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4-5 神は天にいまし、世は全て――(その5)

第2部 第21話です。

キリの良いところで切ったら短くなってしまいました。

ご容赦ください<(_ _)>


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。

エーベル:フィアが出会った少年。生活のために窃盗を繰り返していたところ、フィアが雇ったが貧民街で殺害された。

ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。

ギュスターヴ:スラムを牛耳る人物であり、かつてはギースの親代わりをしていた。

シーファー:辺境から流れてきた元冒険者。エーベルを殺害した。




 フィアと別れてキーリとアリエスは奥の部屋に向かった。

 破壊された壁を更に殴りつけて穴を大きくし、ギュスターヴを追いかけて飛び込んだ二人の眼に入ってきたのは、蓄えられた彼の資産であった。

 二人が今居る場所は、恐らくは倉庫のような作りをしていた部屋だろう。外から見た時は別個の建物に見えたが、なるほど、実は隠し部屋となっていたのか、とキーリは部屋を見渡した。手のひらに小さな炎を作り出して部屋を照らし出すと、広さは養成学校時代の寮部屋くらいで部屋のそこかしこに金貨や高価な品物が転がっていた。彼の話しぶりを聞く限り、この金を使って貴族や役人に手を回して不正を行うと共に、貴族の弱みを握るための情報収集の元手に当てていたに違いない。


「……醜悪な臭いがしますわ」

「同意だ。全部盗品やら口止め料やらで集めたんだろうな」


 これらの元の在り処を辿れば、一体どれくらいの善良な市民が涙を飲んできたのか。既に無法地帯と化している貧民街には役人も入り込みたがらないし、そもそも検挙すべき彼らにも多くの金が流れている。感じ取れる腐敗の臭いに、清廉潔白な貴族像を信奉するアリエスは顔をしかめざるを得ない。


「……あの野郎、何処行きやがったんだ?」

「行き止まりですし、隠れるような場所も無いようですけれども」


 部屋を見渡してもギュスターヴの姿は無く、気配を探っても誰かが居る様子は感じ取れない。ギュスターヴがキーリの気配探知を上回るくらいに気配を消すことに長けていれば見落としているかもしれないがそうは思えない。


「ってことは、だ……」


 キーリは足元に視線を落とした。軽く息を吐いて意識を集中させると両手のひらから水の塊を作り出し、風神魔法と組み合わせて数十センチ四方の薄い水の板に変形させていく。


「……相変わらず器用ですわね」

「長年の鍛錬の結果って奴だ。効果範囲が狭いのは嫌になるがな」


 呆れ半分賞賛半分のアリエスのコメントに適当に受け答えしながら、キーリは床に膝を突いた。そのまま水の板を床に這わせていく。そうしてしばらく床面を走査していくと、やがて水面が微かに泡立った。

 魔法を解除し、水が泡立った周辺に顔を寄せて丹念に調べていくと不自然に埃が途切れている場所を見つけた。


「ふむ……」


 顎を撫でて考える素振りを見せていたキーリだが、その左腕の筋肉が盛り上がる。そして、当たりを付けた場所めがけて拳を振り下ろした。


「ふっ!!」


 拳が穿つと同時にけたたましい音を立てて床面が砕けた。割れた床面が、その奥から現れた空間へと吸い込まれていく。


「やっぱ有ったか」

「隠し階段、ですの……」


 部屋から地下へと伸びる階段。カビ臭い匂いがツンと二人の鼻を突き、覗き込めば、階段の両端から奥に向かって照明の薄暗い明かりが伸びていっている。


「こんな場所を作ってたなんて……」

「敵も多そうな野郎だったしな。いざって時に備えて逃走ルートを作ってたんだろ。ったく、集めた金で何やってんだか」


 呆れながらキーリは暗闇の続く道を見つめた。ギュスターヴはここから逃げたに違いない。


「行くぜ」

「ええ」


 キーリを先頭にして階段を駆け下りる。長さは然程ではなく、一階層降りたくらいか。だが下りた先からはずっと通路が伸びていた。点々と壁に照明が取り付けられているが、意図してかそれともメンテナンスをしていないせいか、薄暗く足元でさえ覚束ない。通路の天井は低く、キーリであれば少し屈んで走る必要があった。それは同時に、大柄なギュスターヴでは速く走れはしないだろう事も示していた。


