2.ジャンプのコーチ?
「ええい、何で上手く跳べないんだろう……」
あれから一年が経ち、僕たちは中学一年生になりました。
くるりは相変わらず緑野公園でダンスの練習をしています。
「去年はもっと綺麗に回れたのに……」
――右回りにジャンプして、空中で左回りに回転する。
アクセルが僕たちに遺してくれたジャンプを、くるりは毎日のように練習しています。
くるりはこの一年で身長が十センチも伸びました。成長と共に変わりつつあるジャンプの感覚の違いに戸惑っているのでしょう。僕にとっては、三回転までは完璧に跳べているように見えるのですが。
「もう、止めようよ。暗くなってきたし……」
「亮太は先に帰ったら? 私はまだ続けるから」
――世界一のダンサーになって、アクセルが生きた証を残したい。
それが、くるりの口癖でした。
いずれは四回転。そして、さらにその先の世界へ。
くるりの野望は果てしなく広がっています。
「オー、ワンダフル!!」
その時でした。怪しげな声が公園に響いたのは。
振り向くと、車道からぽっちゃりとした外国のおじさんがこちらを見ています。
「ユア、ジャンプ、オモシロイ」
片言の日本語を混ぜながら、こちらに近づいてきました。なんだか危ない感じがします。
「クロックワイズ、アンド、アンチクロックワイズ。ユーアー、パーフェクト!」
黒くワイ? 何を言っているのかさっぱり分かりません。怪しさ倍増です。
「アナタ、セカイイチ、ナレマス!」
「ホント!?」
思わずくるりが反応しました。何でこんな時だけ日本語なのでしょう?
しかしそれが運命の出会いとなったのです。
「ワタシ、オライアン・ブーサー、イイマス。ジャンプ、コーチ、シテマス」
ジャンプのコーチって、そんな職業が世の中にあるのでしょうか?
「私、本当に世界一になれるんですか!? ジャンプの指導をしてくれるんですかっ!?」
嗚呼、すでにくるりは『世界一』という単語しか頭の中に入っていません。
でも、その時のキラキラと輝く彼女の瞳は、僕の心を強く惹きつけました。くるりは本当に世界一のダンサーになりたいんだと、その意気込みが心の底まで届いた瞬間でした。
それからそのおじさんは、毎日毎日公園にやって来ました。そしてくるりのジャンプを見学して帰ります。
ある時は、くるりの両親とおじさんが話をしていたこともありました。そしてとうとう、くるりはおじさんの元でジャンプの特訓をすることになりました。
驚くことに、ジャンプのコーチという職業が本当にあったのです。一つ残念なのは、オライアンコーチが教えてくれたのは純粋なダンスではなかったこと。その代わり、くるりのジャンプを世界一に近づけるという言葉に嘘はありませんでした。