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3-3 入学試験にて(その3)

 第10話です。

 よろしくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。

 ユキ:キーリの同行者。同じく養成学校に入学を希望している。見た目美少女だが男好き。

 フィア:街の食堂で出会った少女。赤い髪が特徴。

 レイス:フィアの友人。無表情眼鏡少女。






 三人と別れて一人になったキーリは淡々と検査をこなしていった。

 魔力関係の検査は後回しとし、まずは比較的少ない筋力や敏捷性の検査から回っていく。

 ギルドで見せたように馬鹿げた身体能力を示すこともできるが、これはあくまで入学の可否を決めるだけの検査である。必要があれば別だが、いたずらに能力を見せびらかせるのは性格的に合わないし、人の目が多すぎる。

 ゲリーみたいなのに下手に眼を付けられるのは面倒でしか無く、したがってキーリは「優秀な冒険者になることが期待できる」と試験官が判断してくれるそうな結果を残すことにひたすら腐心した。

 そうやって試験官が「ふむ」と満足そうに頷いたり、はたまた時折加減に失敗して顔を引きつらせたりさせながら試験を着々と終わらせていくのだが、一つの検査が終わる度に長い列に並ばなくてはならず、その繰り返しにはゲンナリとしてくる。

 それでも死んだ魚の眼をしてこなしていくと受験生の数も幾分少なくなっていく。残るは後回しにした魔力関係のみ。検査場は何処か、と見回していると不意に歓声が上がった。

 声に釣られてそちらを見てみると、少し高くなったステージの上でゲリーが魔法適正の検査を行っていた。ステージ上に置かれた台の上には水晶球の様な透明の球体が置かれていて、どっぷりと肥満体を揺らしながら階段を登っていく。すでに貴族連中の多くは検査を終わらせているはずだが、どうやらあのゲリーの検査結果を見ようと残っているらしかった。


「ただの性格の悪いデブにしか見えないんだが……」


 午前の感じからすると、ゲリーはどうやら結構偉い貴族らしいが、果たしてそれだけで他の貴族たちがこの暑苦しい場所に残るだろうか。


「ゲリーは貴族の間では有名だからな」

「フィア」


 キーリが眺めている方角から、彼が抱いている疑問を察したのだろう。いつの間にかフィアがキーリの隣に並んで答えを提示した。


「鼻血は止まったか? 俺は嫌だぜ? せっかくのダチが入学早々にお縄に――」

「キーリ」フィアはキーリの肩をガシッと掴んだ。「君は今日何もおかしなものは見ていない。君が知っているのは先日食堂で出会った時の私だ。いいね?」

「アッハイ」


 ――それはともかく。


「で、あのデブの何が有名なんだ? 見た目も性格もとても人気があるようには思えねぇけど」

「お前はもう少し貴族に対する敬意というものを学ぶべきだ」

「そういうフィアだってアイツを呼び捨てじゃねぇか」

「む……まあいい。話を本題に戻すとだな、彼がエルゲン伯爵のご子息ということは知っているか?」

「……そんなに偉い坊っちゃんだったのか?」


 貴族位の序列としては中間になるが、王国にある四百家近い貴族のうち伯爵以上であるのは僅か二十八家。エルゲン家は伯爵位を持つ十五家の中でも最上位に近い権力を持ち、王城内においても重要な役割を任されている大貴族であった。

 キーリとしてはゲリーを見ても「どこのボンボンだ?」くらいの感覚しか抱いていなかったが、実は結構危うい事態だったのでは、と今更冷や汗が出てきた。


「お前と言う奴は……合格したらこの養成学校に通うんだぞ? この地で暮らすことになるというのにその領主すら知らないとはどういう了見だ?」

「いや、流石に領主がエルゲン伯爵っつーのは知ってるけどよ、だけどその子供の事まで知っとけっつ―のは無茶が過ぎなくね? ましてこの街に来たのだって一昨日なんだし」

「そういえばそうだったな……なら覚えておくといい」フィアはゲリーを見遣った。「エルゲン伯爵の三男であるゲリー・エルゲン。古の英雄であるグリークランド・エルゲンを祖とする由緒あるエルゲン家の直系で、現在は彼がこの地の名代として治めている」

「アイツが? なんかの冗談だろ。あんな偏見の塊がこんなでかい街を治められるわけねぇだろ」

「そこは彼の補助として付けられた家臣たちが上手くやっているのだろう。恐らく彼自身が領主代行として具体的に何かをやっていることはないはず……と思う」


 自信なさげに口を濁すフィア。さすがに彼女もそこまでの内部事情は知らないらしい。


「なるほどな。あそこに残ってる貴族の坊っちゃん嬢ちゃん連中は、そんな偉い実質領主様の覚えを目出度くしたい、或いはあわよくば取り入って将来の出世に繋げようって腹づもりなわけね」

