4-4 神は天にいまし、世は全て――(その4)
第2部 第20話です。
宜しくお願い致します
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
エーベル:フィアが出会った少年。生活のために窃盗を繰り返していたところ、フィアが雇ったが貧民街で殺害された。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
ギュスターヴ:スラムを牛耳る人物であり、かつてはギースの親代わりをしていた。
シーファー:辺境から流れてきた元冒険者。エーベルを殺害した。
「何だテメェら!?」
手下が吠えるが三人共一瞥だにしない。怒りを全身から漲らせ、ギュスターヴとシーファーだけを睨みつけた。
「おいっ! テメェら聞いてん――」
「アンタに用は無いんだよ、三下」
肩を掴んできた手下をキーリは軽く押した。それだけで大きく吹き飛ばされ、壁にぶつかってそのまま意識を失う。その腕の筋肉は盛り上がり、血管が強く浮き出ていた。
「汚い手で触らないでくださるかしら?」
アリエスに触れたもう一人は即座にアリエスに顎を殴られ、その場に昏倒した。嫌悪を隠そうともせず肩をゴシゴシと擦って見下すと、ギースに優しく声を掛けた。
「辛い役割を任せてしまって、申し訳ありませんでしたわ」
「……うるせぇ。俺に気を遣わなくていい」
ぶっきらぼうに応え、ギースはそっぽを向いた。声には強がりを多分に含んでいたが、反面、何処か嬉しそうにもキーリには聞こえた。
「……もしかしなくてもテメェらか。ギースが言ってたダチってぇのは」
「まあそういうこった」
「ギースの口から『ダチ』なんて出てくるとは思っていませんでしたけれどもね」
「うっせぇな」
「照れなくてもいいんですのよ?」
「だぜ。お前がどう思おうと俺らの気持ちは変わんねぇからな」
「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇよ、馬鹿」
相変わらず口は悪いが、アリエスの言う通りギースは照れているらしい。照れ隠しであることが見え見えで、こんな場だがついキーリもアリエスも頬が緩んでしまう。
そんな二人の間を分け入ってフィアが前に進み出た。
「返してもらおう。エーベルの剣を」
「どうせ最初っから聞いてたんだろ? 欲しいなら金を持ってきな、嬢ちゃん。なら幾らでも売ってやるぜ」
「勘違いするな」
「なに?」
交渉に話を持っていこうとするギュスターヴだが、フィアは全身から熱気を漲らせながら冷たく彼を見下ろした。
「スラムらしくこちらはそちらの流儀に乗ってやると言ってるんだ」
フィアの視線の隅でシーファーが立ち上がる。俄に緊張が高まり、アリエスは剣の柄に手を掛ける。
「……なるほどな。欲しいものは奪い取るってか」
「貴様が言い出した事だ。力が全てなんだろう? ならば貴様の主張通り力で取り返すまでだ」
「戦力差は二対四……逃げ切れると思わないことですわ」
「二対四、ね……おい、ギース」ギュスターヴが横柄な態度でギースに呼びかけた。「オメェはどっちに付くつもりだ? まさか、ンなでかくなるまで育ててやった恩を忘れたわけじゃぁねぇよな」
何を確信しているのか、ギュスターヴは不敵に笑ってギースを見上げた。だがギースは、逆に嘲るように鼻で笑い返す。
「オメデてぇ頭だな、親父」
「あん?」
フィア、そしてキーリの隣にギースは並び立った。ギュスターヴの顔が歪んだ。
「テメェなんざもうとっくに見限ってんだよ。学費分も全部テメェにこの三年で貢いだんだ。今日限りで金輪際手は切らせてもらうぜ」
眉間に深く皺を刻み、ギースは怒りと失望をにじませながら決別を宣言した。
ギュスターヴは眼を剥き、舌打ちをして立ち上がった。
一層、場が張りつめた。
「そうかいそうかい……ンなら!」
