10.亮太の祈り
『ああっ、予定していたトリプルルッツがシングルになってしまいました!』
アナウンサーの落胆する声に連鎖するかのごとく、会場もため息に包まれます。それはまるで、シュートを外した直後のサッカースタジアムのようでした。
『いやいや、あれはループです。助走からすでに右足で滑走していましたよ』
『と言いますと?』
『やはり左膝が良くないのでしょう。最後のジャンプも、残念ながらルッツは跳ばないんじゃないでしょうか』
『すると、点数はかなり低くなってしまいますね』
『そうですね。月丘選手は、得点が一・一倍になる演技後半に得意のルッツを跳んで好成績を収めてきました。それが跳べないとなると、二十点は失ってしまうことになるでしょう』
『となると優勝は厳しいですね』
『そうですね。でも月丘選手の強靭な体力には、目を見張るものがあります。普通、ルッツのコンビネーションは体力のある最初に跳ぶのですが、それをラストに持って来れるなんて信じられないスタミナです。まだ中学三年生ですから、早く怪我を直して来年も活躍してほしいですね』
テレビ中継からは、すでに終わった感が漂っています。
会場からも手拍子は聞こえなくなり、リンクではくるりのシャーという滑走音と『口笛吹きと子犬』が寒々と響いているのです。
――なんだよ、これが僕たちの望んだ風景だったのか?
くるりは、点数にならなくてもいいから観客が喜んでくれるジャンプを跳びたいと言っていました。
シングルループを跳ぶ前は、会場も手拍子に包まれていて最高の雰囲気だったのです。
それにも関わらず、僕は目先の点数のことばかり考えてシングルループを提案しました。半ば強制的に。
その結果がこの状況です。
――僕は本当に、くるりのことを考えていたのだろうか?
僕は深く反省します。
そして彼女に申し訳なく感じていました。
こんなことになるなら、好きなジャンプを跳ばせてあげればよかった――と。
優勝できないのであれば、順位なんてどうでもよかったのではないか――と。
――でも、怪我がひどくならずに済んでよかった。
それだけが僕を救ってくれる事実でした。
だから祈ります。
最後に何を跳んでもいいけど、怪我だけは悪化させないでほしいと。
そしてあわよくばそれが、悔いの残らないジャンプになりますようにと。