「早く追いかけますわよ!」

「……待て」


 気合を入れてアリエスが走り出そうとする。だがそれをキーリが制止した。


「もう! なんですのよ……」

「しっ! 静かにしろ」


 アリエスは不満を露わにするが、キーリは口元に指を当て耳を澄ます。その様子を見てアリエスも周囲の音に意識を集中させた。

 静まり返る地下。背後から微かに剣戟の音が聞こえる。だがそれ以外の微かな息遣いを感じ取った。アリエスとキーリは顔を見合わせ、ゆっくりと歩を進めた。

 声が聞こえた。すすり泣くような声だ。それと囁き合う声。どこまでも続くかと思えた石の壁だが、ゆっくり脚を進めると程なく暗闇の中でキーリはその片側が途切れている場所を発見した。


「これはっ……!」


 鉄格子で隔てられた小部屋がそこにはあった。頭だけをそろりと出して覗き込んだアリエスは、だが驚愕に声を震わせて、そして声を失った。

 暗がりを斬り裂いて光がアリエスを捉えた。不気味なその光は二つで一対になっている。キーリほど夜目が聞かないアリエスは、ようやく暗がりに眼が慣れてその光の正体に気づいた。

 それらは目だった。それも、子供達の。何人もの少年少女が狭い部屋に押し込められて、恐怖に震えていた。どの子も痩せていて、まるで少し前までのエーベルの様だった。


「アリエス……」

「ええ……分かってますわ」


 拳を震わせるキーリに応えると彼女はしゃがみ込む。そして何とか笑みを浮かべ、極力優しい声で話しかける。


「貴方達、大丈夫かしら? どうして……こんな場所に?」

「……」


 誰もがじっとアリエスを見つめたまま黙り込んだ。だがその中でも一番年長らしい女の子が掠れた声で応えた。


「わ、私達はう、売られてきたんです」

「売られた? 攫われてきたとかではないの?」


 女の子はコクン、と小さく頷いた。


「村が……盗賊にやられて、食べるものも無くなって……他の子供達も住んでいた村がモンスターや盗賊たちに荒らされてどうしようもなくて人買いに売られた後、髭を生やした男の人に買われました。その後はずっとこの部屋に閉じ込められて……」

「連れてこられたのは貴女達で全員なの?」

「分かりません……ただ、何人かは何処かに連れて行かれましたけど……」

「そう……分かりましたわ。ありがとう」


 アリエスは立ち上がって彼女たちから見えない場所に移動すると、キーリに小声で相談した。


「困りましたわね……人身売買の現場に遭遇するとは思ってみませんでしたわ。どうしたものかしら?」

「放っとく訳にもいかねぇが……ともかく俺はあの男を追いかける。アリエスはここで子供達に付いていてやれ。後でシェニアにでも相談してみよう」

「承知しましたわ。なら、キーリは短剣を取り戻してきなさい。手ぶらで帰ってきたら許しませんわよ」


 アリエスの発破にキーリはサムズアップで応えると、狭い通路を奥へ向かって走り出す。暗がりを物ともせずにあっという間に加速し、闇に溶け込むように消えていく。

 キーリを黙って見送っていたアリエスだったが、牢屋の方から「あの……」と控えめに声を掛けられた。振り向けば、先程の女の子――恐らくは十三、四といった頃合いか――が不安そうな瞳を向けていた。


「私達……これからどうなるんでしょうか?」

「心配いりませんわ。貴女達を買った男を捕まえたらすぐに出して差し上げますわ」

「やっぱり……そうですよね」


 彼女達を安心させるための言葉だったのだが、少女は気落ちしたように俯いた。予想外の反応にアリエスも困惑するが、ともかくも不安にさせてはなるまいと笑みを崩さないよう心がけた。


「嬉しくありませんの?」

「そう、かもしれません。ここから出されても、行く所がありませんから……」

「……ご家族の元には戻らないんですの?」


 アリエスの質問に、少女は静かに首を横に振った。


「もう戻ることは無いと思ってお別れは済ませましたから。それに……今更帰ったとしても食い扶持が増えてしまいますので、あまりいい顔はされないでしょうし」

「ご家族なのでしょう? そんな事はありませんわ。優しく迎え入れてくれますわ、きっと」


 励ましの言葉を掛けるが、少女は悲しそうに微笑むとそっと眼を逸して壁に背中を預けた。そのまま膝を抱えて、ただじっと汚れた壁を見つめ続けた。

 アリエスはその微笑みに対して、何か言葉を続けてやりたかった。だが、何も言わない彼女から「貴女は何も分かっていないのですね」と言われた様な気がして、掛けるべき言葉を見つけることができなかった。

 きっと、自分はとても的はずれな事を言ったのだろう。アリエスはそう理解した。それは彼女自身が貴族であり、何不自由すること無く生きてこれたからだろうか。

 牢の中の子供達に背を向け、ギュッと拳を握りしめた。やるせない想いがくすぶる中、何もできずただじっと子供達と同じように壁を睨み続けた。




お読み頂きましてありがとうございました<(_ _)>



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