法を精々観察して知見を蓄えようと呑気に構えていたが、そんなことで良いはずがなかった。

 こんな人気の無い場所に連れ込んで叩こうとするような連中なのだ。どんな卑怯な手段に訴えてくるかも分からないと初めから心がけておくべきだったのだ。

 そう、奴らと同じ貴族なのだから。


(救いようがねぇ馬鹿だな……)


 心底呆れ、自らを嘲り、罵る。この程度(・・・・)の連中に膝を突くなど言語道断。こんな体たらくでは――とても奴らに届かない。


「ふん。どうだった僕の自慢の魔法は? 凄いだろう? んん?」

「素晴らしい魔法でした、ゲリー様。さすがは由緒正しきエルゲン家の光神魔法です」

「見てください、さっきまで失礼な口を聞いていた奴がひれ伏してますよ。いい気味だ、まったく」

「しばらくお会いしておりませんでしたが、腕を磨かれましたな。このグリスマン、お嬉しく存じます」

「だろう? なんて言ったってこの僕の魔法なのだからな!」


 生意気な態度を取り続けていたキーリを跪かせたのが余程嬉しいらしい。煽てられて気を良くしたゲリーが脂肪を揺らして高笑いをする。周りの取り巻き少年やグリスマンもゲリーと共に膝を突いたキーリを見下す。

 すでに勝負は決した。そう信じていた。


「さて、思ったより時間を取ってしまったな。その点に関しては僕は褒めてやろう。だが、これまでだ。これに懲りたら二度と僕に――」

「そこで何をしているのかしら?」


 高笑いに満足したゲリーがキーリに話しかけたその時、女性の声が訓練場に響いた。

 ドアが開き、その奥から人影が一つ、姿を現す。銀色の髪をアップにし、スラリとして細い体つきで濃紺のスーツに身を包んでいる。にも関わらず何処か肉感的な印象を与えてくる。


「誰だ!?」


 取り巻きの一人が誰何を叫ぶが、顔を上げたキーリは彼女を知っていた。


「アンタ……」

「二日ぶりね、期待の新人さん? 随分と派手にやられたようね」


 シェニアがキーリに微笑みかけた。二日前にギルドを訪れたキーリの対応をした彼女が、どうしてここに居るのか。

 そんな疑問を抱くが、答えはグリスマンの忌々しげな声で明らかになる。


「シリルフェニア校長……!」

「……校長?」


 へ? とキーリは口をポカンと開けてシェニアを見つめる。その様子を見て、シェニアは悪戯が成功した、とばかりにクスクスと笑った。


「そうよ。冒険者養成学校スフォン校の校長をやってるの」

「でもこないだは……」

「ああ、あれ? あれは気分転換よ。気分が乗らない時とか、急ぎの仕事がある時はああしてギルドの方に顔を出して勝手に受付の手伝いをやってるの。校長なんて柄じゃないのよ、だいたい。書類仕事ばっかでつまんないし。

 あ~あ、やっぱり校長とか受け入れるべきじゃなかったわ」

「いや、急ぎの時はちゃんと仕事しろよ……」

「いいのよ、どうせ私の仕事なんて出来上がった書類にハンコ突いて右から左に流すだけなんだから。しかも偉ぶった貴族連中のどーでもいい内容ばっかり。ガキの使いじゃないんだから教頭もちったぁ中身見て自分で判断しろってのよ。秘書は秘書で私を机に縛り付けようとしてくるし」


 半眼になってキーリが突っ込みを入れるが、シェニアはどこ吹く風といった様子で教頭に対する愚痴を連々と吐き捨てていく。余程ストレスが溜まってるようで、愚痴を重ねるに連れてどんどんと目つきが剣呑になっていった。


「突然やってきて僕の邪魔をして! お前誰だよ! 名を名乗れ!」


 予期せぬ乱入者に余裕をなくしたのか、それとも思った通りに計画が進まない事に腹が立ったか、ゲリーが苛立たしげに怒鳴りつけた。その声を聞いてシェニアはようやく愚痴を止め、「あら?」と首を傾げた。