ギュスターヴの叫びと同時に眩い閃光が部屋を白く染め上げた。フィアやアリエスの視界を奪い、何かを突き破るような音が響いた。
そして迫りくる殺気。フィアは白く染まったままの視界で咄嗟に剣をそちらに振り抜いた。高い金属音が響き、振り抜いた剣に強い抵抗。それが剣同士がぶつかりあった結果だとすぐに気づく。
集中して気配を辿り、だが鈍い音がしてフィアから敵意が遠のいた。その直後、部屋を支配していた眩い光が何処かに吸い込まれていく。同時に全員の視界が徐々に元に戻っていった。
壁際には、叩きつけられたシーファーが倒れており、しかし何事も無かったように立ち上がっていく。だが顔は不機嫌そうにキーリの方に向けられている。
「スマン、助かった」
「なに、こういう場合は俺の出番だろ?」
閃光後の一連の出来事がキーリの仕業だと気づいたフィアは、小さく感謝を口にし、それを受けてキーリは軽く皮肉げに笑ってウインクをしてみせた。
「のんびりしている暇はありませんのよ。あの男が居りませんわ」
「っていうか、ギースも居ねぇし」
ギュスターヴが座っていた席はすでに空席。テーブルの上の短剣もろとも消えていた。
そしてギースの姿も。
部屋の奥には壁があったが、どうやらそこは別の部屋へと繋がる隠し扉だったらしい。突き破られて木くずが散らばっており、暗闇がそこから顔を覗かせている。ギースもそこから逃げたギュスターヴを追いかけたのだろうか。ともかく、自分たちもあの男を追いかけなければ。キーリがそちらに脚を踏み出す。
だが、立ち上がったシーファーが行く手を遮るように立ちはだかった。
「……なるほどな。あの親父、確か用心棒として雇ったって言ってたな」
「気をつけなさいな。この男……強いですわよ」
キーリの一撃を食らったものの、目立ったダメージは見受けられない。若干キーリを見る目には不機嫌さがこもっているが至って冷静にキーリ達を見極めようとしている。
全員で掛かっている暇は無い。相手の実力は正確にはっきりわからないが、ここで手分けするのは下策か。
キーリがそう考えていると、フィアがシーファーを鋭く睨みながら口を開いた。
「ここは私が引き受ける。キーリとアリエスはあの男を追ってくれ」
「……一人で大丈夫か?」
「ワタクシも一緒に残りますわ。キーリは早く追いかけて――」
「いや――私一人でやらせてくれ」
二人よりも一歩前に出る。シーファーから眼を逸らさず、二人に懇願するような響きを含んでいた。
「頼む……」
「……分かった。ここはお前に任せる」
「キーリ!?」
「ただ約束しろ。絶対に死ぬな。そして絶対に殺すな。いいな?」
「中々に難しい注文だな」フィアは悲しそうに笑った。「だが約束しよう。だから二人はエーベルの剣を絶対に取り返してくれ」
「当たり前だ。行くぞ、アリエス」
「……気をつけて、フィア。ユーフェをこれ以上悲しませたら承知しませんわ」
そう言い残し、二人はギュスターヴを追いかけて部屋から出ていった。
シーファーの横を通り過ぎていくが、意外にも彼はキーリ達を引き止める事はない。フィアだけをじっと見つめ、他にまるで関心を持っていないかのようだ。
「良かったのか?」
「二人を止めなかった事を問うているのか?」
顎で二人が去った方を示す仕草をしながら逆に問い返され、フィアは頷く。シーファーは冷たい視線のまま、口元をどこか楽しげに緩めてみせた。
「構うまい。あの男がどうなろうと俺の知るところでは無い」
「護衛では無かったのか?」
「一応そういう役割ではあるな。事実、そういう風に振る舞う事もある。しかしそなた達三人をまとめて相手をするのは骨が折れそうであるしな。敗北に興味は無いが、満足に実力も発揮できずに負けるというのは少々業腹である。であれば、一対一で実力を遺憾なく発揮した死合をしたいではないか」
