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3.くるりの武器

「私、なんでこんな所でジャンプしてんだろ?」

 これは、中学三年生になったくるりの口癖です。

 ――右回りに跳んで左回りに回転できれば世界一になれる。

 オライアンコーチのこの言葉は嘘ではありませんでした。

 ただし、それはダンスというステージの上の話ではなく、冷たく凍った氷の上の話だったのです。

 コーチが指導するアイススケート場に通い始めたくるりは、物珍しさもあって最初は夢中でフィギュアスケートに取り組んでいました。

 しかし実力がついて周囲から注目されるようになると、時々ふと昔の夢を思い出すようになりました。

 私の夢は、世界一のダンサーになることだったのではないか――と。


 くるりの武器は、ルッツジャンプです。

 ルッツは、右回りのような感じで跳んで、逆回転の左回りに着氷しなくてはなりません。

 その特異性から、後ろ向きで跳ぶジャンプの中では最も難しいジャンプと言われています。

 くるりは、一人だけ次元の違うルッツを披露することができました。なぜなら、本当に右回りで跳んでいたからです。そして何よりも人々を魅了したのは、他の選手よりも二倍ほど高い最高到達点から繰り出される逆回転。いつしかくるりは、『世界一美しいルッツを跳ぶ少女』と呼ばれるようになっていました。

 それが大きなプレッシャーになっていたのでしょう。

「私の夢は、世界一のダンサーになることなんだから……」

 大きな大会になるほど、そんなことをつぶやいて現実逃避することが多くなりました。


「くるり、今日のためにいいものを作ってきたんだ」

 だから僕は、とっておきの秘密兵器を披露します。

 それを見たくるりは、瞳をまん丸にしました。

「まあ、可愛いっ!」

 それは犬耳でした。

 アニメのような柴犬タイプではなく、トイプードルのアクセルと同じくぺたんと寝たタイプの犬耳です。

「でも、何? このワイヤー長すぎだよ、亮太」

 左右の犬耳を繋ぐカチューシャのような黒いワイヤーは、顎の近くまで伸びています。耳のところもT字になっていて、こめかみの近くでがっちりと固定するタイプなのです。

 僕は必死に説得を始めました。

「演技中に衣装の一部が落ちたら一点の減点じゃないか。だから顔全体を使って支えておかないとダメなんだよ。くるりの演技は一番最後だから、髪を下ろせばワイヤーを隠すことができるだろ?」

 フィギュアスケートは規律の厳しいスポーツです。

 女の子は髪を後ろでまとめるように指導されます。なぜかというと、リンクに髪の毛が落ちると次の選手の演技の邪魔になってしまうからです。

 しかし今日のくるりは最終滑走。後に滑る選手は誰もいません。

 僕は、肩に届かないくらいの高さで切り揃えたくるりのサラサラした黒髪が大好きでした。ジャンプの時に、はらりと広がる様も魅力的です。さらに犬耳が加われば、破壊力アップは間違いありません。

「今日のフリーの曲は犬がテーマだろ? だったら犬耳があった方が、さらに曲にマッチするんじゃないかって思ったんだよ」

「亮太、ありがとう。うん、これ、すっごくいいよ!」

 今日の舞台は、全日本フィギュアスケートジュニア選手権。

 つまり、ジュニア世代の全国大会です。

 前日のショートプログラムで圧巻のルッツを披露したくるりは、前年度の優勝者を押しのけて、いきなりトップに立ったのでした。注目されるその重圧が、フリーの演技を控えたくるりを押し潰そうとしています。

「でも亮太。犬耳はとっても嬉しいんだけど、私、もう帰りたい……」

 僕は必死にくるりを鼓舞します。

「ほら、ここまで来たんだから、この犬耳を着けて頑張ろうよ。それに女子のフリーの後半はテレビで生中継されるし、上位に入って強化選手になれれば、いろんな世界大会に出場できるんだから」

「世界?」

 ピクリとくるりの眉間が動きました。どうやら地雷、いや、ヤル気スイッチを押してしまったようです。

「それって世界一になれるってこと?」

「ああ、その可能性があるってことだよ。それに、テレビ中継をダンス関係者も見てるかもしれないしね」

「やる。私やるわ!」

 世界、そしてダンスという言葉に対しては、とっても単純なくるりなのでした。

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