「今そこのグリスマン教諭が呼んだのだけれど聞いてなかったのかしら? 貴方が通うことになるこの学校の校長だけど、ああ、そういえば名前の方はキチンと名乗ってなかったわね。

 シェニア・ダリアナ・シリルフェニアよ。よろしくね、エルゲン家のお坊ちゃま(・・・・・)?」


 シェニアは殊更に「お坊ちゃま」を強調するように発音して、恭しく綺麗な礼をしてみせ、耳に掛けていた白い髪が落ちて長い耳が顕になる。

 キーリにはそこに馬鹿にした様な響きを感じ取ったのだがゲリーはそうではなかったようで、眉間に皺を寄せて何度か「シリルフェニア」と繰り返していたが、やがて今度は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「……思い出したぞ。そういえば怪我で冒険者を続けられなくなった女を情けで校長職に就けてやったと父上が言っていたのを聞いた事がある。そうかそうか、お前がその女か。その体を父上に売って職を得たのか。浅ましい女だな。さすがは長耳族の平民だけある」

「人を中傷するのが趣味みたいだけど事実はキチンと把握しておくべきね。冒険者時代に怪我をしたのは事実だけれど、別に冒険者稼業を続けられなくなったワケじゃないわ。ただ仲間と同じレベルで戦うのが難しくなったから一線を引いただけ。

 私はのんびりと受付嬢としてでも働きながら有望な若者をからかったり魔法理論の研究をしたかったのに、貴方のお父さんが私に頭を下げてまで校長職を勧めてきたから仕方なく退屈な仕事を引き受けてあげたの。貴族相手に売るほど安っぽい体じゃないの。

 父親恋しさに駄々こねてる子供の癇癪と思って今の私への侮辱は聞き流してあげるわ。けれど次からは喧嘩を売る相手に気をつけなさい」

「僕に指図するな……!」

「偉ぶりたいんなら貴方自身がもっと人から尊敬されるだけの人間になりなさい。偉いのは貴方の父親であって貴方じゃないんだから、人の上に立ちたいならもっと誰からも認められる方向に努力なさい。じゃないと何歳になっても父親の威光を笠に着てるだけの裸の王様よ?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!」癇癪を爆発させてゲリーが顔を真赤にした。「お前、僕を馬鹿にしたな! すぐに街議会でお前をクビにしてやるからな!」

「辞めさせてくれるなら願ったり叶ったりなのだけれど、残念ながらこの街の人間に私に対する人事権はないの。お願いするのなら貴方の大好きなお父さんにするべきね。ま、もっとも伯爵がそんなお願い聞いてくれはしないだろうけれど」


 シェニアがそう言うと、ゲリーは反論を持たないのか顔を赤くしたままプルプルと腹を震わせるだけだ。ゲリーからの反応が返ってこないのを確認すると、シェニアは「で?」と視線をグリスマンに向けた。


「私の質問の答えは返ってきていないのだけれど? どうして使用禁止の訓練場を勝手に使って何をしているのかしら? それに、グリスマン教諭がどうしてこんな所にいるのかしら?」

「それは……」

「試験の進みが遅くてそこの平民の模擬戦が時間内に終わりそうに無かったので、グリスマン先生は協力して試験を行っていたんだ。生意気な平民に身の程を弁えさせるための、そうだな、好意というやつだ。文句あるか?」


 答えに窮していたグリスマンに代わって、取り巻きの内の短髪の少年がふてぶてしい態度で答えた。だがそれを聞いたシェニアは冷たく鋭い視線を少年に向け、溜息を吐きながら垂れた横髪を掻き上げた。


「であれば尚の事問題ね。今回に限らず入学試験に関する全ての許可は私の承認が必要なはずよ。更に言えばグリスマン教諭は入学試験には一切関わってもいないし、試験場所や内容を勝手に変更できる程の権限も与えていないつもりだけれど?

