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4-1 神は天にいまし、世は全て――(その1)

第2部 第17話です。

宜しくお願い致します


<<登場人物>>

キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。

    魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。

フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。

アリエス:帝国出身貴族で金髪縦ロール。剣、魔法、指揮能力と多彩な才能を発揮する。筋肉ラブ。

シオン:小柄な狼人族でパーティの回復役。攻撃魔法が苦手だが、それを補うため最近は指揮能力も鍛え始めた。フィアの被害者。

レイス:パーティの斥候役で、フィアをお嬢様と慕う眼鏡メイドさん。お嬢様ラブさはパない。

カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。

イーシュ:パーティのムードメーカー。鳥頭。よく彼女を作ってはフラれている。

ユキ:キーリと共にスフォンにやってきた少女。性に奔放だがキーリ達と行動を共にすることは少なく、その生活実態は不明。

エーベル:貧民街でフィアが出会った少年。十歳程だが、生活のために窃盗を繰り返している。

ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。








 その日は朝から雨だった。

 前日から降り始めた雨はシトシトと降り続け、翌日にキーリ達が迷宮から出てきてもまだ止む気配を見せない。


「……やっぱまだ降ってるか」

「そうだな」


 迷宮の出口に近づくにつれて大きくなる雨音を聞き取り、ため息混じりにキーリは呟いた。その隣を歩くフィアも何処かうんざりした表情で同意する。

 炎神魔法が得意なせいか、フィアは雨の日が苦手だった。何処か体調が悪いなどの具体的な症状が現れるわけではないが、なんとなく気分が上がらない。流石にそれで迷宮内の戦闘に影響が出るわけではないものの、雨に濡れる街を眺めているだけで気が滅入ってくる。


「最近雨の日が多いですね」

「もうこの街で暮らして四年になるが、ここまで雨が多いのは初めてだな。こういう年もあるのか、シオン?」

「無いとは言いませんけど、珍しいのは確かですね。僕がまだ養成学校に入る前くらいにあったでしょうか」

「基本的にカラッとしてるもんな、この街は。俺としてはジトッとしてる方が馴染むけどな」

「キーリ様のご故郷ではこういった気候だったのでしょうか?」

「年中ってわけじゃねぇけどな。梅雨……一ヶ月くらい雨ばっか続く雨季があったなぁ」

「……到底私には馴染まなさそうだ」


 キーリの話に、フィアは心底嫌そうに顔をしかめた。そんな彼女に苦笑いを向け、そしてキーリは今しがた自分たちがやってきた迷宮の奥の方を見遣った。


「とりあえず、雨宿りがてらアリエスたちを待つか?」


 今回の探索では珍しくメンバーの殆どが揃っていた。参加しなかったのはギースくらいで、逆に珍しくユキが参加していた。流石に八人全員で動くのは効率が悪いのでキーリ組とアリエス組に別れ、それぞれで探索を行っている。

 今回もキーリ達はBランクモンスターとの戦いを求めて最深部近くまで潜ったが、アリエスとカレン、イーシュそれとユキの四人は浅いところに留まって戦っているはずだ。というのも、最近カレンはキーリやフィアのように前衛での戦いに限界を感じ始めたようで、斥候役への転身を図り始めているからだ。

 当然、きちんと斥候役としての役回りを学んでいる訳ではないため、危険の少ない浅い階層で経験を積んでいる。それにアリエスとイーシュが付き合う形だ。ユキが何故今回参加したのかは分からない。単なる気まぐれだろうとキーリは当たりをつけているが、それ以上深く考えてはいない。長い付き合いだが、未だにキーリでさえ彼女の頭の中は理解不能なのだ。

 別れて潜る前に大凡の戻るタイミングは伝えている。先に戻る場合には入口付近に目印を残す事になっているが、ざっと見る限りそのようなものは無い。ならばまだ潜って訓練しているのだろう。アリエスとユキが付いていて何か起こる事など、この場にいる誰も想像できない。