「それもある、というよりは理由の半分はキーリが言った通りだろうな」

「半分? 残り半分は何だ?」

「それはだな――」


 その時、一際大きい歓声がキーリの耳を劈いた。


「ゲリー・エルゲン様! 光神魔法の適性レベル――四っ!!」


 それまで静かに結果を受験生にだけ告げていた試験官の壮年の男がここぞとばかりに声を張り上げ、更に拍手と歓声が大きくなる。それを壇上で眺めていたゲリーはたるんだ顎を歪ませて満足そうに手を挙げて歓声に応える。


「魔法適性の最大値は五。北にある『魔の門』を閉じた、かの英雄たちの内の半数は適正が五だと聞いたが、彼らを例外にしても魔法適性が四となる人間は今のレディストリニアには殆ど居ない」

「つまり、アイツはこの国の将来を期待される逸材だって事か?」


 人は見た目に拠らないものだ、と自分の事を棚に上げてキーリは感心したが、フィアは隣で頭を振った。


「いや、才能があることには間違いないだろうが伯爵家の人間だ。魔法使いとしての将来というよりも、伯爵家の人間として相応しいという証が示されたという意味で重要なんだ」

「すまん、もっと噛み砕いてくれ」

「……かの英雄、グリークランド・エルゲンは光神魔法の達人だった。以来エルゲン伯爵家の人間は光神魔法の適性が並外れて高いんだ。この国で並ぶ者が居ない程な。

 また光神魔法の適性が高い、という事はそれだけ五大神の中でも主神である光神様から愛されているという事を意味する。という事は五大神教との関係という意味でも重要で、もし光神魔法の適性が低ければそれは迷宮都市を治める人間としても、伯爵家の人間としてもふさわしくない、という事に繋がる。実際にエルゲン家は代々光神魔法の適性が高いものを名目上の頭首とする習慣がある」

「……なるほどな。要するにアイツがエルゲン伯爵家の人間として相応しいんだぞって他の貴族連中にアピールするための場でもあるのか、ここは」

「端的に言えばそういう事だ」


 フィアの説明にキーリは腕を組んで頷いた。アイツがねぇ、とばかりに胡散臭気な視線を壇上のゲリーに送ると、笑っていたゲリーがキーリの方を向いた。

 たまたまキーリの姿を認めたのだろう。少し驚いた表情を浮かべたがすぐに嫌らしく口元を歪めてキーリを下卑た視線で見下した。

 キーリも当然それに気づいたが、キーリからしてみれば子供が得意な分野でいい成績を取って自慢したがっているだけにしか見えない。前世との合算年齢よりも精神年齢はかなり低くなっている自覚はあるが、見下されたからといってすぐさま頭に血が昇る程短気な性格ではないと信じている。鬼人族を侮辱された場合はその限りでは無いが。

 なのでキーリは小さく肩を竦めてゲリーから視線を外した。距離があるため声が聴こえるはずはないのだが、舌打ちされたような気がした。


「……やはり眼を付けられたようだな。キーリ、くれぐれも気を付けろよ」

「貴族の相手なんて柄じゃねぇんだけどなぁ……まあ絡まれても適当にあしらっとくさ。怒らせなきゃいいんだろ?」

「……朝の対応を知っている私としては不安で仕方ないがな」

「ありゃユキの暴言が原因だ」

「だと良いんだがな。ああ、長話をしてしまったな。それでは私はそろそろ別の検査に行く」

「ああ、色々教えてくれてありがとよ」


 軽く手を振ってフィアが去り、キーリは再び一人順番を待つ。陽はすでに傾き始め、貴族たちはとっくに試験を終えて残っているのは平民たちの受験者と、物好きな貴族が多少残っている程度だ。平民たちでさえもすでに半数は終わらせていて、開始当初はごった返していた中庭はかなり余裕が生まれていた。

 この魔力関係の検査が終われば最後に簡単な模擬実践試験があって、ようやく長かった試験も終わりを迎える。今日は精神的に疲れた。早く宿に戻って酒を飲んで眠りたい。


「次の者、こちらへ」

「へーい」


 キーリが呼ばれて壇上に登る。何人かは女性の様なキーリの見た目に一瞬注意を払うも、声で男と分かると同時に身なりから平民だと気づいてすぐに興味を失った。


(――ん?)


 それでもキーリは何処かからか視線を感じた。そちらに顔を動かすと、そこは校舎だった。しかしすぐに視線は消え、その主が誰かは分からない。


「どうしたのかね? 早くしたまえ」

「ああ、すんません、何でもないです」

「……まったく、これだから平民は。この水晶球の上に手を置きなさい」


 神経質そうな眼で試験官の男はジロリ、とキーリを見上げた。

 指示に従ってキーリが水晶球に手を置くと、「そのまま動かさないように」と再び指示が飛んでくる。

 自身の魔力をこうやって計るのはキーリとしても初めてだ。なので加減の仕様がなく、何も考えずにボーッとしながらどうやってこの水晶球で計るのだろうか、と注視していると少しずつ球が光を発し始めた。