 ――さて」腕を組んでシェニアは少年を冷たく睨めつけた。「『いつ』『誰が』『何処で』この場所で試験を行う許可を出したのか聞かせてくれるかしら? 私の存在を無視して勝手やっちゃってくれてるんだもの。そんな指示を出した人間、徹底的に問い詰めてやらなきゃいけないわ」

「そ、それは……」

「あら、答えられない? それとも知らないのかしら? まあ、どっちにしろ――」シェニアは取り巻きの少年らを順にジロリと流し目で睨みつけた。「こんな陰湿な真似をしてる貴方達もただで済むとは思わないことね。単なる雇われ校長だけれど、問題行動が見られる受験生を不合格にさせる事くらいはできるのだから。ああ、正直に全てを話してくれるのなら、貴方達二人はまだ子供だし、今回は大目に見てあげることもできるのだけれど?」


 シェニアが言い放ったその言葉に露骨に動揺を露わにしたのは短髪の少年だ。シェニアを睨むような眼差しは変わらないが眼が泳いで時折ゲリーとグリスマンの間を行ったり来たりしている。大方何処かの貴族の子息で、試験前から入学が決まっているのだろうが、流石に入学が取り消されるとなるとまずいらしい。分かり易い少年だ、とシェニアは内心で苦笑いを浮かべつつも、まだ少年らしさが残っていて少しホッとした。

 もう一方の少年も動揺を見せている。ゲリーの巨漢の後ろに隠れて分かりづらいが、体を縮こまらせながらもチラチラとゲリーの肥満体を見つめている。ゲリーは怒りで震わせるだけで何も出来やしないし、グリスマンは思考を巡らせているらしく額に冷や汗を浮かべながらも顎に手を当てて瞑目していた。

 現在までの事態をシェニアはほぼ正確に把握していた。キーリの事が気に食わないゲリーがキーリを連れ出して、グリスマンは名目上の試験官を要請されて引き受けたというところだろう。ゲリー同様にグリスマンは徹底的な貴族主義者であるし、二人して魔法の素質が見られなかったキーリを見下し、ちっぽけな自尊心を満たしたかったのだろうとシェニアは推察した。

 グリスマンの方は、或いは平民出の自分が校長職に就いている事に対する憂さ晴らしもあったのかもしれない。理由など幾らでも推測できるが、推察したところでいずれもくだらないものだ。処罰は後から考えるとして、さて、この事態をどう収集しましょうかしらとシェニアはこめかみを抑えた。

 そうした時、もう一人の当事者から不機嫌そうな声が聞こえた。


「俺を放っぽって勝手に話を進めないでほしいんだが?」


 キーリは乱れた銀糸の髪をボリボリと掻きむしった。


「あら、ごめんなさい。だけどこれは学校としてもギルドとしても由々しき問題だもの。処分は適正に公平に行わないといけないわ」

「そっちはそっちで適当にやってくれりゃいいけどよ。ああ、そういや校長だったな。敬語使った方がいいか?」

「公の場所だとそうしてくれた方がいいけど今は別に構わないわ。呼び方もシェニアで良いわよ」

「そうかい。で、繰り返させてもらうが、そいつらがルール違反したっていうんならシェニアが好きに処分すればいいさ。けどよ――俺の試験はまだ終わっちゃいないだろ?」


 キーリのその言葉にシェニアは目を見張った。


「……ダメよ。受験生にはキチンと評価できる適切な場所で試験を受けてもらわなきゃ。少なくともここじゃ危険だわ。有望な受験生に怪我は負わせられないし、魔法以外の攻撃が禁止だなんて馬鹿げたルールは認められない」

「こっちだってこのままこいつらにコケにされたまま引き下がれねぇよ。そっちの『鶏ガラ』みてぇな野郎がクソッタレでもアンタが居る。アンタなら別に俺の試験の評価をできるだろ? ならこのままこの場所で続けた方が俺もシェニアも手間が省けて楽だし、シェニアならきちんと俺の実力を正しく評価してくれる。だろ?」