「私は別に構わないぞ」

「僕も大丈夫です。今日は店のお客さんも少ないでしょうし」

「ならちょっち休むかね」


 入り口付近の雨音が聞こえる位置に陣取ると、キーリは荷物を放り投げて腰を下ろす。そのまま壁に背中を預けて眼を閉じた。どうやら仮眠を取るらしい。これから迷宮に潜ろうという他の冒険者がチラリと見ていくが特に何を言うわけでもない。

 多いわけでは無いが、入り口近くの安全な場所で獲物を検める冒険者も珍しくないし、道を塞ぐような真似をしない限りは誰も文句を言うことはない。

 キーリが座ったのを見てフィアやシオンも腰を下ろそうとした。座るのに邪魔になる腰の剣を鞘ごと引き抜いて地面に置いて、しかし腰を半分フィアが沈めたところで眼を閉じたばかりのキーリが眼を開き、訝しげな表情で迷宮の奥に顔を向けた。


「どうかしたか?」

「いや……」


 曖昧な返事をしてキーリは立ち上がる。そして奥に向かってゆっくりと歩いていく。何かあったのか、とフィア達もキーリを追いかけ、だがすぐに脚は止まった。

 そして現れたのは白い肌の、小柄な見知った女性の姿だ。


「ユキ?」


 腰の後ろで手を組んでユキが近づいてくる。だが一緒に潜ったはずのアリエスやカレン、イーシュの姿は無い。


「お前一人か、ユキ? アリエス達はどうしたんだよ?」

「んー……私だけ先に戻ってきた。あ、ちゃんと声かけてきたから」

「何かあったわけでは無いのだな?」

「うん。もう少ししたら戻ってくると思うよ」


 それを聞いてフィアは安心した。今更この迷宮のモンスターに遅れを取るはずはないと分かってはいるが、何が起こるのか分からないのが迷宮だ。


「で? んじゃなんでお前だけ戻ってきたんだよ?」


 ため息混じりに、腰に手を当てて呆れた様子でキーリが尋ねる。おおかた、アリエス達に付き合うのに飽きたのだろう。その感想はキーリだけでなく、フィアやシオンも同意であり、だからこそキーリの棘のある言い方にも苦笑を浮かべるだけであった。

 しかしユキの反応は鈍い。


「ユキ、どうしたんだ?」

「うーん……なんて言えば良いのかなぁ」


 言葉を濁しながらユキはキーリを見た。視線から察するに「言っちゃって良い?」と許可を求めているようだが、それが何を示しているか理解してしまったキーリは「まさか」と眉間に皺を寄せた。


「もしかして、感じ取った(・・・・・)のか?」

「そうそう! それ! この街って迷宮はともかく街中は平和だからね。ここまで強い感覚は久しぶりだよ」


 我が意を得たり、とばかりにユキは笑顔を浮かべる。嬉しそうな彼女だが、対象的にキーリは表情をますます厳しくした。しかしフィアやシオン、レイスは二人が何の話をしているのか全くつかめない。


「あのー、すみません、お二人が何の話をしているのか……」

「すまないが私たちにも分かるように話してくれないか?」


 申し訳なさそうに話に入ってくるシオンとフィアに、キーリは少し考える素振りを見せると「まあ、これくらいはいいか……」と小声で呟いた。


「簡単に言えば、だ。ユキはだな……」

「人間たちの気持ちを私は感じ取れるんだ」

「人間の……気持ち……?」


 突然何を言い出すんだ、とフィアは訝しげな視線を向けた。キーリは頭を掻き、そしてユキは楽しそうに笑って補足する。


「そ。特に人間の強い感情は、結構距離があっても分かるかな?」

「感情が分かる……そのような事が可能なのでしょうか……?」


 レイスはやや俯き気味に顎に手を当て、チラリとキーリを見遣る。顔をしかめているが、彼の表情を見る限り嘘ではなさそうだ。


「それも魔法なんですか?」

「んーんー。ノンノン。私だからできる……えっと、なんだっけ? あ、『特技』みたいなものかな?」

「俄には信じがたい話だが」フィアは自分の髪の房を撫でた。「ともかく、その強い感情とやらを感じ取って先に戻ってきたんだということは分かった。だがユキの行動と感情を感じ取った事の繋がりが良く分からないな」

