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8.三回跳んだら無得点?

「えっ?」

 くるりは一瞬、戸惑います。

 そして明るい声で、僕に提案するのです。

「ループなら私、何回でも跳べるよ。残りのジャンプは全部トリプルループでいいじゃん。会場も喜んでくれてるし」

「それでもいいけど、得点はもらえないぜ」

「ええっ!?」

 悲しいことに、それが今のフィギュアスケートのルールなのです。

「得点がもらえないって、どういうこと? 私の優勝も無しってこと?」

「ああ、優勝はもう諦めた方がいい。これ以上、何を跳んでも大きな点は入らない」

 ――ザヤックルール。

 フィギュアスケートのジャンプには、そんなルールがあります。

 三回目以降は無得点になるという、恐怖のルールが。

 八十年代に活躍したアメリカのエレイン・ザヤック選手が、同じようなジャンプばかりで優勝してしまったことから作られたルールなので、そう呼ばれています。昨シーズンからは二回転以上のジャンプすべてに適用されることになり、MHK杯での上村菜佳子かみむら なかこ選手の悲劇を生みました。

 くるりは、同じジャンプを跳び過ぎました。

 トリプルループを二回、ダブルループを二回です。

 次に跳んだら三回目で、それはすべて無得点になってしまうのです。

 かと言って、今の左膝の状態では他のジャンプを跳ぶこともできません。

「亮太、なんか手を考えてよ!」

 くるりの悲痛な叫びが聞こえてきます。

「一つだけ点を加える方法がある」

「おっ、それは?」

「残りのジャンプを、全部シングルループにするんだ」

 シングルループなら、何回跳んでもザヤックルールには抵触しません。もらえる点数はほんのわずかですが。

「…………」

 スピンに入ったくるりは黙り込んでしまいました。

 彼女の沈黙は、僕にとって最大の苦痛です。が、どうすることもできません。

 そしてスピンが解けた勢いのまま、彼女はすごい剣幕で僕に怒鳴り返してきたのです。

「亮太、私にケンカ売ってるでしょ。そんなことしたら会場はドン引きじゃない」

 くるりの言う通りです。観客のほとんどは、くるりのトリプルジャンプを楽しみにしているのです。この後の四回のジャンプがすべてシングルループだったら、会場が沈黙することは間違いありません。

 だから僕は、苦肉の策を披露します。

「じゃあ、これはどうだ? なんちゃってトゥループ」

「なんちゃってトゥループ? なにそれ?」

「ループの時に、左足のトゥでガリっと氷を削ってトゥループに見せかけるんだよ」

「…………」

 トゥループは、右足に体重を乗せて滑走し、左足のトゥで勢いよく氷を蹴って跳び上がるジャンプです。しかし左膝に力が入らないくるりは、左足のトゥで踏み切ることができません。

 ――でも、強靭な脚力と抜群の運動神経を持つ彼女なら。

 右足一本で跳ぶループをトゥループに見せかけることができるんじゃないかと、僕は思ったのです。

「まあいいわ、試してみる。トリプルは無理そうだからダブルで行くよ」

「じゃあ、二連続のコンビネーションで頼む」

「わかった」

 くるりが後ろ向きに加速していきます。そして右足に体重を乗せて、踏み切りの時にガリっと派手な音を響かせました。

『ダブルトゥループ、ダブルトゥループのコンビネーションです』

『…………』

『八木池解説員、どうしました?』

『あれって、トゥループ……ですかね?』

 僕は感心します。さすがは八木池解説員、鋭いと。

『月丘選手、やっぱり左膝を痛めているんじゃないでしょうか? 今まで跳んだジャンプは、ほとんど右足しか使っていないような気がするんですが』

『もしそうならどうなりますか? 八木池さん』

『チェックメイトですね。彼女にはもう、加点できるジャンプはありません』

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