「それはそうかもしれないけれど、貴方だって魔法が……」

「心配は要らねぇよ。

 ――そんな程度で俺は負けねぇから」

「なんだと……!」


 口端を上げて皮肉げにキーリは笑って見せた。首をコキリ、と音を立ててストレッチをし、肩を一度回して骨を鳴らすとジッとシェニアを見つめた。目元には薄く笑みが浮かんでいるが、その奥にある黒い瞳は如実に「止める事は許さない」との意思が現れている。そして、その更に奥にある黒い意思。奥で見え隠れするそれに気づいたシェニアは、まだ少年であるキーリに僅かばかり気圧されてしまった。

 シェニアはため息を吐いた。キチンとした試験を受けてくれた方がシェニアとしても手間は減るのだが、だからといってキーリが引くことはないだろう。下手に暴れられるよりも自分の監視下で白黒付けた方が最終的な手間は減るのかもしれない、と思い直した。


(仕方ない、か。こちらの落ち度でもあるし、ここは彼の好きなようにさせましょう。それに――)


 そういった職務を抜きとしてシェニアもキーリの実力に興味があった。

 シェニア自身も元はランクA-にまで登りつめた実力者だ。キーリと同じ年頃の自分でもランクCモンスターを討伐なんて出来なかった。一人で仕留めたわけじゃない、とは彼の弁だが先日のギルドでのやり取りを見ていると、恐らく武器さえ整えれば一人でも仕留める事は可能な実力はありそうだった。

 そんな彼がこの先、何処まで上り詰めていくのか。自分よりも遥か高みに登って行ってくれるのか、それを見たいと思うし、もしそうなるためにサポートが必要なのであれば先達として彼をフォローしてやりたい。

 シェニアは頷き返した。


「いいわ。認めるわ。ただし、私はあくまで中立の立場で評価をするわよ? キーリが勝っても負けても異論は認めない。それから私が危険だと感じたらその場で試合は終了。それでいいわね?」

「ああ。サンキュな」

「構わないわ。せっかく若者が自分から困難に立ち向かおうっていうのに水を差すのもね。それに、魔法の適性がない貴方が魔法だけの戦闘でどうやって勝とうっていうのかも興味があるから」

「恩に着る。ああ、序に、だ。処分は好きにしていいっつったけどよ、撤回させてくれ。せっかくの状況だからよ、俺が負けたらこいつらの処分も無かった事にしてくれねぇか?」

「それは……」

「あと、危険になったら止めるってのも無しだ。本気で俺を殺しにきてもらわなきゃダメだ。じゃねぇと意味がねぇ。

 命の危機に晒される程の危険を乗り越えてこそ本当の意味で強くなれる」

「……流石にそれはダメよ。前途が有望な卵をみすみす失うわけにはいかないわ」

「当事者である俺が良いって言ってんだ。俺は平民だからな。死んだって貴族に歯向かって処分されたって事になりゃ大事にもなりはしねぇはずだし、それに、いざとなりゃアンタがなんとかしてくれるんだろ? 風神魔法や水神魔法で回復するくらいアンタなら訳無いんじゃねぇか?」


 先ほどの話からして、シェニアは貴族に請われるくらいには高名な冒険者だったはずだ。例え死にそうになったとしても――どう足掻いてもキーリはまだ死ぬことはないのだが――なんとかなるだろう。


「……」

「頼む。そんな事態にはならねぇって保証する」

「……貴方には期待していたのだけれど、とんだ愚か者ね。命を掛ける場所を絶対的に間違えてるわ」

「よく言われる。だが俺は殺されても死なねぇ男なんだ。覚えといてくれ」

「はいはい。もうどうなっても知らないから好きになさい。最後に骨くらいは拾ってあげるわ」頭痛を堪える仕草をして深々と溜息を吐いた。「ゲリー・エルゲン君、貴方もそれでいいわね?」

「構わん! このような男を世の中から消してしまえるのならばな!