「ま、そこは善意かな?」

「善意?」


 要領を得ない回答にますますフィアは混乱した。助けを求めてキーリを見るが、彼もまた良く分かっていないようで、何処か苛立ったように頭を掻きむしっていた。

 はっきり言え、とキーリが不機嫌な声を出しかけた時、機先を制して何処と無く嬉しそうにユキはフィアに一歩近づいた。


「感情には色々と種類があるけどね、強い感情ってね、大体種類が限られてくるんだ」

「何を……」

「喜んだり楽しかったりっていうポジティブな感情は意外と弱くてね、その反対の感情はとっても強いんだ。嫉妬だったり、誰かを憎んだりとか、それ以外だと、例えば……そうだね――」


 フィアの眼はユキに覗き込まれた。その黒い瞳はどこまでも黒く、深く、フィアの全てを吸い込んでしまいそうだった。恐怖に襲われ、しかし瞳に囚われてしまった様にフィアは眼を逸らす事ができない。

 口元が嫌らしく弧を描く。そのようにフィアには見えた。同時に、おぞましい程に嫌な予感が彼女を襲った。


「――子供が泣き叫ぶ声、とかね?」


 その途端にフィアは解放され、衝動に急かされて外に向かって走り出した。


「フィアっ!?」

「お嬢様っ!!」


 キーリやレイスが呼び止める声も耳に届かない。雨が強く降りしきる中に飛び出し、濡れるのも構わずに入口の門を走り抜ける。

 まさか、いや、そんな事は。浮かび上がる想像を必死に否定し、拭い去ろうと手のひらで顔の雫を払う。だが彼女を穿ち続ける雨のようにその想像は彼女の内へ内へと染み込んでいく。今はとにかくエーベルとユーフェに会いたかった。

 彼女のその願いはすぐに叶った。門を抜けて人気の引いた街中に出てすぐにその姿を見つけた。


「ユーフェ!」

「……っ!」


 キョロキョロと誰かを探す素振りを見せていたユーフェは、自分を呼ぶ声に気づきフィアへと懸命に走ってくる。彼女の姿にフィアは一瞬だけ安堵するが、だがすぐに異変に気づく。

 雨の中で雨具も着ずに彷徨うユーフェ。ずぶ濡れのメイド服で、いつも真っ白に洗濯されているエプロンには茶色い泥が付いている。白い彼女の頬には小さな痣が出来ている。表情がレイスよりも更に乏しいその顔には、フィアから見ても分かるほどに深い悲しみと焦燥が滲み出ている。

 何より――エーベルが居なかった。


「ユーフェ! エーベルと一緒じゃないのかっ!?」


 焦りを抑え、しゃがみこんでフィアはユーフェを抱きとめる。ふるふると首を横に振る彼女の体は酷く冷え切っていて、震えていた。


「フィアっ……とユーフェ!?」


 遅れてユキを除いたキーリ達が追いつき、ユーフェが一緒となっている事に驚く。ユキの話が現実味を帯びてきて、キーリは下唇を噛んだ。

 ユーフェは四人を見上げた。泣きそうな顔でフィアの腕を引っ張る。


「……、……っ!」

「スラムか!? 分かった案内してくれ!」


 溢れる感情で声にならないのか、口は動けど音は出ない。ただユーフェは指差し、そちらにエーベルが居るということは全員に理解できた。

 すぐにキーリがユーフェを抱え上げて肩に乗せ、フィアを先頭にして走り出す。雨はますます強くなり、痛いくらいになってきている。染み込んだ雨が体を重くしていく。伴って不安は増大し、気持ちも重くなっていった。


「そこを右だなっ!」

「分かった!」


 ユーフェの指示をキーリが読み取り、それを聞いたフィアが貧民街の複雑な道を迷わず進んでいく。不安を押し殺した脚が強くぬかるんだ道を踏みしめ、泥と水しぶきを巻き上げていく。途中すれ違った貧民街の住民が、慌てて雨の中を走る彼らをせせら笑ったようにフィアには見えた。