どうやら目の前の男は忠誠であるとか責任というものに意味を見出さないらしい。自分の欲望に忠実な手合で、その点でもフィアとは相容れる事は無さそうだ。
「ずいぶんと楽しそうだな。そんなに殺し合いが好きか?」
「いかにも。だが正確に言えば殺し合いではない。俺は『斬る』事が好きなのだ」
シーファーは手に持った剣を軽く振った。曲刀の様でフィアには見慣れない形だ。刀身も細く、しかしこのような男が持っているというのに剣は美しい。
次第に醸し出される殺気。フィアは剣を静かに構えて応じた。
「そこらのたるんだ体よりも斬るならば引き締まった体が望ましい。その点では、あの目付きの悪い男はダメだな。きっと硬すぎる。もう一人のおなごでも良かったが、それよりもそなたの方がずっと良い。その俺を殺さんとする目つきと良い、肌に響く殺意といい――きっと素晴らしい斬り応えだろう」
「寡黙かと思えば、饒舌な男だ。私はお前の様な男は大嫌いだが……その前に確認させろ」
「何かな?」
「分かりきった質問だ――エーベルを殺したのはお前か?」
「左様。あの少年も生きていれば良き武芸者となっただろう。近年稀な見事な感触であった。今思い出しても――」
「もういい――黙れ」
炎が立ち上り、フィアの剣が一閃する。殺気が込められた一撃がシーファーの首目掛けて飛び、だがそれも彼の剣によって受け流される。
「見事な踏み込み。俺の眼に狂いは無かった」
その呟きに乗せて、今度はシーファーから鋭い突きがフィアを食い破らんと迫る。フィアは目を見張り、それでも怒りを制御し目の前に集中して軌道を見極める。体を半身に動かし、最小の動きで避けて今一度攻撃を返そうとした。
「――っ!」
しかしシーファーの切先が突如として伸びた。少なくともフィアにはそう見えた。刀が突き刺さる未来を幻視した彼女は体の向きを強引に変え、床を転がるようにして避ける。だが避けきれなかった切先がフィアの頬を浅く斬り裂き、つぅ、と紅い筋を形作った。
「今のを避けるか。素晴らしい才能だ」
シーファーの口から感嘆の声が漏れる。フィアは油断なく彼の姿を捉えながら立ち上がると、左手の親指で傷口の血を拭う。そしてまた剣を構え直した。
「そして臆する様子もない……若いのに立派な胆力だ。名を聞きたいが良いかな?」
「名乗る必要を感じないな」
「そうつれないことを言わないでくれ。ならば先に名乗ろう。シューレル・シーファー。C+ランクの冒険者として活動していた。もっとも、もうすでに除名されているであろうがな」
「……フィア・トリアニス。C-ランクだ」
「ほう。二十そこそこと見受けるが、すでにCにまで上り詰めていたか」
立派立派、とどこか緊張感に欠ける言葉を投げかけ、足元に転がったテーブルや気を失った手下たちに視線を落とした。
「やはり室内は狭くてやり辛いな。どうだろうか、外で殺り合わないか? すぐそこに広場のような場所がある。存分に死合うには少々狭いが、ここよりはお互いに実力を発揮しやすいだろう」
目の前の男の言いなりになるのは気に食わないが、言っている事にはフィアも同感だった。普段から迷宮を主戦場にしているフィアとしても障害物が多く転がり、剣が壁や天井に引っかかりかねない室内は避けたいところだった。
黙って頷き、先に外に出るよう視線を投げかける。シーファーは「用心深いことだ」とぼやきながら外へ出ていった。その背中は無防備でフィアが不意打ちを仕掛けると疑ってもいない。
強い殺意がこみ上げてくるのを感じる。しかしフィアは一度息を吐き出すと、気を鎮める。自らが為すべき事を、大事にすべきものを心に思い浮かべる。ゆっくりと、だが視線は鋭く眼を開く。強く剣を握り締めるとフィアはシーファーの後を追いかけた。
今回もお読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>