 ふん、馬鹿な男だ。せっかく命拾いしたというのに、わざわざまた僕の魔法を食らいたいって言うんだからな! だがこの手で殺される道を選んだ心意気だけは褒めてやる!」


 ゲリーは憤慨しながらもう一度キーリと向き合った。眼は血走っていて、今にも魔法を放ってきそうだ。

 しかしキーリは手のしびれが完全に取れたことを確認しながら、ゲリーとは対象的に平静な口調で話しかけた。


「さっきのは痺れたぜ。やっぱさすがに三級魔法になると違うな。ただのお坊ちゃんかと思ったが少し見直したよ」


 これまでとは違って急に褒めそやし始めたキーリ。ゲリーは怪訝な表情を浮かべた。


「どうした、急に? もしかして命乞いのつもりか?」

「別に。思ってたより立派な魔法だったんでな、素直に褒めただけだよ。もっとも、もう二度と食らわねーけどな」

「馬鹿にするな。すぐにその減らず口を叩けなくして僕にひれ伏させてやる」

「事実だよ。ああ、そうだ――」キーリはグリスマンに顔を向けた。「せっかくだ、二人同時に相手にしても構わねぇぜ?」


 自信満々に言い放ったその言葉に誰もが呆気に取られた。ゲリーは怒りを通して言葉も無いようで、グリスマンも眉間に皺を寄せてキーリを睨みつけ、次いでシェニアに視線を走らせる。


「小僧……!」

「……本気で言ってるのかしら?」

「ああ、本気も本気だ。別に調子に乗っているわけでもなけりゃ自分の実力を過信してるわけでもねぇ。ただ――この程度、やってのけなきゃこの先、成り上がるなんて出来やしねぇからな」


 厚顔に不遜に、しかし強い明確な意志をキーリは口にした。その眼差しを見たシェニアは、彼が冗談や酔狂で口走ったわけではない事を知り、呆れた様にため息を吐いた。


「はぁ……もういいわ。好きにしなさい。もし死んだら無理やり蘇生させて一生こき使ってやるんだから」

「安心しろって。俺は負けねぇから」


 シェニアに軽く応じてみせていると、グリスマンもやってきてゲリーと並ぶ。そして憤懣遣る方無いといった様子で荒々しく鼻を鳴らした。


「平民の小僧が調子に乗りおって……! 貴様のその思い上がり、私が叩きのめしてやるわ」

「さっきから平民平民って喚いてるけどよ、貴族と平民で何が違うっていうんだか」

「ふん、無知を曝け出しおって。貴族は五大神様に選ばれた人々よ。小僧みたいな人間とは生まれから違うのだ。その証拠に貴様ら平民よりも魔法の素養に恵まれておるわ」

「その割にゃ平民の中にもアンタら貴族よりも魔法が使える奴がいるみてぇだけどな」

「神々は我々の常識の範疇外の存在だ。我らには計り知れん意図があるのだよ。もしくは神々への信仰を忘れ禁忌に手を染めた者の末裔よ」

「そうかい。本気でカミサマの事をそう思ってんならオメデタイ頭だな。一日を誰にも頼らずに必死で生きてる貧民街(スラム)のガキより救えねぇ。ま、一生そうやって空っぽな頭で盲目的に信じてりゃいいさ。いつか――連中に裏切られる日がやってくる。その時に泣いて喚いて、跪いてただ許しを請うだけの案山子になればいい」

「やはり貴様も信仰を失った不心得者だという事か……!!」


 怒りの声と同時にグリスマンが杖を横に薙いだ。すると途端に火球が一斉に現れる。一つ一つが拳大の大きさで、夕暮れに暗くなりかけている訓練場を煌々と照らしだした。


「ゲリー様、私が奴の動きを縛ります。ゲリー様は愚かな平民に光神様の怒りの鉄槌をお願い致します……!」

「任せておくがいい、グリスマン先生。僕の一撃でアイツの息の音を止めてみせてやる」


 ゲリーの返事を皮切りに火球の雨がキーリ目掛けて降り注ぐ。離れていても感じる程の熱を纏い、空気を焦がしながら進む。

 しかしながらその速度は然程大きくない。それなりに速くはあるがキーリにとっては避けるのは容易い。軌道を完全に見切り、十はありそうな火球の群れをキーリは軽くステップを踏むだけで避けきってみせた。着弾した火球が弾け、一瞬火柱が上がって消え去ていく。