 やがて狭い道が少しだけ広くなる。元々黒かった朽ちた家の木板が水を吸ってますます黒くなっていて、それらの家々に挟まれた路地に到着した時、彼らの脚は止まった。


「ぁ……」


 掠れた声がした。それは誰の声か。小さな悲痛な声。それが向けられた先に、エーベルが居た。

 彼は倒れていた。倒れて冷たい雨に打たれ続けていた。身動ぎもせず、微かな体の上下すらない。

 そして、エーベルの体の下からは薄く赤く色づいた水が流れていた。その姿に、フィアはただ立ち尽くした。


「っ、シオン!!」

「は、はいっ!」


 唖然としたのは四人とも。しかしキーリはいち早く立ち直ってシオンに声を掛け、シオンもまたすぐに自分がすべきことに思い至り、フィアを押しのけてエーベルに駆け寄った。

 エーベルの体をシオンは抱え上げ、だがすぐに悲嘆に表情を曇らせた。一度雨空を仰ぎ見ると、唇を強く噛み締めてフィア達に向かって首を横に振った。


「お嬢様……」


 レイスが呼びかけるもフィアからの反応は無い。濡れた前髪が彼女の顔を隠し、如何な感情も読み取れない。

 キーリは無言のままのユーフェを下ろし、辛そうに眼を強く瞑るとフィアの背中を軽く押した。


「……行ってやれ」


 促され、フィアは崩れ落ちそうな足取りでエーベルに近寄った。シオンは黙ってその場を離れ、代わってフィアが膝を突く。そしてエーベルの背に手を回して静かに抱え上げた。

 彼の遺体は酷い状態だった。暴行を受けたのか、顔中が痣だらけで腫れ上がっている。着ていた黒いベストは引き裂かれ、白いシャツの腹部は真っ赤に染まっていた。両手のひらは何かを握りしめていたように固く結ばれたままだった。


「痛かっただろう……?」


 フィアは雨に濡れたエーベルの寝顔を撫でてやった。悔しかったのか、悲しかったのか、彼の死に顔は泣き顔のようだった。だがそれもフィアが何度か撫でる内に眉間の皺が解け、安らかな寝顔に変化した。

 こうしてみると、生きているようだ。

 だが彼は動かない。

 だが彼の眼は自分を見てくれない。

 だが彼の顔は微笑んでくれない。

 冷たい、体。肌に触れても、頬を撫でても温もりは何処にもない。鼓動を感じられず、雨が命の残滓を洗い流していく。呼びかけても、囁いても、抱え上げてもエーベルはただ眠り続けるだけだった。

 フィアの視界が、滲んだ。


「……っ、ぅ、くっ……」


 エーベルの体を強く抱きしめ、フィアは顔を押し付けた。ずっと傍に居るよ。彼女の背中を見つめるしかできないキーリは、嗚咽を漏らしながらそう話しかけているように感じた。


「フィア! キーリ!」

「アリエス……」


 ただ雨に打たれていたキーリ達。そこに探索を終えたアリエス達が追いついた。全力で走ってきたのだろう。イーシュは肩で息をし、アリエスとカレンも軽く息が上がっている。


「ユキから追いかけろと言われましたの。一体どうしたんで……」


 キーリから順に姿を確認していたアリエスの視線が、フィアに辿り着いたところで声が消えた。アリエスは眼を見開き、カレンは口元を両手で抑えて言葉を失った。


「嘘、だろ……」

「エーベル……ですの?」

「死ん、で……? え? そ、そんな……だって、だってこの間もウチを綺麗にして、くれて……」

「ここに来た時にはもう……遅かった」


 キーリの言葉とともに、フィアに次いでエーベルを可愛がっていたカレンが泣き崩れる。嗚咽が増え、アリエスやシオンからもすすり泣く声が聞こえてきた。レイスは黙って眼を閉じ、フィアの後ろでただ控える。