 始めは弱い光だったが少しずつ強さを増していく。さっきまでブツブツと文句を言っていた試験官の男も「ほう」とその光の強さに感嘆の声を漏らし始める。

 その時、一瞬だけ眩いばかりに光った。だがすぐに水晶球から光が失われて、最後には透明だったそれが焼け焦げたように真っ黒になって変化を終えた。


「む……どういうことだ、これは?」

「あー……故障したんじゃないですか?」


 試験官が水晶球を覗き込んで顰め面を浮かべる横で、キーリは明後日の方を向いて嘯いた。眼は泳ぎ、背中には冷や汗を流しているが、幸いにしてそれを指摘するものはこの場にはいなかった。


「……どうやらそのようだな。仕方あるまい、新しい装置を準備しよう。そこの君、私の研究室から検査球を取ってきてくれたまえ。

 ああ、君は次の検査を進めよう。時間が惜しい」

「いいんですか? ちゃんと測らないで」

「問題ない。壊れる前に測り取れたところまででも君の魔力量は十分ある事は確認できたからね。君は――」試験官はキーリの受検票に視線を落とした。「冒険者コース希望か。君なら魔法科なら十分やっていけるだろう。いや、貴族の中でもこれだけの魔力量がある方は珍しい。どうだね、今からでも遅くない。魔法科を希望しないか?」


 どうやら彼は魔法科の教師らしい。検査前とは打って変わって好意的な態度で試験官はキーリに転科を勧めてくるが、それに対してキーリは苦笑いで応じた。


「あー、そんな事したらきっと後悔しますよ?」

「む? どういうことかね?」

「見てれば分かりますよ。で、次はこの板に掌を合わせれば良いんですか?」


 水晶球の横に置かれていた、一見すると単なる金属板を指差しながらキーリが尋ねた。金属板の面には掌型の凹みが施されていて、そこに掌を押しつけると適正が検査できるようだ。

 検査官が頷き、キーリは凹みに手を入れる。そのまましばらく待つが、何の変化も見られない。


「まさかこちらも故障か?」

「いんや、違うみたいですよ。ほら良く見てください」


 キーリが指差したのは五本の指の先端部分。意識せずに見ると変化は無いが、夕陽に負けないよう良く眼を凝らして見れば、微かに指先が光っていた。それが意味するものは――


「ま、魔法適性レベル、一、だと……それも全て……」


 愕然とした様子で検査官が言葉を零すが、キーリとしては苦笑するしかできない。

 この結果は予測できていた。なにせこの世界でエルから魔法を習って以来十年以上鍛錬を続けているにも関わらず、第五級魔法を使うのが精一杯なのだ。自分の適性に対する期待など、端から捨てている。


「で、この後どうすれば――」

「ほら、次が詰まってるんだ。さっさと壇から降りたまえ。君には冒険者などという野蛮な仕事がお似合いだ」


 受検票に結果を書き込むと、試験官の男は雑な仕草でキーリに紙を押し付ける。清々しいまでの掌の返し様にキーリも流石に呆れを通り越して笑えてくるが、「こんなもんだろうな」と文句を言うこともなく素直にステージから降りていった。


「さて、これで残すは、っと」


 受検票に視線を落としながら独りごちる。残りは検査官との模擬戦だけだ。

 紙を見ながら俯き気味に歩いていたキーリだったが、視線の端に高そうな靴のつま先が映った。


「おやおやおや、誰かと思えば朝の卑しい平民じゃないか」


 嫌味な言葉に顔を上げれば、朝と同じくゲリーが取り巻きを従えて立ち塞がっていた。口元をニヤニヤと嫌らしく歪め、脂肪がたっぷり乗った腹を揺らして、菓子を頬張りながら器用に笑う。


「どうやら随分と面白い結果だったようだね。さすが下賤の民は違うな」

「そうですね、ゲリー様。まさか魔法適性がゼロとは」

「いやはや、やはり野蛮な奴ら。高貴な魔法などとは所詮相容れないのでしょう」

「ゼロじゃねぇよ。一だよ、一。間違えんな」


 そう主張するものの、あくまで適正が一~五で評価されるから一なのであって、実際はゲリーの取り巻きが言うようにゼロに近い。


「ふん、評価点一などゼロと変わらない。ゴミだな。もっとも、僕の適性値四と比べればなんだってゴミだが」

「あー、はいはい。仰るとおりで。それで高貴なるブ……ゲリー様がこの卑しい私めに何の御用でしょうか?」


 素で名前を呼び間違えかけて慌てて言い直し、慇懃に礼を取ってみせた。恭しく、わざとらしい態度を敢えて見せてみたのだが、どうやらゲリーはキーリの本心に気づかないらしく満足そうに緩んだ頬を更に緩めた。


「ふん、少々は身分の差というものを弁えるようになったか……この僕がわざわざお前の様な奴に声を掛けたのはな、お前に魔法を教えてやろうと思ってな」


 ゲリーのその話にキーリは首を傾げた。




2017/4/16 改稿


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