「むう! ならばこれならどうだ!」

 

 間髪入れずグリスマンは次の魔法を詠唱する。一度体の正面で腕を交差させ、両腕を袈裟斬りの様に左右に振り開く。

 今度はグリスマンの足元から煙が立ち上り、続いて地面から炎の壁がせり上がってきた。キーリとグリスマンの間を二分し、より一層の熱量によってキーリの額にジワリと汗がにじむ。

 せり上がった壁はその威力を誇示するように揺らめいていたが、グリスマンの杖がキーリを指すと一気に加速していく。


「また炎神魔法か」キーリは自身に近づいてくる壁の端目掛けて走り出す。だが壁は自在に形を変えて逃げた方向へと動いていき、回りこむようにキーリの背中目掛けて徐々に距離を縮めてきた。「しかも誘導(ホーミング)機能付きか!」

「ふははっ! これが私の得意な第三級魔法『業火の(フレイム)炎壁(ウォール)』よ! 先の戦争の時には何人もの帝国兵を火祭にしてやったわ!!」

「なら!」


 壁端の火炎がうねりながらキーリを追いかける。キーリは走っていた脚を止めると膝を屈めて大きく跳躍した。二メートルに達しようかという高さまで飛び上がり、その下を炎壁が通り過ぎていく。空中で一回転して姿勢を整え、着地するとすぐにグリスマンとゲリー目掛けて加速しようとした。


「甘いわ!」


 だがすぐに急停止。直後にキーリの鼻先を炎の矢がかすめていった。壁の方を振り返れば、近づいてくる炎の壁。そして、その壁からせり出してくる無数の矢が見えた。

 炎壁から幾つもの矢が射出されてくる。それを見てキーリは再び回避に徹し始めた。


「壁と矢か! 厄介な真似してくれるぜ!」

「まだまだこれで終わりと思うでないぞっ!」


 飛来する火の矢が止まり、グリスマンの創りだした火炎の壁がうねり始めた。

 それまで一枚の平板状だった壁が形を変え、キーリの周囲を取り囲んでいく。円状になった炎壁から熱風が流れ込み、ジリジリとキーリの白い肌を熱していく。滲んだ汗が蒸気となって消えていく。


「ちっ! こなくそっ!!」


 取り囲んだ壁がキーリ目掛けて収束していく。四方に逃げ道は無く、このままでは万事休す。止む無く、キーリは唯一の逃げ道である上空へ逃れるしかなかった。

 それを見たグリスマンはニヤリとほくそ笑み、そして開始直後から魔法を練り続けていたゲリーに向かって叫んだ。


「今です、ゲリー様!!」

「僕のとっておきだ! 死ねぇ、平民!」


 前に突き出したゲリーの両掌から溢れる光。難しい第三級上位光神魔法を制御するために神経を使うためか、脂肪が付いたゲリーの頬を大粒の汗が流れ落ちていく。そして、次の瞬間には第三級上位光神魔法が放たれた。


「『光の(ガーディアン・)鉄槌(ブレス)』!!」

「まずいっ! 避けなさいっ!!」


 放たれた光神魔法を見たシェニアが思わず叫ぶ。手加減なしの、殺意に満ちた一撃。第三級の上位光神魔法ともなれば直撃は言うに及ばず、かするだけでも致命傷になりかねない程の威力である。シェニアの悲鳴をかき消し、雷槌の如き光の筋が、空気を引き裂いてキーリに伸びていった。

 白光はキーリの瞳を焼かんばかりに眩く、強引に空気を引き裂く耳障りな音が耳をつんざく。宙に浮いて足場の無いキーリにそれを避ける手段は無い。ゲリーとグリスマンが醜く口端を歪め、取り巻きの二人とシェニアが固唾を呑む。

 高速で迫る光の柱。空中から落下する中、キーリはそれを確かに認めていた。

 その時、キーリの口が動いた。




2017/4/16 改稿


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