 キーリもまた胸が締め付けられる様な悲しみを覚えていた。いつかこんな日が来るのではないかと予感はあった。可能な限り守ってやりたいと思っていたが、冒険者をしながらでは限界があったということか。或いは、自分もフィアも、スラムの事を甘く見ていたのかもしれない。スラム出身とはいえ、身ぎれいにして、最近肉付きも普通になってきたエーベルを見れば何処かの金持ちが紛れ込んできたと間違えるか、もしくはこの底辺から抜け出した彼を羨ましく、そして妬ましく思うだろう。

 浅はかだった。キーリは髪を何度も掻き毟り、土砂降りの雨に顔を打たせた。そして湧き上がる衝動そのままに、近くにあった家の柱を力任せに殴りつけた。だが、そうしても感情は治まらずエーベルが帰ってくるはずもない。

 ちらり、とユーフェを見る。彼女はフィアの隣で、動かなくなったエーベルを見ていた。いつもと変わらぬ眠そうな瞼で、しかし一層感情を無くしてしまった様に虚ろだった。

 せめて彼女だけでも、とキーリはユーフェを抱きしめてやる。彼女はされるがままだ。その様が物悲しくて、キーリはユーフェから顔を逸した。

 その時、ふとキーリは気づいた。


「……無ぇ」

「え?」


 無い。ここにあるべきはずの物が無い。キーリは近くを探す。ゴミを蹴り飛ばし、近くの路地を覗き込み、地面に這いつくばって探す。だが、無い。


「おい、キーリ。何を――」

「剣だ」


 探し回りながらイーシュに短く答える。エーベルに縋り付いていたフィアの肩がピクリと揺れた。


「フィアがエーベルに渡した剣だ。最近はずっと肌身離さず持ってたから今日だって――」

「――持って、いかれた」


 ずっと一言も発しなかったユーフェが、初めて言葉を発した。


「……誰にか分かるか、ユーフェ?」


 ユーフェは首を横に振った。そうか、と視線を落とすキーリ。だがユーフェは「でも……」と話し続けた。


「盗んだ、物は一回全部、同じ場所に集め、られる……」

「一回集められる? 元締めみてぇな奴が居るのか?」

「全部、じゃない、けど……たぶんそこにある……」

「そいつの場所は分かるか?」


 ユーフェは悲しげな瞳を伏せた。動かない表情だが、何処か怯えがあった。何か知っていそうだが今の彼女から無理に聞き出そうとするのは酷か。キーリは無念そうに首を振った。


「けどよ、スラム中を片っ端から探したら分かるんじゃね?」

「かもしれませんわね……せめてその剣だけでも取り返してあげませんと」

「だな。よし、んじゃ全員で――」

「――それより早い方法がある」


 キーリが言い終わるより早く、フィアが冷たい声を発した。声は紛うこと無く彼女のものだ。だがその声を聞いた時、その場にいた全員の背筋に冷たいものが走った。


「フィア……?」


 アリエスが名前を呼ぶ。彼女は応えない。顔を伏せたまま、そっとエーベルを抱え上げ、シオンに渡す。


「フィアさん……?」

「……エーベルを頼む」


 そう言い残すとフィアは踵を返し、そして全員を置いて何処かへ向かって走り出した。


「お嬢様!?」

「ちっ! 俺とアリエスはフィアを追いかける! シオンやレイス達はこの場を頼む!!」

「わかりました!」


 すでに走り出しながらキーリが叫んだ。

 フィアの様子がおかしいのは明らかだ。何をするつもりか分からないが今の彼女を放っておくわけにはいかない。フィアの姿はもう見えなくなりかけている。キーリはアリエスと眼を合わせると、互いに頷き合って彼女の後を追いかけた。

 シオンはエーベルを抱え、カレンの涙を堪えるしゃくり声を聞きながら、フィアに触れた左手を見下ろした。これ以上に濡れないようにエーベルの小柄な体をシオンの小さなマントの中に押し込み、空を見上げて呟いた。


「フィアさん……凄く怒ってたな」


 左手のひらの先が火傷をしたように、赤くなっていた。




書いてるの自分なのに辛かった……


今回もお読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>

ご感想やポイント評価等頂けると励みになりますので、気が向きましたら宜しくお願い致します。


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